② 千佳、もう勝ち目はないよ。諦めて・・・!
「千佳、もう十分だよ……。これ以上は千佳が傷つくだけだから、もう止めよう・・」
攻撃しても、ダメージを与えらないのなら、どう考えても勝ち目は無い。
やれば……やるだけ、傷つくのは目に見えている。
凛は、優しく悟らせるように伝えた。
「結局…ウチは、凛にとってお荷物以外……何者でも無いって事やね・・・」
やはりそうだ!
千佳は人間としての、意識を取り戻しつつある。
「ええよ、もう……。化け物になろうが……、消えて無くなろうが……、もうどっちでもええよ……」
だが…千佳は、力無く膝をつき、そのまま項垂れてしまった。
「ち…違う、千佳っ!! そんな意味じゃない!」
慌てて取り繕う、凛。
その時・・・
「ほぅ、いい感じで負の感情に溢れておりますな。 うむ、悪くない!」
いつの間にか、ムッシュが千佳に寄り添っていた。
「絶望感や孤独感といった負の感情は、怨念と同様の負のエネルギー」
そう言ってムッシュは、手にした包丁で自らの指を傷つけると、その血を千佳の口の中に滴り落とした。
「う…うぐっ……おぇ……」
強烈な吐き気を催す千佳。
「な……、千佳に何をしたの!?」
「まぁ、黙ってご覧なさい。今から面白いモノが見れますぞ!」
…と、ムッシュは苦しむ千佳に視線を送る。
すると、どうしたことか・・・千佳の身体がムクムクと膨れ上がるように、変貌していく。
「あの姿は、怨獣鬼・・・!?」
嫦娥が驚きの声を上げた!
そう、千佳は……あのムッシュになる前の、怨念の化身であった、元の怨獣鬼そっくりの姿に変わっていった。
「ち…千佳………」
人間としての面影すら残っていない、その悍ましい姿に、凛は腰を抜かしてしまった。
「ムッシュ!!」
珍しく激怒した優里が、爆発したようにムッシュに飛びかかった。
優里の薙刀と、ムッシュの包丁が激しく火花と散らす。
「身共も忘れるでないぞ!」
二人の激突に、白陰も加わった。
その間、悪夢から目が覚めず、呆けたままの凛に、化け物と化した千佳が、鋭い牙を向けていた。
グォォォォォォ・・・・・!!
ところが、再び千佳が悶え苦しみだした。
それどころか、そのその悍ましい姿は、まるで水滴が垂れるように、ボタボタと朽ち果てていく。
「な…なんなの……!?」
様子を見ながら戦っていた優里は、思わず気を取られてしまう。
その隙を逃さなかったムッシュと白陰。
一気に優里を抑えこんでしまった。
全ての肉体が崩れ落ち、水たまりのように液状化した千佳。
「あ…………?」
凛も、ただ呆然と見つめるしかなかった。
すると、再びムクムクと液体が膨れ上がっていく。
そして、徐々に徐々に・・それは人の姿を形成していった。
「いったい、何が起こっておるのじゃ……?」
さすがに嫦娥にも意味がわからない。
優里を取り押さえた、ムッシュも白陰も、無言で眺めている。
その姿は、全裸の一人の少女・・・。
そう、獣人化……怨獣鬼の姿に変わる前の、千佳の姿であった。
だが、その肌は褐色で、瞳は緑色に光っていた。
完全に少女の姿に形成されると、千佳(?)は、何かを求めるように辺りを見渡した。
そして、ムッシュに目をつけると、
「ねぇ、アンタのその服……ええやね。 ウチにも分けてくれへん?」
と問いかけた。
「ほぅ、なかなか目の付け所がいいですな。よろしい、分け与えましょう!」
ムッシュはそう言って、懐からもう一着の、厨房用の服を取り出した。
「お…おぬし、なんでそんな物、持ち歩いておるんじゃ!?」
思わず、嫦娥がツッコむ。
「吾輩、身だしなみに気を使うのでな」
ムッシュから渡された厨房用の服を着こなすと、千佳はマジマジとその姿を眺めた。
そして、満足したような笑みを浮かべると、
「うん、ええ感じやね♪」
人差し指で軽く唇に触れ、投げキッスのような仕草をした。
