みら!エン 第三話
STG17 天女戦士ミオ登場(3)「どういう事なのよぉ、ミオ?」先を走るミオの後を追いながら訊ねるニコ。
「つまり情報を集めているのでなく、集めるフリをしながら登録した一部の利用者に逆情報を与え、自在におびき寄せて襲っていたとしたら?」「それって、罠を張って待ち伏せていた・・という事?」「そう。だから被害場所も、動機も特定しづらかったというわけ。」「じゃぁ…、やっぱりこの事件は、人間の仕業によるものって事かなぁ?」「嫌な予感がするんだよね。
人間の仕業なら、ここまで犯行を犯していながら、全然証拠を残さないでいられるかな?」ミオの表情は、いつになく険しかった。
そう話しながら走っているうちに、昼間セイナから聞いた…潰れた中華レストランが見えてきた。
そして…その店の前にいるのは?
「水無月先輩っ!?」「あ…っ、ミオちゃん!?」セイナが中華レストランの元入り口だった場所に立っていた。
元々、この近辺は人通りが少なく、レストランに限らず何の商売をやっても当たりそうにない場所だ。
今も人影もなく、ただ一人セイナが立っているだけだ。
「先輩一人だけですか?」「ううん…、昴ちゃんと…弥生ちゃんの二人が店の中に入ってるのよ。」店は閉店している。シャッターも閉じてあり、外からは中が見えない。
「先輩は、なんでここに一人で待っているんです? 一緒に入らなかったのですか?」ミオは不思議そうに訊ねた。
「入らなかったんじゃないの。入れなかった…のよ、私は。」そう答えるセイナの顔は、いつものような無邪気な明るさが無い。
普段見ることのないような真剣な表情で、しかも何かに気づいているようだ。
「なにしろ・・・魔力けっ…か…」セイナは独り言のように呟いた。
「え…っ!?」魔力けっか・・・? 耳を疑うように、思わずミオは問い返した。
「あ…、なんでもないの。とにかく~、何でだろうね? 足が竦んじゃったのかな…。
私は何故だか…入れないのよーっ」セイナは我に返ったように、いつものおどけた口調でそう答えた。
「ボク…中に入ってみます。」ミオはそう言って、入り口の扉を開こうとした。
ビリビリビリ・・・!!―!!?―ノブを握った瞬間、電流のようなものが全身を走った。
『なるほど…そういう事なのねぇ』ブレザーの中に隠れていたニコが、ミオの耳元でそっと囁いた。
『魔力結界。
設定された以上の魔力ランクがないと、立ち入れないようにしているんだよぉ』「魔力ランク?」『うん、魔力レベルって言ってもいいかもぉ。
一口に魔力っていっても、使い手によって当然…強い弱いがあるのよぉ。
その強さを判別しやすいように、ランク別に分類しているの。』「つまり…魔力の強い人はAランク。それ以下はB…C…とかいう感じで?」『ズバリ、その通り!! 普通はAからF位までに分類されるけどねぇ』「へぇ…、今まで知らなかった。…で、ボクは今どれ位なの?」興味津々でミオは訊ねる。
『今のミオなら、DからCに成りかけってところかなぁ?
