少しだけ時間を遡り妖魔狩人たちがそれぞれの敵と戦っているころ、凛と都はフェアウェイとアンナ・フォンがいるグランドに侵入し、マウンドへ向った。
ピッチャーマウンドに仰向けに寝かされているフェアウェイ。
その周りには魔法陣らしきものが描かれ、その脇にパソコンが置かれているのが気になる。
「何の御用?」
凛と都に気づいたアンナ・フォンは無愛想な表情で問いかけてきた。
「決まっていますわ、その子を返して頂きに参りました。素直に返せば良し。さもなくば・・・」
相変わらず口調は丁寧だが赤い瞳を輝かせ、妖気と殺気を振りまいている都。
「フン。たかが虫ケラ妖怪の分際でデカイ口を叩いて。バカなの?」
アンナ・フォンはそう言うと、何やら呪文を唱えながら両手を上げる。
すると、その周囲に無数の小さな物体が、ブーン・・ブーン・・と羽音を立てながら飛び回り始めた。
それはイナゴ。
バッタによく似た虫・・・、無数のイナゴの大群。
アンナ・フォンはニヤリと微笑み合図を送ると、イナゴの大群は凛と都を目掛けて一斉に襲い掛かり始めた。
一瞬にしてイナゴの大群に覆い尽くされた凛と都。
ガリッ・・ガリッ・・
イナゴ達が無数の口で噛み砕くような音が聞こえる。
「無様ね・・・。弱小妖怪や人間なんて、所詮は無力な存在なのよ!」
勝ち誇ったように笑みを浮かべるアンナ・フォン。
再び手を上げイナゴたちに撤退を指示する。
半分近くのイナゴは空中高く舞い上がり待機するが、残り半数近くはそのまま凛と都に纏わりついている。
「何をしているのっ!? 早くそこをどいてガキ共の死体を見せなさい!!」
甲高いアンナ・フォンの叫び声が響く。
「死体・・・? たかがイナゴごときが捕食虫である『蜘蛛』を食い殺せると思っているのかしら? バカはそちらですわね!」
あざ笑うような口調と共に、多くのイナゴたちが吊るし上げられる。
それは、大きな蜘蛛の巣に張り付き身動きがとれないイナゴの姿。
その後ろから姿を見せる凛と都。
「昔から飢饉の背景には食物を食い荒らすイナゴの大群があったと聞きます。そしてそれを操る悪魔と呼ばれる呪術使いが存在したことも・・・。どうやら貴女は、その力を受け継いでいるようですわね」
空中で待機する残りのイナゴを見渡しながら、都は口元の牙を覗かせた。
「フン。だったら・・何だと言うの? 下等な妖怪がその程度の事を知ったくらいで、勝ち誇るんじゃないわよ!」
そう強がるアンナ・フォン。
だが、明らかに・・・焦りの色が表情に浮かんでいる。
「このお馬鹿さんの相手はわたくしがしますわ。黒い妖魔狩人・・・、貴方は今のうちにフェアウェイを・・・」
「わかった!」
都の言葉に凛は倒れているフェアウェイに駆け寄った。
フェアウェイの顔の周りを飛び交う金鵄。
「凛、呼吸音が聞こえる。どうやら無事のようだ!」
金鵄の言葉にフェアウェイを抱き起こす凛。
「フェアウェイ。しっかりしろ、フェアウェイ・・!」
同じようにフェアウェイに駆け寄った香苗も必死で声を掛ける。
その言葉が耳に届いたのか? フェアウェイは薄っすらと瞼を開ける。
「フェアウェイっ!?」
高まる安堵感!
やがてパッチリと目を開いたフェアウェイは、状況を把握するかのように辺りを見渡す。
そして、自らの両足でマウンドに立ち上がった。
「よかった・・・、もう・・大丈夫だぞフェアウェイ!!」
嬉しさのあまり香苗はフェアウェイに飛びついた。
「・・・・・・・・・・」
だが、そんな香苗を見る目は冷たい。
それどころか・・・
バシッッ!!
