①→
妃が放った黒い球は、命中すると共に激しい振動と土埃が舞い上がり視界を覆い隠した。
もうもうと舞い上がる土埃の中で、何一つ動く者の気配が無いと感じた妃は小さく息をもらすと、何事も無かったように立ち去っていった。
「う…うぅぅ…、僕は…助かった…のか…?」
消えゆく土埃の中で金色の鳥が目を開ける。
「うん? 視界が暗い…? いや、何かが僕の上に覆い被さっている…?」
羽根を腕のように動かし、覆い被さっている何かから這い出た金色の鳥は、その覆い被さっていたものを見て驚いた。
「女…の子…? 人間…の…!?」
それは服は殆ど燃え尽き、全身に大火傷を負って倒れている瀕死の少女…。
「この…子が…、僕を…庇った…のか!?」
少女…凛はうっすらと目を開くと
「よかった…、助か…った…のね…。」
そこまで言うと、凛は意識を失った。
呼吸も、そして心臓の鼓動も完全に止まってしまった。
「このままにはしておけない。」
金色の鳥は羽根を羽ばたかせ飛び上がり、凛の身体の上で制止する。
「君は僕を助けた。だから今度は僕が君を助ける。」
同時に金色の鳥の輝きが増し、その付近一帯が黄金の光で包まれた。
眩い目も開けられないような光の中で、金色の鳥の体から金色の光の塊が浮き出るように分離する。
そしてそれは、凛の体の上で漂っている。
光の塊が分離したためか、鳥の体が今までより一回り、ふた回り小さくなった。
先程まで鷲くらいの大きさだった金色の鳥は、今では鳩くらいまで小さくなっているのだ。
「それは僕の霊力の殆どだ。さぁ…それを受け入れて、蘇るんだ!」
光の塊はゆっくり降下し、少しずつ凛の身体の中に入り込んでいく。
そして全てが凛の身体に吸い込まれると、黄金の光は凛の体から発光し始めた。
凛の体が黄金色に染まっていく。
みるみるうちに、大火傷を負っていた全身も回復していった。
しばらく黄金の光と化していた凛の体だったが、それはゆっくりと輝きを減らし、そして消えていった。
すぅー。
すぅー。
凛の呼吸音が聞こえる。
そして、ぴくっと、凛の手が動く。
「君…、僕の声が聞こえるかい?」
だ…誰…、わたしに話しかけているのは…?
お母さん…?
今日もゴールデンウィークだから、学校は休みよ…。
あ…あれ…、なんか胸の中が暖かい…。
何だろう…これ?
「君…、返事をするんだ!?」
だから、今日は休みだって~っ。
ん…、なんか、お母さん…声が変?
お母さんじゃ、ないの…?
うっすらと目を開けると、そこには金色の鳥の顔が真ん前に!
「うぁっっっ!!?」
バネじかけの玩具のように、飛び起きる凛。
「と…鳥が、喋ってるぅー!?」
あまり物事に動じない凛だが、さすがにこれは驚いたようだ。
「ごめんよ、驚かせてしまったようだね。でも、無事に生き返って良かったよ。」
そう言って、ニコッと笑う金色の鳥。
しかし、そうやって鳥が笑う事自体、驚きだ。
「あなた、一体…何なの? それとわたしはどうしたの?」
「僕は『金鵄』。遥か昔からこの日本を守護する霊鳥の一族だ。」
「日本を守護する…霊鳥?」
「そうさ、僕の一族は太古の昔から、この地を妖怪や妖魔から守ってきた。
まぁ…僕自体は、その役目を負ってから、まだ十数年しか経っていないけどね。」
「あぁっ、そうだっ!!
わたしは、あなたと貴族のような女性が対峙しているのを見て……」
「あいつは、中国妖魔一族の女王、『妖木妃』。」
「妖木妃…?」
「そう、ヤツはこの日本を征服しようと中国からやって来たんだ。
僕はそれを阻止しようとヤツと戦ったんだが、ヤツの強大な力に太刀打ちできず敗北寸前だった。
その時、君が僕を助けてくれたんだ。」
「そうだ!なんか…あの女性から黒い火の玉みたいなのが出て、わたしは無我夢中で…。」
「ありがとう、君が庇ってくれなかったら、僕は間違いなく殺されていた。」
「その後わたしはどうなったの? その辺りから覚えていないんだけど。」
「その後、君は一回死んだんだ。まぁ、正確には身体の機能が停止したと言った方がいいかな。
でも、君の魂はまだ生きていたんだ。
だから、僕の霊力を君に分け与えた。その力で君の魂は活性化し、身体の機能も復活したんだ。」
霊力を分け与えた…? どういう事…?
