2014.06.08 Sun
黒紫色の放課後 ― 後編 ―
目に映るもの全て、そのまま反射し・・・耳に入るもの全て、聞き流し・・・
それは正に死人(しびと)。
死人が時の河を流されるように彷徨っている。そんな感じだ。
気が付くと橙は、丘福市の中央を流れる一級河川、那賀川に掛かる、丘福大橋の歩道に立っていた。
高欄越しから見下ろすと、昼間は大きく綺麗な川だが、この時間ではまるで巨大な黒い生物が流れているようにも見える。
「ここから飛び降りたら…死ねるかな……?」
橙はポツリと呟いた。
それは乾いた笑いが混ざった、まさしく「どうでもいいや……」程度の口調であった。
どれだけの時間(とき)が過ぎたのだろう?
数分か・・・数十分か・・・
光を失った眼差しで、川の流れを眺めていた橙。
「もう……、こんだけ頑張ったんだから、楽になってもいいよね・・・・?」
そう呟くと、高欄を飛び越えようと、身体を浮かした。
その時・・・・
「うふふ……こんばんわ、香坂先輩」
すぐ耳元から甘い声が聞こえた。
呆然と目で声を追うと、そこには街灯に照らされた、お姫様のような愛らしい笑顔が。
「姫・・ちゃん・・?」
「そこにおられては危ないですわ、さぁ…手を……」
都はそう言って、優しく手を差し伸べる。
橙は、全ての力が抜けたように、歩道に腰を下ろした。
「姫ちゃん……わたし……」
橙がそう言うと、都は両手で橙の頬を優しく支え、瞳を近づけた。
都の湖のような、蒼く澄んだ…それでいて深い瞳が、橙の全てを受け入れるように見つめている。
「先輩の今の心の色……、底が見えない程…深く暗い黒ね」
都の仕草、言葉の一つが、橙の心の闇を切り開くように入ってくる。
「姫ちゃん……」
「何がありましたの、先輩…?」
橙の意思とは関係なく、涙が溢れだしてきた。
水門が開放さえたダムのように・・・・
橙は、今日あった事を全て、都に話した。
恥も外聞も無く、ただ……ただ……話していった。
そして都は、その全てを受け入れていた。
「姫ちゃん、私……どうしたらいいの!? もう……生きていたくもない!」
それまで黙って聞いていた都は、ゆっくりと口を開いた。
「先輩が、今…一番望んでいることは、何……?」
「私が……一番望んでいること・・?」
橙は軽く息を吸うと、一点を見つめるように考え込んだ。
そして・・・
「あの子たちに、復讐したいっ!!」
更に急き立てるように……
「あの子たちをあの世に送れるなら、私の命は……くれてやってもいい!!」
「うふふ……わかったわ、先輩」
一瞬、今までとは違う……都の別の笑顔が見えた!
「姫ちゃん!!?」
すぐに立ち上がって辺りを見渡したが、都の姿はどこにもなかった。
深夜の高校の敷地内で、中村光子と大関武雄は、ノートパソコンを用意していた。
「よし、これで準備OK~♪ 武雄、しっかり頼むわよ~~♪」
中村光子は、パソコンに接続したカメラを調整しながら話しかけた。
「深夜の学校、謎の怪物に襲われる現役女子高生。こんなのヘラ生で流すわけ? しょうもねぇー。」
武雄は苦笑しながら答える。そして、
「どうせなら、今日録画した橙センセと田上、井川の絡みをアップした方が、絶対に需要があると思うけどな……」
「あたしもそう思ったけど、和榮が許可しないのよ。炎上するのは目に見えているらしいし、それに・・・」
「それに・・・?」
「あたしにDVDを五十枚程焼けって言っていたから、おそらく裏で売買するんじゃないかな?」
「そんなの売って、大丈夫かよ!?」
「ネットに比べたら需要は少ないけど、レンタルビデオ店で口コミを利用したルートだから、安全性は高いんだって!」
「なるほどね。 それじゃ俺は向こうで準備するから」
「ほい、放送が始まったら、タイミング見計らって出てきてよ!」
光子はそう言ってパソコンのキーボードを叩き始めた。
画面には、ヘラヘラ動画生放送と表示されている。
武雄は校舎裏へ行くと、バッグから怪物の覆面を取り出し、頭に被った。
フト、裏門の方から小さな赤い光が二つ近づいてくるのが、目に入った。