思いっきり逆手で香苗の身体を吹き飛ばした!!
「どういう事ですの? あれ程・・あのヌイグルミを気に入っていたのに・・・?」
フェアウェイの異変に、都も目を疑った。
「下等生命体が気軽に余に触れるでない!」
低く重い言葉が、フェアウェイの口から発せられた。
「凛っ・・気をつけろ!! 強い魔力が子どもから吹き出している!!」
直ぐ様・・空高く退避した金鵄は、慌てて凛に注意を促した!
数歩身を引いて弓を構える凛!
フェアウェイは黒い靄のような魔力を身に纏いながら、ゆっくりと宙に浮かびだした。
「ま・・・まさか・・・!?」
誰もが何が起きているのか・・。まったく理解できなかった。
それどころか今の今まで、アンナ・フォンの背中の瘤が無くなっている事に気づく者もいなかった。
「我が名は、エノルメミエド。全ての精霊を支配する者・・・」
フェアウェイの口から発せられる、低く重い言葉。
「バカな!? もう・・・転生の儀式は終わっているというのか? こんな短時間で!?」
驚きの声を上げる金鵄。
「ククク・・・! たしかに一昔前ならもう数時間はかかったであろう。だが今の時代はコンピューターという便利な機器がある。これを魔法陣に接続し魔力経路を増幅することによって、短時間での儀式を可能にしたのだ!」
ドヤ顔どころか、大口開けて欣喜雀躍するアンナ・フォン。
「う・・嘘だろ・・・フェアウェイ・・。嘘だと・・言ってくれ・・・!」
大粒の涙を流しながら泣き叫ぶ香苗。
そんな香苗を鬱陶しそうに見つめるフェアウェイ・・・いや、エノルメミエド。
静かに人差し指を香苗に向ける。
「あ・・・危ないっ!?」
咄嗟に飛び出す金鵄!
金鵄の足が香苗を掴み空中高く舞い上がったのと、エノルメミエドの指から発せられた炎の塊がグラウンドを焼き焦がすのは、ほぼ同時であった。
「バカめ! もう・・そのガキは今までの天女のガキではないのよ。マニトウスワイヤー様なのよ!!」
相変わらず歓喜に酔いしれるアンナ・フォン。
「さぁ・・マニトウスワイヤー様! 一気に他のガキ共も焼き殺してくださいな♪」
いつの間にかエノルメミエドの前に立ち、凛や都を指さした。
「誰に命令している?」
低い声がアンナ・フォンの頭上にのしかかった。
「・・・・・!?」
恐る恐る・・振り返るアンナ・フォン。
そこには宙に浮かんだまま、冷たく見下ろすエノルメミエドの視線が・・・。
「わ・・わたし・・は・・、命令して・・いるわけで・・なく、ただ・・マニトウスワイヤー様の・・・お力で・・・・・」
まるで氷の塊を押し付けられたかのようにガタガタと震えるアンナ・フォン。
「お前は余が転生するまでの乳母車のような存在。だが・・もう、役目は終わった」
何の感情も無く、淡々と話すエノルメミエド。
そしてブツブツと二言・・・三言呟くと、その背後に炎に覆われた大きな爬虫類の様な生命体が姿を現した。
「サラマンダー・・!? 西洋の・・炎の精霊・・・!?」
金鵄が呆然としたように呟いた。
「冗談でしょう? ファンタジーゲームでも高ランクの四大精霊の一人じゃないの!?」
香苗の着る魔法戦士のコスチュームを作るくらい、ファンタジーゲームにも精通している都。
当然妖怪としてのその本能は、その強さが嘘で無いことを見抜いていた。
サラマンダーは何も言わずアンナ・フォンに襲いかかると、一瞬でその身体を焼き焦がした。
悲鳴を上げる間もなく沈黙したアンナ・フォン。
思いもしない出来事に固まったように動きが止まる・・凛と都。
サラマンダーは次は都に狙いを定めると、一気に襲いかかった。
「くっ!?」
さすがに都はアンナ・フォンとは違う。
瞬時に天井に設置されている照明器に糸を吹き付けると、そのまま飛び上がり攻撃をかわした。
だがサラマンダーも方向転換し、再び襲い掛かる。
「てんこぶ姫っ!!」
都を援護するように凛が二発の霊光矢を放った。
サラマンダーは危機を察知し、口から炎の塊を吐き出し霊光矢を撃墜する。
その瞬間を都は見逃さない。
逆に跳びかかり、鋭い爪でサラマンダーを引き裂く!!
