2014.06.28 Sat
妖魔狩人 若三毛凛 if 第14話「千佳の覚醒 -後編-」
① 優里お姉さん、最後まで千佳と戦って・・・
「優里お姉さん、千佳と最後まで戦ってあげてください!」
優里に向かってそう叫ぶと、
「千佳……! 最後まで諦めないで! 頑張れっ!!」
今度は千佳に向かって、応援するように声を掛けた。
「凛・・・!?」
「凛ちゃん……?」
金鵄も優里も驚いた。
まさか、あの優しい凛が、こんな戦いを続行させようとするなんて。
「ほら……千佳、わたしの声聞こえるでしょ!? 最後まで…頑張れっ!」
「何を考えているのだ……、あの娘……?」
白陰も不可思議な表情で眺める。
「凛………?」
その言葉が届いたのか、肩で息をしていた千佳は、再び体勢を立て直し、優里を睨みつけた。
そして・・・・
アアアアアアアアアアアアアアアアアアっ・・・・!!
と、絶叫するように声を張り上げた!
すると、どうしたことだろう?
獣人化していた千佳の身体に異変が起き始める。
全身を覆っていた体毛も、突き出た獣の口元も・・・全て退化するように消えていく。
その代わり、右腕だけが小刻みに震えだし、やがて…一回り、二回りと大きく変貌していった。
二回りほど大きくなった右腕は、その指自体も刃物のような爪と化し、まるで灼熱の炎のように赤い。
いや、その爪先に止まろうとした一匹の蜻蛉が、一気に燃え尽きてしまった。
そう……実際にその爪は、激しい高熱を放っている。
「なるほどのぉ、素早い動きに必要な分の妖力以外は、、全て右腕一本に集中させたのじゃな……」
嫦娥のその言葉の通り、赤く逆立った髪はそのままだが、あとは大きく変貌し、武器と化した右腕以外、元の人間の姿に戻っていた。
そう……体毛も無くなり、産まれたままの、スッポンポンの全裸で・・・・
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
全裸になった千佳に気づき、凛は悲鳴を上げた。
優里も思わず、目を覆う。
「うん!?」
しばし呆然としていた千佳だが、自らのその状況を知り、身を隠すように草陰にうずくまった。
それを見た嫦娥は、やれやれ・・・と立ち上がり、千佳に向かって歩みだした。
「一応、こんな事もあるかと思って、用意しておいたぞぃ!」
そう言って、懐から一着の衣類を取り出した。
出された衣服を、慌てて身につける千佳。
「その衣(ころも)は、火山に住む『火鼠』の毛で編んだもの。強度な防御力に、お前さんの灼熱の爪にも焼き焦がれない、耐久力を持つ」
嫦娥がそう言い終える頃には、千佳は衣類を身にまとっていた。
ノースリーブパーカーに、ボンテージパンツ、巻きスカート。配色は赤と黒が基準の、いわゆる人間界で『パンクルック』と呼ばれる類の服であった。
「この国の娘の戦闘服というのは、こういう物なんじゃろう?」
嫦娥は極当たり前のように、素の表情で言い切る。
それを聞いた凛は、
― 金鵄にしろ、いったいどこで、そういう誤った情報を仕入れてくるのよ!? ―
と、ツッコミたいのを抑えていた。
「まるで見てくれは、妖魔狩人・・・そのものだな」
白陰が呆れたように呟いた。
「たしかに・・・・」
ムッシュも頷く。
「それじゃ……続きを始めるっちゃよ!」
武器化した右腕を、誇示するように構えると、千佳は優里を睨みつけた。
それに応じるように、薙刀を構え直す優里。
千佳は、大きく息を吐き……気持ちを集中させたかと思うと、一気に優里の懐に向かって飛び込んだ!
素早い動きで薙刀を払う、優里。
だが、先の戦いで優里のスピードを上回った千佳は、紙一重でソレをかわし、優里の胸元狙って、右腕を突き出した!!
ザクッ!!
鈍い音が響く!
優里の鎧は灼熱の爪に切り裂かれ、軟らかい肌からも鮮血が飛び散った!
そう、ついに千佳の攻撃が、優里を捉えたのだ。
胸元を抑え、一歩二歩と引き下がる優里。
「優里…お姉さん……」
さすがの凛も驚きを隠せなかった。
優里が血を流す姿も、引き下がる姿も、初めて見たからだ。
「こうなってくると、この勝負……逆転もあり得ますな」
静観を決め込んでいたムッシュが、珍しく真剣な表情で呟いた。
それを聞いた白陰、すかさず……
「たしかにスピードは千佳という娘が上回っているが、それだけで白い妖魔狩人を抑えられるとは思えんが……?」
と、反論する。しかしムッシュは・・・
「仰るとおり戦闘経験、技……殆どは、白い妖魔狩人の方が上ですな。しかし、ポイントは…あの『間合い』にある。
薙刀は、その長い獲物のお陰で間合いが広い。だが反面その長さゆえに、懐に入られると為す術がない。
一方あの娘は、右腕の爪のみに絞ったため、間合いも狭いが、逆に懐に飛び込んでも、動きが鈍る事はない。
そうなると、動きの速さが大きな決め手になるというわけですよ」
と理論的に返した。
そして、そのムッシュの言葉が正しいように、徐々に千佳が優里を押し始めていた。
防戦一方の優里だが、千佳の動きは予想以上に速く、更に二撃目を喰らってしまった。
「凛ちゃん、ごめんなさい……」
突然、優里が凛に語り始めた。
「あの千佳さんっていう子、かなり強いわ。こうなると、本気でやり合わないと、私も危ない……」
優里の言葉を聞いた凛は、一瞬言葉に詰まったが、
「お姉さん……お願いします、本気でやってください」
と答えた。
凛の言葉に無言で頷いた優里は、再び薙刀を構えた。
それは切っ先が水平な状態で、一直線に千佳に向けられている。
「ほぅ……、一発逆転の大技でも繰り出すつもりですかな?」
ムッシュが興味深そうに、視線を向けた。
一方…千佳も、そんな気配を感じ取ったのか、まるで間合いを測るように、右腕をまっすぐ伸ばした。
タイミングを測るように、ゆっくりリズムカルに息を吐く優里。
そして、その息が止まった瞬間!
最大限に突き出した薙刀で、千佳に向かって突進した!
それは今まで以上の閃光のような速さ!
さすがの千佳もかわすのは不可能と察したか、武器と化した右腕を盾のように突き出し、傷つくのを承知で、薙刀を弾き返した。
宙に浮く、薙刀!
「もらったっちゃぁぁ!!」
その瞬間を逃さず、千佳の鋭い灼熱の爪が、優里の喉元を狙った!
「優里っ!!?」
見ていた金鵄が、悲鳴のような声を上げる。
千佳の右手の爪は、優里の喉元を貫いて・・・・・
貫いて・・・・・?