この間の蛾の妖魔との戦いで、結構ランクアップしたみたいだからぁ』「それでも…まだCに成りかけ!?」思いっきり不満そうな表情のミオ。
『不満そうに言っているけど、Cなら相当なものなんだよぉ。
例えば、吸血鬼や獣人(人狼など)とかの真祖(感染者でなくオリジナル)ですら、Cランクなんだから。
それに、魔界から人間界にやって来れる魔族は、最大でCランクだしぃ』「そうなの?」『うん、詳しいことは…また今度話すけどぉ』つい、話が長引いたと言わんばかりに、ニコは話を中断した。
「…だね。今大事なのは、この魔力結界で閉ざされている店の中に入ること。」ミオはそう言うと、再び入り口のノブに手をかけた。
『こういう術が使えるとなると…相手は高等な魔導師。
もしくは、魔族の可能性が高いよぉ。
そして…この結界の魔力からするとぉ、ランクC以上なら中に入れるかもぉ!』「つまり、今のボクなら…ギリギリ入れるか? 入れないか? ってトコだね!」再び電流のようなものが、ミオの全身に流れる。
先ほどとは違い、今度は…全身全霊の魔力を、ノブを握っている腕に集中させた。
バチッ! バチッ! バチッ!一瞬火花のようなものが散ったが、ミオの身体に流れる電流のようなものが止まった。
ゆっくりとノブを回し、扉を開けるミオ。
ニコと共に頷くと、静かに店の中へ入っていった。
「ミオちゃ…ん…、どうし…て…?」事の顛末を眺めていたセイナは、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、思い出したように自らも入り口のノブに手をかけた。
ビリビリビリッ!!「キャッ!!」激しい電流が全身を流れ、セイナは手を離した。
痺れる両手を眺めながら…
「ミオちゃん、ミオちゃんって…もしかして?」そう呟いていた。
静かに店の中へ入ったミオ。
すぐ脇にあるレジカウンターに身を隠しながら、内部の様子を見てみる。
元はホールだったこの広い空間も、テーブルや椅子を片付けてあり、ガランとしている。
―んっ!?―ホールの奥の方で、金色に輝くマンホールの蓋のような物を掲げて喜んでいる痩せた女が一人。
いや、良く見ると…それはマンホールの蓋ではない。
人の顔・・・?
いえ・・少女・・・?
ボクと同じくらいの歳の女の子の顔がある・・・。
「どう…? 私の新しいコレクション。メダル少女の昴ちゃんですわ♪」痩せた女・・・ミンスーは、少し離れた場所で腕を組んだまま、壁に寄りかかっている…もう一人の女に話しかけた。
話しかけられた褐色の肌に整ったスタイルの女は、ゆっくり口を開く。
「フン…、発想は面白いけど、メダル化した娘自身に興味が無いわね。
先日の娘達同様…いい匂いがしないのよ。」「貴女たしか、シグーネとかいう…お名前でしたわね。
この娘も、先日までの娘も生娘らしい、いい匂いをしているではありませんか。
何が気に入りませんの?
それとも…、ああいう風に調理をしないと駄目ですか?」ミンスーは不思議そうに首を傾げると、チラリと厨房へ目を向けた。
―調理・・・・?―ミオはレジカウンター隠れたまま、少し身を乗り出し厨房を覗き込む。
―!? …な…なんなのよ…アレ!?…―厨房の中では、太った女…パンスが、皿に盛られた巨大なハムカツを前に涎を垂らしながら喜んでいる姿が見える。
そのハムカツは、まるで人のような大きさ。
厚さはたしかにハムのように薄い。
しかし、頭部らしきもの…胴体らしき部分、両手…両足。
どう見ても、ペチャンコになった人間をパン粉を塗して揚げたような物だ。
―ちょ…ちょ…! まさか…アレも水無月先輩の友達っ…!?―一気に青ざめるミオ。
シグーネと呼ばれた女もミンスーの言葉で厨房を覗いていたが、その表情はすっかり冷めている。
「そういう…匂いじゃないのよ。」「!?」「アタシが求めている匂いは、もっと…
正義感、勇気、闘志、そして純粋で…清らかな慈愛の心を具現化したような匂い。
あんな、どこにでもいる…自己中心的な小娘が発する、安っぽい匂いじゃないのよ」金色に輝く瞳をもつ…シグーネと呼ばれる女。
だが、やはり…その瞳はすっかり冷めているように見える。
「訳のわからない事を言う女性(かた)ですね…貴女は。」ミンスーは呆れたように、メダル化した昴を抱きしめていた。
(たす…け…)ミオの耳に、メダルから…微かだが声が聞こえた。
―あの娘…まだ、生きている!?
もしかしたら…あっちのハムカツ化している女の子も?
そうだとしたら、すぐに助けなきゃ!!―そう思った瞬間、ミオは一気に身を乗り出そうとした。
「ちょ…ちょ…ちょっと、待ってよぉ!