「なんだ…?」
確かめようと覆面を外し、光から目を離した瞬間、背中から腹部かけて激痛が走った。
恐る恐る目をやると、自身の腹部から、女性の腕のような物が突き出ている。
「え……え……!?」
それが何だったのか確かめる間も無く、視界が暗くなり…眠るように崩れ落ちた。
「もう……武雄の奴、何やってんのよ!? 間を持たせるのも、大変なんだから……」
カメラの前で生放送中の光子は、いつまで経っても乱入してこない武雄を待ちきれず、一旦休憩という形でパソコンから離れ、校舎裏へ足を運んだ。
「!!?」
そこには血だらけで息絶えている武雄の姿が・・・・
「だ…だれか……」
助けを呼ぼうと踵を返した瞬間、
シュッ・・・・
細い糸のような物が、首に巻き付いた。
首を締め付ける糸を必死で引きちぎろうとするが、緩む気配もなく、それどころか、身体がゆっくりと釣り上っていく。
「他の仲間はどこ?」
不意にすぐ脇から、甘い声が聞こえた。
目で追うと、小さな赤い光が二つ、光子の耳元で光っている。
よく見ると、それは光子と同じ年頃の少女の瞳。
血のように赤く光る瞳の少女……都は、再び質問を繰り返す。
「貴女の仲間、和榮と幸久はどこにいるのかしら?」
「た…多分……、晴吉二丁目にある、レンタルビデオ屋……」
「そう、ありがとう」
「ね……ね…、たすけ……」
そう言い切る前に、光子の身体は一気に宙に釣り上げられた。
まるで、等身大の…てるてる坊主のように。
晴吉、場所的には丘福市の中央あたりに位置している。
だが、古くは遊郭が栄えた地であり、現在でもその名残らしきものがある。
その一角に、小さなレンタルビデオ店があった。
看板には店名らしい表示もなく、窓という窓は全て目張りされ、どう見ても一般客は入りにくい雰囲気だ。
今、その店内には、和榮が立ち寄っていた。
一緒に同行してきた幸久は、外で待たされている。
あまりに退屈な時間、幸久は暇つぶしになるような物はないかと、辺りを見回していると、
「うふふ……お暇なら、10分千円でいかがかしら・・・?」
と、甘い声をかけられた。
小柄でオカッパのような、長いお姫様ヘア。愛くるしく、涼しげな笑顔。
何度かここへ足を運んだが、初めて見る子だ。
10分千円は安いし、それに好みのタイプでもある。
どうせ、和榮はあと10分~20分は戻ってこないだろう。
「いいじゃん! やっちゃうよ♪」
幸久は、少女の後についていった。
ゴザだけ引いた路地裏で、少女…都は衣類を全て脱ぎ、全裸になった。
小柄な身体の割には、それなりに成熟している胸。
美しい黒髪同様、黒くしなやかな恥毛。
大喜びで服を脱いだ幸久は、その男性自身を都の眼前で奮い立たせる。
都が幸久の男性自身に手を触れる仕草をした……その時。
細い糸のような物が、男性自身に巻き付いた!
糸は強く…きつく、男性自身を締め付ける。
「い……いてぇ……、なんだ……これは…!?」
必死で巻きついた糸を解こうとする幸久。だが締め付けた糸は、まるで解けそうにない。
血が行き届かなくなった男性自身は、徐々に徐々に、紫色に変色していく。
「早くしないと、腐って使い物にならなくなりますわよ」
その滑稽な様子を眺め、都はクスクスと微笑んでいる。
焦った幸久は、脱ぎ捨てたズボンのポケットからナイフを取り出した。
橙や、田上、井川を脅した、あのナイフ。
そのナイフで糸を切り解こうとした。
だが、手が震え思うようにいかない。
「手伝ってあげますわ♪」
都は手の平から糸を放出し、ナイフを持つ手に絡み付けた。
そして、その糸を軽く引いた・・・・・
あたり一面が血の海になったという表現は、決して大袈裟ではなかった。
「待った!?」
商談が終わり、満足した表情で店を出た和榮。
だが、そこには待っているはずの幸久の姿が見当たらない。
「まさか……先に帰った?」
脳まで色欲で犯されている幸久は、商談の邪魔になる。
そう思っていつも店先で待たせているのだが、さすがに不貞腐れて帰ったのだろうか?
