2017.07.05 Wed
ターディグラダ・ガール 第五話「誰も見ることのできなかった戦い」 五章
ここは中央区の北部にある御幸(みゆき)運動公園。
この公園は、住宅街の端にある木々に囲まれた緑豊かな公園で、ちょっとしたテニスやバトミントン。フットサルなどができる小さなコートも備えている。
そのため、午前中は年配者の散歩コース。午後は専業主婦同士の情報交換場所。夕方には、学校帰りの子どもたちの遊び場にもなっている。
そして今、辺りも暗くなった黄昏時。
付近を巡回パトロールしている、御幸交番勤務の巡査二名。
一人は、来年定年退職を迎えるベテラン巡査長、山本和行。
もう一人は、勤続年数五年の女性巡査、内田結衣(ゆい)。長い髪を後ろで束ね、一見…華奢で物静かな美女といった雰囲気だが、実は空手二段……実弾射撃上級という強者でもある。
その二人がこの御幸公園に足を踏み入れたとき、ある一つの犯行を目にしたのだ。
それは、部活帰りと思われる一人の女生徒を、二~三人の男性らしき人影が暴行を加えようとしている光景だった。
直ぐ様、山本・内田両巡査は声を掛け、犯行を阻止しようとした。だが、それは今まで目にしたこともないような、信じられない出来事であった。
外灯も無い暗がりだったため、近寄るまで気づかなかったが、三人の人影は衣類を一切身につけていない、いわゆる全裸状態であった。更に、全身が暗がりに溶け込みそうな程、黒い肌。髪が全て抜け落ちたかと思われるほど頭髪は残っておらず、目は異様に大きく血走っている。刃物のような鋭い爪をした手足に、耳まで裂けた大きな口。
そう、お解りであろう。女生徒を襲っていたのは屍食鬼グールたちであった。
「ま、まさか……、噂に聞く……未確認生物……っ!?」
初めて目にしたあまりの不気味な姿に、両巡査は一瞬怯んだが、もちろん放っておくわけにはいかない。
すぐにグールたちの間に割って入ると、女生徒をその場から引き出し保護をする。
更に山本巡査長は拳銃を抜き出し、バンッ!! と、一発威嚇射撃を行い、「動くなっ!!」とグールたちを制した。
だが、それで大人しく言うことを聞くグールではない。
「グフフっ!」と下品な笑いを浮かべると、拳銃など恐れず、一斉に襲い掛かってきたのだ。
それに対して、慌てて拳銃を発砲する山本巡査長。しかし、実は彼はそれほど射撃は得意ではない。まして、咄嗟のことで手元も狂いグールに当てることができず、逆にその身体をグールに組み伏せられてしまった。
一方の内田結衣巡査は、女性警察官と言っても筋金入りの強者。
得意の空手で殆ど互角に応戦するが、なにしろ相手は人間を超えた怪物……屍食鬼。とても容易に撃退できる相手ではない! 彼女は、それを悟ると、
「あなたは先に逃げなさい!!」と、女生徒を先にこの場から退避させた。
そして、女生徒が公園から走り去るのを見届けると、直ぐ様拳銃を抜き出し、威嚇射撃もせず、そのまま一匹のグールの太腿を撃ち抜いた!
「グォォォォッ!」
いくら邪精とは言っても、至近距離から拳銃の直弾を受ければ、それなりに痛みやダメージはある。その場にのた打ち回るグール。
その隙に、山本巡査長の体に伸し掛かっているグールの元へ駆け寄ると、肘打ち……更に前蹴りで、その体を蹴り飛ばした。
「ありがとう……、助かったよ。」
肩で息をしながら、ヨロヨロと立ち上がる山本巡査長。
「いえ。それよりも、このバケモノ共はいったい何なんでしょう!?」
「わからん。わからんが……、ここ最近アチコチで、数件の被害が報告されている!」
拳銃を構えたまま、敵の動きを警戒する山本と結衣。
一方、撃たれた脚の痛みに耐えながら起き上がるグールと他二匹のグール。そして、
「どうする? 若い娘に逃げられてしまった。後を追うか?」
と、人間の言葉で会話を始めたのだ。
「いや、街中に逃げ込まれたら騒ぎがでかくなる。まだ騒ぎはでかくするなと、グーラ様のお達しだ。」
「ああ……。それに、さっきの娘より、こっちの女の方が肉は締まっていそうで美味そうだ! 今日の飯はコイツにするぞ。」
「ジジイは肉が硬くて、味も悪い。ここで殺ってしまおう。」
そこまで言うと、三匹は再び両巡査に襲いかかる。
「内田、責任はワシが取る! このバケモノ共を射殺しろ!!」
山本巡査長の掛け声で、同時に発砲する二人。
相変わらず山本巡査長の銃弾はカスリもしないが、実弾射撃上級の結衣は、一発…二発と、見事一匹のグールの心臓を撃ち抜いた!