ハッキリ言うよぉ。あの3人の女…あれは、魔族の女達だよぉ!!」慌ててニコが前に立ちふさがり、ミオを止めた。
「魔族?」「そう、天界から来たミオとは、正反対の魔界から来た種族。
そして、あの3人の魔力ランクは…全員Cランク。
つまり、1対1で戦っても…ミオと互角以上の魔力の持ち主。
今までの妖魔や妖怪を相手にするようにはいかないのよぉ!!」「だから、どうしろっていうの?」「ここは一旦引いて、作戦を立ててから出直したほうがいいよぉ」ハムカツにされた弥生…。
メダルにされた昴…。
ミオは、二人を再度ゆっくり見つめなおすと
「そんな…悠長な事は言ってられないよ。今…ここで助けなければ、あの人たちは間違いなく、助からない!」そう言って、立ち上がり…カウンターから姿を見せた。
そして・・・・
「その人達を元に戻して解放しなさいっ!!」そう叫ぶと、手にしていた竹刀を構え、臨戦態勢に入る。
「あら? どうやってここに入ったのかしら?
普通の人間では入れないように結界を張っておいたのに…?」ミンスーが不敵な笑みを浮かべながら問いかける。
「ボクは天女族の神楽ミオ! キミ達の結界はボクには通用しないよ!」『そんな…強がり言ってぇ、ギリギリ…やっと入れたんじゃないのぉ!』ニコが小さな声で突っ込んだ。もっとも…当のミオには聞こえていないようだが。
「天女族…!?」厨房から、1オクターブ高くなった声でパンスが叫ぶ。
「天女族って言ったら、食べたら不老不死になるって噂じゃないっ!!
ミンスー、悪いけど…その天女の娘、アタシが頂くよぉっ!!」パンスはそう叫ぶと、その丸い巨体をボールのように弾ませながら、厨房から飛び出してきた。
「ニハハハハハッ!!」パンスは弾みながら、無差別に壁やテーブルを踏み潰していく。
「ソニックエッジ!!」ミオが、風属性魔法…真空の刃を放った。
偶然にも、パンスはソレをかわした。
かわされた魔法は、そのまま壁を引き裂く。
「ミオ、むやみに飛び魔法は不味いよぉ! ハムカツ化した女の子やメダル化した女の子に当たる可能性があるぅ!」ニコが慌てて叫んだ!
―だったら…!!―ミオは手にした竹刀を撫でるように魔法をかけた。
竹刀に目には見えないが、真空の渦が纏わりつく。
その竹刀を構え、飛び跳ねるパンスに間合いを詰めると、一気に振り下ろした。
シュパァァァァッ!!パンスの身体の一部から、鮮血が飛び出す。
「へぇーっ、本来…直接放って攻撃する真空魔法を、間接魔法のように竹刀に纏わりつかせ…魔法剣のように、武器を強化する。
なかなかやるじゃないの…あの娘♪」さっきまで、無表情で冷め切っていたシグーネがニヤリと微笑んだ。
「ニヒヒ…、食べてやる…。絶対に食べてやるよ…天女族。」噴出す血を手で押さえながら、パンスの目はそれでも爛々と輝いている。
気を緩ませず、再度竹刀を構えるミオ。
パンスは先ほど同様、ビョンビョンと身体を弾ませると、一直線にミオに向かって飛び掛る。
半歩身体をずらして避ける。
剣道でいう、見切りという高等防御術だ。
「クン…クン…♪
いいわ…いいわよ…あの娘。自分よりもややレベルの高い相手なのに、勇気・闘志・そして冷静さ。全てを活かして互角以上に戦えそうじゃないの♪」鼻を膨らませながら、やや身を乗り出して戦う二人を見つめるシグーネ。
ミオは、そのまま身体を反転させ、竹刀を振り上げる。
そして竹刀を振り下ろそうとした瞬間、背後からミンスーが飛び掛る。
そして…手にしていた粉をミオに振りかけた!
―!?―両手…両足から力が抜けていく感覚が走る。
「こ…これは…!?」ためらうミオに、ミンスーが再度粉を振り掛ける。
「えええっ!?」ミオは腰を抜かすように、そのまま崩れてしまった。
「どうかしら? フニャフニャパウダーの効き目は?」そう、ミンスーがミオに振りかけたのは、弥生や昴に使った…あの粉。
全身を捏ねた小麦粉状にしてしまう、フニャフニャパウダーだ。
「ニヒヒ…。ナイスフォローだよ…ミンスー。
そのままペチャンコにして、お前もハムカツにして食べてやるよ」パンスは、そう言って弾み上がると、ミオ目掛けて落下してくる。
パンスの巨体が、ミオの目の前に・・・・!
