2017.07.05 Wed
ターディグラダ・ガール 第五話「誰も見ることのできなかった戦い」 四章
「この屋敷から、多数の若い娘の匂いがする! 今から全員で突入して、喰らい尽くすぞ! 万一抵抗する者がいえば、全て殺してしまえ!」
それは、ミンスーが次の女生徒をメダル化する準備に入った頃、やって来た。
博物館の玄関口を激しく叩き壊す音と共に、ズタズタと地響きのような足音が聞こえる。
「なんですの……、いったい!?」
ミンスーは口惜しそうに女生徒を檻へ戻すと、足早にエントランス(玄関口)へと向かった。
そこに待っていたのは、そのものズバリの『黒い集団』!
数にして、20~30人と言ったところだろう。だが、驚くのは、その誰もが全裸姿であり、そして……その肌は、真っ黒であった。
獣のような牙を持ったその口は、大きく耳まで裂け、血走った目はギラギラと見開かれている。手足には鋭い刃物のような長い爪が伸びており、それは見た目から人間ではなく、妖怪……もしくは怪物の類だとわかる。
――こいつ等は、中東に住む下等な亜人間……屍食鬼!? ですが、なぜ……この国に?―
そう。それはミンスーの識別通り、そこに集まっているのは『屍食鬼』と呼ばれる中東の邪精、『グール』という種族。
屍食鬼の名の通り、主に人間の屍体を喰らう邪精であるが、強靭な肉体と魔力を持っており、時には生きた人間を襲って喰い殺す。
「その屍食鬼が、ここになんの用ですの? たいした用が無ければ、さっさと立ち去りなさい。でなければ、死ぬ思いをいたしますわよ!」
ミンスーはエントランスで立ち塞がると、全員を見渡しながら脅しにかかる。
「ほぅ!? 御大層な口を叩くヤツが出てきたかと思えば、なるほど……お前、魔族か?」
そう言って先頭に躍り出て来たのは、一人の女性型グール。正確に言えば、女性型は『グーラ』と呼ばれる。
そのグーラだが、自身の手で左肩を抑えている。しかし、その左肩には……あるべきはずの『左腕』が無い! それはよく見ると引き千切ったような跡が見受けられ、蒼い血が滴り落ちている。おそらく腕を失ってから、まだそれ程の時間は経っていないのだろう。
更に、痛みが相当激しいのであろう。眉間には深い皺が入り、額や頬には玉のような汗が浮かんでいた。
それでもグーラは気丈に、
「魔族がこんな所で何をやっているのかは知らんが、この屋敷には多数の人間の娘がいるだろう? お前が抱え込んでいるのか?」とミンスーに向かい合う。
「ええ、たしかにアタクシの元には、10人程の女の子たちがいらっしゃいますが、これはアタクシが集めて来たもの。貴方たちが貫入するべきものではありませんわ!」
「貫入するか、しないかなど……どうでもいい。その娘たちは今からワッチたちが喰らわせていただく。そして、この館もワッチたちの寝床として使わせてもらう。そんなわけで、お前こそ死にたくなければ、さっさと出て行くがいい」
「フンッ!下等な邪精無勢が、何を勝手なことをほざいているのかしら? でかい口を叩くなら、相手を見てから叩きなさいな!」
「お前こそ、状況をよく見てモノを言うんだな! お前の言う下等な邪精でも、これだけの数なら……魔族の一人や二人。ものの数分で始末できるのだぞ! ま、このまま殺してしまった方が手っ取り早いから、ワッチとしてはそちらの方がいいんだが!」
グーラはそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
――たしかに。いくらアタクシでも、これだけの数の屍食鬼。まともに相手にできる数ではありませんわ。―
流石にミンスーの表情に、大きな不安の影が浮かんだ。
それを見抜いたグーラは、部下であるグールたちに合図を送り、ミンスーを取り囲み始める。
その時・・・。