更に、最初に脚を撃ったグールのもう片方の脚も撃ち、その動きを止める。
あとは、またも組み伏せられ苦戦している山本巡査長のグールを倒せばいい!
直ぐ様、馬乗りになっているグールを引き剥がそうと、その体に触れた瞬間……。
「キャッ!?」
自身の両足首を捕まれ、その場に引き摺り倒されてしまった!!
更に、うつ伏せ状態のまま両肩を抑えつけられる!
必死に首を回し背後を覗き込むと、なんと……新たなグールが3~4匹ほど現れ、襲い掛かってきていたのだ。
――なんてこと……!? まだ…仲間がいたの……?―
予想もしない事態に、一気に青ざめる結衣。しかも……、
「ぎゃあああッ!!」
聞き慣れた声による悲鳴。見るとそこには、喉を掻きむしられ絶命している山本巡査長の姿が……!
「どうだ、この女……! 割と良い肉していそうだろ?」
「ああ、筋肉質だがそれでいて硬すぎない。無駄な脂肪も無さそうで、これは美味そうだな!」
――美味そう……? 食べるの……あたしを……?―
通常の生活では聞く事のない、狂気に満ちた会話を聞いているうちに、結衣は改めて……敵が人間では無い、怪物であることを実感し始めた。
そして、その恐怖は彼女の頭よりも身体の方が忠実に反応し、制服のズボンは見る見るうちに温かな小水に浸っていく。
「おい、この女……漏らしたぞ?」
一匹のグールがそう言って、結衣の湿ったズボンを引き下ろす。すると、白地に水色の星柄ボクサーパンツが、プリンッ!と姿を現した。
「丁度いい! 今回はコレを試してみよう!」
グールがそう言って手にしたものは、竹筒で作られた……注射器のような物。
奴は結衣のボーダー柄の下着も引き下ろすと、その注射器の先端を小さな菊蕾に差し込む。
「あっ…? いや……っ! あ、でも……、あへ……ぇ…♪」
竹筒の液体が結衣の中に注ぎ込まれていくたびに、彼女は拒絶とも快楽とも、どちらとも言えないような奇妙な声を漏らしていく。
「コイツは、ミンスー様が愛用している『フニャフニャパウダー』を水に溶かしたもの。これなら少ない分量で、尚且つ体内から全身に行き渡るんじゃないか?」
「オ~イッ! こっちに良い物があったぞ!」
その叫び声と共に、別のグールが嬉しそうに、なにやら大きな物体を引き摺ってやって来た!
