2015.12.28 Mon
マニトウスワイヤー 第一章 蜘蛛のお姫様
高々と登った、眩い陽射しが、コンクリートジャングルを一斉に照らす。
ちょっと田舎へ行けばミンミンと蝉の声が辺り一面に響き渡るのであろうが、ここ神田川県丘福市では年中変わらず車のエンジン音が鳴り響く。
そのジャングルの一角、様々な会社の袖看板が一列に並ぶビルの一つ。
『手作りアクセサリー・銀の首飾りFC本部』と小さく書かれたオフィスに、今・・・尋常では考えられない出来事が起こっていた。
中に居るのは一人の中年男性、矢澤孝一。
株式会社銀の首飾りの代表取締役社長。
高そうなスーツに身を固めた、まだ20代前半の女性は館脇琴実(ことみ)。
同社、取締役専務。
そして靭やかな長い黒髪、静かな湖のように蒼い瞳、高校生・・いや大学生? とにかく小柄な若い少女が一人。その手は真っ赤に血塗られていた。
いやいや、よく見ると、その三人だけではない。
少女の足元には、三~四人の若い会社員らしき男が全身血だらけで横たわっている。
「ま・・待ってくれ! お・・俺は、何もやっていない。俺は社長と言っても便宜上の飾りみたいなもので、全てはそこの女・・館脇専務が動かしていたんだ!」
矢澤は少女の動向を抑えようと、必死で弁解している。
「うふふ・・・。言い訳しなくても、貴方が小物だということはとうにお見通しですわ」
少女はそう言って、一輪の花のような愛くるしい笑顔を見せた。
「それにわたくし・・。殿方の肉はどうしても好きになれないし、生地にしても目が粗くてとても使い物になりませんもの・・・」
― な・・なに言ってんだ・・・こいつ!?―
矢澤は時間でも止まったかのように、ポカンと聞いている。
「だから貴方は・・・」
少女はそこまで言うと、男性に手の平を向けた。
シュッ!!
と細い霧のような物が、矢澤に吹きかけられる。
それは一瞬で矢澤の首に巻きつき、少女と一本の線で結ぶ。
キラキラと輝く一本の細い線。それは…紛れも無く、一本の『糸』。蜘蛛の糸だ。
少女は身体とは似つかないような力で糸を引き、一気に矢澤との間合いを詰めると、鋭い右手を腹部に突き刺した。
「ぐふぅ!?」
矢澤の口から泡のような血がブクブクと吹き溢れる。
「もう・・・黙っていなさいな♪」
まるで羽音の五月蝿い『蚊』でも叩き潰したかのように、軽い仕草であった。
それまでの経緯を逃げもせず、黙って静観していた若い女専務、琴実。
逃げなかったのではなく、逃げたくても逃げられない・・・。
絶対捕食者の前で全ての抵抗を諦めた小動物のように、全身の動きが麻痺していたのだ。
「さて、最後に貴女ですわ!」
少女はそう言って琴実の顎を掴み、その顔をマジマジと眺めた。
「お・・お願い・・、お金なら返す・・・。だから・・助けて・・・」
部屋の外は汗すら蒸発するんじゃないかと思えるくらいクソ暑い天気だが、一人だけ冷凍庫の中にいるかのように顔は青ざめガタガタと震えている。
「わたくし、そんな物に興味は無いし。それに貴女を恨んでいる人も、今更そんな物を返してもらっても嬉しくとも何とも思わないと思いますわよ?」
少女はそこまで言うと、琴実の細い首筋に愛くるしい口を近づけた。
その瞬間、碧い瞳は一転して真紅に光り、少女の上顎から鋭い鎌のような牙が飛び出す。
ゆっくりと深々に、それを細い首に突き刺した。
「ああ・・・!?」
短い悲鳴を上げるのも束の間、体内に冷たい何かが入ってくる。
身体の隅々まで何かが行き渡ると、心地良い痺れとともに身体が麻痺していくのがわかる。
その後、今まで味わったことも無い、まるで天にも舞い上がるような……身体がフワフワと軽くなっていく感覚に覆われる。
― あ・・恍惚・・・ ―
もっとも、実際体内の物は殆どドロドロした液状の物質に変えられ、それを少女が全て飲み干しているのだから身体が軽くなっているのも当然だが。
体内の物が全て飲み干され、ペラペラの等身大切り抜きポスターのようになった琴実の口内に、少女は手首まで突っ込んだ。
手の平からまたも粘着力のある糸のような物質を放出し、皮だけの琴実に流し込む。
その皮を伸ばしたり丸めたり縮めたり繰り返すと、やがてそれは眩い光り輝く金色の一枚の布地に変化していた。
「金色を象徴する言葉は、『ステイタス・輝き・豪華・才能・成功』。実質、会社を操り、大勢の人を騙し、営利を貪っていた貴女には、これ程当てはまる色はないですわね」
少女はそう呟くと布地を端から丸め、自身のバッグにしまい込もうとした。
その時・・・・
ひょこっ!!