「あらあら……。随分と騒がしいわねぇ~っ!?」
エントランスの奥の廊下から、間延びした声とともに、一人の若い女性が現れた。
それは、言わずと知れた……レイカである。
「に、人間の女……!?」
虚を突かれたのはグーラである。なにしろ、屍食鬼と魔族との一触即発の空気の中、何喰わぬ顔で、人間の女性が平然と入って来たのだ。それはある意味、魔族の脅しよりも不気味な光景だ。
レイカは何も言わず辺りを見渡すと、「ああ……、そういうことね!」と全てを察したように頷いた。そして、
「ねぇ、ミンスー。ここにいる屍食鬼の方々……、みんな負傷しているんじゃな~い?」
と語りかけてきた。
「そ、そうですか……?」
ミンスーはレイカの言葉で、改めてグールたちを一人一人見直してみる。たしかに言われてみれば、つい先程まで激しい戦闘でも行っていたかのように、全員が身体中に深い傷を負っており、中には呼吸すら満足にできないほどの重傷者も見受けられる。
「だから少しでも体力回復をするためにぃ、食料を要求しているぅ! そう言うことでしょ~っ!?」
レイカの、やや舌足らずの間延び声が、全てお見通しだと言わんばかりに、グーラに問いかける。
「そ、そういうことだ! 死にたくなければ、この館にいる全ての娘たちを、ワッチ等に今すぐよこすのだ!」
グーラは、相変わらずレイカの持つ…不可解な雰囲気を読み取れず、若干躊躇しているものの、強気な態度だけは崩さなかった。
「いいわよぉ~♪」
レイカから返ってきた返事。それは、あまりにも呆気ないものだった。
その返事に、一瞬呆けてしまうグーラ。
「ミンスー、貴方が集めてきた女の子……、半分くらい分け与えてあげちゃってぇ~~っ♪」
ミンスーにも予期しない指示が来た!
「ちょ……ちょっと待って下さい! あれはアタクシの大切なメダルコレクションの材料でして……」
こっちはこっちで、必死になって指示変更を願いだす。
「いいじゃないのぉ~っ! 貴方なら、またすぐに捕まえて来ること……、出来るでしょ~ぉ!? それとも、アタシの言うこと聴きたくないのぉ~っ?」
いつも通り、笑っているようにしか見えない糸目に、保育園の先生のような……優しそうな口元。だが、その表情を信じてはいけない。ミンスーは、それをよく知っている。
「わ……わかりました。指示に従います……。」
そう応えて、深々と頭を下げるミンスー。
「そっちの屍食鬼の皆さんも、女の子……少し分けるからぁ~、もうちょっと大人しくしてくれないかしらぁ~っ?」
レイカはそう言って、グールたちにも温和そうな笑顔を振り撒いた。
だが……、
「はぁ!? お前……人間の女だよね? 人間の女が、何を偉そうに指図している。ワッチは全ての娘をよこせと言ったんだ。なんだったら、お前から喰ってやってもいいんだぞ!?」
たかが人間の女。その人間の女なんかに言い包められてたまるか? そう言わんばかりにグーラは、レイカに向かって更に凄んでみせる。
そんなグーラの態度に、レイカの細い目尻が少しだけ釣り上がる。
「アタシを食べる……? ふ~ん!いいわよぉ~。食べられるなら、いつでも食べてちょ~だい♪」
レイカはそう言って、カニのように二本指で構えると、「ピース!ピース!」と嘲笑うように、はしゃいで見せた。
「どうやらこの国の人間は、我々の恐ろしさがわかっていないようだ。グーラ様、この俺が……このバカな娘を挽肉にしてやりますよ!」
たかが、人間の若い娘が何も知らずに粋がりやがって! おそらくそう思ったのだろう。一人の若いグールが、レイカに対して攻撃の了承を得ると、そのまま勇んで飛びかかった。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
若いグールの鋭く伸びた爪で、レイカの身体は一瞬で真っ二つに切り裂かれる!