いや、貫かれる寸前に、その爪を両手で挟み込み動きを封じていた。
それは、武術で言う……『真剣白刃取り』と同じ形。
「ま…まさか……、アンタ…コレを狙って……!?」
千佳が驚きの声を漏らす。
「そうよ! 広い間合いが不利ならば、いっそ獲物を捨て、間合いを縮めてしまえばいいだけ!」
優里はそう言って、不敵に微笑んだ。
だが、喜んでばかりはいられない。
千佳の爪は、蜻蛉を一瞬で焼き払うほどの高熱を放っている。
その爪を素手で押さえ込んでいる優里の手からは、肉の焼けるような匂いが立ち込める。
「くっ……!」
優里の額に汗が滲む。
だが優里は、その腕を捻るように身体を回転させると、その反動を利用し、千佳を倒れこませた。
そして、両足で右腕の付け根を挟み込みながら、腕を引き伸ばす。
「あ・いてててててて・・・・・・っ!!」
千佳が絶叫を上げた。
それは、プロレスでもよく見られる、本来は柔術の技・・『腕ひしぎ十字固め』
実戦型武術を習っていた優里は、獲物を失った時でも身を守れるように、ある程度の柔術の技も極めていた。
一見、そんな技で・・・? と思われるだろうが、真に関節技を決められた時の痛みは相当なものである。
妖怪と融合したことで筋力も上昇している、物理ダメージを軽減する戦闘服を着ていてる。
それでも、関節を捻られる痛み……骨をへし折られるような痛みをやわらげる事はできない。
優里のように武術の達人から決められたなら、一般人では二秒と我慢できないだろう。
「ぐぅっっ・・・」
それでも千佳は必死に耐える。額には玉のような汗が吹き出していた。
「千佳・・・・」
凛も静かに見守るしかない。
既に二分程経過し、もう…痛みを通り越して、意識が遠のきそうになる。
「参った・・・・」
ついに、千佳が負けを認めた。
思わぬ幕切れに、呆然とする……白陰、ムッシュ。
「優里お姉さーん……千佳ーっ……!」
凛が二人の元へ駆け寄ってきた。
「お姉さん…大丈夫!? 怪我は……!?」
「う……ん、ちょっと…手、火傷しちゃったみたい……」
優里の両手は焼けただれ、所々…皮も剥げ、肉が見えている。
「わたしが……わたしが、大変な事をお願いしたばかりに……」
「気にしないで、凛ちゃん。これくらい本当に平気だから」
そう言って微笑む優里だが、額には玉のような汗がいっぱいである。
「凛……ウチ……」
そんな二人に千佳が割って入った。
すると凛は、千佳の肩を優しく抱きしめ
「おかえり、千佳・・・」
と微笑んだ。
「怒らないっちゃか…?」
「なんで怒るの? こうして千佳が無事に帰ってきてくれたじゃない」
「いや…だって、ウチは化け物になったし……、それに凛も、そして隣のお姉さんも、殺そうとしたったよ!?」
そう言う千佳に、優里が反応した。
「でも、戦いの後半……、特に最後の手刀は本気でなかったでしょ?」
「え……!?」
「キレが甘かったから……。人間の心を取り戻して、手加減してくれたの、わかったわよ」
優里の言葉に、千佳は素知らぬ顔で頷いた。
「千佳……!」
そんな千佳に凛が声を掛けた。
「ん……?」
「これからも、ずっと一緒にいようね!」
その言葉に千佳は、灼熱の髪に負けないくらい赤面し、しばし…目も合わせられなかったが、やがて恥ずかしそうに上目遣いで見つめると、こう返した。
「ありがとう・・・」
その様子を見ていた金鵄は、内心驚きを隠せなかった。
― まさか凛……、君は彼女が人間の心を取り戻せると信じて、戦いを煽ったのかい……!? ―
「フン……! とんだ、茶番だ……」
黙って様子を眺めていた白陰は、そう叫ぶと懐から瓢箪を取り出した。
「どうするおつもりですかな?」
ムッシュが問い返す。
「一番手ごわい白い妖魔狩人が負傷している…今! 黙って見過ごす気は無い!」
そう言って、瓢箪の栓を抜いた。
立ち込める白煙の中から、十数の人影らしきものが見える。
それは山精。中国河北省に伝わる妖怪。
身長一尺ほどの一本足で、角が無い鬼の姿をしている。
「妖魔狩人を殺してこい!」
白陰は、単刀直入に命じた。
十数匹の山精が、凛や千佳たちに向かっていく。
いち早く気づいた優里、直ぐ様迎え撃とうとするが・・・
「く…っ!!」
酷い火傷の両手では、薙刀を握ることすら出来ない。
「その怪我はウチのせいっちゃ。 だから、ここはウチにまかせてや!」
そう言って立ち上がった、千佳。
「私も一緒に戦うから、優里お姉さんは休んでいて!」
凛もそう言って弓を構えた。
千佳は、襲い来る十数匹の山精の集団に、真正面から飛び込むと、一匹目の山精を、その鋭い右腕の爪で貫く!
更に二匹目の攻撃をかわして、爪で横払いに切り裂いた。
「高嶺さんに比べれば、スピード、防御力……、てんで雑魚っちゃ!!」
千佳は次々に山精を撃退していった。
だが、一瞬の油断か!? 背後から迫る一匹の山精に気づかない。
「やばっ……!?」
千佳が気づいた時には、山精の鋭い爪が眼前に迫っていた。
その時、山精が青白い光の粒子と化して、蒸発するように消えてなくなる。
振り返ると、矢を放った体勢の凛が、微笑んでいた。
「凛、ありがと!!」
「千佳、貴方の後ろは、わたしが守るよ!」
凛はそう言って、次々に援護の矢を放つ。
「さすが、幼なじみ……、初めての共闘なのに、いい連携ね」
優里は、安心しきった笑顔で呟いた。
次々に山精を撃退していく、千佳と凛。
もはや、凛と千佳の勝利は明らかであった。
「バカな……、山精の戦闘力は、妖怪化した人間より上なんだぞ……!?」
白陰は、信じられないといった表情で眺めていた。
「あの二人の連携攻撃は、それを上回っている。簡単な数学ですな」
ムッシュは鼻で笑うように答えてやった。
「ところで・・・・」
いきなり口調と表情を変えると、囁くように嫦娥に話しかける。
「吾輩、レーヌ(女王)妖木妃とは、直にお会いしたことがないので事の真意はわかりませぬが、マダムは本当にレーヌに忠誠を誓っておられるのかな?」
「どういう意味じゃ?」
「いや…いや、深い意味は無い。ただ…何か思うことがあるのではないかと、思いましてな!」
「くだらん……」
嫦娥はそれ以上、答えなかった。
それで満足したのか? ムッシュは不敵に微笑むと、
「十分楽しませて頂いたので、吾輩……ここいらで失礼する。オ・ルヴォワール!」
と言って去っていった。
「ちっ……、こちらも一旦引き上げよう……」
全ての山精が倒されたのを見届けると、まるで苦虫を百匹程噛み砕いたような顔をして、白陰もその場を去った。
嫦娥もそれに続いた。
― 凛、不思議な子だ。彼女の本当の強さは、霊力とかでなく……、友や知人を思いやる心にあるのでは……? ―
いくつか訪ねたい事もあるが、あえてこの場は、抑えていた。
三人と一匹と一羽になった平原。
そこから少し離れた森の中から、一つの人影が潜んでいた。
「これで、『赤い妖魔狩人』も加わったわけね・・・・」
そう言って、踵を返したその後姿は、『青い衣』を身につけていた。
第15話に続く
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「優里お姉さん、千佳と最後まで戦ってあげてください!」
優里に向かってそう叫ぶと、
「千佳……! 最後まで諦めないで! 頑張れっ!!」
今度は千佳に向かって、応援するように声を掛けた。
「凛・・・!?」
「凛ちゃん……?」
金鵄も優里も驚いた。
まさか、あの優しい凛が、こんな戦いを続行させようとするなんて。
「ほら……千佳、わたしの声聞こえるでしょ!? 最後まで…頑張れっ!」
「何を考えているのだ……、あの娘……?」
白陰も不可思議な表情で眺める。
「凛………?」
その言葉が届いたのか、肩で息をしていた千佳は、再び体勢を立て直し、優里を睨みつけた。
そして・・・・
アアアアアアアアアアアアアアアアアアっ・・・・!!
と、絶叫するように声を張り上げた!
すると、どうしたことだろう?
獣人化していた千佳の身体に異変が起き始める。
全身を覆っていた体毛も、突き出た獣の口元も・・・全て退化するように消えていく。
その代わり、右腕だけが小刻みに震えだし、やがて…一回り、二回りと大きく変貌していった。
二回りほど大きくなった右腕は、その指自体も刃物のような爪と化し、まるで灼熱の炎のように赤い。
いや、その爪先に止まろうとした一匹の蜻蛉が、一気に燃え尽きてしまった。
そう……実際にその爪は、激しい高熱を放っている。
「なるほどのぉ、素早い動きに必要な分の妖力以外は、、全て右腕一本に集中させたのじゃな……」
嫦娥のその言葉の通り、赤く逆立った髪はそのままだが、あとは大きく変貌し、武器と化した右腕以外、元の人間の姿に戻っていた。
そう……体毛も無くなり、産まれたままの、スッポンポンの全裸で・・・・
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
全裸になった千佳に気づき、凛は悲鳴を上げた。
優里も思わず、目を覆う。
「うん!?」
しばし呆然としていた千佳だが、自らのその状況を知り、身を隠すように草陰にうずくまった。
それを見た嫦娥は、やれやれ・・・と立ち上がり、千佳に向かって歩みだした。
「一応、こんな事もあるかと思って、用意しておいたぞぃ!」
そう言って、懐から一着の衣類を取り出した。
出された衣服を、慌てて身につける千佳。
「その衣(ころも)は、火山に住む『火鼠』の毛で編んだもの。強度な防御力に、お前さんの灼熱の爪にも焼き焦がれない、耐久力を持つ」
嫦娥がそう言い終える頃には、千佳は衣類を身にまとっていた。
ノースリーブパーカーに、ボンテージパンツ、巻きスカート。配色は赤と黒が基準の、いわゆる人間界で『パンクルック』と呼ばれる類の服であった。
「この国の娘の戦闘服というのは、こういう物なんじゃろう?」
嫦娥は極当たり前のように、素の表情で言い切る。
それを聞いた凛は、
― 金鵄にしろ、いったいどこで、そういう誤った情報を仕入れてくるのよ!? ―
と、ツッコミたいのを抑えていた。
「まるで見てくれは、妖魔狩人・・・そのものだな」
白陰が呆れたように呟いた。
「たしかに・・・・」
ムッシュも頷く。
「それじゃ……続きを始めるっちゃよ!」
武器化した右腕を、誇示するように構えると、千佳は優里を睨みつけた。
それに応じるように、薙刀を構え直す優里。
千佳は、大きく息を吐き……気持ちを集中させたかと思うと、一気に優里の懐に向かって飛び込んだ!