あんな奴でも深夜の帰り道では、いいボディーガードになる。
ちょっと困ったな……そう考えたその時、路地裏から物音が聞こえた。
「幸久……、いるの~?」
和榮は路地裏に足を踏み入れた。
街灯も、あまり届かない路地裏。
恐る恐る進んで行くと、その奥で見覚えのある人影が横たわっている。
「幸久・・・・?」
更に歩を進めた瞬間!
何かに捕らわれたように、一歩も身動きがとれなくなった。
まるで、目に見えない粘着物が、体中に纏わりついているような・・・・
いや、見えなくはない。
細い糸のような物が、無数に張り巡らされている。
それは巨大な蜘蛛の巣・・・・
今……和榮は、蜘蛛の巣に捕らわれた、虫のような状態であった。
「な……なんなの…これ……!?」
十六年生きてきたが、こんな巨大で人間すら捕らえてしまうような蜘蛛の巣なんて、見たこともないし、聞いたこともない。
必死に振りほどこうとするが、動けば動く程…糸は身体に絡みついてくる。
「幸久……、ねぇ……幸久! 助けてよっ!!」
和榮は目の前で横たわっている幸久に、必死に助けを求めた。
「残念ね、彼……もう亡くなっておりましてよ」
頭上から、甘く澄んだ声が聞こえた。
見上げると、蜘蛛の巣を伝わって、二つの赤い光が降りてくる。
それは、自分と殆ど歳が変わらなそうな少女。
長くしなやかな黒髪、愛らしい顔立ちだが、血のように赤く光る瞳。
だが、こんな蜘蛛の巣を自在に行き来できるなんて、どう考えても普通の人間ではない。
「な…何者なの……アンタ!?」
「ワタクシは、てんこぶ姫・・・・」
「てん・こぶ・・ひめ・・?」
「そう、貴方達が理解できる単語で言えば・・・・」
都は更に目を細め、ニッコリ笑うと……
「妖怪ですわ……!」
そう言った瞬間、愛らしい都の上顎から、鎌のような鋭い牙が飛び出した!
「きゃああああああ!!」
その姿を見て、大きく悲鳴を上げる和榮。
都は和榮の目の前まで降りてくると、その身体をじっくり見定める。
その目は、獲物を目前とした、絶対捕食者の目だ。
「貴方のその体、美味しくいただかせてもらいますわ…」
そう呟くと、その鋭い牙を和榮の首筋に突き立てた。
「お…おねがい……やめ…て……」
「貴方は、自分より弱い者がそう言ったら、止めてあげました?」
「ひぃぃぃぃぃ…」
泣き叫ぶ和榮。
だが、それも長くは続かなかった。
首筋から、なにか冷たい物が身体の中に流れ込んでくるのがわかる。
「あ…あ……ああ……」
その冷たい物が全身に行き渡った頃、痛みも恐怖の薄れていくのが感じ取れる。
それどころか、フワフワと身体が宙に浮いてしまうのではないかと錯覚するくらい、軽くなっていく気がする。
― あ…恍惚……… ―
和榮の意識はそこで終わった。
自身の身体がどうなったのか、知らぬまま・・・・
そう、実際に『身体の中身』が、都に吸い尽くされたことを・・・。
それは蜘蛛の食性。
消化液を獲物の体内に注入し、液状にして吸い尽くす。これを『体外消化』という。
食べられた獲物は、中身が空っぽになってしまう。
すっかり中身を食べられ、アニメでよく見る…ペチャンコにされた人物のように、ヒラヒラの皮だけとなった和榮を巣から引き剥がす。
ポカリと開いたその口に、都は手の平を押し当てた。
手の平から、細い糸が放出され、皮だけとなった和榮の体内に流れ込む。
更にその皮を伸ばしたり、縮めたりすると、それはすっかり形を変え、一枚の布切れのようなものになった。
「うふふ……、貴方の人生の色は、何色だったのかしら?」