「どこかで似たような輩を見かけたな・・・・」
白陰がしかめっ面で、ツッコむように呟く。
「ね…ねぇ……、貴方…千佳……よね?」
腰を抜かし、呆然と眺めていた凛が呟くように問いただした。
「ウチか・・? ウチは………
そう! ウチの名は、パティシエール……。パティシエール・サイトーと呼んでな!」
千佳……いや、パティシエールは、満面の笑みでそう答えた。
「いったい、何がどうなっておるのじゃ?」
そう呟く嫦娥に、
「あの千佳という娘は短期間で、妖樹化・果実化・妖怪化・妖怪との融合・そしてムッシュの血を入れ、怨獣鬼と化した。
だが、あまりに短期間で多くの変化をしたために、細胞が耐え切れず崩壊してしまった。
にも関わらず、最も強く残った想いが、その肉体を一からを蘇生させた。としか思えん」
― 長く妖怪として生きているが、こんな事は初めてだ…… ―
白陰も、目を丸くして語るしかなかった。
「凛……、ウチの大好きな、凛……」
パティシエールは、優しく凛の頬を撫で回す。
「おっと、その娘もこちらの白い妖魔狩人同様、吾輩が美味しく頂く予定にしておる」
ムッシュが横から釘を差した。
「美味しく頂く……? アンタが凛を……?」
パティシエールがムッシュに問い返した。
その目は、完全に座っている。
「誰に向かって言うとんねん!? ウチはパティシエール……、菓子作りの職人や! そして、アンタごときに凛を料理されるくらいなら、ウチが美味しい菓子にしてやんよ!」
パティシエールは、そう言って凛を抱きしめた。
「なぁ…凛。 凛もウチに菓子にされて食べられた方がええやろ?」
「わ……わたしは、誰にも…食べられたく…ない……」
「カワエエわ! ホンマ、カワエエわ……。食べちゃいたいくらいって言葉が、ホンマ…ピッタシやな!」
「わたしの話を聞いて・・・」
凛は完全に困惑している。
「オッサンはオッサンらしく、そっちのオバハンを調理したらええねん! ま…、たいした料理はでけへんやろけどな!」
「オバハン…って、私の事!? 私はこれでも十七歳……」
優里が自ら置かれた立場を忘れて、突っ込んだ!
「ふむ……? それはもしかして、吾輩に喧嘩を売っておられるのかな?」
ムッシュの目も段々座ってきた。
「まぁ、そう受け取ってもらっても結構やけど、言っとくけどウチは強いよ♪」
不敵に笑うパティシエール、その全身から赤い妖気が溢れるように立ち込めている。
「し…信じられん、あのパティシエールという娘。妖気から推測すると、その戦闘力はムッシュと殆ど互角・・・!?」
白陰が驚愕している。
それを聞いた嫦娥の顔も青ざめる。
「そ……そうじゃ! お前さん達、二人共料理が得意なんじゃろ? だったら料理で勝負したらどうじゃ?」
嫦娥が事を収めるように提案した。
「料理で対決……? うむ、悪くない!」
「じゃろ? そうじゃ…ムッシュも菓子を作れるじゃろ? 菓子対決はどうじゃ!?」
「ウチはええよ♪ でも、そっちのオッサンには不利やない? 変更してやろか?」
相変わらず挑発気味のパティシエール。
「ふん、吾輩…この頭に、壱万ほどのレシピを記憶させておる。菓子の一つや二つ、まるで問題ない!」
対してムッシュは、ドヤ顔で返した。
「それでは勝負は明日深夜。材料は今、各々が手にしている妖魔狩人でどうじゃ!?」
「ええよ♪」
「異存ない!」
「ま…まって、私たちが、食べられるの……?」
「嘘だよね……。千佳…嘘だと言って……」
各々の思惑を他所に、今ここで、菓子対決の火蓋が切って落とされた。
ここは、いつもの由子村に隣接する犬乙山、麓の洞窟。
洞窟の隅には、縛られた優里が横たわっていた。
優里は、霊力を封じ込むことができる、妖怪人参を煎じた粉を飲まされ、反撃の糸口すら掴めない状態であった。