致命傷にはならなかったが、ある程度のダメージを与える事に成功。
更に凛の霊光矢が追い打ちを掛ける。
一発がサラマンダーの腕に突き刺さり、浄化の力でその腕を消し去った。
「一気にトドメを刺しますわよ!」
サラマンダーに向って駈け出す都。霊光矢で援護射撃をする凛。
「蜘蛛女、危ないっっ!!」
佳苗の叫び声で、理由も分からず糸で天井に回避した都。
なんと都が駆け出していた数十メートルが、アイスリンクのように凍りついていた。
「凛、向こうだっ!!」
金鵄の言葉で振り返る凛。
そこには白い着物に身を包んだ、色白の女性が立っていた。
「雪女郎・・・。日本の妖怪までも自在に召喚し、操ることができるのか・・?」
同じ日本の妖怪として驚きを隠せない金鵄。
「うむ・・・。少しずつだが身体のコントロールがつかめて来た」
エノルメミエドはそう呟くと、サラマンダーにドームの屋根を炎で熱するように命じた。
高温で真っ赤になった屋根を、なんと今度は雪女郎が吹雪で凍らせていく。 それは温度変化による金属劣化。
エノルメミエドは軽い衝撃波を放つと、屋根は砂の城のようにボロボロと崩れ落ちた。
そのまま高く飛び上がり真夜中の丘福市を見渡す。
深夜でも明るい街並みに、車のヘッドライトやテールランプが帯のように流れる。
アジアでも有数の美しい夜景。
エノルメミエドは丘福市を見下ろしながら、呪文を唱え始めた。
するとまるで大地震のように、街全体が大きく揺るぎ始める。
アチコチで地割れが起き、中から地霊や死人が湧き出てくる。
大気中には妖精と呼ばれる・・虫のように小さく羽の生えた小人達。そして人間と鳥が合成したような醜い鳥妖怪たちが羽ばたく。
彼らは一斉に人や街を襲いだした。
地霊は大地を揺るがし、風の精は突風や竜巻を巻き起こし、そびえ立つ建物を破壊。
路面を走る車は次々に衝突して炎上。
町中を群れをなして歩く死人は手当たり次第・・人々に食らいつく。
海からは水霊や海獣が波を荒立て、今にも巨大な津波が街に襲いかかりそうである。
もはや、あっという間に丘福市は地獄絵図と化していった。
スタジアム内のテレビと連動していたバックスクリーンの電光掲示板にその光景が映し出され、そのおぞましさに凛や香苗の表情は青褪めていく。
「わたくしのテリトリーを弄くり回すのは止めていただけるかしら!?」
空中高く飛び上がった都は、次々に糸を吹き出し呪文を唱え続けるエノルメミエドを縛り付けた。
「ふんっ!!」
都にしては珍しく掛け声を上げると、一気に糸を手繰り寄せエノルメミエドをグラウンドに叩きつけようとする。
しかしサラマンダーも飛び上がり火球で糸を焼き切ると、エノルメミエドは身を翻し綺麗にグラウンドに着地する。
再びエノルメミエドを守るように、前に立ちはだかるサラマンダーと雪女郎。
「・・ったく、精霊の支配者という通り名は伊達じゃありませんわね。ここまで事態が悪化するとは・・・」
凛の元に飛び降りた都は眉間に皺を寄せて呟く。
「このままマニトウスワイヤーを放っておくと、本当に日本はおろか世界は崩壊する!」
金鵄も電光掲示板に映しだされた街の様子を見ながら表情を歪ませる。
「もう・・、もう・・・フェアウェイを殺すしか手は無いのか・・?」
そう言ったのは香苗。
「仕方ありませんわね・・・。アレはもう・・フェアウェイでなく、ただの化け物なのですから・・」
そう返答しながら都は唇を噛みしめる。