「この…妖怪・蜘蛛女! 相変わらずグロい事してるわね!?」
なんと、バッグから小さな頭のような物が現れると、開口一番そう語った。
少女は一気に目を座らせると、その小さな物体を抱え上げホッペタらしき箇所を思いっきりつねる。
「蜘蛛女・・・ではなく、わたくしの名は『八夜葵(はやき)都(みやこ)』。いい加減・・都と呼ぶか、もしくは・・・」
そこまで言うと、少女・・都は見るからに上から目線になり・・・
「『てんこぶ姫』と呼びなさい」
と不気味な笑みを浮かべた。
「いたたたた・・・・! わかった・・わかったから、ホッペをつねらないで!!」
小さな物体はそう叫びながら手足をバタバタと振り回す。
あまりに暴れまくったせいか、それとも都の意図的なのか?
とにかく小さな物体はスルリと都の手からすり抜け、地べたにストンと落っこちた。
それは一目でわかる、人間の女の子っぽいヌイグルミ。
やや茶色がかった黒いポニーテールに、ファンタジー系の魔法戦士のコスチューム。
三頭身の愛くるしいボディーにつぶらな瞳。
ヌイグルミは落ちた拍子に打ちつけた腰をさすりながら、
「あたしだって、『伊達香苗(だて かなえ)』という名前があるのに、アンタ・・一度も名前で呼んだことないじゃないの!?」
「あら!? そうでしたっけ?」
「ほぉ~~ら!! 一介の剣道少女だったあたしがこんな姿になった経緯にしたって!自分に都合の悪いことはな~んにも覚えてない!」
「では、今回はお互い様ということで。それにわたくし、貴女とお喋りしているほど暇ではないので」
都はそう言って、香苗を再びバッグの中に入れようとした。
「なに、急いでいるの!?」
「今からこの生地を持って、恨みを連ねていた方の元へ行かなくては」
その言葉に香苗はピンと来た!
「いつもみたいに、その人まで食べる気!?」
その言葉に都は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに微笑むと
「それは行ってみて・・・、話してみてから決めますわ」
「アンタ、絶対にロクな死に方しないわよ! そうね・・・言うなれば、噂の妖魔狩人に仕留められるっていうのはどう~?」
妖魔狩人・・・。
それは今年になって多くの妖怪を浄化してきた、その名の通り妖怪を退治する狩人。
当然都の耳にも、その噂は入っている。
「あの者たちは、ここ丘福市から離れた柚子村で活動をしています。 ですから、そちらさえ行かなければ、この広い丘福市で出会う可能性は何万分の一ですわ」
そこまで言うと都は一旦口を閉じた。
「でも・・・・・」
「!?」
「一度手合わせしてみるのも、面白いかもしれませんわね♪」
その笑顔はめったに見ることのない、黒く・・・それでいて心から楽しみにしているような、そんな希少な笑顔だった。
ビルから大通りに出てJR丘福駅に向かってしばらく歩くと、遠くから何やら悲鳴やら叫び声などが聞こえてくる。
「なにごとかしら?」
どうやらそれは、道路を挟んだ反対側の歩道から聞こえてきていた。
「フェアウェイ、こっちよ!!」
バレンティアはフェアウェイの手をしっかり掴み、人波を掻き分けながら慣れない街を懸命に走っていた。
東京を経由し、無事に神田川空港に降り立ったバレンティアとフェアウェイ。
空港からそのまま地下鉄に乗り丘福駅まで辿り着いたが、その場で大勢の黒マントを着た集団に出くわした。
ニューメキシコでも感じ取れたアンナ・フォンが率いてきた一味の強い殺気。
同様の殺気を感じ取ったバレンティアは強引に集団を突破し、逆に人集りを利用し駅の外へ飛び出したのだ。
― まさか、こんなにも早く奴らの追っ手がついて来ていたなんて・・・―
右も左も解らぬ異国の地だが、とにかく今は奴らの目を誤魔化せる場所へ逃げこむしかない。
バレンティアはそう考え、あえて人集りが多そうな一つの百貨店の入り口をくぐり抜けた。
七階建ての百貨店。
入ってすぐのエントランスホールには最上階までの吹き抜けと、それに連なったエスカレーターがある。
「フェアウェイ、急いで!!」
フェアウェイの手を引きエスカレーターに駆け込もうとするバレンティア。