……はずだったのだが、実は悲鳴を上げたのはレイカではなく、若いグール。
なんと、その若いグールはレイカを引裂くどころか、指一本触れることができず、その身はまるでビデオの逆再生のように、弧を描いて吹き飛ばされた。
「な……なんなの、今のは……!?」
「あの人間の女……少しも動いていないのに、襲ったアイツが吹き飛ばされたぞ!?」
驚くグーラと他のグールたち。
そうなのだ。彼が言う通り、レイカは両手でピースをした姿勢のまま、まるで動いていない。……にも拘わらず、襲い掛かった若いグールは、有無言わさず数メートル先まで吹き飛ばされたのだ。
「何があったの!?」
その若いグールに駆け寄り、問い詰めるグーラ。
「こ……拳(こぶし)だ!? 無数の拳による、突きや殴打が一斉に襲い掛かってきた……」
若いグーラは腰を抜かしたまま、恐る恐る返答する。
――拳による攻撃……!? そんなバカな……!? ワッチたちには、そんな攻撃……まるで見えなかったぞ!?―
「そのグールが見たのは、魔気(マーキ)なのよぉ!」
レイカは、グーラの心の声に返答するように、いきなり話しだした。
「魔気(マーキ)……?」
「そうよ! 闇の魔術を極めた者は、その身に魔気(マーキ)を纏うことができるのぉ~っ! 彼が見たのは、アタシの魔気(マーキ)なのよぉーっ!」
胸を張り、得意満面に話すレイカ。
――いや、マスター。貴女……どこの世紀末覇王ですか……?―
ミンスーは空かさず、心の中でツッコミを入れていた。
…て言うか、お前こそ魔族のくせに、何故……元ネタを知っている!?
「こ、こうなれば……、あの人間を全員で攻撃するんだぁ!!」
そう叫ぶグーラを先頭に、残り全員のグールたちも、一斉になって…レイカに飛び掛かっていった。
しかし、当のレイカ本人は、「フッ♪」と軽く鼻で笑うと、
「今夜が雲一つない空だったらぁ~、みんな……死兆星が見えていたわよぉ~♪」
そう呟き、自身の体に軽く気合を入れた。
その途端、襲い掛かったグールたちの身体は、一斉に舞い上がる。
それは、目に見えない風船がパンパンに膨れ上がり、一気に破裂したかのように。いや、そんな生易しいものでは無い。見えない爆弾が爆発したかのように……!
飛び掛かったグールたちは、レイカを中心に放物線を描いて、十数メートルほど弾き飛ばされていったのだ。
その衝撃は見た目以上に凄まじく、それだけで気を失うグールもいたほどだ。
「い……今のも、魔気……っていうものか?」
激しく大地に叩きつけられ、言う事の聞かない身体を必死で起こすと、グーラは震える口でそう漏らした。
「いえ、正直……ここだけの話。魔気と言うのは、マスターの厨二表現です。本当は、拳の攻撃に見える幻覚魔法を使いながら、自身の魔力を『少しだけ解放された』。それだけですわ。」
グーラの漏らした問いに、ミンスーが少々呆れ顔で返してきた。
――魔力を少し解放しただけ……だと? それでこの威力か!? もし、今のがマトモな攻撃魔法であったら、ワッチたちは全員……瞬殺されていた!?―
ソレを想像しただけで、グーラの心の中に、恐怖が駆け巡った。
「どうするぅ? まだ、アタシから食べてみよぉ~っ!なんて、思うかしらぁ~?」
嘲笑うような含み笑いを浮かべ、レイカは再びそう問い掛けた。
「い、いえ……申し訳ありません。勘弁してください……。」
「最初から、そういう風に素直になればいいのよぉ~っ♪」
レイカはそう言って、ニパッ!と笑うと、
「ミンスー。先程言った通り、あなたの女の子……、分けてあげなさぁ~い!」
それから数時間後。
グール達はミンスーが拉致してきた少女たちを、半数ほど食べ尽くすと、見違えるように元気さを取り戻した。
そもそも人間に比べてたら数倍もの強靭な身体を持つ屍食鬼たち。そのため、体力さえ回復すれば、出血も止まり傷口も塞がりはじめ、回復へと向かっていく。
「でも、この左腕は二度と元には戻らない……」
グーラの左肩も出血は完全に止まり、その傷跡も塞ぎ始めてはいた。だが、それ以上に失った左腕に対しての、心の傷跡が大きいようである。