素早い動きで薙刀を払う、優里。
だが、先の戦いで優里のスピードを上回った千佳は、紙一重でソレをかわし、優里の胸元狙って、右腕を突き出した!!
ザクッ!!
鈍い音が響く!
優里の鎧は灼熱の爪に切り裂かれ、軟らかい肌からも鮮血が飛び散った!
そう、ついに千佳の攻撃が、優里を捉えたのだ。
胸元を抑え、一歩二歩と引き下がる優里。
「優里…お姉さん……」
さすがの凛も驚きを隠せなかった。
優里が血を流す姿も、引き下がる姿も、初めて見たからだ。
「こうなってくると、この勝負……逆転もあり得ますな」
静観を決め込んでいたムッシュが、珍しく真剣な表情で呟いた。
それを聞いた白陰、すかさず……
「たしかにスピードは千佳という娘が上回っているが、それだけで白い妖魔狩人を抑えられるとは思えんが……?」
と、反論する。しかしムッシュは・・・
「仰るとおり戦闘経験、技……殆どは、白い妖魔狩人の方が上ですな。しかし、ポイントは…あの『間合い』にある。
薙刀は、その長い獲物のお陰で間合いが広い。だが反面その長さゆえに、懐に入られると為す術がない。
一方あの娘は、右腕の爪のみに絞ったため、間合いも狭いが、逆に懐に飛び込んでも、動きが鈍る事はない。
そうなると、動きの速さが大きな決め手になるというわけですよ」
と理論的に返した。
そして、そのムッシュの言葉が正しいように、徐々に千佳が優里を押し始めていた。
防戦一方の優里だが、千佳の動きは予想以上に速く、更に二撃目を喰らってしまった。
「凛ちゃん、ごめんなさい……」
突然、優里が凛に語り始めた。
「あの千佳さんっていう子、かなり強いわ。こうなると、本気でやり合わないと、私も危ない……」
優里の言葉を聞いた凛は、一瞬言葉に詰まったが、
「お姉さん……お願いします、本気でやってください」
と答えた。
凛の言葉に無言で頷いた優里は、再び薙刀を構えた。
それは切っ先が水平な状態で、一直線に千佳に向けられている。
「ほぅ……、一発逆転の大技でも繰り出すつもりですかな?」
ムッシュが興味深そうに、視線を向けた。
一方…千佳も、そんな気配を感じ取ったのか、まるで間合いを測るように、右腕をまっすぐ伸ばした。
タイミングを測るように、ゆっくりリズムカルに息を吐く優里。
そして、その息が止まった瞬間!
最大限に突き出した薙刀で、千佳に向かって突進した!
それは今まで以上の閃光のような速さ!
さすがの千佳もかわすのは不可能と察したか、武器と化した右腕を盾のように突き出し、傷つくのを承知で、薙刀を弾き返した。
宙に浮く、薙刀!
「もらったっちゃぁぁ!!」
その瞬間を逃さず、千佳の鋭い灼熱の爪が、優里の喉元を狙った!
「優里っ!!?」
見ていた金鵄が、悲鳴のような声を上げる。
千佳の右手の爪は、優里の喉元を貫いて・・・・・
貫いて・・・・・?
いや、貫かれる寸前に、その爪を両手で挟み込み動きを封じていた。
それは、武術で言う……『真剣白刃取り』と同じ形。
「ま…まさか……、アンタ…コレを狙って……!?」
千佳が驚きの声を漏らす。
「そうよ! 広い間合いが不利ならば、いっそ獲物を捨て、間合いを縮めてしまえばいいだけ!」
優里はそう言って、不敵に微笑んだ。
だが、喜んでばかりはいられない。
千佳の爪は、蜻蛉を一瞬で焼き払うほどの高熱を放っている。
その爪を素手で押さえ込んでいる優里の手からは、肉の焼けるような匂いが立ち込める。
「くっ……!」
優里の額に汗が滲む。
だが優里は、その腕を捻るように身体を回転させると、その反動を利用し、千佳を倒れこませた。
そして、両足で右腕の付け根を挟み込みながら、腕を引き伸ばす。
「あ・いてててててて・・・・・・っ!!」
千佳が絶叫を上げた。
それは、プロレスでもよく見られる、本来は柔術の技・・『腕ひしぎ十字固め』
実戦型武術を習っていた優里は、獲物を失った時でも身を守れるように、ある程度の柔術の技も極めていた。
一見、そんな技で・・・? と思われるだろうが、真に関節技を決められた時の痛みは相当なものである。
妖怪と融合したことで筋力も上昇している、物理ダメージを軽減する戦闘服を着ていてる。
それでも、関節を捻られる痛み……骨をへし折られるような痛みをやわらげる事はできない。
優里のように武術の達人から決められたなら、一般人では二秒と我慢できないだろう。
「ぐぅっっ・・・」
それでも千佳は必死に耐える。額には玉のような汗が吹き出していた。
「千佳・・・・」
凛も静かに見守るしかない。
既に二分程経過し、もう…痛みを通り越して、意識が遠のきそうになる。
「参った・・・・」
ついに、千佳が負けを認めた。
思わぬ幕切れに、呆然とする……白陰、ムッシュ。
「優里お姉さーん……千佳ーっ……!」
凛が二人の元へ駆け寄ってきた。
「お姉さん…大丈夫!? 怪我は……!?」
「う……ん、ちょっと…手、火傷しちゃったみたい……」
優里の両手は焼けただれ、所々…皮も剥げ、肉が見えている。
「わたしが……わたしが、大変な事をお願いしたばかりに……」
「気にしないで、凛ちゃん。これくらい本当に平気だから」
そう言って微笑む優里だが、額には玉のような汗がいっぱいである。
「凛……ウチ……」
そんな二人に千佳が割って入った。
すると凛は、千佳の肩を優しく抱きしめ
「おかえり、千佳・・・」
と微笑んだ。
「怒らないっちゃか…?」
「なんで怒るの? こうして千佳が無事に帰ってきてくれたじゃない」
「いや…だって、ウチは化け物になったし……、それに凛も、そして隣のお姉さんも、殺そうとしたったよ!?」
そう言う千佳に、優里が反応した。
「でも、戦いの後半……、特に最後の手刀は本気でなかったでしょ?」
「え……!?」
「キレが甘かったから……。人間の心を取り戻して、手加減してくれたの、わかったわよ」
優里の言葉に、千佳は素知らぬ顔で頷いた。
「千佳……!」
そんな千佳に凛が声を掛けた。
「ん……?」
「これからも、ずっと一緒にいようね!」
その言葉に千佳は、灼熱の髪に負けないくらい赤面し、しばし…目も合わせられなかったが、やがて恥ずかしそうに上目遣いで見つめると、こう返した。
「ありがとう・・・」
その様子を見ていた金鵄は、内心驚きを隠せなかった。
― まさか凛……、君は彼女が人間の心を取り戻せると信じて、戦いを煽ったのかい……!? ―
「フン……! とんだ、茶番だ……」
黙って様子を眺めていた白陰は、そう叫ぶと懐から瓢箪を取り出した。
「どうするおつもりですかな?」
ムッシュが問い返す。
「一番手ごわい白い妖魔狩人が負傷している…今! 黙って見過ごす気は無い!」
そう言って、瓢箪の栓を抜いた。
立ち込める白煙の中から、十数の人影らしきものが見える。
それは山精。中国河北省に伝わる妖怪。
身長一尺ほどの一本足で、角が無い鬼の姿をしている。
「妖魔狩人を殺してこい!」
白陰は、単刀直入に命じた。
十数匹の山精が、凛や千佳たちに向かっていく。
いち早く気づいた優里、直ぐ様迎え撃とうとするが・・・
「く…っ!!」
酷い火傷の両手では、薙刀を握ることすら出来ない。
「その怪我はウチのせいっちゃ。 だから、ここはウチにまかせてや!」
そう言って立ち上がった、千佳。
「私も一緒に戦うから、優里お姉さんは休んでいて!」
凛もそう言って弓を構えた。
千佳は、襲い来る十数匹の山精の集団に、真正面から飛び込むと、一匹目の山精を、その鋭い右腕の爪で貫く!