「ううん・・・。まだ方法はある・・・」
今まで黙っていた凛が静かに口を開いた。
「!?」
「わたしには霊気とか・・妖気を読み取る力があるの。あのマニトウスワイヤー。おそらく・・まだ完全には、その霊体がフェアウェイの肉体と融合しきっていない」
「本当なのか・・・凛!?」
「うん。フェアウェイの魂が必死で融合に抵抗し続けている。だったら私の霊光矢で急所を撃ち抜けば、マニトウスワイヤーの霊体だけを浄化できるかもしれない。」
凛の言葉に誰もが顔を見合わせた。
「問題は一撃で急所、すなわち霊体が宿る・・心臓を撃ちぬかなければいけないこと。身体の他の部分に当たったら、浄化する前にその部分を切り落とされる。そうしたら二度目のチャンスは無い!」
「たった一度だけのチャンス・・・」
金鵄が溜息混じりで漏らす。
「上等ですわ! その一度きりのチャンスはわたくしが作ります! だから貴女は弓を構えたまま・・突っ立っておけばいいですわ!」
微笑みながらも都の力強い眼差しが、凛を眼(まなこ)を貫く。
その眼差しに答えるように、凛もニコリと微笑むと無言で頷く。
「いける!! 妖魔狩人と蜘蛛女の二人なら、フェアウェイを助けられる!!」
香苗はそんな二人に、確かな手応えのようなものを感じた。
それは、当の二人が一番・・感じ取っていたのかもしれない。
その信頼感は半日前に命のやり取りをした者同士とは思えない。
いや、逆に命のやり取りをしたことが、二人の信頼感を強めたのかもしれない。
「でも・・凛、てんこぶ姫。マニトウスワイヤーが召喚した精霊が当然邪魔をしてくるはずだ。それにはどう対応する?」
金鵄はサラマンダー、雪女郎を眺めながら問いかける。
「そいつらならワタクシたちが抑える!」
そう言って傷ついた身体を引き摺るように現れた、青い妖魔狩人と祢々の二人。
「青い妖魔狩人・・・? その素顔は・・・まさか・・・!?」
金鵄はそう返そうとした。
「ワタクシの正体なんか後でいい。それより今は奴らの殲滅が先だ」
青い妖魔狩人の言葉に金鵄は黙って頷いた。
「それじゃ・・行きますけど、精霊共は本当に任せていいのですね?」
「いらぬ心配だ。それより・・お前こそ途中で逃げ出すんじゃないぞ。妖怪は信用できないからな」
青い妖魔狩人の言葉に、都は赤い瞳を爛々と輝かせ、
「わたくしも姫の冠は伊達では無いことを証明してみせますわ!」
と不敵に笑い真っ先に駆け出していった。
すぐ後に続く青い妖魔狩人と祢々。
都たちの反撃に反応したサラマンダーと雪女郎。
左右から、炎と吹雪の攻撃を繰り出してくる。
「氷を操れるのは、お前達だけではない!」
青い妖魔狩人はそう言って都とサラマンダーの間に入る。
「氷塊盾!!」
両手を前に掲げ氷の塊による盾を作り、サラマンダーの炎を遮った。
一方・・祢々は雪女郎との間に入り、金棒を風車のように回転させ吹雪を払いのける。
「さすがですわ!」
その間に都は一直線に突っ走っていく。
そんな都を冷ややかな眼差しで迎え撃つエノルメミエド。
エノルメミエドの指先から小さな火球が次々に放出される。
負けじと手のひらから糸を噴出する都。
エノルメミエドの両手両足を絡みつかせ、一気に拘束しようと立て続けに糸を噴出する。
だが・・・
「うぐっ・・・!?」
攻め押していた都が、いきなり頭を抱えて苦しみだした。
「あぁぁぁぁっ!!」
その苦しみ様は並大抵ではない!