そんなグーラを見ていたレイカ。
「アタシが新しい左腕……、作ってあげよぉーか?」
そう、何気なく声を掛けた。
「作る……? 左腕を……? そんな事ができるのか?」
思いがけない話に、身を乗り出すグーラ。
「モッチロぉ~ン! アタシはメカの天才~ぃ!! 最新型戦闘機能付き義手を、2~3日で作ってあげられるわよぉ~っ!」
「最新型…戦闘機能付き……? なんだかよく解らないが、それが本当であれば、ぜひ……お願いしたい!」
「いいわよぉ~ん! た・だ・し……、アタシに忠誠を誓って、アタシの下で働くこと。これが、条件よぉーっ! どぉ~する!?」
それはグーラにとって、思いの他の展開であった。
彼女とその手下のグールたちは、災害の張本人である『精霊の支配者』に、本人たちの意思とは関係無く、この国……この丘福市に召喚された。
精霊の支配者も倒され、本来であれば祖国帰るべきところだが、彼らはこの国の人間の味が気に入って、もう暫くこの地に留まろうと考えていたところであった。
そんな矢先、この地の人間を守っている『妖魔狩人』と名乗る者と戦う羽目となり、大惨敗を屈したばかりなのだ。
正直…この国に留まりたいが、次にあの者たちと戦ったら、今度こそ浄化消滅させられてしまうであろう。
しかし、先程見せつけられた……このレイカという人間の魔力。もし、この人間が自分たちに味方をしてくれれば、間違いなく妖魔狩人を退けることが出来る。いや、奴らの霊力の高い身体を、喰らい尽くすことも可能だ!
「わかった……。い、いえ……わかりました、マスター・レイカ。ワッチとその手下グール全て、貴女様の下で働かせてください!」
グーラはそう言うと、額を大地に擦り付けるように土下座をした。
「ハ~イ、OKよぉ~ん♪ それじゃ~ぁ、あなた達は今からアタシの部下ということでぇ~っ!」
レイカはそう言うと、振り向きざまに、
「ミンスー、今日から屍食鬼の皆さんがぁ、アタシの配下に入ったわよぉーっ! そこでぇ……ミンスー、あなたとグーラの二人は、今後同じ幹部として扱うからね~っ♪」
――な……なんですってぇ~~~っ!? アタクシと屍食鬼ごときが同じ幹部、つまり……同じ地位ってことですのーっ!?―
辛うじて言葉には出さなかったが、あまりに突拍子もない話に、肝が飛び出しそうな程驚いたミンスー。
そんなミンスーを無視して、レイカは更に話を続ける。
「グーラ。約束だからぁ~、あなたの腕……三日以内に作り上げてあげるわ~っ! あっ、それともう一つ。この国内で活動するには、その姿は目立ち過ぎるわねぇー。人間の姿に変身しておくことぉ! よろしく~っ♪」
レイカはそう言うと、再び研究室へ戻ろうと踵を返したが、フトッ……足を止め、
「ねぇ? 精霊の支配者さんに召喚されて、神田川県に残ったのはぁ……グーラ達だけぇ?」と聞き返した。
思いもよらない問いに、グーラは一瞬戸惑ったが、
「あくまでもワッチの推測ですが、この平和な日本という国の人間たちには、ワッチ達……邪霊の存在を殆ど知られていません。それに食文化が発展しているせいか、その肉の味は深みがあって大変美味しい! ですので、ワッチ達以外にも多くの邪精が居残っている可能性は、十分にあります!」と答えた。
「ふ~~ん♪」
それを聞いて、まるで悪戯っ子のような、無邪気な笑みを浮かべるレイカ。
「グーラ。最初の命令を与えるわぁ! この丘福市付近に居着いた邪精たちをリストアップをして、アタシの元へ連れて来なさぁ~い!」
「マスター、それはもしかして……?」
傍で二人の話を聞いていたミンスーは、その表情がパァ~ッと明るくなり、思わずそう問い返していた。
「そうよぉ~ん♪ その居着いた邪精たちを兵隊にして、お待ちかねのアタシたちの組織……『パーピーヤス』、ついに活動開始よぉーっ!!」
サムズアップで、これ以上に無いほどの『ドヤ顔』のレイカ。
「おおっ!!」
待ち焦がれていた。ミンスーは心からそう思っていた。そしてついに、レイカ(マアラ)の下で、地上界……そして魔界すらも、牛耳ることができるのだ!