ムッシュは、人一人入るような大鍋を火に掛け、調理台の上には、大きな肉叩きハンマーを準備していた。
「いったい、どんなお菓子を作るんだ?」
白陰が興味深そうに、ムッシュに問いかけた。
「ブラン・マンジェ…。白い食べ物と呼ばれ、白い妖魔狩人を材料にするなら、まさに最適の菓子。
古くは、フランス上流貴族だけが口にすることができた、由緒ある物ですな」
手際よく準備を済ませると、調理台の上に優里を横たわらせた。
「うぐ……うぐ……っ」
猿轡をはめられ、一切声を出すことができない優里。
ムッシュを凛と睨みつけるその瞳の中に、恐怖と怯えも見え隠れしていた。
「では・・!」
ムッシュが肉叩きハンマーで、優里の腹を叩いた。
「うぐっ……」
痛みで、思わず仰け反る優里。
ムッシュはお構いなく、手足、胸…腰、まんべんなく叩いていく。
ひっくり返しては叩き、ひっくり返しては叩き。
肉も骨も、ぐにゃぐにゃになるまで叩き尽くすと、そのまま煮えたぎる大鍋の中に、優里を放り込んだ。
グツグツと煮こまれ、大口を開け、ダラリと垂らした舌。
「このままブイヨン、アーモンドミルクと一緒に、まる一日煮込み続ける。それによって旨味はもちろん、皮に含まれるゼラチン質が、プヨプヨとした食感を作りあげるわけですな」
ムッシュは大鍋を見つめ、自慢気にほくそ笑んだ。
一方その頃パティシエールは、人間だった頃の自宅に戻り、全裸の凛を連れて浴場にいた。
豪邸ならではの大きめな湯船に温めの湯を張り、その中で凛の身体を優しく揉みほぐしていた。
それは、まるでガラス細工を取り扱う様に、ゆっくりと優しく丁寧に、凛の全身を揉みほぐしていく。
かれこれ、小一時間程この状態だったため、凛はすっかりのぼせ上がっていた。
パティシエールは時折、虚ろな凛の唇に自らの唇を重ねたり、舌を入れながら、「かわええ~♪」と、無邪気に喜んでいた。
ある程度すると、洗い場にバスマットを敷き、その上で更に凛の身体を揉みほぐしていく。
パティシエールの指先は、どこかの某殺人拳のように経絡秘孔を刺激し、その影響か?
凛の身体は骨も肉も、まるで粘土のように軟らかくなっていく。
「あ……っ あぁぁ………」
なのに凛は、恍惚とした表情で、甘い溜息を繰り返していた。
パティシエールは、そんなグニャグニャの凛を、今度は肉団子の様に捏ね回しながら丸めていく。
捏ねては丸めて・・・。
やがて凛は、軟らかな球状になっていた。
「後は、グラス一杯のミルクを飲ませ、一晩寝かせれば美味しい生地になるで!」
パティシエールは、ひと通りの作業を終えると、軽く凛にキスをし、大きな冷蔵庫に収納した。
翌日、ムッシュは一晩煮込み続けた、鍋の様子を見ていた。
大きな木のヘラを手にすると、鍋の中の優里に突き刺すように差し込んだ。
するとヘラは、何の抵抗もなく優里の身体を突き抜ける。そのまま、何度も割るように優里の身体を裂いていく。
そう、グニャグニャに軟らかくなるまで叩かれ、一晩煮こまれ続けた優里の肉体はドロドロの液状化しており、鍋の中で簡単に掻き回すことができた。
元々、色白の優里の肌。アーモンドミルクも一緒に煮込んでいた為、それは具の無いクリームシチューのような状態になっていた。
ムッシュは状態を確認するように、スプーンで一口分掬い、口に入れた。
女子高生の独特の甘みが、鼻腺を通り抜ける。
「うむ、悪くない!」
ムッシュは更に、ラム酒、レモンの汁、ヘーゼルナッツなどを入れて、味を整えた。
「これで器に盛り、後は冷やすのみだ!」
こちらはパティシエール。
冷蔵庫で一晩寝かされた凛は、見事に発酵しており、少し膨れ上がっていた。
指で突くと、綿のように軟らかい。
パティシエールは、素手で引き伸ばしながら、凛の身体を平らにしていった。