その時・・・・
「バレンティア!」
背後から聞き覚えのある声が彼女の足を止めた。
振り返ると数人の黒マント姿が立っており、そのうちの一人が顔を覆っているフードを外した。
「ル・・ルゥ・・・!?」
そこには、ニューメキシコを抜け出るときに手を貸してくれた仲間・・・ルゥの姿が。
「バレンティア、話しを聞いて・・・。私は貴女を助けたいの・・・」
ルゥはそう言ってゆっくり近寄ってくる。
「ルゥ・・・・」
バレンティアの目には涙が零れていた。
まさか、もう二度と会えないかもしれないと思った仲間が・・・。
この数日間、寝る間も無く追ってくる敵だらけの毎日。
必死で逃げまわり疲れ果てた心に、その心を許せる仲間の姿を目にして・・・。
「バレンティア、騙されちゃだめ!」
フェアウェイが戒めるように強く手を引いた。
「!?」
フトッ・・我に返り、改めてルゥを見直す。
よく見ると、不自然にツヤのある肌・・・。ぎこちない足取り・・・・。 そして、バレンティアを見つめるその黒い瞳は、まるでビー玉のように生気が無い。
「マネキン人形・・・? パペット・マスター!?」
噂には聞いたことがある。
生きた人間の魂を抜き取り、その身体を妖術で人形化し自在に操る呪術師の噂を。
いつの間にか前後左右・・・黒マントの集団に囲まれ、逃げ場を失っていた。
すると・・・
シュッッ!!
まるでスプレーでも吹きつけられたような微かな風切音が耳に入ると、どうしたことか!?
その身体が一気に宙に舞い上がったのだ!
バレンティアだけでなく、フェアウェイも同様に宙に浮かび上がっている。
「い・・糸っ!?」
胴体には細い糸が幾重にも巻き付かれ、その糸の先から宙高く引き上げられているのだ!
まるで瞬間移動でもしたかのように一気に吹き抜けを飛び越え、最上階まで引き上げられた二人。
「怪我はないかしら?」
甘く、それでいて澄んだ声・・・。
そこには一人の少女・・・・都の姿があった。
「貴女・・は・・!?」
「わたくしの名はてんこぶ姫。ですが、今はお話をしている時間ではありませんわ。早く逃げますわよ」
都はそう言って先頭を切って駈け出した。
敵か味方かわからないが今は信じるしかない。
バレンティアはフェアウェイの手を引くと、一目散に後を追った。
最上階にある子供向け室内遊技場。 その展望用の大窓の前で都は待っていた。
都はバレンティア達が駆けつけるのを見計らうと、側にあったテーブルで大窓のガラスを叩き割る。
そして自ら外に出ると、手を差し伸べた。
「さぁ、わたくしの手に捕まって」
手に捕まってって言っても、ここは七階・・・。高さにして約30メートル程である。
躊躇しても不思議ではない。
それを悟ってか都は手の平から糸を噴出すると、バレンティアとフェアウェイの身体をグルグルに巻きつけた。
そして自らの身体に縛り付けると、反対側の手から糸を噴出し向いのビルに貼り付ける。
勢い良く蹴りだすと、まるで振り子のようにビルとビルの間を大きく飛び交った。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
大絶叫を上げるバレンティアとフェアウェイ。
向かい側のビルに着くと更に別のビルに・・・。
こうして一気に三つ四つのビルを飛び交って敵の追っ手を振り払うと、ゆっくりと歩道に着地した。
連続バンジージャンプ並の恐怖に目を回すバレンティアとフェアウェイ。
そして、なぜか・・・・香苗も。
そこへ、丁度いいタイミングで路線バスが到着した。
「さぁ、これに乗って行ける所まで行きますわよ」
三人(香苗はバッグの中)は、他の乗客に紛れてバスに乗り込んだ。
第二章 てんこぶ姫 対 R-51へ続く。
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ちょっと田舎へ行けばミンミンと蝉の声が辺り一面に響き渡るのであろうが、ここ神田川県丘福市では年中変わらず車のエンジン音が鳴り響く。
そのジャングルの一角、様々な会社の袖看板が一列に並ぶビルの一つ。