それは、ミンスーが次の女生徒をメダル化する準備に入った頃、やって来た。
博物館の玄関口を激しく叩き壊す音と共に、ズタズタと地響きのような足音が聞こえる。
「なんですの……、いったい!?」
ミンスーは口惜しそうに女生徒を檻へ戻すと、足早にエントランス(玄関口)へと向かった。
そこに待っていたのは、そのものズバリの『黒い集団』!
数にして、20~30人と言ったところだろう。だが、驚くのは、その誰もが全裸姿であり、そして……その肌は、真っ黒であった。
獣のような牙を持ったその口は、大きく耳まで裂け、血走った目はギラギラと見開かれている。手足には鋭い刃物のような長い爪が伸びており、それは見た目から人間ではなく、妖怪……もしくは怪物の類だとわかる。
――こいつ等は、中東に住む下等な亜人間……屍食鬼!? ですが、なぜ……この国に?―
そう。それはミンスーの識別通り、そこに集まっているのは『屍食鬼』と呼ばれる中東の邪精、『グール』という種族。
屍食鬼の名の通り、主に人間の屍体を喰らう邪精であるが、強靭な肉体と魔力を持っており、時には生きた人間を襲って喰い殺す。
「その屍食鬼が、ここになんの用ですの? たいした用が無ければ、さっさと立ち去りなさい。でなければ、死ぬ思いをいたしますわよ!」
ミンスーはエントランスで立ち塞がると、全員を見渡しながら脅しにかかる。
「ほぅ!? 御大層な口を叩くヤツが出てきたかと思えば、なるほど……お前、魔族か?」
そう言って先頭に躍り出て来たのは、一人の女性型グール。正確に言えば、女性型は『グーラ』と呼ばれる。
そのグーラだが、自身の手で左肩を抑えている。しかし、その左肩には……あるべきはずの『左腕』が無い! それはよく見ると引き千切ったような跡が見受けられ、蒼い血が滴り落ちている。おそらく腕を失ってから、まだそれ程の時間は経っていないのだろう。
更に、痛みが相当激しいのであろう。眉間には深い皺が入り、額や頬には玉のような汗が浮かんでいた。
それでもグーラは気丈に、
「魔族がこんな所で何をやっているのかは知らんが、この屋敷には多数の人間の娘がいるだろう? お前が抱え込んでいるのか?」とミンスーに向かい合う。
「ええ、たしかにアタクシの元には、10人程の女の子たちがいらっしゃいますが、これはアタクシが集めて来たもの。貴方たちが貫入するべきものではありませんわ!」
「貫入するか、しないかなど……どうでもいい。その娘たちは今からワッチたちが喰らわせていただく。そして、この館もワッチたちの寝床として使わせてもらう。そんなわけで、お前こそ死にたくなければ、さっさと出て行くがいい」
「フンッ!下等な邪精無勢が、何を勝手なことをほざいているのかしら? でかい口を叩くなら、相手を見てから叩きなさいな!」
「お前こそ、状況をよく見てモノを言うんだな! お前の言う下等な邪精でも、これだけの数なら……魔族の一人や二人。ものの数分で始末できるのだぞ! ま、このまま殺してしまった方が手っ取り早いから、ワッチとしてはそちらの方がいいんだが!」
グーラはそう言うと、不敵な笑みを浮かべる。
――たしかに。いくらアタクシでも、これだけの数の屍食鬼。まともに相手にできる数ではありませんわ。―
流石にミンスーの表情に、大きな不安の影が浮かんだ。
それを見抜いたグーラは、部下であるグールたちに合図を送り、ミンスーを取り囲み始める。
その時・・・。
「あらあら……。随分と騒がしいわねぇ~っ!?」
エントランスの奥の廊下から、間延びした声とともに、一人の若い女性が現れた。
それは、言わずと知れた……レイカである。