更に二匹目の攻撃をかわして、爪で横払いに切り裂いた。
「高嶺さんに比べれば、スピード、防御力……、てんで雑魚っちゃ!!」
千佳は次々に山精を撃退していった。
だが、一瞬の油断か!? 背後から迫る一匹の山精に気づかない。
「やばっ……!?」
千佳が気づいた時には、山精の鋭い爪が眼前に迫っていた。
その時、山精が青白い光の粒子と化して、蒸発するように消えてなくなる。
振り返ると、矢を放った体勢の凛が、微笑んでいた。
「凛、ありがと!!」
「千佳、貴方の後ろは、わたしが守るよ!」
凛はそう言って、次々に援護の矢を放つ。
「さすが、幼なじみ……、初めての共闘なのに、いい連携ね」
優里は、安心しきった笑顔で呟いた。
次々に山精を撃退していく、千佳と凛。
もはや、凛と千佳の勝利は明らかであった。
「バカな……、山精の戦闘力は、妖怪化した人間より上なんだぞ……!?」
白陰は、信じられないといった表情で眺めていた。
「あの二人の連携攻撃は、それを上回っている。簡単な数学ですな」
ムッシュは鼻で笑うように答えてやった。
「ところで・・・・」
いきなり口調と表情を変えると、囁くように嫦娥に話しかける。
「吾輩、レーヌ(女王)妖木妃とは、直にお会いしたことがないので事の真意はわかりませぬが、マダムは本当にレーヌに忠誠を誓っておられるのかな?」
「どういう意味じゃ?」
「いや…いや、深い意味は無い。ただ…何か思うことがあるのではないかと、思いましてな!」
「くだらん……」
嫦娥はそれ以上、答えなかった。
それで満足したのか? ムッシュは不敵に微笑むと、
「十分楽しませて頂いたので、吾輩……ここいらで失礼する。オ・ルヴォワール!」
と言って去っていった。
「ちっ……、こちらも一旦引き上げよう……」
全ての山精が倒されたのを見届けると、まるで苦虫を百匹程噛み砕いたような顔をして、白陰もその場を去った。
嫦娥もそれに続いた。
― 凛、不思議な子だ。彼女の本当の強さは、霊力とかでなく……、友や知人を思いやる心にあるのでは……? ―
いくつか訪ねたい事もあるが、あえてこの場は、抑えていた。
三人と一匹と一羽になった平原。
そこから少し離れた森の中から、一つの人影が潜んでいた。
「これで、『赤い妖魔狩人』も加わったわけね・・・・」
そう言って、踵を返したその後姿は、『青い衣』を身につけていた。
第15話に続く
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② 千佳、もう勝ち目はないよ。諦めて・・・!
「千佳、もう十分だよ……。これ以上は千佳が傷つくだけだから、もう止めよう・・」
攻撃しても、ダメージを与えらないのなら、どう考えても勝ち目は無い。
やれば……やるだけ、傷つくのは目に見えている。
凛は、優しく悟らせるように伝えた。
「結局…ウチは、凛にとってお荷物以外……何者でも無いって事やね・・・」
やはりそうだ!
千佳は人間としての、意識を取り戻しつつある。
「ええよ、もう……。化け物になろうが……、消えて無くなろうが……、もうどっちでもええよ……」
だが…千佳は、力無く膝をつき、そのまま項垂れてしまった。
「ち…違う、千佳っ!! そんな意味じゃない!」
慌てて取り繕う、凛。
その時・・・
「ほぅ、いい感じで負の感情に溢れておりますな。 うむ、悪くない!」
いつの間にか、ムッシュが千佳に寄り添っていた。
「絶望感や孤独感といった負の感情は、怨念と同様の負のエネルギー」
そう言ってムッシュは、手にした包丁で自らの指を傷つけると、その血を千佳の口の中に滴り落とした。
「う…うぐっ……おぇ……」
強烈な吐き気を催す千佳。
「な……、千佳に何をしたの!?」
「まぁ、黙ってご覧なさい。今から面白いモノが見れますぞ!」
…と、ムッシュは苦しむ千佳に視線を送る。
すると、どうしたことか・・・千佳の身体がムクムクと膨れ上がるように、変貌していく。
「あの姿は、怨獣鬼・・・!?」
嫦娥が驚きの声を上げた!
そう、千佳は……あのムッシュになる前の、怨念の化身であった、元の怨獣鬼そっくりの姿に変わっていった。
「ち…千佳………」
人間としての面影すら残っていない、その悍ましい姿に、凛は腰を抜かしてしまった。
「ムッシュ!!」
珍しく激怒した優里が、爆発したようにムッシュに飛びかかった。
優里の薙刀と、ムッシュの包丁が激しく火花と散らす。
「身共も忘れるでないぞ!」
二人の激突に、白陰も加わった。
その間、悪夢から目が覚めず、呆けたままの凛に、化け物と化した千佳が、鋭い牙を向けていた。
グォォォォォォ・・・・・!!
ところが、再び千佳が悶え苦しみだした。
それどころか、そのその悍ましい姿は、まるで水滴が垂れるように、ボタボタと朽ち果てていく。
「な…なんなの……!?」
様子を見ながら戦っていた優里は、思わず気を取られてしまう。
その隙を逃さなかったムッシュと白陰。
一気に優里を抑えこんでしまった。
全ての肉体が崩れ落ち、水たまりのように液状化した千佳。
「あ…………?」
凛も、ただ呆然と見つめるしかなかった。
すると、再びムクムクと液体が膨れ上がっていく。
そして、徐々に徐々に・・それは人の姿を形成していった。
「いったい、何が起こっておるのじゃ……?」
さすがに嫦娥にも意味がわからない。
優里を取り押さえた、ムッシュも白陰も、無言で眺めている。
その姿は、全裸の一人の少女・・・。
そう、獣人化……怨獣鬼の姿に変わる前の、千佳の姿であった。
だが、その肌は褐色で、瞳は緑色に光っていた。
完全に少女の姿に形成されると、千佳(?)は、何かを求めるように辺りを見渡した。
そして、ムッシュに目をつけると、
「ねぇ、アンタのその服……ええやね。 ウチにも分けてくれへん?」
と問いかけた。
「ほぅ、なかなか目の付け所がいいですな。よろしい、分け与えましょう!」
ムッシュはそう言って、懐からもう一着の、厨房用の服を取り出した。
「お…おぬし、なんでそんな物、持ち歩いておるんじゃ!?」
思わず、嫦娥がツッコむ。
「吾輩、身だしなみに気を使うのでな」
ムッシュから渡された厨房用の服を着こなすと、千佳はマジマジとその姿を眺めた。
そして、満足したような笑みを浮かべると、
「うん、ええ感じやね♪」
人差し指で軽く唇に触れ、投げキッスのような仕草をした。
「どこかで似たような輩を見かけたな・・・・」
白陰がしかめっ面で、ツッコむように呟く。
「ね…ねぇ……、貴方…千佳……よね?」
腰を抜かし、呆然と眺めていた凛が呟くように問いただした。
「ウチか・・? ウチは………
そう! ウチの名は、パティシエール……。パティシエール・サイトーと呼んでな!」
千佳……いや、パティシエールは、満面の笑みでそう答えた。
「いったい、何がどうなっておるのじゃ?」
そう呟く嫦娥に、
「あの千佳という娘は短期間で、妖樹化・果実化・妖怪化・妖怪との融合・そしてムッシュの血を入れ、怨獣鬼と化した。
だが、あまりに短期間で多くの変化をしたために、細胞が耐え切れず崩壊してしまった。
にも関わらず、最も強く残った想いが、その肉体を一からを蘇生させた。としか思えん」
― 長く妖怪として生きているが、こんな事は初めてだ…… ―
白陰も、目を丸くして語るしかなかった。
「凛……、ウチの大好きな、凛……」
パティシエールは、優しく凛の頬を撫で回す。
「おっと、その娘もこちらの白い妖魔狩人同様、吾輩が美味しく頂く予定にしておる」
ムッシュが横から釘を差した。
「美味しく頂く……? アンタが凛を……?」
パティシエールがムッシュに問い返した。
その目は、完全に座っている。
「誰に向かって言うとんねん!? ウチはパティシエール……、菓子作りの職人や! そして、アンタごときに凛を料理されるくらいなら、ウチが美味しい菓子にしてやんよ!」
パティシエールは、そう言って凛を抱きしめた。
「なぁ…凛。 凛もウチに菓子にされて食べられた方がええやろ?」
「わ……わたしは、誰にも…食べられたく…ない……」
「カワエエわ! ホンマ、カワエエわ……。食べちゃいたいくらいって言葉が、ホンマ…ピッタシやな!」
「わたしの話を聞いて・・・」
凛は完全に困惑している。
「オッサンはオッサンらしく、そっちのオバハンを調理したらええねん! ま…、たいした料理はでけへんやろけどな!」
「オバハン…って、私の事!? 私はこれでも十七歳……」
優里が自ら置かれた立場を忘れて、突っ込んだ!