「僕は霊鳥…、基本的に僕は霊力の塊と言ってもいい。この身体も、霊力によって実体化したもの。
それを君に分け与えた。」
「そう言えば、あなたの身体…、最初見たときよりも小さくなっている。」
身を乗りだり、金鵄の身体を舐めるように見渡す。
「さっきも言ったけど、僕は霊力の塊のような存在。
だから、君に分け与えた分、僕の身体は小さくなったわけだ。」
「ごめんなさい、わたしを助けたばかりに…。」
凛はそこまで言うと思い出したように正座して
「そう言えば、まだわたしの自己紹介をしていなかったね。
わたしは『若三毛 凛』、由子村中学一年生。
金鵄って言ったよね。助けてくれて、本当にありがとう。」
深々と頭を下げた。
「礼には及ばないよ。なぜなら君が蘇る事ができたのは、凛…君自身の霊力が高かったからなんだ。」
「わたし自身の…霊力?」
凛は、まじまじと己の身体を見つめた。
「そうさ、普通なら妖木妃の邪悪な波動の炎で、君の身体は骨一つ残さず焼き尽くされていたはずだ。
なのに、君は大火傷を負ったが肉体は残り、そして魂も生きていた。
それは、かなり強い霊力に守られていたからだよ。」
「そ…そうなの? わたしの霊感って、そんなに凄かったんだ?」
「うん、相当強力な霊力だ。それに僕の霊力が加わった今の君は、妖怪とも渡りあえる力を持った事になる。」
金鵄はそこまで言うと、しばらく考え込むような仕草をしていたが、空を見上げ決意したように…こう切り出した。
「若三毛凛、『妖魔狩人』になって、僕の代わりにこの地を守ってくれないか?」
つづく
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②→
妃が放った黒い炎の球が、金色の鳥を包み込むように飲み込んだ。
一気に舞い上がる土煙の中で激しい爆音と振動が襲った。
それはまるで目の前に雷でも落ちたかと思える光景だった。
2分~3分たったのか?
感覚的には数十分たったような感じだが、次第に土煙が晴れていく。
薄れていく土煙の中に仁王立ちした一人の姿が。
紛れもなく、妃の姿だ。
そして、その目線の先には・・・・・
クレーター?
いや、そう思わせる程、地面に大きな穴が剔り取られている。
草も木も何もない。
あの…金色の鳥の姿も。
身体はおろか、骨も美しかった羽すら、残っていない。
一体、何があったの・・・?
あまりにも想像を超えたその力に、状況が読み取れない。
「くたばったか。」
勝ち誇る笑みは、あまりの悍ましさに背筋をぞっとさせる。
に…逃げなきゃ…。
直ぐ様振り返って、ダッシュで逃げ出したい。
でも…
目が離せない…。
妃から目を離すのが怖い…。
ゆっくりと、それこそ…ゆっくりと、妃を見つめたまま後ずさりをしていく。
ドンッ!!
後ろも見ず後ずさりをしていた為、背中がモロに森の木に当たってしまった。
「ん……っ?」
妃の冷やかな目と目が合ってしまった!!
あぁぁぁっ…
「村の子供か? 何にせよ、見てはならぬ物を見てしまったようだの。」
妃の右手に再び、黒い炎の塊が湧き上がる。
「どうせ、お前の村も、そしてこの国も、ワシの手に落ちる。
今ここで命を落としても、変わりなかろう。」
わたしも、消える……。
先程目のあたりにした、クレーターのような大穴。
骨も羽も残らなかった、あの金色の鳥のようにわたしも……。
ポカンと立っていた。
逃げようとするわけでもなく、防ごうとするわけでもなく…
ただ、全てを諦めて、無造作のポカンと立ち尽くしていた。
「妖木妃様、ソレ…あたしに頂けますか?」
背後から声が聞こえた。
でも振り返って確認する事ができない。
したくない…、これ以上、何も見たくもない…聞きたくもない…。
言葉に反応した妖木妃と呼ばれる妃は、凛のその先に目線をやった。
「ボンディァォフーニュか。」
妖木妃は考え込むように言葉の主と凛を交互に眺めていたが、うっすらと微笑み、
「良かろう、お前に任せよう。楽しみにしてるぞ。」
そう言って踵を返すと、まるで霧のように姿を消していった。
「いい霊力を持っているわね、これは最高の物が出来上がりそうだ。」
この言葉を聞いた瞬間、大きな両手が凛の肩を掴み、強引に振り変えさせる。
凛の目に、大柄で太めの女性の姿が入った。
誰? そう思った瞬間、何かが口の中にねじ込まれる。
ん…んん…っ!?
喉に液状の物が流れ込んできた。
独特の匂いで、少し喉が熱くなる…。
息をする間もなく、液体が次から次へと流し込まれる。
苦しい…、吹きこぼれる…。
その思いが通じたのか、口にねじ込まれた物が引き抜かれた。
はぁ…はぁ…
なんか…酒臭い……?