「に、人間の女……!?」
虚を突かれたのはグーラである。なにしろ、屍食鬼と魔族との一触即発の空気の中、何喰わぬ顔で、人間の女性が平然と入って来たのだ。それはある意味、魔族の脅しよりも不気味な光景だ。
レイカは何も言わず辺りを見渡すと、「ああ……、そういうことね!」と全てを察したように頷いた。そして、
「ねぇ、ミンスー。ここにいる屍食鬼の方々……、みんな負傷しているんじゃな~い?」
と語りかけてきた。
「そ、そうですか……?」
ミンスーはレイカの言葉で、改めてグールたちを一人一人見直してみる。たしかに言われてみれば、つい先程まで激しい戦闘でも行っていたかのように、全員が身体中に深い傷を負っており、中には呼吸すら満足にできないほどの重傷者も見受けられる。
「だから少しでも体力回復をするためにぃ、食料を要求しているぅ! そう言うことでしょ~っ!?」
レイカの、やや舌足らずの間延び声が、全てお見通しだと言わんばかりに、グーラに問いかける。
「そ、そういうことだ! 死にたくなければ、この館にいる全ての娘たちを、ワッチ等に今すぐよこすのだ!」
グーラは、相変わらずレイカの持つ…不可解な雰囲気を読み取れず、若干躊躇しているものの、強気な態度だけは崩さなかった。
「いいわよぉ~♪」
レイカから返ってきた返事。それは、あまりにも呆気ないものだった。
その返事に、一瞬呆けてしまうグーラ。
「ミンスー、貴方が集めてきた女の子……、半分くらい分け与えてあげちゃってぇ~~っ♪」
ミンスーにも予期しない指示が来た!
「ちょ……ちょっと待って下さい! あれはアタクシの大切なメダルコレクションの材料でして……」
こっちはこっちで、必死になって指示変更を願いだす。
「いいじゃないのぉ~っ! 貴方なら、またすぐに捕まえて来ること……、出来るでしょ~ぉ!? それとも、アタシの言うこと聴きたくないのぉ~っ?」
いつも通り、笑っているようにしか見えない糸目に、保育園の先生のような……優しそうな口元。だが、その表情を信じてはいけない。ミンスーは、それをよく知っている。
「わ……わかりました。指示に従います……。」
そう応えて、深々と頭を下げるミンスー。
「そっちの屍食鬼の皆さんも、女の子……少し分けるからぁ~、もうちょっと大人しくしてくれないかしらぁ~っ?」
レイカはそう言って、グールたちにも温和そうな笑顔を振り撒いた。
だが……、
「はぁ!? お前……人間の女だよね? 人間の女が、何を偉そうに指図している。ワッチは全ての娘をよこせと言ったんだ。なんだったら、お前から喰ってやってもいいんだぞ!?」
たかが人間の女。その人間の女なんかに言い包められてたまるか? そう言わんばかりにグーラは、レイカに向かって更に凄んでみせる。
そんなグーラの態度に、レイカの細い目尻が少しだけ釣り上がる。
「アタシを食べる……? ふ~ん!いいわよぉ~。食べられるなら、いつでも食べてちょ~だい♪」
レイカはそう言って、カニのように二本指で構えると、「ピース!ピース!」と嘲笑うように、はしゃいで見せた。
「どうやらこの国の人間は、我々の恐ろしさがわかっていないようだ。グーラ様、この俺が……このバカな娘を挽肉にしてやりますよ!」
たかが、人間の若い娘が何も知らずに粋がりやがって! おそらくそう思ったのだろう。一人の若いグールが、レイカに対して攻撃の了承を得ると、そのまま勇んで飛びかかった。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
若いグールの鋭く伸びた爪で、レイカの身体は一瞬で真っ二つに切り裂かれる!