「どうしたんだ!?」
慌てて飛び寄る金鵄。しかし・・その金鵄も、
「うわぁぁっ!!」
いきなり苦しみ藻掻いて、その場に落下した。
「どうしたの・・・?」
構えていた弓を降ろし、状況を把握しようと見守る凛。
「命令だ・・・・。頭の中に・・マニトウスワイヤーの・・命令が、押し付けられる・・・・」
金鵄が苦しそうに呟いた。
「支配!? てんこぶ姫も金鵄も精霊と同じ・・亜種生命体。だから、他の精霊と同じように支配できるのだ・・・!?」
サラマンダーと対峙しながら、状況を見ていた青い妖魔狩人はそう答えた。
「り・・・凛・・・・」
苦しそうに声を漏らす金鵄。
その瞬間、金鵄の目は真っ赤に輝き空中高く舞い上がると、嘴を突き出し・・凛目掛けて急降下。
グザァツ!!
鋭い嘴が凛の戦闘服を切り裂く。
ついに金鵄がマニトウスワイヤーの支配下に置かれ、凛を攻撃しだしたのだ。
凛の戦闘服は金鵄の霊力が篭った羽で編まれ、鋼の鎧に匹敵する防御力を持つ。
だが、攻撃相手が同じ霊力の持ち主である金鵄だと、その力は相殺され普通の衣類と変わらない。
「金鵄・・・・」
繰り返し襲いかかる金鵄に凛は一切抵抗できず、全身のアチコチに切り裂かれた傷が増えていく。
「金鵄、貴方とは戦えない・・・」
繰り返される攻撃に凛はついに跪いてしまった。
「このまま・・妖魔狩人が倒されたら・・・」
為す術もなく青い顔で見守る香苗。
「蜘蛛女・・・・」
香苗は都に視線を送る。相変わらず頭を抱え苦しみ悶える姿が。
そんな都の下に香苗は一目散に駆け寄ると・・・
「頼む・・・蜘蛛女、負けないでくれ・・・。お前が負けたら、全てが・・・。妖魔狩人もフェアウェイも街中も・・・。みんなが倒れてしまう・・・」
涙ながらに訴えた。
「うぐっ・・・ぐっ・・・」
言葉が届いているのか、いないのか・・。
都は右に左に転げまわる。
その状況を見つめていたエノルメミエド。
新たに風の妖怪・・カマイタチを召喚すると、必死に都に呼びかける香苗に対して攻撃の指示を出した。
ズバッッ!!
カマイタチから『真空魔法』が繰り出され、香苗の身体が切り裂かれる!
「ううっ!!?」
いくらヌイグルミの身体とは言え痛みは感じる。
切り裂かれた傷から綿がこぼれ落ち、その痛みは尋常でないはずだ。
それでも香苗は呼びかける。必死に・・何度も何度も・・・。
香苗の身体もアチコチ切り裂かれ、意識も朦朧としてきた。
「た・・頼む・・よ、蜘蛛女・・・。い・・や・・・、てんこぶ・・ひ・・・・」
そこまで言うと、香苗はついに力尽きて倒れてしまった。
それを確認したかのように、カマイタチは止めの一撃を繰り出そうとしている。
シュッッッ!!
そんなカマイタチの身体を、白く光る細い糸が幾重にも幾重にも・・巻き付いていった。
「・・ったく。姫と名乗るわたくしが下々の訴えに耳も貸さずに朽ち果てるなんて、許される事じゃないのですよ。まして、敵の支配下に陥るなんてことは死にも値する事ですわ!」
真っ青な顔色だが赤い瞳を輝かせ、都は一気に糸を手繰った。
そして、その勢いでカマイタチの胸を手刀で貫いた!!
