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妖魔狩人 若三毛凛 if 第14話「千佳の覚醒 -前編-」

「中国妖怪、火山猫。お前さん……こいつと融合するんじゃ!」
 ここは、柚子村から外れにある、犬乙山の麓。
 緑色の肌をした中国妖怪の老婆、嫦娥は、中型犬サイズの燃えるような赤い逆毛の動物を召喚し、千佳に向かってそう告げた。
「ウ……ウチが…、妖怪……と……融合……!?」
「そうじゃ、お主…もう身体が消えかかっているじゃろ? それは人間と妖怪の魂……いわゆる生体エネルギーが互いに打ち消し合っているからに他ならぬ。
 もし、生き残りたければ、エネルギーバランスを崩すしか方法は無い」
 千佳にとっては何とも冷酷な宣告だった。
 だが、嫦娥の目つきを見るからに、とても虚言とは思えない。
「も…もし……、その妖怪と融合したら……、ウチの姿……やっぱり化け物に、なるっちゃか……?」
 呼び名の通り、猫のような姿をした動物型妖怪ではあるが、当然…人間とは似ても似つかない。
「それは、結果次第じゃ……。この妖怪の支配力が強ければ、人間にとって醜い化け物の姿になるじゃろう。
 じゃが、お前さんの支配力が優れば、もしかしたら…それなりの外見を残す事はできるかも知れぬ」
「それじゃ生き延びても、凛と一緒にいることは、できなくなるかもしれない…ちゃ……」
 想像するだけで身の毛もよだつような思いに、千佳はガタガタと震えていた。



 翌日、いつも通り学校へ通った凛。
 しかし、二日連続で休んでいる千佳・・・。
 担任の教師からは、風邪で休んでいると知らされた。
 だが、それは約二ヶ月前のあの時と同じ。
 あの時・・・、千佳が妖木妃によって妖怪になり、多くの人々を襲ったあの事件。
 あの事件は、妖怪獏の力によって、関係者の記憶を消している。
 完全に浄化されず、妖気と事件の記憶が残っていた千佳は、きっと今悩んでいるに違いない。
 学校に出てこれないのも、そのせいだろう。
 凛は放課後、千佳の見舞いと称し、様子を見に行くことに決めた。
 集落から少し離れた山沿いにある、別名『斎藤御殿』。
 ここへ来るのも二ヶ月ぶりだ。
 あの日、凛はここで妖怪化した千佳と戦った。
 そして、千佳が凛に対し、友情以上の想いを持っていることも知った。
 まるで昨日の事のように思い出される、あの戦い。
 凛は複雑な思いで、インターホンのボタンに指を触れようとした。
 その時・・・
「この家の娘に用があるんかい……?」
 背後から聞き覚えの無い、年老いた声が聞こえた。
 振り返ると、そこには一人の老婆が立っていた。
 まるで草のような緑色の肌、その肌は多くの吹き出物で覆われている。
 ギョロリとした大きな目、そうまるで蛙のような老婆である。
「あなたは……?」
「儂の名は嫦娥。お前さんが敵対している妖木妃様の幹部の一人じゃよ。のぉ……黒い妖魔狩人!」
 その言葉に凛は、すぐさま霊装し、弓を向けた。
「思ったより気の短い娘っ子じゃの……。それよりお前さん、この家の娘に用があるんじゃろ?」
「千佳をどうしたの!?」
「この先でお前さんを待っておるよ。 もし儂とここで戦わず付いて来るなら、案内してやるがの?」
 嫦娥はそう言って、不気味に微笑んだ。
「わかったわ、案内して!」
 凛はそう頷くと、弓を下ろした。
 それを見た嫦娥は踵を返し、裏山にある森に向かって歩き出した。
 後を追う凛。
 その様子を、子どもの姿をした妖怪セコが、偶然目撃していた。