「サンダーブレイクッ!!!」そこへ、ミオの指先から放たれた電撃が、パンスに直撃した。
バリバリバリッ!!全身から煙を噴出し、転がり落ちるパンス。
一目でわかる、即死だ。
「いいわ~~っ♪
最後まで諦めない心が生んだ…逆転劇。
うん、いい匂いよ~っ、あの娘。」もう…シグーネの表情は歪みっぱなしだ。
「まさか、その身体でパンスを倒してしまうとは…。
恐れ入りましたわ。」ミンスーが呆れ顔でパンスの死体を眺めている。
「キミもそうなりたくなかったら、女の子達を元に戻して…魔界に帰りなさい」倒れたままの姿勢だが、いつでも魔法を放てるように指差し、力強く問い詰めるミオ。
「パンスじゃないですけど、たしかにいいですわね…貴女。」ミンスーは両手を軽くあげ、まるで降参でも示すように振り返った。
「どうかしら?
もし…貴女が私のコレクションになってくだされば、他の娘は解放いたしますわ」ミンスーはそう言って微笑む。
「ボクがキミのコレクションに・・・?」「そう、メダル…いえ、絵画がいいですわね。
その勇敢な姿を絵画にして…飾ってみたいですわ♪」「冗談じゃないよ。つまらない事を言っていないで…早く二人を元に戻して。
さもないと・・・・」「さもないと、私にもパンスのように攻撃いたします?」ミンスーはニヤリと笑った。そして右腕を真横にあげると
「断っておきますが、元々魔力ランクはほぼ互角。
でも…今の貴女はフニャフニャパウダーで起き上がる事もできず、せいぜい転がって魔法を放つのが精一杯。
そんな状態で、本気で私に勝てると思っていらっしゃるの?」そこまで言うと、真横にあげた右腕を一気に数メートル先へ伸ばした。
鋭い刃物のような爪が、壁を貫く。
「おわかり? 貴女も倒して…全員コレクションにする事も可能なのですよ。」腕を戻し、その爪先をペロリと舐めた。
―・・・・・・・―無言であたりを見渡すミオ。シグーネとも目が合う。
「わかった…ボクを好きなようにしていいよ。
ただし、二人は元に戻して…開放してもらうよ。」ミオは妥協したように、呟いた。
「うふ…っ いい子ですわ♪」そう言ってミオを抱えあげると、Fサイズ25号(803x652mm)くらいのキャンバスの上に仰向けで寝かしつけた。
そして、刷毛でミオの身体に赤い液状の薬品を塗り始める。
するとどうしたことか、ミオの身体が縮小し始めた。
ドンドン縮小し、約半分くらいの大きさになった頃…再度ミオの身体に青い液状の薬品を塗りつける。
ミオの縮小はそこで止まったが、今度は身体がキャンバスに染み込むように、溶け込んでいく。
それはミオの形をした液体が、キャンバスという布地に吸い込まれていく・・・
そういう風にも見える。
10分もすると、キャンバスとミオは、完全に一体化していた。
そう…それはどう見ても、白いキャンバスにミオの全身像を描き込んだ…絵画。
水彩画とも油絵とも、どちらでもなく…まるで人物写真のような。
だが…不思議な事に、その絵は生きている。
なぜならば・・・絵の中でミオは、瞬きをしたり…驚いたりしている。
そして、今まで白かったキャンバスが、朱色に滲むように変化していた。
「どうかしら…? 私の最高のコレクションのひとつ。 生きている少女絵画。
キャンバスという世界に完全に閉じ込め、永遠に歳も取らず…死ぬ事もなく、絵として生きていくのよ。」実際に【絵】になってしまっているミオ自身は、どんな感じなのか?