『手作りアクセサリー・銀の首飾りFC本部』と小さく書かれたオフィスに、今・・・尋常では考えられない出来事が起こっていた。
中に居るのは一人の中年男性、矢澤孝一。
株式会社銀の首飾りの代表取締役社長。
高そうなスーツに身を固めた、まだ20代前半の女性は館脇琴実(ことみ)。
同社、取締役専務。
そして靭やかな長い黒髪、静かな湖のように蒼い瞳、高校生・・いや大学生? とにかく小柄な若い少女が一人。その手は真っ赤に血塗られていた。
いやいや、よく見ると、その三人だけではない。
少女の足元には、三~四人の若い会社員らしき男が全身血だらけで横たわっている。
「ま・・待ってくれ! お・・俺は、何もやっていない。俺は社長と言っても便宜上の飾りみたいなもので、全てはそこの女・・館脇専務が動かしていたんだ!」
矢澤は少女の動向を抑えようと、必死で弁解している。
「うふふ・・・。言い訳しなくても、貴方が小物だということはとうにお見通しですわ」
少女はそう言って、一輪の花のような愛くるしい笑顔を見せた。
「それにわたくし・・。殿方の肉はどうしても好きになれないし、生地にしても目が粗くてとても使い物になりませんもの・・・」
― な・・なに言ってんだ・・・こいつ!?―
矢澤は時間でも止まったかのように、ポカンと聞いている。
「だから貴方は・・・」
少女はそこまで言うと、男性に手の平を向けた。
シュッ!!
と細い霧のような物が、矢澤に吹きかけられる。
それは一瞬で矢澤の首に巻きつき、少女と一本の線で結ぶ。
キラキラと輝く一本の細い線。それは…紛れも無く、一本の『糸』。蜘蛛の糸だ。
少女は身体とは似つかないような力で糸を引き、一気に矢澤との間合いを詰めると、鋭い右手を腹部に突き刺した。
「ぐふぅ!?」
矢澤の口から泡のような血がブクブクと吹き溢れる。
「もう・・・黙っていなさいな♪」
まるで羽音の五月蝿い『蚊』でも叩き潰したかのように、軽い仕草であった。
それまでの経緯を逃げもせず、黙って静観していた若い女専務、琴実。
逃げなかったのではなく、逃げたくても逃げられない・・・。
絶対捕食者の前で全ての抵抗を諦めた小動物のように、全身の動きが麻痺していたのだ。
「さて、最後に貴女ですわ!」
少女はそう言って琴実の顎を掴み、その顔をマジマジと眺めた。
「お・・お願い・・、お金なら返す・・・。だから・・助けて・・・」
部屋の外は汗すら蒸発するんじゃないかと思えるくらいクソ暑い天気だが、一人だけ冷凍庫の中にいるかのように顔は青ざめガタガタと震えている。
「わたくし、そんな物に興味は無いし。それに貴女を恨んでいる人も、今更そんな物を返してもらっても嬉しくとも何とも思わないと思いますわよ?」
少女はそこまで言うと、琴実の細い首筋に愛くるしい口を近づけた。
その瞬間、碧い瞳は一転して真紅に光り、少女の上顎から鋭い鎌のような牙が飛び出す。
ゆっくりと深々に、それを細い首に突き刺した。
「ああ・・・!?」
短い悲鳴を上げるのも束の間、体内に冷たい何かが入ってくる。
身体の隅々まで何かが行き渡ると、心地良い痺れとともに身体が麻痺していくのがわかる。
その後、今まで味わったことも無い、まるで天にも舞い上がるような……身体がフワフワと軽くなっていく感覚に覆われる。
― あ・・恍惚・・・ ―
もっとも、実際体内の物は殆どドロドロした液状の物質に変えられ、それを少女が全て飲み干しているのだから身体が軽くなっているのも当然だが。
体内の物が全て飲み干され、ペラペラの等身大切り抜きポスターのようになった琴実の口内に、少女は手首まで突っ込んだ。
手の平からまたも粘着力のある糸のような物質を放出し、皮だけの琴実に流し込む。
その皮を伸ばしたり丸めたり縮めたり繰り返すと、やがてそれは眩い光り輝く金色の一枚の布地に変化していた。
「金色を象徴する言葉は、『ステイタス・輝き・豪華・才能・成功』。実質、会社を操り、大勢の人を騙し、営利を貪っていた貴女には、これ程当てはまる色はないですわね」
少女はそう呟くと布地を端から丸め、自身のバッグにしまい込もうとした。
その時・・・・
ひょこっ!!