 森を抜けると、そこは野原のような広い平地であった。
 周りに古びた柵らしきものがあることから、以前は牛の放牧地として使われていたに違いない。
 草に覆われた平地の中央あたりで、嫦娥は足を止め振り返った。
 少し離れて凛も足を止める。
「千佳は、どこにいるの?」
 凛の言葉に、嫦娥は不敵に微笑むと
「ホレ……、すぐそこにおるじゃろ!?」
 と、凛のすぐ脇を指さした。
 目を向けると草陰の中で、人らしきものがうずくまって寝ているように見える。
「ち……千佳……?」
 凛が声を掛けてみた。
 すると、その声に反応したのか? 
 うずくまったその物体が、ゆっくりと起き上がる。
 その瞬間、まるで灼熱のような熱気が、凛に降りかかった。
 それは全身毛で覆われ、その毛は真っ赤な炎のように逆立っている。
 背丈は凛と同じくらいだが、両手に生えた鋭い爪・・・・。
 少し前に突き出た、肉食獣特有の口元に、鋭い牙・・・・。
 猫のように縦長の瞳孔・・・・。
 その姿は、真っ赤な獣……いや、まさしく真っ赤な獣人!!
「り……凛……?」
 なんと! 驚いた事に獣が言葉を話した。
 それも、聞き覚えのある声で・・・!?
「ち…千佳……なの?」
 恐る恐る、声を返す凛。だが・・・・
シャアアアアアア!!

妖魔狩人 若三毛凛 if 第14話(1)

 千佳は獣特有の甲高い声を上げると、その鋭い爪を凛に向かって振りかざした。
 咄嗟にかわす凛。
「千佳っ! わたしがわからない!?」
 凛は再度、呼びかけてみた。
 だが、獣人と化している千佳は、まるで耳に入らないように、再び凛に向かって襲いかかる。
「無駄じゃよ、その娘は完全に妖怪に心も身体も支配された。何を言っても届きはせんわい!」
 嫦娥は、高みの見物と洒落こんでいる。
「いったい…千佳に何をしたのよっ!?」
 凛は千佳からの攻撃を避けながら、少しずつ距離を開ける。
「千佳・・・今、元に戻してあげるからね!」
 そして一定の距離を取り、弓を構え弦を引いた。
「言っておくが、それは止めておいたほうがいいぞ!」
 凛がそう来るだろうと、待ち構えていたように、嫦娥が口を開いた。
「その娘……妖樹から妖怪化したのと違って、妖怪との融合によってその姿になっておる」
「……?」
「結論から言うと、お前さんの矢が当たったその時、その娘の身体は消滅する」
「どういうこと……?」
「今までの戦い、覚えておらんか? たしかに妖樹から妖怪化した者は、浄化によって元の人間に戻ることができた。
 だが、元から妖怪だった者は、心身共に浄化され、地上から消滅していったことを・・・」
 た…たしかに……!!
「妖樹を通しての妖怪への転生は、実際には本当に生まれ変わっておるわけではないのじゃ。
 人間の身体という器に、妖怪の魂や妖力を継ぎ足したものだと思えばよい。
 その影響によって、身体や性格、習性、凶暴性が変化しただけのもの。
 だから、お前さんの浄化によって、妖怪の魂や妖力だけを消し去って、元の人間に戻る事ができたのじゃ」
「そういうこと……」
「だが、最初から妖怪として産まれた者は、細胞の隅々まで妖怪としての妖力が染み渡っている。
 よって、お前さんの矢は、その細胞まで浄化し消滅させてしまう」
「じゃ…まさか……」
「千佳という娘は、妖怪火山猫と細胞レベルで融合されておる。つまり、その娘の肉体は、生まれながらの妖怪と殆ど変わりないんじゃ!」
「なんで、そんな酷いことを・・・!?」
「その娘が望んだのじゃ・・・!」
「!?」
「説明すると長くなるので省くが、その娘……不完全な浄化のせいで、肉体が消え去ろうとしておった。助かるには、妖怪と融合することで、身体と魂そのものを変化させるしかなかった」
「や…やっぱり……わたしの浄化のせいで……」
「消えたくない。
 生き延びて、これからもお前さんと一緒に生きていたい・・・、そう望んだんじゃ!」
 嫦娥の言葉に、凛はガックリと膝をついた。
「わたしが……、千佳の人生を狂わせた……」
 凛はそう呟き、顔を上げ千佳を見つめた。
 荒々しく息を吐き、人間らしさが残っていない、獣と化した千佳の姿を・・・・
「憎いでしょ……わたしが。 いいよ……その爪で、わたしを殺して……」
 全てを諦め、身を投げ出す凛。
 千佳は、そんな凛に容赦なく襲い掛かろうとしていた・・・
「それは、私が許しません!」
 凛とした声と共に、一筋の白い風が間に割って入った。
「お前さんは……!?」
 それは、もう一人の白い妖魔狩人、優里の姿だった。

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 今回はいつもより、かなり長めになっております。ww
引き続き、下のスレ「中編」を御覧ください。

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