それは、コートを整地するための大きな鉄製のローラー。
「こいつでプレスして、もっと柔らかい肉にしてしまおう!」
「それは名案だ。せっかくフニャフニャパウダーを注入したことだしな!」
奴らはそう言うと、結衣が身に付けている防刃ベストや、上着などの制服を全て脱がし、ブラとパンツのみの下着姿にした。
そして、結衣の爪先にローラーを当てがうと、そのまま……ゆっくりと彼女の身体を押し潰し始める。
「あひゃ……ふにっ……ほぎゅ……」
フニャフニャパウダーは痛覚を麻痺させ、愉悦を向上させる。それは、結衣の身体があげる……喜びの悲鳴であった。
ローラーを押しては引き、引いては押し。何度も何度も丹念に結衣の身体を押し潰していく。
「おおっ! これは美味そうな……プレス肉だ!」
やがて結衣は、厚さ1~2mm程の紙のようにペラペラとした、情けない姿になってしまった。
「このまま生で喰うのもいいが、滅多に手に入らない良質の肉だ。アジトへ戻って……調理してから頂こう!!」
こうして御幸交番に勤務していた内田結衣巡査(24)は、例の博物館に持ち帰られ、『もやし』『にんじん』『ニンニクの茎』と一緒に『味噌炒め』にされ、グールたちに美味しく頂かれた♪
それまでの状況を黙って見ていたミンスー。やがて眉間に皺を寄せると、密かにレイカに話しかける。
「マスター、よろしいのですか? あの日以来、我がパーピーヤスの配下に治まっているのは、コイツ等……屍食鬼(グール)。そして氷の邪霊(ジャックフロスト)。更に本能のみで生きているような……オーク族。どいつもコイツも、大した戦闘力の無い雑魚邪霊ばかり。
やはり、アタクシが魔界の精鋭を引き連れてきたほうがよろしいのでは?」
ミンスーの提言に対し、レイカはクスクスと笑いながら、
「まぁ、魔界の精鋭とやらは、いずれ連れてきてもらうとして~ぇ。コイツ等はコイツ等できちんと役に立つのよぉ~っ!」と答える。
「役に……ですか?」
「そう! 単純に強いだけの兵隊は、アタシの科学力で作り出すことも可能なのよぉ。それよりも、そのための『実験材料』の方が必要なわけ~ぇ! なにしろアタシの最終目標は、マアラ様を『全界一の最強生物』として蘇らせること!だからねぇーっ♪」
「つまりコイツ等は、ただの実験材料である。そう割り切れ……と?」
「まぁ、そういうことね! それよりもミンスー。一つ気になる事があるのよぉ!」
レイカはそう言うと、タブレット端末を操り、その画面をミンスーに見せた。
画面に表示されているのはインターネットニュースのようで、『ここ最近頻発する、未確認生物による被害。それに対して、神田川県警本部は未確認生物対策係の設置を発表!』と映し出されている。
「未確認生物……っていうのは、アタクシ達のことでしょうね? それに対する対策係? でも、所詮は人間の組織。別に気にするほどのことでも無いのでは?」
ミンスーは、さほど気に留めていないように返答する。
「まぁ、普通の警察が何をしようとぉ~、本来なら気にしないんだけどぉーっ。でも……」
レイカはそう言って、新たな画面を表示した。そこには、
『県警本部は、神田川大学遺伝子工学博士……橘東平(たちばなとうへい)氏に、対策係への協力を依頼。』と映されている。
「橘東平……? 何者ですか?」
「ん~っ!? アタシも直接会った事が無いから、よくは…知らないんだけどぉ。
でも、アタシが無機質の物体から最高のロボットを作り出す『ロボット工学の超天才』と呼ばれたように、そっちは有機生命体の遺伝子を組み替えたり、組み合わせたりすることで、新たな生命体を生み出す事を可能とした『遺伝子工学の超天才』と呼ばれた人なのぉ~っ。」
「遺伝子工学の天才……?」
「まぁ、色々と人道的な問題で、あまり表には出てこれなかったらしいんだけどぉ~。でも、そんな人が手を貸すとなるとぉ……、ちょっと厄介なことになりそぉ。そんな気がするのよねぇーっ!」
「なるほど……。」
「そこでぇ、ミンスーにお願いがあるのよぉ~!」
「ハイ、なんなりと!」
「その、橘東平と接触して、アタシたちのパーピーヤスに加わるように説得して欲しぃ~の!」
「に、人間ごときを、我らの組織に……ですか?」
「アタシも、その人間ごとき……だけどぉ~、何か!?」
「い、いえ……失言でした。」