「ふむ……? それはもしかして、吾輩に喧嘩を売っておられるのかな?」
ムッシュの目も段々座ってきた。
「まぁ、そう受け取ってもらっても結構やけど、言っとくけどウチは強いよ♪」
不敵に笑うパティシエール、その全身から赤い妖気が溢れるように立ち込めている。
「し…信じられん、あのパティシエールという娘。妖気から推測すると、その戦闘力はムッシュと殆ど互角・・・!?」
白陰が驚愕している。
それを聞いた嫦娥の顔も青ざめる。
「そ……そうじゃ! お前さん達、二人共料理が得意なんじゃろ? だったら料理で勝負したらどうじゃ?」
嫦娥が事を収めるように提案した。
「料理で対決……? うむ、悪くない!」
「じゃろ? そうじゃ…ムッシュも菓子を作れるじゃろ? 菓子対決はどうじゃ!?」
「ウチはええよ♪ でも、そっちのオッサンには不利やない? 変更してやろか?」
相変わらず挑発気味のパティシエール。
「ふん、吾輩…この頭に、壱万ほどのレシピを記憶させておる。菓子の一つや二つ、まるで問題ない!」
対してムッシュは、ドヤ顔で返した。
「それでは勝負は明日深夜。材料は今、各々が手にしている妖魔狩人でどうじゃ!?」
「ええよ♪」
「異存ない!」
「ま…まって、私たちが、食べられるの……?」
「嘘だよね……。千佳…嘘だと言って……」
各々の思惑を他所に、今ここで、菓子対決の火蓋が切って落とされた。
ここは、いつもの由子村に隣接する犬乙山、麓の洞窟。
洞窟の隅には、縛られた優里が横たわっていた。
優里は、霊力を封じ込むことができる、妖怪人参を煎じた粉を飲まされ、反撃の糸口すら掴めない状態であった。
ムッシュは、人一人入るような大鍋を火に掛け、調理台の上には、大きな肉叩きハンマーを準備していた。
「いったい、どんなお菓子を作るんだ?」
白陰が興味深そうに、ムッシュに問いかけた。
「ブラン・マンジェ…。白い食べ物と呼ばれ、白い妖魔狩人を材料にするなら、まさに最適の菓子。
古くは、フランス上流貴族だけが口にすることができた、由緒ある物ですな」
手際よく準備を済ませると、調理台の上に優里を横たわらせた。
「うぐ……うぐ……っ」
猿轡をはめられ、一切声を出すことができない優里。
ムッシュを凛と睨みつけるその瞳の中に、恐怖と怯えも見え隠れしていた。
「では・・!」
ムッシュが肉叩きハンマーで、優里の腹を叩いた。
「うぐっ……」
痛みで、思わず仰け反る優里。
ムッシュはお構いなく、手足、胸…腰、まんべんなく叩いていく。
ひっくり返しては叩き、ひっくり返しては叩き。
肉も骨も、ぐにゃぐにゃになるまで叩き尽くすと、そのまま煮えたぎる大鍋の中に、優里を放り込んだ。
グツグツと煮こまれ、大口を開け、ダラリと垂らした舌。
「このままブイヨン、アーモンドミルクと一緒に、まる一日煮込み続ける。それによって旨味はもちろん、皮に含まれるゼラチン質が、プヨプヨとした食感を作りあげるわけですな」
ムッシュは大鍋を見つめ、自慢気にほくそ笑んだ。
一方その頃パティシエールは、人間だった頃の自宅に戻り、全裸の凛を連れて浴場にいた。
豪邸ならではの大きめな湯船に温めの湯を張り、その中で凛の身体を優しく揉みほぐしていた。
それは、まるでガラス細工を取り扱う様に、ゆっくりと優しく丁寧に、凛の全身を揉みほぐしていく。
かれこれ、小一時間程この状態だったため、凛はすっかりのぼせ上がっていた。
パティシエールは時折、虚ろな凛の唇に自らの唇を重ねたり、舌を入れながら、「かわええ~♪」と、無邪気に喜んでいた。
ある程度すると、洗い場にバスマットを敷き、その上で更に凛の身体を揉みほぐしていく。
パティシエールの指先は、どこかの某殺人拳のように経絡秘孔を刺激し、その影響か?
凛の身体は骨も肉も、まるで粘土のように軟らかくなっていく。
「あ……っ あぁぁ………」
なのに凛は、恍惚とした表情で、甘い溜息を繰り返していた。
パティシエールは、そんなグニャグニャの凛を、今度は肉団子の様に捏ね回しながら丸めていく。
捏ねては丸めて・・・。
やがて凛は、軟らかな球状になっていた。
「後は、グラス一杯のミルクを飲ませ、一晩寝かせれば美味しい生地になるで!」
パティシエールは、ひと通りの作業を終えると、軽く凛にキスをし、大きな冷蔵庫に収納した。
翌日、ムッシュは一晩煮込み続けた、鍋の様子を見ていた。
大きな木のヘラを手にすると、鍋の中の優里に突き刺すように差し込んだ。
するとヘラは、何の抵抗もなく優里の身体を突き抜ける。そのまま、何度も割るように優里の身体を裂いていく。
そう、グニャグニャに軟らかくなるまで叩かれ、一晩煮こまれ続けた優里の肉体はドロドロの液状化しており、鍋の中で簡単に掻き回すことができた。
元々、色白の優里の肌。アーモンドミルクも一緒に煮込んでいた為、それは具の無いクリームシチューのような状態になっていた。
ムッシュは状態を確認するように、スプーンで一口分掬い、口に入れた。
女子高生の独特の甘みが、鼻腺を通り抜ける。
「うむ、悪くない!」
ムッシュは更に、ラム酒、レモンの汁、ヘーゼルナッツなどを入れて、味を整えた。
「これで器に盛り、後は冷やすのみだ!」
こちらはパティシエール。
冷蔵庫で一晩寝かされた凛は、見事に発酵しており、少し膨れ上がっていた。
指で突くと、綿のように軟らかい。
パティシエールは、素手で引き伸ばしながら、凛の身体を平らにしていった。
優しく…優しく、手の平で撫でるように平らにしていく。
すっかり円盤状まで平らになった凛を、指先でちょっとだけ摘み上げると、そのまま口に入れた。
甘酸っぱい思春期の味が、脳に突き刺さる。
「やっぱ……ええわぁ~♪」
思わず安堵の溜息が出た。
最後に隠し味程度に、砂糖をひとつまみだけ振りかけてやった。
「あとは、オーブンで焼きあげるだけやね♪」
その夜、対決は斎藤家、リビングで行われた。
ちなみに、両親…使用人は、全て前日にパティシエールが殺害している。
審査員は、白陰、嫦娥、そして拉致され無理やりこの席に付けさせられた、金鵄とセコ。
「それでは今から、ムッシュ・怨獣鬼対パティシエール・サイトーによる、お菓子対決を始めるわい」
進行は嫦娥が行うことにした。
「まずは、ムッシュからじゃ!」
嫦娥の合図で、ムッシュがワゴンを押して入ってきた。
一つ一つ、各自のテーブル上に、ガラス製のデザートカップを並べる。
「これが、吾輩の用意した菓子、ブラン・マンジェである」
「ほぉーっ!」
白陰が、感心したように驚きの声を漏らした。
デザートカップの中には、まるで『ババロア』によく似た、白いゼリー状の物体が盛りつけられていた。
白陰、嫦娥、スプーンを差し込み一口分掬ってみる。見た目はババロアのように綺麗な乳白色だが、ババロアよりもゼリーのように、プルプルと震える。
口元へ持って行くとラム酒の香りがほのかに鼻をくすぐる。
「どれどれ……?」
二人は口に入れてみた。
「おっ!? プルプル感が口の粘膜にまとわり付くくせに、それでいてベタベタした感触が無い!」
「おおっ! チーズのようなコクと、甘みが口の中に広がったわい! これが、白い妖魔狩人の味……!?」
「更にレモンの酸味、ナッツの風味が続いてくる! これは凄い…!」
「まさに、デザートの管弦楽団じゃ…!」
絶賛しながら、ブラン・マンジェを味わう二人。
「そっちの二人もどうかね?」
ムッシュが、金鵄とセコの二人にも薦めた。
「冗談じゃない! 僕達が優里で作ったお菓子なんか、食べられるものか!?」
猛烈に反発する金鵄。
「もし食べぬなら、今すぐこの村の住民を、全員抹殺してくるが・・それでも良いかね?」
ムッシュが、すました表情で脅してくる。
だが、コイツはやると言ったら、やる。
金鵄もセコもそれがわかっている。
仕方なく、カップの菓子に口を付けた・・・・。
― 旨い……、悲しいことに、とろけるような甘さとコクが、全神経を電流が走るように刺激する… ―
一度口にしたら、あまりの美味さに、二人共止まらなくなっていた。
「君もどうかね?」
ムッシュは、隅で眺めていたパティシエールにも薦めた。
軽く頷いたパティシエールは、カップを受け取り、一口味わった。
「なるほど~、でかい口叩くだけあって、たしかにええ味やわ!」
「次はパティシエールの番じゃ」
嫦娥がパティシエールに声を掛けた。
パティシエールは大皿をテーブルの中央に置いた。
「ほぅ!? もしかして、それは『ガレット・ペルージェンヌ』かね?」
ムッシュが、大皿に盛られた、大きな円盤状の焼き菓子を見て話した。
「どういう菓子じゃ?」
嫦娥が問い返す。
「なに…、フランスの田舎に伝わる、郷土料理ですな」
ムッシュはそう答え、パティシエールに向かうと…
「こんな田舎菓子で、吾輩のブラン・マンジェに張り合う気かね?」
とせせら笑った。
「ふん、戯言は食べてから言いや!」
パティシエールも負けていない。
大皿のガレット・ペルージェンヌをピザのように切り分けると、一枚一枚小皿に取り、それぞれの前に並べた。
「たしかに見た目は、先程の方が高級感もあり美味そうだったが・・・」
白陰は一枚手にとると、口の中に入れた。
嫦娥も後に続いて、口に入れる。
「な…なにっ!?」
白陰は思わず声を上げた!