……はずだったのだが、実は悲鳴を上げたのはレイカではなく、若いグール。
なんと、その若いグールはレイカを引裂くどころか、指一本触れることができず、その身はまるでビデオの逆再生のように、弧を描いて吹き飛ばされた。
「な……なんなの、今のは……!?」
「あの人間の女……少しも動いていないのに、襲ったアイツが吹き飛ばされたぞ!?」
驚くグーラと他のグールたち。
そうなのだ。彼が言う通り、レイカは両手でピースをした姿勢のまま、まるで動いていない。……にも拘わらず、襲い掛かった若いグールは、有無言わさず数メートル先まで吹き飛ばされたのだ。
「何があったの!?」
その若いグールに駆け寄り、問い詰めるグーラ。
「こ……拳(こぶし)だ!? 無数の拳による、突きや殴打が一斉に襲い掛かってきた……」
若いグーラは腰を抜かしたまま、恐る恐る返答する。
――拳による攻撃……!? そんなバカな……!? ワッチたちには、そんな攻撃……まるで見えなかったぞ!?―
「そのグールが見たのは、魔気(マーキ)なのよぉ!」
レイカは、グーラの心の声に返答するように、いきなり話しだした。
「魔気(マーキ)……?」
「そうよ! 闇の魔術を極めた者は、その身に魔気(マーキ)を纏うことができるのぉ~っ! 彼が見たのは、アタシの魔気(マーキ)なのよぉーっ!」
胸を張り、得意満面に話すレイカ。
――いや、マスター。貴女……どこの世紀末覇王ですか……?―
ミンスーは空かさず、心の中でツッコミを入れていた。
…て言うか、お前こそ魔族のくせに、何故……元ネタを知っている!?
「こ、こうなれば……、あの人間を全員で攻撃するんだぁ!!」
そう叫ぶグーラを先頭に、残り全員のグールたちも、一斉になって…レイカに飛び掛かっていった。
しかし、当のレイカ本人は、「フッ♪」と軽く鼻で笑うと、
「今夜が雲一つない空だったらぁ~、みんな……死兆星が見えていたわよぉ~♪」
そう呟き、自身の体に軽く気合を入れた。
その途端、襲い掛かったグールたちの身体は、一斉に舞い上がる。
それは、目に見えない風船がパンパンに膨れ上がり、一気に破裂したかのように。いや、そんな生易しいものでは無い。見えない爆弾が爆発したかのように……!
飛び掛かったグールたちは、レイカを中心に放物線を描いて、十数メートルほど弾き飛ばされていったのだ。
その衝撃は見た目以上に凄まじく、それだけで気を失うグールもいたほどだ。
「い……今のも、魔気……っていうものか?」
激しく大地に叩きつけられ、言う事の聞かない身体を必死で起こすと、グーラは震える口でそう漏らした。
「いえ、正直……ここだけの話。魔気と言うのは、マスターの厨二表現です。本当は、拳の攻撃に見える幻覚魔法を使いながら、自身の魔力を『少しだけ解放された』。それだけですわ。」
グーラの漏らした問いに、ミンスーが少々呆れ顔で返してきた。
――魔力を少し解放しただけ……だと? それでこの威力か!? もし、今のがマトモな攻撃魔法であったら、ワッチたちは全員……瞬殺されていた!?―
ソレを想像しただけで、グーラの心の中に、恐怖が駆け巡った。
「どうするぅ? まだ、アタシから食べてみよぉ~っ!なんて、思うかしらぁ~?」
嘲笑うような含み笑いを浮かべ、レイカは再びそう問い掛けた。
「い、いえ……申し訳ありません。勘弁してください……。」
「最初から、そういう風に素直になればいいのよぉ~っ♪」
レイカはそう言って、ニパッ!と笑うと、
「ミンスー。先程言った通り、あなたの女の子……、分けてあげなさぁ~い!」
それから数時間後。
グール達はミンスーが拉致してきた少女たちを、半数ほど食べ尽くすと、見違えるように元気さを取り戻した。
そもそも人間に比べてたら数倍もの強靭な身体を持つ屍食鬼たち。そのため、体力さえ回復すれば、出血も止まり傷口も塞がりはじめ、回復へと向かっていく。
「でも、この左腕は二度と元には戻らない……」
グーラの左肩も出血は完全に止まり、その傷跡も塞ぎ始めてはいた。だが、それ以上に失った左腕に対しての、心の傷跡が大きいようである。
そんなグーラを見ていたレイカ。
「アタシが新しい左腕……、作ってあげよぉーか?」