優しく…優しく、手の平で撫でるように平らにしていく。
すっかり円盤状まで平らになった凛を、指先でちょっとだけ摘み上げると、そのまま口に入れた。
甘酸っぱい思春期の味が、脳に突き刺さる。
「やっぱ……ええわぁ~♪」
思わず安堵の溜息が出た。
最後に隠し味程度に、砂糖をひとつまみだけ振りかけてやった。
「あとは、オーブンで焼きあげるだけやね♪」
その夜、対決は斎藤家、リビングで行われた。
ちなみに、両親…使用人は、全て前日にパティシエールが殺害している。
審査員は、白陰、嫦娥、そして拉致され無理やりこの席に付けさせられた、金鵄とセコ。
「それでは今から、ムッシュ・怨獣鬼対パティシエール・サイトーによる、お菓子対決を始めるわい」
進行は嫦娥が行うことにした。
「まずは、ムッシュからじゃ!」
嫦娥の合図で、ムッシュがワゴンを押して入ってきた。
一つ一つ、各自のテーブル上に、ガラス製のデザートカップを並べる。
「これが、吾輩の用意した菓子、ブラン・マンジェである」
「ほぉーっ!」
白陰が、感心したように驚きの声を漏らした。
デザートカップの中には、まるで『ババロア』によく似た、白いゼリー状の物体が盛りつけられていた。
白陰、嫦娥、スプーンを差し込み一口分掬ってみる。見た目はババロアのように綺麗な乳白色だが、ババロアよりもゼリーのように、プルプルと震える。
口元へ持って行くとラム酒の香りがほのかに鼻をくすぐる。
「どれどれ……?」
二人は口に入れてみた。
「おっ!? プルプル感が口の粘膜にまとわり付くくせに、それでいてベタベタした感触が無い!」
「おおっ! チーズのようなコクと、甘みが口の中に広がったわい! これが、白い妖魔狩人の味……!?」
「更にレモンの酸味、ナッツの風味が続いてくる! これは凄い…!」
「まさに、デザートの管弦楽団じゃ…!」
絶賛しながら、ブラン・マンジェを味わう二人。
「そっちの二人もどうかね?」
ムッシュが、金鵄とセコの二人にも薦めた。
「冗談じゃない! 僕達が優里で作ったお菓子なんか、食べられるものか!?」
猛烈に反発する金鵄。
「もし食べぬなら、今すぐこの村の住民を、全員抹殺してくるが・・それでも良いかね?」
ムッシュが、すました表情で脅してくる。
だが、コイツはやると言ったら、やる。
金鵄もセコもそれがわかっている。
仕方なく、カップの菓子に口を付けた・・・・。
― 旨い……、悲しいことに、とろけるような甘さとコクが、全神経を電流が走るように刺激する… ―
一度口にしたら、あまりの美味さに、二人共止まらなくなっていた。
「君もどうかね?」
ムッシュは、隅で眺めていたパティシエールにも薦めた。
軽く頷いたパティシエールは、カップを受け取り、一口味わった。
「なるほど~、でかい口叩くだけあって、たしかにええ味やわ!」
「次はパティシエールの番じゃ」
嫦娥がパティシエールに声を掛けた。
パティシエールは大皿をテーブルの中央に置いた。
「ほぅ!? もしかして、それは『ガレット・ペルージェンヌ』かね?」
ムッシュが、大皿に盛られた、大きな円盤状の焼き菓子を見て話した。
「どういう菓子じゃ?」
嫦娥が問い返す。
「なに…、フランスの田舎に伝わる、郷土料理ですな」
ムッシュはそう答え、パティシエールに向かうと…
「こんな田舎菓子で、吾輩のブラン・マンジェに張り合う気かね?」
とせせら笑った。
「ふん、戯言は食べてから言いや!」
パティシエールも負けていない。
大皿のガレット・ペルージェンヌをピザのように切り分けると、一枚一枚小皿に取り、それぞれの前に並べた。
「たしかに見た目は、先程の方が高級感もあり美味そうだったが・・・」
白陰は一枚手にとると、口の中に入れた。
嫦娥も後に続いて、口に入れる。
「な…なにっ!?」
白陰は思わず声を上げた!