都は嬉しそうに、布切れに霧のような息を吹きかける。
すると、どうしたことだろう!? 見る見るうちに、黒紫色の布地へと変化していった。
「黒紫色を象徴する言葉は『神秘・高貴・威厳・絶望・孤独・恐怖』。貴方にピッタリね!」
都はそう言って布地を手に、その場から姿を消した。
翌日、橙は自宅アパートで朝を迎えた。
都と別れたあの後、どうやって自宅に戻ったのかは記憶に無い。
ただ、悔しさと悲しさ……寂しさで、眠れない夜を明かしたのは間違いない。
呆然と働かない頭のまま、習慣でテレビの電源を入れる。
この時間、朝のワイドショーを放送しているが、丁度最新ニュースが流れ、橙の目は釘付けとなった。
佐竹幸久、中村光子、大関武雄の三人が昨夜殺害され、深紫和榮が行方不明になっていると・・・。
「これは……?」
食い入るように画面を見つめていると、コン…コン…と、部屋の扉を叩く音が。
扉を開けると、そこにはニッコリと微笑む、都の姿があった。
「うふふ……、おはようございます、先輩」
「姫ちゃん……?」
驚く橙に、都は一つの紙袋を手渡した。
橙が中身を取り出すと、それは鮮やかな黒紫色のスーツだった。
「これ……って?」
「先輩を苦しめた、あの女の身体で仕立てたスーツですわ!」
言っている意味が理解できなかった・・・・。
だが、あの三人が殺害され、和榮は行方不明・・・・。
それも、橙が都に全てを打ち明けた…すぐその後だ。
― 姫ちゃん……、あなた…もしかして…… ―
都はいつもと変わらぬ、涼しい笑顔。
「先輩が昨日言った言葉、一番望んだ気持ちに後悔が無いのであれば、そのスーツを着てみて?」
私が言った言葉・・・、望んだ気持ち・・・・
それは、復讐・・・・道連れ・・・・
ジッと目を閉じ、考える・・・・
色々な思いが頭をよぎる。
橙は、意を決したように、渡されたスーツをその身に着込んだ。
その瞬間、大粒の涙が、ポロポロと溢れだした。
喜びの涙なのか・・・・
それとも、辛かった日々の反動か・・・・
何故かは、わからない。
だが、涙が溢れるのと同時に、心が温まっていく……
そんな気がした。
「先輩・・・・」
耳元で、甘い声が囁かれる。
「よろしくて……?」
都の言葉に、橙は黙って頷いた。
首筋に鋭いものが突き刺さり、冷たいものが体内に入り込んでくるのがわかる。
しばらくすると、まるで天に舞い上がっていくような錯覚を感じる。
天国に行くって、こんな感じかな……?
それが橙の最後の思考だった。
全ての物事が終わると、都は新たに手に入れた、一枚の大きな布地を広げた。
それは、まるで太陽のように明るく眩い…オレンジ色の布地。
「触り心地、色具合、これは最高級の布地ですわ」
「オレンジ色を象徴する言葉は、『家庭的・元気・自由奔放・活力・陽気・温もり』。先輩の本当の色は、この色でしたのね」
都は布地を頬に当て、その柔らかな感触を味わう。
「丁度…今から暑くなる季節。サマードレスに仕立てたら、素晴らしい物になりますわ!」
都は、布地を大切そうに折りたたむと、アパートを後にした・・・。
つづく?
| てんこぶ姫 | 14:38 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑
今まで、読んだことないシナリオで良かったです!!
妖怪が辛い人生を送ってる彼女を助けてあげ、そして天国へと誘ってあげる。
いい話です。( ノД`)…
| ぺパー | 2014/06/09 05:58 | URL | ≫ EDIT