それは、今では朱色になっているが、つい先程まで真っ白で上も下も無い無重力の世界に連れ込まれ、目の前にキャンバスと同じサイズの外の世界が見える。
そんな感じだ。
「キャンバスの色の変化は、貴女の感情を色で表現しておりますの。
朱色になったというのは、貴女の心の中で…まだ私に対する戦闘意欲が残っている事を現していることですね。
そう…絵全体が生きているのですよ。こんな芸術…他には無いでしょう♪」恍惚とした表情のミンスー。
今にも、絵画となったミオに…頬ずりする勢いだ。
「さぁ…こんな素晴らしい芸術、野晒しにはできないですわね。
埃が被らないうちに、額縁に保管しなくては。」ミンスーはそう言って、ホールを出て従業員休憩室へ向かっていった。
おそらくその部屋に、額や他の道具などを置いてあるのだろう。
「どうしてミンスーの言う事を素直に聞いて、絵画になったりしたんだい?
まだ…戦う意欲は残っていただろう?」腕を組み壁に寄りかかったままのシグーネが訊ねてきた。
「ボクにとっての優先は、アイツと戦い…倒す事じゃない。ハムカツやメダルにされた人を助け出す事。」「アハハハハハハハハッ!
アンタ、あの女がそんな約束を守ると、本気で信じているのかい?
ミンスーは、アンタも他の娘も魔界に持ち帰るよ…絶対に。」シグーネは大声で笑い出すと、呆れた口調で話した。
「…そうかもしれない。
でも、嘘か本当か…? 信じてみないとわからないじゃん。」そう言ってミオはニッコリ微笑んだ。
「それに・・・・」「…?」「それに、キミがいたから・・・」ミオの視線が真直ぐ…シグーネに向いた。
「キミ・・・? て、アタシの事かいっ!?」鳩が豆鉄砲を食らった。まさにそんな表情のシグーネ。
「うん。
キミも人間にとって悪い魔族なのかも知れないけど、でも…なんか孤高感があるっていうか…
自分の誇りに賭けて、どんな小さな約束でも守ってくれそうな…。
さっき、目が合った時…そんな気がした。
だから、信じられたのかもしれない。」微笑みながら話すミオ。キャンバスの色は淡く優しい桃色になっていた。
「知りもしない…、しかも魔族相手に、身体と命を賭けて信じたっていうの?
天女でも人間でも…初めてみたよ、こんな最高のバカ娘。」シグーネの表情は、完全に呆れている。
…が、口元だけは、嬉しそうに微笑んでいる。
そうこう言っているうちに、ミンスーが大きな額縁を持って戻ってきた。
そして丁寧に絵画となったミオを額に収めていく。
「うふ、やっぱり生きた少女絵は、いいですわね~♪」額に入ったミオを眺め、ミンスーは喜んでいる。
「なんか、こう…気分がいいと、お腹も空いてきますね。
そうだわ、パンスが作ったハムカツがありましたね。アレを頂きましょう。」ミンスーは額に入ったミオを壁に立てかけると、厨房を見つめた。
「ま…待ちなよ!」同時にミオが叫び声をあげる。
「ボクを絵にしたら、二人とも元に戻して開放する約束だよ。早く戻してよ!」「ウフフ…。
約束っていうのは、対等の立場の者同士が行なうもの。
絵画になって、手も足も出ない貴女に守ってさしあげる約束なんかないわ♪」ミンスーは完全にミオを見下しながら話す。
「守ってやりなよ。」―!?―「!?」突然の言葉に、ミオもミンスーも驚いて振り向いた。
なぜならば、その言葉はシグーネから発せられたものだからだ。
「同じ魔族として…情けないんだよ。約束も守れないなんて…小悪党っぽくてね。」冷め切った軽蔑の表情でミンスーを見つめるシグーネ。
「シグーネ…、貴女は人間界に来るのは初めてですから知らないでしょうけど、人間ごとき下等生物を対等に扱うことの方が、魔族として恥ずかしい事なのですよ。」ミンスーは、そう言いながらシグーネを睨み返す。
「そして…貴女もよく存じているとは思いますが、魔界では強さが全て。
弱者には意見すらいう資格も無いのです。
ちなみに私は魔界に帰れば、100人の部下を持つ身。