だが…その後、白陰も嫦娥も、まるで言葉を忘れたかのように、黙々と真剣にガレット・ペルージェンヌを食している。
強引に食べさせられた金鵄もセコも、それが元は凛であったこと忘れたかのように、ひたすら食べ続けている。
「うむ……? 皆…どうしたというのだ!?」
さすがに異様な雰囲気と感じ取ったムッシュ。
「この菓子に、いったい何があったのいうのだ?」
ムッシュはそう言って、ガレット・ペルージェンヌを一枚手に取り口に入れた。
「こ……これは……!?」
驚きのあまり、手にしたガレットを落としそうになる。
「表面はサクサクとした感触、だが…中はまるで生クリームのように、ふんわり軟らかい……!!
しかも…ミルキーで、それでいて酸っぱさと甘さの調和がとれており、素材である黒い妖魔狩人の味を、100%…完全に引き出している。
それは菓子というより、まるで大自然に育てられた、最高の果実を食しているような、そんな錯覚に陥ってしまう」
呆然とした表情のムッシュ・・・
「吾輩のブラン・マンジェとはレベルが違う・・・。この差はいったいどこから・・?」
「一つは、素材の引き出し方や……!」
パティシエールは、ムッシュの悩みに答えるように語りかけた。
「オッサンの調理知識や技術はたしかに凄い。ぶっちゃけ…超一流や! だけど、十代の女の子を調理するにあたっては、それがネックになったんやな!」
「知識や技術がネックに・・・?」
「せや! どんな十代の女の子が可愛いか…、よう考えてみ!? ごっつ化粧して着飾った子が可愛いと思うか?」
「た…たしかに! 十代女子はむしろ、素っぴんで自然のままの子の方が逆に可愛く見える!」
「料理も一緒や! 十代女の子を材料にするなら、アレコレ入れまくったらアカン。出来る限り、素材の味だけで勝負した方がいいんや!」
ムッシュは言葉が返せなかった。
「そして、もう一つや! これが一番大事……。料理は愛情や!!」
「愛情……? そんなくだらん物が、何の役に立つというのですかな?」
「一つ質問や。 オッサン……下ごしらえで肉軟らかくすんの、どうやった?」
「それはもちろん、肉叩きハンマーで叩いて軟らかくしたが・・・?」
「そんな事したら、女の子の肌の繊維も肉も、ボロボロになってしまうやろ? そしたら、舌触りも落ちるやんか!」
「う……!?」
「それだけやない。 肉体的にも精神的にも苦痛を与えると、β―エンドルフィン…つう、脳内物質を出すんや。 コレ…鎮痛剤みたいなもんでな、肉質を麻痺させるようなもんやから、当然味も落ちるに決まってるやろ!」
「では貴殿はどうやって?」
「ウチは徹底して、愛情タップリのマッサージした。
優しく優しく・・・凛がウットリするくらい、ええ気持ちになるように…な!
だから肉も繊維も傷つかん。
そして人間…気持ちええとな、ドーパミンつうホルモンを出すんや。 これによって更に快楽も高まって肉質も向上し、より美味くなるっつうわけや!」
ムッシュは言葉が無かった・・・
皆は、二人のやりとりを黙って見つめていた。
「それじゃ、勝敗は・・・」
嫦娥がそう切りだすと
「いや、吾輩の完敗だ・・・・・」
初めて見せる、ムッシュの項垂れた姿。
常に自信に満ちあふれているムッシュを見てきた白陰や、嫦娥にとっては、『レア』な瞬間であった。
パティシエールは、まるで武士の情けと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとした。
その時・・・
「待った! もし…貴殿さえ良ければ、また吾輩と勝負をしてもらえんだろうか? 吾輩…貴殿のような強者と出会い、久しぶりに気分が高揚した」
ムッシュが目を爛々と輝かせながら、声を掛けた。
その言葉にパティシエールは、無言で首を振った。
「な…なんですと!? もはや吾輩では、相手にならないというのですかな?」
「せやない……」
パティシエールは振り返り、ニッコリ微笑むと・・
「ウチ、女の子は凛しか興味ないねん。 凛を調理し終えた今……、他の女の子を料理する気なんて、サラサラ無いわ!」
そう言って、ガハハッ・・と笑い出した。
その後、妖魔狩人のいなくなった柚子村も、そして日本も、中国妖怪やムッシュの手に落ちていった。
ムッシュは相変わらず、人間を家畜化し、ソレの料理を極める毎日を送っていた。
だがパティシエール・サイトーの噂は、以来……、一切聞こえる事はなかった。
バッド・エンド