「この…妖怪・蜘蛛女! 相変わらずグロい事してるわね!?」
なんと、バッグから小さな頭のような物が現れると、開口一番そう語った。
少女は一気に目を座らせると、その小さな物体を抱え上げホッペタらしき箇所を思いっきりつねる。
「蜘蛛女・・・ではなく、わたくしの名は『八夜葵(はやき)都(みやこ)』。いい加減・・都と呼ぶか、もしくは・・・」
そこまで言うと、少女・・都は見るからに上から目線になり・・・
「『てんこぶ姫』と呼びなさい」
と不気味な笑みを浮かべた。
「いたたたた・・・・! わかった・・わかったから、ホッペをつねらないで!!」
小さな物体はそう叫びながら手足をバタバタと振り回す。
あまりに暴れまくったせいか、それとも都の意図的なのか?
とにかく小さな物体はスルリと都の手からすり抜け、地べたにストンと落っこちた。
それは一目でわかる、人間の女の子っぽいヌイグルミ。
やや茶色がかった黒いポニーテールに、ファンタジー系の魔法戦士のコスチューム。
三頭身の愛くるしいボディーにつぶらな瞳。
ヌイグルミは落ちた拍子に打ちつけた腰をさすりながら、
「あたしだって、『伊達香苗(だて かなえ)』という名前があるのに、アンタ・・一度も名前で呼んだことないじゃないの!?」
「あら!? そうでしたっけ?」
「ほぉ~~ら!! 一介の剣道少女だったあたしがこんな姿になった経緯にしたって!自分に都合の悪いことはな~んにも覚えてない!」
「では、今回はお互い様ということで。それにわたくし、貴女とお喋りしているほど暇ではないので」
都はそう言って、香苗を再びバッグの中に入れようとした。
「なに、急いでいるの!?」
「今からこの生地を持って、恨みを連ねていた方の元へ行かなくては」
その言葉に香苗はピンと来た!
「いつもみたいに、その人まで食べる気!?」
その言葉に都は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに微笑むと
「それは行ってみて・・・、話してみてから決めますわ」
「アンタ、絶対にロクな死に方しないわよ! そうね・・・言うなれば、噂の妖魔狩人に仕留められるっていうのはどう~?」
妖魔狩人・・・。
それは今年になって多くの妖怪を浄化してきた、その名の通り妖怪を退治する狩人。
当然都の耳にも、その噂は入っている。
「あの者たちは、ここ丘福市から離れた柚子村で活動をしています。 ですから、そちらさえ行かなければ、この広い丘福市で出会う可能性は何万分の一ですわ」
そこまで言うと都は一旦口を閉じた。
「でも・・・・・」
「!?」
「一度手合わせしてみるのも、面白いかもしれませんわね♪」
その笑顔はめったに見ることのない、黒く・・・それでいて心から楽しみにしているような、そんな希少な笑顔だった。
ビルから大通りに出てJR丘福駅に向かってしばらく歩くと、遠くから何やら悲鳴やら叫び声などが聞こえてくる。
「なにごとかしら?」
どうやらそれは、道路を挟んだ反対側の歩道から聞こえてきていた。
「フェアウェイ、こっちよ!!」
バレンティアはフェアウェイの手をしっかり掴み、人波を掻き分けながら慣れない街を懸命に走っていた。
東京を経由し、無事に神田川空港に降り立ったバレンティアとフェアウェイ。
空港からそのまま地下鉄に乗り丘福駅まで辿り着いたが、その場で大勢の黒マントを着た集団に出くわした。
ニューメキシコでも感じ取れたアンナ・フォンが率いてきた一味の強い殺気。
同様の殺気を感じ取ったバレンティアは強引に集団を突破し、逆に人集りを利用し駅の外へ飛び出したのだ。
― まさか、こんなにも早く奴らの追っ手がついて来ていたなんて・・・―
右も左も解らぬ異国の地だが、とにかく今は奴らの目を誤魔化せる場所へ逃げこむしかない。
バレンティアはそう考え、あえて人集りが多そうな一つの百貨店の入り口をくぐり抜けた。
七階建ての百貨店。
入ってすぐのエントランスホールには最上階までの吹き抜けと、それに連なったエスカレーターがある。