だが…その後、白陰も嫦娥も、まるで言葉を忘れたかのように、黙々と真剣にガレット・ペルージェンヌを食している。
強引に食べさせられた金鵄もセコも、それが元は凛であったこと忘れたかのように、ひたすら食べ続けている。
「うむ……? 皆…どうしたというのだ!?」
さすがに異様な雰囲気と感じ取ったムッシュ。
「この菓子に、いったい何があったのいうのだ?」
ムッシュはそう言って、ガレット・ペルージェンヌを一枚手に取り口に入れた。
「こ……これは……!?」
驚きのあまり、手にしたガレットを落としそうになる。
「表面はサクサクとした感触、だが…中はまるで生クリームのように、ふんわり軟らかい……!!
しかも…ミルキーで、それでいて酸っぱさと甘さの調和がとれており、素材である黒い妖魔狩人の味を、100%…完全に引き出している。
それは菓子というより、まるで大自然に育てられた、最高の果実を食しているような、そんな錯覚に陥ってしまう」
呆然とした表情のムッシュ・・・
「吾輩のブラン・マンジェとはレベルが違う・・・。この差はいったいどこから・・?」
「一つは、素材の引き出し方や……!」
パティシエールは、ムッシュの悩みに答えるように語りかけた。
「オッサンの調理知識や技術はたしかに凄い。ぶっちゃけ…超一流や! だけど、十代の女の子を調理するにあたっては、それがネックになったんやな!」
「知識や技術がネックに・・・?」
「せや! どんな十代の女の子が可愛いか…、よう考えてみ!? ごっつ化粧して着飾った子が可愛いと思うか?」
「た…たしかに! 十代女子はむしろ、素っぴんで自然のままの子の方が逆に可愛く見える!」
「料理も一緒や! 十代女の子を材料にするなら、アレコレ入れまくったらアカン。出来る限り、素材の味だけで勝負した方がいいんや!」
ムッシュは言葉が返せなかった。
「そして、もう一つや! これが一番大事……。料理は愛情や!!」
「愛情……? そんなくだらん物が、何の役に立つというのですかな?」
「一つ質問や。 オッサン……下ごしらえで肉軟らかくすんの、どうやった?」
「それはもちろん、肉叩きハンマーで叩いて軟らかくしたが・・・?」
「そんな事したら、女の子の肌の繊維も肉も、ボロボロになってしまうやろ? そしたら、舌触りも落ちるやんか!」
「う……!?」
「それだけやない。 肉体的にも精神的にも苦痛を与えると、β―エンドルフィン…つう、脳内物質を出すんや。 コレ…鎮痛剤みたいなもんでな、肉質を麻痺させるようなもんやから、当然味も落ちるに決まってるやろ!」
「では貴殿はどうやって?」
「ウチは徹底して、愛情タップリのマッサージした。
優しく優しく・・・凛がウットリするくらい、ええ気持ちになるように…な!
だから肉も繊維も傷つかん。
そして人間…気持ちええとな、ドーパミンつうホルモンを出すんや。 これによって更に快楽も高まって肉質も向上し、より美味くなるっつうわけや!」
ムッシュは言葉が無かった・・・
皆は、二人のやりとりを黙って見つめていた。
「それじゃ、勝敗は・・・」
嫦娥がそう切りだすと
「いや、吾輩の完敗だ・・・・・」
初めて見せる、ムッシュの項垂れた姿。
常に自信に満ちあふれているムッシュを見てきた白陰や、嫦娥にとっては、『レア』な瞬間であった。
パティシエールは、まるで武士の情けと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとした。
その時・・・
「待った! もし…貴殿さえ良ければ、また吾輩と勝負をしてもらえんだろうか? 吾輩…貴殿のような強者と出会い、久しぶりに気分が高揚した」
ムッシュが目を爛々と輝かせながら、声を掛けた。
その言葉にパティシエールは、無言で首を振った。
「な…なんですと!? もはや吾輩では、相手にならないというのですかな?」
「せやない……」
パティシエールは振り返り、ニッコリ微笑むと・・
「ウチ、女の子は凛しか興味ないねん。 凛を調理し終えた今……、他の女の子を料理する気なんて、サラサラ無いわ!」
そう言って、ガハハッ・・と笑い出した。
その後、妖魔狩人のいなくなった柚子村も、そして日本も、中国妖怪やムッシュの手に落ちていった。
ムッシュは相変わらず、人間を家畜化し、ソレの料理を極める毎日を送っていた。
だがパティシエール・サイトーの噂は、以来……、一切聞こえる事はなかった。
バッド・エンド
「千佳、もう十分だよ……。これ以上は千佳が傷つくだけだから、もう止めよう・・」
攻撃しても、ダメージを与えらないのなら、どう考えても勝ち目は無い。
やれば……やるだけ、傷つくのは目に見えている。
凛は、優しく悟らせるように伝えた。
「結局…ウチは、凛にとってお荷物以外……何者でも無いって事やね・・・」
やはりそうだ!
千佳は人間としての、意識を取り戻しつつある。
「ええよ、もう……。化け物になろうが……、消えて無くなろうが……、もうどっちでもええよ……」
だが…千佳は、力無く膝をつき、そのまま項垂れてしまった。
「ち…違う、千佳っ!! そんな意味じゃない!」
慌てて取り繕う、凛。
その時・・・
「ほぅ、いい感じで負の感情に溢れておりますな。 うむ、悪くない!」
いつの間にか、ムッシュが千佳に寄り添っていた。
「絶望感や孤独感といった負の感情は、怨念と同様の負のエネルギー」
そう言ってムッシュは、手にした包丁で自らの指を傷つけると、その血を千佳の口の中に滴り落とした。
「う…うぐっ……おぇ……」
強烈な吐き気を催す千佳。
「な……、千佳に何をしたの!?」
「まぁ、黙ってご覧なさい。今から面白いモノが見れますぞ!」
…と、ムッシュは苦しむ千佳に視線を送る。
すると、どうしたことか・・・千佳の身体がムクムクと膨れ上がるように、変貌していく。
「あの姿は、怨獣鬼・・・!?」
嫦娥が驚きの声を上げた!
そう、千佳は……あのムッシュになる前の、怨念の化身であった、元の怨獣鬼そっくりの姿に変わっていった。
「ち…千佳………」
人間としての面影すら残っていない、その悍ましい姿に、凛は腰を抜かしてしまった。
「ムッシュ!!」
珍しく激怒した優里が、爆発したようにムッシュに飛びかかった。
優里の薙刀と、ムッシュの包丁が激しく火花と散らす。
「身共も忘れるでないぞ!」
二人の激突に、白陰も加わった。
その間、悪夢から目が覚めず、呆けたままの凛に、化け物と化した千佳が、鋭い牙を向けていた。
グォォォォォォ・・・・・!!