更にそのまま振り返り、金鵄にも糸を巻きつけその動きを封じこめた。
「てんこぶ姫・・・」
凛が言葉を掛けるが、都は何も言わず気を失った香苗を担ぎあげると、グラウンドの隅に寝かしつけた。
「ありがとう・・・」
それは側にいても聞こえにくい、小さな・・小さな呟き。
「マニトウスワイヤー・・。過去・・・貴女ほど本気で殺したいと思った相手はいませんでしたわ」
怒りを噛みしめるように、ゆっくりと歩み寄る都。
凛は再び弓を構え、いつでも攻撃できるように気を引き締める。
スイッチが入ったように駈け出した都は、またもエノルメミエド目掛けて糸を吹き付ける。
「こんな子ども騙しの術が、本気で通用すると思っているのか?」
降り注ぐ糸を真空を纏わせた手刀で切り裂いていくエノルメミエド。
「もちろん通用するとは思っていませんわ。これは貴女の注意を惹きつけるだけのもの・・・」
都はそう言うと、一気に飛び上がりエノルメミエドの背後についた。
そして、そのまま羽交い締めで抑えこむ。
「黒い妖魔狩人……今です!! 今すぐに、撃ち込みなさい!!」
身動きとれないように更に力を込め、凛に向って叫んだ!
「てんこぶ姫・・・!?」
弦を引く凛。
だが、なかなかその矢を放つ事ができない。
もし霊光矢が貫通し、その後ろにいる都にも刺さったら。
都も妖怪。間違いなく浄化で消滅するだろう。それは先の戦いで証明されている。
その間も必死で都を振りほどこうとするエノルメミエド。
しかし、全ての妖力を込めてエノルメミエドを抑えこむ都。
「早くしなさい! たった一度のチャンスをわたくしは作ったのですよ!!」
都の言葉にチラリと電光掲示板に目をやる凛。
相も変わらず邪悪な精霊に襲われている街並みが映し出されている。
「ごめん・・・。てんこぶ姫・・・」
そう呟くと、凛は弦を持つ手を緩め霊光矢を撃ち放った。
青白い閃光が向かってくる。それを見てニコリと微笑む都。
その時!!?
エノルメミエド・・・いや、フェアウェイが身につけていたライトブラウンのポンチョがまるで意思をもったかのように・・大きく翻った!
「な・・・!?」
予期せぬ事と・・、そのあまりの力に都の手が振りほどかれる。
「こ・・こんなことが・・!?」
宙を舞う木の葉のようにエノルメミエドから離れていく都。
その都の耳に・・・
― ありがとう・・てんこぶ姫。あとは私にまかせて・・・―
静かで暖かな口調の女性の声が入ってきた!?
「そ・・その声は・・・?」
聞き覚えのある声に驚愕する都。
都の身体を振りほどいたポンチョは、今度はエノルメミエドの手足を拘束するようにギュッッッッ!!・・と締め付けた。
「ま・・まさか、あなた・・・・、バレンティア・・・ですの!?」
必死で暴れ狂うエノルメミエドを更に力強く締め付ける・・・ライトブラウンのポンチョ!!
ズブッッッッ!!
ついに、身動きできないエノルメミエドの胸に霊光矢が命中したっ!!
「ぐあっっっっ・・・!!」
吹き飛ぶように倒れこんだエノルメミエド。
突き刺さった胸を中心に青白い粒子が全身に行き渡っていく。
必死で矢を抜こうともがき苦しむエノルメミエドだったが、やがて徐々にその動きが鈍くなり、ついには力尽きたように横たわった。
すぐに駆け寄り、エノルメミエドの意識の確認をする凛と都。
エノルメミエドはピクリとも動かない。
都の視線は穴の開いたポンチョに移る。
先程とは違い、倒れているフェアウェイの身体をゆったりと包んでいる。
「バレンティア・・・。貴女は最後の最後までフェアウェイを・・・。それどころか、わたくしまで助けてくださるなんて・・・。」
都はそう呟きながら目を細めた。
第十三章 闇の女神へ続く。
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