そう、何気なく声を掛けた。
「作る……? 左腕を……? そんな事ができるのか?」
思いがけない話に、身を乗り出すグーラ。
「モッチロぉ~ン! アタシはメカの天才~ぃ!! 最新型戦闘機能付き義手を、2~3日で作ってあげられるわよぉ~っ!」
「最新型…戦闘機能付き……? なんだかよく解らないが、それが本当であれば、ぜひ……お願いしたい!」
「いいわよぉ~ん! た・だ・し……、アタシに忠誠を誓って、アタシの下で働くこと。これが、条件よぉーっ! どぉ~する!?」
それはグーラにとって、思いの他の展開であった。
彼女とその手下のグールたちは、災害の張本人である『精霊の支配者』に、本人たちの意思とは関係無く、この国……この丘福市に召喚された。
精霊の支配者も倒され、本来であれば祖国帰るべきところだが、彼らはこの国の人間の味が気に入って、もう暫くこの地に留まろうと考えていたところであった。
そんな矢先、この地の人間を守っている『妖魔狩人』と名乗る者と戦う羽目となり、大惨敗を屈したばかりなのだ。
正直…この国に留まりたいが、次にあの者たちと戦ったら、今度こそ浄化消滅させられてしまうであろう。
しかし、先程見せつけられた……このレイカという人間の魔力。もし、この人間が自分たちに味方をしてくれれば、間違いなく妖魔狩人を退けることが出来る。いや、奴らの霊力の高い身体を、喰らい尽くすことも可能だ!
「わかった……。い、いえ……わかりました、マスター・レイカ。ワッチとその手下グール全て、貴女様の下で働かせてください!」
グーラはそう言うと、額を大地に擦り付けるように土下座をした。
「ハ~イ、OKよぉ~ん♪ それじゃ~ぁ、あなた達は今からアタシの部下ということでぇ~っ!」
レイカはそう言うと、振り向きざまに、
「ミンスー、今日から屍食鬼の皆さんがぁ、アタシの配下に入ったわよぉーっ! そこでぇ……ミンスー、あなたとグーラの二人は、今後同じ幹部として扱うからね~っ♪」
――な……なんですってぇ~~~っ!? アタクシと屍食鬼ごときが同じ幹部、つまり……同じ地位ってことですのーっ!?―
辛うじて言葉には出さなかったが、あまりに突拍子もない話に、肝が飛び出しそうな程驚いたミンスー。
そんなミンスーを無視して、レイカは更に話を続ける。
「グーラ。約束だからぁ~、あなたの腕……三日以内に作り上げてあげるわ~っ! あっ、それともう一つ。この国内で活動するには、その姿は目立ち過ぎるわねぇー。人間の姿に変身しておくことぉ! よろしく~っ♪」
レイカはそう言うと、再び研究室へ戻ろうと踵を返したが、フトッ……足を止め、
「ねぇ? 精霊の支配者さんに召喚されて、神田川県に残ったのはぁ……グーラ達だけぇ?」と聞き返した。
思いもよらない問いに、グーラは一瞬戸惑ったが、
「あくまでもワッチの推測ですが、この平和な日本という国の人間たちには、ワッチ達……邪霊の存在を殆ど知られていません。それに食文化が発展しているせいか、その肉の味は深みがあって大変美味しい! ですので、ワッチ達以外にも多くの邪精が居残っている可能性は、十分にあります!」と答えた。
「ふ~~ん♪」
それを聞いて、まるで悪戯っ子のような、無邪気な笑みを浮かべるレイカ。
「グーラ。最初の命令を与えるわぁ! この丘福市付近に居着いた邪精たちをリストアップをして、アタシの元へ連れて来なさぁ~い!」
「マスター、それはもしかして……?」
傍で二人の話を聞いていたミンスーは、その表情がパァ~ッと明るくなり、思わずそう問い返していた。
「そうよぉ~ん♪ その居着いた邪精たちを兵隊にして、お待ちかねのアタシたちの組織……『パーピーヤス』、ついに活動開始よぉーっ!!」
サムズアップで、これ以上に無いほどの『ドヤ顔』のレイカ。
「おおっ!!」
待ち焦がれていた。ミンスーは心からそう思っていた。そしてついに、レイカ(マアラ)の下で、地上界……そして魔界すらも、牛耳ることができるのだ!
| ターディグラダ・ガール | 21:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