ところが、再び千佳が悶え苦しみだした。
それどころか、そのその悍ましい姿は、まるで水滴が垂れるように、ボタボタと朽ち果てていく。
「な…なんなの……!?」
様子を見ながら戦っていた優里は、思わず気を取られてしまう。
その隙を逃さなかったムッシュと白陰。
一気に優里を抑えこんでしまった。
全ての肉体が崩れ落ち、水たまりのように液状化した千佳。
「あ…………?」
凛も、ただ呆然と見つめるしかなかった。
すると、再びムクムクと液体が膨れ上がっていく。
そして、徐々に徐々に・・それは人の姿を形成していった。
「いったい、何が起こっておるのじゃ……?」
さすがに嫦娥にも意味がわからない。
優里を取り押さえた、ムッシュも白陰も、無言で眺めている。
その姿は、全裸の一人の少女・・・。
そう、獣人化……怨獣鬼の姿に変わる前の、千佳の姿であった。
だが、その肌は褐色で、瞳は緑色に光っていた。
完全に少女の姿に形成されると、千佳(?)は、何かを求めるように辺りを見渡した。
そして、ムッシュに目をつけると、
「ねぇ、アンタのその服……ええやね。 ウチにも分けてくれへん?」
と問いかけた。
「ほぅ、なかなか目の付け所がいいですな。よろしい、分け与えましょう!」
ムッシュはそう言って、懐からもう一着の、厨房用の服を取り出した。
「お…おぬし、なんでそんな物、持ち歩いておるんじゃ!?」
思わず、嫦娥がツッコむ。
「吾輩、身だしなみに気を使うのでな」
ムッシュから渡された厨房用の服を着こなすと、千佳はマジマジとその姿を眺めた。
そして、満足したような笑みを浮かべると、
「うん、ええ感じやね♪」
人差し指で軽く唇に触れ、投げキッスのような仕草をした。
「どこかで似たような輩を見かけたな・・・・」
白陰がしかめっ面で、ツッコむように呟く。
「ね…ねぇ……、貴方…千佳……よね?」
腰を抜かし、呆然と眺めていた凛が呟くように問いただした。
「ウチか・・? ウチは………
そう! ウチの名は、パティシエール……。パティシエール・サイトーと呼んでな!」
千佳……いや、パティシエールは、満面の笑みでそう答えた。
「いったい、何がどうなっておるのじゃ?」
そう呟く嫦娥に、
「あの千佳という娘は短期間で、妖樹化・果実化・妖怪化・妖怪との融合・そしてムッシュの血を入れ、怨獣鬼と化した。
だが、あまりに短期間で多くの変化をしたために、細胞が耐え切れず崩壊してしまった。
にも関わらず、最も強く残った想いが、その肉体を一からを蘇生させた。としか思えん」
― 長く妖怪として生きているが、こんな事は初めてだ…… ―
白陰も、目を丸くして語るしかなかった。
「凛……、ウチの大好きな、凛……」
パティシエールは、優しく凛の頬を撫で回す。
「おっと、その娘もこちらの白い妖魔狩人同様、吾輩が美味しく頂く予定にしておる」
ムッシュが横から釘を差した。
「美味しく頂く……? アンタが凛を……?」
パティシエールがムッシュに問い返した。
その目は、完全に座っている。
「誰に向かって言うとんねん!? ウチはパティシエール……、菓子作りの職人や! そして、アンタごときに凛を料理されるくらいなら、ウチが美味しい菓子にしてやんよ!」
パティシエールは、そう言って凛を抱きしめた。
「なぁ…凛。 凛もウチに菓子にされて食べられた方がええやろ?」
「わ……わたしは、誰にも…食べられたく…ない……」
「カワエエわ! ホンマ、カワエエわ……。食べちゃいたいくらいって言葉が、ホンマ…ピッタシやな!」
「わたしの話を聞いて・・・」
凛は完全に困惑している。
「オッサンはオッサンらしく、そっちのオバハンを調理したらええねん! ま…、たいした料理はでけへんやろけどな!」
「オバハン…って、私の事!? 私はこれでも十七歳……」
優里が自ら置かれた立場を忘れて、突っ込んだ!
「ふむ……? それはもしかして、吾輩に喧嘩を売っておられるのかな?」
ムッシュの目も段々座ってきた。
「まぁ、そう受け取ってもらっても結構やけど、言っとくけどウチは強いよ♪」
不敵に笑うパティシエール、その全身から赤い妖気が溢れるように立ち込めている。
「し…信じられん、あのパティシエールという娘。妖気から推測すると、その戦闘力はムッシュと殆ど互角・・・!?」
白陰が驚愕している。
それを聞いた嫦娥の顔も青ざめる。
「そ……そうじゃ! お前さん達、二人共料理が得意なんじゃろ? だったら料理で勝負したらどうじゃ?」
嫦娥が事を収めるように提案した。
「料理で対決……? うむ、悪くない!」
「じゃろ? そうじゃ…ムッシュも菓子を作れるじゃろ? 菓子対決はどうじゃ!?」
「ウチはええよ♪ でも、そっちのオッサンには不利やない? 変更してやろか?」
相変わらず挑発気味のパティシエール。
「ふん、吾輩…この頭に、壱万ほどのレシピを記憶させておる。菓子の一つや二つ、まるで問題ない!」
対してムッシュは、ドヤ顔で返した。
「それでは勝負は明日深夜。材料は今、各々が手にしている妖魔狩人でどうじゃ!?」
「ええよ♪」
「異存ない!」
「ま…まって、私たちが、食べられるの……?」
「嘘だよね……。千佳…嘘だと言って……」
各々の思惑を他所に、今ここで、菓子対決の火蓋が切って落とされた。
ここは、いつもの由子村に隣接する犬乙山、麓の洞窟。
洞窟の隅には、縛られた優里が横たわっていた。
優里は、霊力を封じ込むことができる、妖怪人参を煎じた粉を飲まされ、反撃の糸口すら掴めない状態であった。
ムッシュは、人一人入るような大鍋を火に掛け、調理台の上には、大きな肉叩きハンマーを準備していた。
「いったい、どんなお菓子を作るんだ?」
白陰が興味深そうに、ムッシュに問いかけた。
「ブラン・マンジェ…。白い食べ物と呼ばれ、白い妖魔狩人を材料にするなら、まさに最適の菓子。
古くは、フランス上流貴族だけが口にすることができた、由緒ある物ですな」
手際よく準備を済ませると、調理台の上に優里を横たわらせた。
「うぐ……うぐ……っ」
猿轡をはめられ、一切声を出すことができない優里。
ムッシュを凛と睨みつけるその瞳の中に、恐怖と怯えも見え隠れしていた。
「では・・!」
ムッシュが肉叩きハンマーで、優里の腹を叩いた。
「うぐっ……」
痛みで、思わず仰け反る優里。
ムッシュはお構いなく、手足、胸…腰、まんべんなく叩いていく。
ひっくり返しては叩き、ひっくり返しては叩き。
肉も骨も、ぐにゃぐにゃになるまで叩き尽くすと、そのまま煮えたぎる大鍋の中に、優里を放り込んだ。
グツグツと煮こまれ、大口を開け、ダラリと垂らした舌。
「このままブイヨン、アーモンドミルクと一緒に、まる一日煮込み続ける。それによって旨味はもちろん、皮に含まれるゼラチン質が、プヨプヨとした食感を作りあげるわけですな」
ムッシュは大鍋を見つめ、自慢気にほくそ笑んだ。
一方その頃パティシエールは、人間だった頃の自宅に戻り、全裸の凛を連れて浴場にいた。
豪邸ならではの大きめな湯船に温めの湯を張り、その中で凛の身体を優しく揉みほぐしていた。
それは、まるでガラス細工を取り扱う様に、ゆっくりと優しく丁寧に、凛の全身を揉みほぐしていく。
かれこれ、小一時間程この状態だったため、凛はすっかりのぼせ上がっていた。
パティシエールは時折、虚ろな凛の唇に自らの唇を重ねたり、舌を入れながら、「かわええ~♪」と、無邪気に喜んでいた。
ある程度すると、洗い場にバスマットを敷き、その上で更に凛の身体を揉みほぐしていく。
パティシエールの指先は、どこかの某殺人拳のように経絡秘孔を刺激し、その影響か?