「どうだい、あたし特製の黄酒の味は?」
ボンディァォフーニュと呼ばれた女が、自慢気に半升位の瓶を見せつける。
さ…酒…?
…と、いきなり足がガクガクしたかと思うと、ドスンと尻餅をついてしまった。
な…なに?
目の前がチカチカ、クラクラ…。
ああ…地面が、地面がまるで海の上のように波打っている?
上半身ですら起きていることがままならず、大の字に横たわってしまった。
はぁ…はぁ…
目が…目がまわるっ…。
「ククク…やはり子供、この程度の酒でだらしないねぇ~♪」
グビッ…グビッ…♪
ボンディァォフーニュは残りの酒を美味そうに飲み干すと、
凛のサイドテールを鷲掴みして身体を引き起こし、一気に自らの肩に担ぎ上げた。
「帰ってから、あと一晩酒に漬け込んでおけば、臭みもとれ、味も引き立つだろう。」
凛を担ぎ上げたまま、ボンディァォフーニュは、森の奥深くへと消えていった。
翌日、夕日が辺りを照らし、山々がまるで紅葉したように赤く輝いている。
いや、赤く輝いているのは夕日のせいだけでないようだ。
由子村のアチコチで炎が舞い上がっている。
妖魔女王…妖木妃を筆頭に、数人の中国妖怪達が、村を占拠したのだ。
そこはまるで地獄絵図だった。
村は焼き払われ、村人達は全員囚われの身となった。
ある者たちは、妖怪達の食料となり、その身を焼かれ、引き千切られ喰われている。
ある者たちは、奴隷となり、妖怪達の世話をしている。
そしてある者たちは、妖木妃の魔力によって、妖怪として転生していた。
妖木妃は、こうやって部下の妖怪を作り出すことができるのだ。
そんな様子を楽しそうに見つめていた妖木妃の前に…
「妖木妃様、特製霊力鍋をお持ちいたしました。」
と、ボンディァォフーニュが現れた。
「霊力鍋…?」
人一人が楽々に入りそうな大きな土鍋が運ばれてくる。
蓋を開けると、濛濛とした湯気が立ち上がった。
「ふむっ…?」
興味深そうに鍋を眺める、妖木妃。
鍋の中身は山で採れた山菜の数々。
だが、その山菜よりも、ひときわ目立つ具が真ん中に。
それは、すっかり茹で上がっている、凛の姿だ。
「まずは汁からご賞味ください。いい出汁が出ていますよ♪」
「ほほぉーぅ!」
お椀に汁を注ぎ、妖木妃に手渡す。
クン…クン…。
「ほぉ、これはいい匂いだ。」
ズズッ…。
蓮華で一口啜ってみる。
「たしかにいい出汁だ。甘く…それでいて、微かな酸味が味を引き立てている。」
「それだけですか?」
「…ん?」
ズズズッ……。
もう一口啜ってみる。
「先程と変わらぬ。なかなかいい味の汁だが、他に何か……
ん…!? すまぬ、もう一杯くれんか?」
「どうぞ、お好きなだけ。」
ズズズッ…。
「やはりそうだ! 魔力が…、ワシの魔力が活性化しておる。これは…!?」
「この小娘の霊力です。」
ボンディァォフーニュは手にしたオタマで、茹で上がっている凛の身体を突き回した。
「この小娘、並の人間とは思えない霊力を備えておりました。
ですから妖木妃様に食して頂ければ、きっと、魔力増加に役立つだろうと・・・・。」
ゴクッ…ゴクッ…。
「ぷはっ…。
たしかに、凄い効果だ。あのまま消してしまわんで良かった。
ボンディァォフーニュ、お主のお陰だぞ。」
「ありがとうございます。」
「出汁でこれだけの効力があるのだ、きっとその肉は更に効き目があるだろう。」
「もちろん♪」
ボンディァォフーニュはそう返事をしながら、凛の身体を切り分けていく。
細切れにした肉をお椀に入れ、妖木妃に手渡した。
クククッ…
「美味い! だがそれ以上に、凄い霊力だ。ワシの魔力が数倍に跳ね上がりそうだ。」
ガツガツと凄い勢いでたいらげていく。
こうして、この世から『若三毛 凛』の存在は亡くなった。
「皆の者…よく聞け! この村を拠点に、この国を制圧する!
まず明日は、そこの山を隔てた市街地…『丘福市』を襲撃する。」
おわり。
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…という訳で、いかがだったでしょうか?
①はお判りの通り、正規ルートです。次回へと続きますw
②を選んだ場合は、これで終了…BADENDですw
なぜこんな書き方をしたか?
それは、次回詳しく。
とりあえず、しばらくこの形で更新していこうと思っております。
では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。<(_ _)>