本来…貴女ごときが対等に口を聞ける立場ではないのですよ。
この死んでしまったブタのような魔族もね。」ミンスーはそう言って、パンスの死体を踏みつけた。
(このタコ…。)シグーネの表情に明らかに不機嫌さがみえる。
「足をどけなよっ!!」「!?」ミオと一体化しているキャンバスが、燃えるように真っ赤になっている。
「約束も守れない・・・・
それどころか、死んでしまった仲間を足蹴にするなんて・・・・
キミは、いったい何様のつもりなんだよっ!!」バリバリバリッ!!電撃がミンスーの脇を通り抜けていった。
「な・・・な・・なぜ・・・!?」見ると、絵画となったミオの右腕が、キャンバスを飛び出している。
その人差し指は明らかにミンスーを向いていた。
「なぜ…魔法を…、いえ…どうして…腕が!?」ミンスーの表情から血の気が抜けた。
驚くべきことはそれだけではなかった。
バリン! 額のガラスが砕き割れていくたびに、左腕…右足、左足、そして…頭部。
ミオがキャンバスから抜け出てくる。
「この娘に塗った薬は、封印の魔法と同じ効果があるのですよ…
どうして、抜け出る事ができるの…?」「その封印の魔法より上回る魔力を、あの娘が発揮しているからじゃない。
簡単な理由よ。」シグーネがニヤつきながら答える。
―今現時点での…この娘の魔力は、Cの上…いえ…B。下手をすればAに近いランクかも―シグーネは、キャンバスから抜け出そうとしているミオを力を推測する。
「はぁ…はぁ…はぁ…」キャンバスから完全に抜け出たミオ。
「な…なんですの…、この天女族の娘は!?」震えながら一歩、二歩後退するミンスー。
そして、メダル化した昴を小脇に抱えると、一目散に外へ飛び出して行った。
ドタッ!!すぐに追いかけようとしたミオだが、そのまま崩れるように倒れてしまう。
「ま…待て…っ!」目の前が暗くなり、意識が遠くなっていく。
中華レストラン外 入り口前「バケモノですか…あの天女は…?」外に逃げ出したミンスーは、振り返りながら呟いた。
「感情の起伏によって一時的に魔力が高まる。 珍しいけど…たまに見るタイプよ♪」ゆっくりと歩きながら、現れるシグーネ。
「でも、その感情の高ぶりの理由が、自分の事でなく…他人の為にだなんて、たとえ人間だろうが…天女だろうが、そっちの方が珍しいわ♪」その表情は、やけにご機嫌だ。
「だから…何だと言うのですか? とにかく私は一旦魔界へ戻りますわ!」ミンスーはそのまま立ち去ろうとした。
「あ~っ、帰るのは構わないけど、そのメダルの女の子は置いていってもらえる?
あのミオって天女に、魔族が卑怯で小悪党な種族と思われるのは、嫌なのよね。」「誰に向かって…そんな口を聞いているのかしら?
先程も言いましたけど、私は魔界では100人の部下を持っているのですよ。
貴女が魔界へ戻った時、その恐ろしさを身を持って教えてあげましょうか?」そう言いながら、蛇のような目でシグーネを睨みつけた。
「へぇー、それは…それで面白そうだね。それじゃ…アタシが魔界に戻った時は、迎えに来てよ。
そうそう、予め言っておくけど…シグーネって名前はセカンドネームでね。
これだけじゃ魔界では通じないから、一応フルネームを教えておくわ。」「…?」「アタシのフルネームは、ノーストル=シグーネ=アスタロト。」―ギクッ!?―ミンスーの身体に一瞬、旋律のような震えが走った。
「ア…アスタロト・・・。
ば…ばかな…、アスタロトと言えば…魔界の四大魔王・・・・・・」「100人でも…200人でも、連れてきていいからね♪」シグーネがそう言ってニヤリと笑う。
「な…何を仰ってるの…。
敵うはずが…100人連れて行こうが、200人連れて行こうが…、敵うはずがない…」ミンスーは、ガタガタと震えている。
焦点を失って、遠くを見つめたままの瞳。
血の気の失せた…その表情は、完全に戦意を失っていた。
そして…脇に抱えていたメダルを、その場にポトリと落とした。
つづく