凛の身体は骨も肉も、まるで粘土のように軟らかくなっていく。
「あ……っ あぁぁ………」
なのに凛は、恍惚とした表情で、甘い溜息を繰り返していた。
パティシエールは、そんなグニャグニャの凛を、今度は肉団子の様に捏ね回しながら丸めていく。
捏ねては丸めて・・・。
やがて凛は、軟らかな球状になっていた。
「後は、グラス一杯のミルクを飲ませ、一晩寝かせれば美味しい生地になるで!」
パティシエールは、ひと通りの作業を終えると、軽く凛にキスをし、大きな冷蔵庫に収納した。
翌日、ムッシュは一晩煮込み続けた、鍋の様子を見ていた。
大きな木のヘラを手にすると、鍋の中の優里に突き刺すように差し込んだ。
するとヘラは、何の抵抗もなく優里の身体を突き抜ける。そのまま、何度も割るように優里の身体を裂いていく。
そう、グニャグニャに軟らかくなるまで叩かれ、一晩煮こまれ続けた優里の肉体はドロドロの液状化しており、鍋の中で簡単に掻き回すことができた。
元々、色白の優里の肌。アーモンドミルクも一緒に煮込んでいた為、それは具の無いクリームシチューのような状態になっていた。
ムッシュは状態を確認するように、スプーンで一口分掬い、口に入れた。
女子高生の独特の甘みが、鼻腺を通り抜ける。
「うむ、悪くない!」
ムッシュは更に、ラム酒、レモンの汁、ヘーゼルナッツなどを入れて、味を整えた。
「これで器に盛り、後は冷やすのみだ!」
こちらはパティシエール。
冷蔵庫で一晩寝かされた凛は、見事に発酵しており、少し膨れ上がっていた。
指で突くと、綿のように軟らかい。
パティシエールは、素手で引き伸ばしながら、凛の身体を平らにしていった。
優しく…優しく、手の平で撫でるように平らにしていく。
すっかり円盤状まで平らになった凛を、指先でちょっとだけ摘み上げると、そのまま口に入れた。
甘酸っぱい思春期の味が、脳に突き刺さる。
「やっぱ……ええわぁ~♪」
思わず安堵の溜息が出た。
最後に隠し味程度に、砂糖をひとつまみだけ振りかけてやった。
「あとは、オーブンで焼きあげるだけやね♪」
その夜、対決は斎藤家、リビングで行われた。
ちなみに、両親…使用人は、全て前日にパティシエールが殺害している。
審査員は、白陰、嫦娥、そして拉致され無理やりこの席に付けさせられた、金鵄とセコ。
「それでは今から、ムッシュ・怨獣鬼対パティシエール・サイトーによる、お菓子対決を始めるわい」
進行は嫦娥が行うことにした。
「まずは、ムッシュからじゃ!」
嫦娥の合図で、ムッシュがワゴンを押して入ってきた。
一つ一つ、各自のテーブル上に、ガラス製のデザートカップを並べる。
「これが、吾輩の用意した菓子、ブラン・マンジェである」
「ほぉーっ!」
白陰が、感心したように驚きの声を漏らした。
デザートカップの中には、まるで『ババロア』によく似た、白いゼリー状の物体が盛りつけられていた。
白陰、嫦娥、スプーンを差し込み一口分掬ってみる。見た目はババロアのように綺麗な乳白色だが、ババロアよりもゼリーのように、プルプルと震える。
口元へ持って行くとラム酒の香りがほのかに鼻をくすぐる。
「どれどれ……?」
二人は口に入れてみた。
「おっ!? プルプル感が口の粘膜にまとわり付くくせに、それでいてベタベタした感触が無い!」
「おおっ! チーズのようなコクと、甘みが口の中に広がったわい! これが、白い妖魔狩人の味……!?」
「更にレモンの酸味、ナッツの風味が続いてくる! これは凄い…!」
「まさに、デザートの管弦楽団じゃ…!」
絶賛しながら、ブラン・マンジェを味わう二人。
「そっちの二人もどうかね?」
ムッシュが、金鵄とセコの二人にも薦めた。
「冗談じゃない! 僕達が優里で作ったお菓子なんか、食べられるものか!?」
猛烈に反発する金鵄。
「もし食べぬなら、今すぐこの村の住民を、全員抹殺してくるが・・それでも良いかね?」
ムッシュが、すました表情で脅してくる。
だが、コイツはやると言ったら、やる。
金鵄もセコもそれがわかっている。
仕方なく、カップの菓子に口を付けた・・・・。
― 旨い……、悲しいことに、とろけるような甘さとコクが、全神経を電流が走るように刺激する… ―
一度口にしたら、あまりの美味さに、二人共止まらなくなっていた。
「君もどうかね?」
ムッシュは、隅で眺めていたパティシエールにも薦めた。
軽く頷いたパティシエールは、カップを受け取り、一口味わった。
「なるほど~、でかい口叩くだけあって、たしかにええ味やわ!」
「次はパティシエールの番じゃ」
嫦娥がパティシエールに声を掛けた。
パティシエールは大皿をテーブルの中央に置いた。
「ほぅ!? もしかして、それは『ガレット・ペルージェンヌ』かね?」
ムッシュが、大皿に盛られた、大きな円盤状の焼き菓子を見て話した。
「どういう菓子じゃ?」
嫦娥が問い返す。
「なに…、フランスの田舎に伝わる、郷土料理ですな」
ムッシュはそう答え、パティシエールに向かうと…
「こんな田舎菓子で、吾輩のブラン・マンジェに張り合う気かね?」
とせせら笑った。
「ふん、戯言は食べてから言いや!」
パティシエールも負けていない。
大皿のガレット・ペルージェンヌをピザのように切り分けると、一枚一枚小皿に取り、それぞれの前に並べた。
「たしかに見た目は、先程の方が高級感もあり美味そうだったが・・・」
白陰は一枚手にとると、口の中に入れた。
嫦娥も後に続いて、口に入れる。
「な…なにっ!?」
白陰は思わず声を上げた!
だが…その後、白陰も嫦娥も、まるで言葉を忘れたかのように、黙々と真剣にガレット・ペルージェンヌを食している。
強引に食べさせられた金鵄もセコも、それが元は凛であったこと忘れたかのように、ひたすら食べ続けている。
「うむ……? 皆…どうしたというのだ!?」
さすがに異様な雰囲気と感じ取ったムッシュ。
「この菓子に、いったい何があったのいうのだ?」
ムッシュはそう言って、ガレット・ペルージェンヌを一枚手に取り口に入れた。
「こ……これは……!?」
驚きのあまり、手にしたガレットを落としそうになる。
「表面はサクサクとした感触、だが…中はまるで生クリームのように、ふんわり軟らかい……!!
しかも…ミルキーで、それでいて酸っぱさと甘さの調和がとれており、素材である黒い妖魔狩人の味を、100%…完全に引き出している。
それは菓子というより、まるで大自然に育てられた、最高の果実を食しているような、そんな錯覚に陥ってしまう」
呆然とした表情のムッシュ・・・
「吾輩のブラン・マンジェとはレベルが違う・・・。この差はいったいどこから・・?」
「一つは、素材の引き出し方や……!」
パティシエールは、ムッシュの悩みに答えるように語りかけた。
「オッサンの調理知識や技術はたしかに凄い。ぶっちゃけ…超一流や! だけど、十代の女の子を調理するにあたっては、それがネックになったんやな!」
「知識や技術がネックに・・・?」
「せや! どんな十代の女の子が可愛いか…、よう考えてみ!? ごっつ化粧して着飾った子が可愛いと思うか?」
「た…たしかに! 十代女子はむしろ、素っぴんで自然のままの子の方が逆に可愛く見える!」
「料理も一緒や! 十代女の子を材料にするなら、アレコレ入れまくったらアカン。出来る限り、素材の味だけで勝負した方がいいんや!」
ムッシュは言葉が返せなかった。
「そして、もう一つや! これが一番大事……。料理は愛情や!!」
「愛情……? そんなくだらん物が、何の役に立つというのですかな?」
「一つ質問や。 オッサン……下ごしらえで肉軟らかくすんの、どうやった?」
「それはもちろん、肉叩きハンマーで叩いて軟らかくしたが・・・?」
「そんな事したら、女の子の肌の繊維も肉も、ボロボロになってしまうやろ? そしたら、舌触りも落ちるやんか!」
「う……!?」
「それだけやない。 肉体的にも精神的にも苦痛を与えると、β―エンドルフィン…つう、脳内物質を出すんや。 コレ…鎮痛剤みたいなもんでな、肉質を麻痺させるようなもんやから、当然味も落ちるに決まってるやろ!」
「では貴殿はどうやって?」
「ウチは徹底して、愛情タップリのマッサージした。
優しく優しく・・・凛がウットリするくらい、ええ気持ちになるように…な!
だから肉も繊維も傷つかん。
そして人間…気持ちええとな、ドーパミンつうホルモンを出すんや。 これによって更に快楽も高まって肉質も向上し、より美味くなるっつうわけや!」
ムッシュは言葉が無かった・・・
皆は、二人のやりとりを黙って見つめていた。
「それじゃ、勝敗は・・・」
嫦娥がそう切りだすと
「いや、吾輩の完敗だ・・・・・」
初めて見せる、ムッシュの項垂れた姿。
常に自信に満ちあふれているムッシュを見てきた白陰や、嫦娥にとっては、『レア』な瞬間であった。
パティシエールは、まるで武士の情けと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとした。
その時・・・
「待った! もし…貴殿さえ良ければ、また吾輩と勝負をしてもらえんだろうか? 吾輩…貴殿のような強者と出会い、久しぶりに気分が高揚した」
ムッシュが目を爛々と輝かせながら、声を掛けた。
その言葉にパティシエールは、無言で首を振った。
「な…なんですと!? もはや吾輩では、相手にならないというのですかな?」
「せやない……」
パティシエールは振り返り、ニッコリ微笑むと・・
「ウチ、女の子は凛しか興味ないねん。 凛を調理し終えた今……、他の女の子を料理する気なんて、サラサラ無いわ!」
そう言って、ガハハッ・・と笑い出した。
その後、妖魔狩人のいなくなった柚子村も、そして日本も、中国妖怪やムッシュの手に落ちていった。
ムッシュは相変わらず、人間を家畜化し、ソレの料理を極める毎日を送っていた。
だがパティシエール・サイトーの噂は、以来……、一切聞こえる事はなかった。
バッド・エンド
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