「フェアウェイ、急いで!!」
フェアウェイの手を引きエスカレーターに駆け込もうとするバレンティア。
その時・・・・
「バレンティア!」
背後から聞き覚えのある声が彼女の足を止めた。
振り返ると数人の黒マント姿が立っており、そのうちの一人が顔を覆っているフードを外した。
「ル・・ルゥ・・・!?」
そこには、ニューメキシコを抜け出るときに手を貸してくれた仲間・・・ルゥの姿が。
「バレンティア、話しを聞いて・・・。私は貴女を助けたいの・・・」
ルゥはそう言ってゆっくり近寄ってくる。
「ルゥ・・・・」
バレンティアの目には涙が零れていた。
まさか、もう二度と会えないかもしれないと思った仲間が・・・。
この数日間、寝る間も無く追ってくる敵だらけの毎日。
必死で逃げまわり疲れ果てた心に、その心を許せる仲間の姿を目にして・・・。
「バレンティア、騙されちゃだめ!」
フェアウェイが戒めるように強く手を引いた。
「!?」
フトッ・・我に返り、改めてルゥを見直す。
よく見ると、不自然にツヤのある肌・・・。ぎこちない足取り・・・・。 そして、バレンティアを見つめるその黒い瞳は、まるでビー玉のように生気が無い。
「マネキン人形・・・? パペット・マスター!?」
噂には聞いたことがある。
生きた人間の魂を抜き取り、その身体を妖術で人形化し自在に操る呪術師の噂を。
いつの間にか前後左右・・・黒マントの集団に囲まれ、逃げ場を失っていた。
すると・・・
シュッッ!!
まるでスプレーでも吹きつけられたような微かな風切音が耳に入ると、どうしたことか!?
その身体が一気に宙に舞い上がったのだ!
バレンティアだけでなく、フェアウェイも同様に宙に浮かび上がっている。
「い・・糸っ!?」
胴体には細い糸が幾重にも巻き付かれ、その糸の先から宙高く引き上げられているのだ!
まるで瞬間移動でもしたかのように一気に吹き抜けを飛び越え、最上階まで引き上げられた二人。
「怪我はないかしら?」
甘く、それでいて澄んだ声・・・。
そこには一人の少女・・・・都の姿があった。
「貴女・・は・・!?」
「わたくしの名はてんこぶ姫。ですが、今はお話をしている時間ではありませんわ。早く逃げますわよ」
都はそう言って先頭を切って駈け出した。
敵か味方かわからないが今は信じるしかない。
バレンティアはフェアウェイの手を引くと、一目散に後を追った。
最上階にある子供向け室内遊技場。 その展望用の大窓の前で都は待っていた。
都はバレンティア達が駆けつけるのを見計らうと、側にあったテーブルで大窓のガラスを叩き割る。
そして自ら外に出ると、手を差し伸べた。
「さぁ、わたくしの手に捕まって」
手に捕まってって言っても、ここは七階・・・。高さにして約30メートル程である。
躊躇しても不思議ではない。
それを悟ってか都は手の平から糸を噴出すると、バレンティアとフェアウェイの身体をグルグルに巻きつけた。
そして自らの身体に縛り付けると、反対側の手から糸を噴出し向いのビルに貼り付ける。
勢い良く蹴りだすと、まるで振り子のようにビルとビルの間を大きく飛び交った。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
大絶叫を上げるバレンティアとフェアウェイ。
向かい側のビルに着くと更に別のビルに・・・。
こうして一気に三つ四つのビルを飛び交って敵の追っ手を振り払うと、ゆっくりと歩道に着地した。
連続バンジージャンプ並の恐怖に目を回すバレンティアとフェアウェイ。
そして、なぜか・・・・香苗も。
そこへ、丁度いいタイミングで路線バスが到着した。
「さぁ、これに乗って行ける所まで行きますわよ」
三人(香苗はバッグの中)は、他の乗客に紛れてバスに乗り込んだ。
第二章 てんこぶ姫 対 R-51へ続く。
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