「まぁ、そんな事はいいとしてぇ~。この人の研究、上手く使えば最強生物製作の可能性も、かなり高くなると思うのよねぇ~♪」
レイカはそう言って、ニタリと微笑む。
「承知しました。で、ですが……万が一、聞き入れなかった場合は?」
「その時は、殺して。」
軽く流すように発したレイカの言葉だが、このとき……彼女の糸のように細い目の奥で、微かな冷たい光があったことを、ミンスーは見逃さなかった。
その意味をしっかり理解したミンスーは、ただ一言……
「では、今から行ってまいります。」
とだけ言って、レイカの前から姿を消した。
それから五日後。
丘福市東区にある、古くからの家並みが揃う樫井(かしい)。
その中にあるモダンな佇まいの一件の住宅。本日ここで、一人の男性の通夜が行われていた。
弔問者たちはご焼香を済ませると、唯一の遺族と思われる、まだ20代前半の若い女性に頭を下げる。
その中で、ある…恰幅の良い二人の中年男性が訪れていた。その二人は焼香を済ませ家を出ると、路地に待たせてあった一台の国産高級車に乗り込む。
そして、運転手をしていた若い男性を一旦外に出し、二人だけで会話を始めた。
「どう思う、藤岡……いや、本部長?」
「佐々木、この場は呼び捨てで構わんよ。しかし、まさか『橘』が殺されるとはな……?」
「ああ、個人的恨みによる犯行か……? もしくは、警察(未確認生物対策)に協力するのを妨害するため……か?」
「うむ。影で未確認生物と絡んでいる者の可能性もあるな。」
「司法解剖の結果によると、死因は眉間をたった一刺し。それも千枚通しやアイスピックのような無機物製の道具ではなく、爪や牙などの有機物質的な物を突き刺している。そのことから、むしろ人間の仕業ではないと考えたほうが、合点もいく。」
ここまで話すと、藤岡県警本部長(警視監)と佐々木警備部部長(警視長)の二人は、なにやら考え込むように、口を窄めた。
そして、しばらく間を置き
「明日香……くん、だったか? 喪主を勤めていた橘の一人娘は……?」
藤岡本部長が、再び口を開いた。
「ああ、橘明日香。唯一の遺族であり、そして俺の部……警備課災害対策隊員として働いてもらっている。」
佐々木警備部部長は、そう返した。
「その明日香くんと言うのは、たしか……幼い頃身体が弱く、橘が遺伝子改良手術を行った……あの子だよな?」
「そうだ、諸々の理由で公にはしていないがな。そして、そのことを知っているのは、藤岡……お前と俺と、橘の教え子のうち…ただ一人だけ。それがどうかしたか?」
「実はな、佐々木。以前……科捜研の一人の研究者が、俺のところに『特殊強化機動服』という物の案を持ってきたことがある。」
「特殊強化機動服……? それはいったい?」
「簡単に言えば、装着者の運動能力を10倍まで引き上げるという物なんだが、今回の未確認生物対策に組み込んでみようかと考えているんだ。」
「運動能力を10倍か? それは凄いな……」
「ああ。出没している未確認生物は、人知を超えた能力を持っている。今の人間の武具や力だけでは、どこまで対応できるか判らん。」
「そこで、強化された機動隊員を投入するというわけか。悪くないな……!」
「ただ、現時点での研究結果は、装着時間は僅か5分以内。それ以上の着用は、筋肉組織を破壊してしまうらしい」
「なんだ、それではまるで使えないじゃないか?」
「うむ。だが……もし、その明日香くんの遺伝子改良された特殊体質ならば、もしかしたら耐えられるのではないかと思ってな?」
「藤岡、それは俺は承知できんぞ! 俺たちの友人であった橘の一人娘を、そんな人体実験みたいなことに使うなんて!!」
普段、温和と噂されている佐々木警備部部長。だが、この時ばかりは、怒りを露わにしている。
「佐々木。たしかにお前が怒るのもわかる。だが、俺の考えはそれだけでは無いんだ!」
「どういうことだ?」
「もし、橘を殺った敵が、明日香くんのその秘密を知ったら……?」
「藤岡……!? もしかして……お前、橘明日香も狙われるかも知れない……? そう思っているのか!?」
「あくまでも可能性だ。だが、無いとも言い切れん! そして先程お前が考えた通り、橘を殺した奴が未確認生物と関係を持っているとしたら……?」
「今の警察の武力で、彼女をどこまで守れるか……?」
「だから、『彼女自身』に『自身を守る術(すべ)』を。『そんな敵とも戦える力』を持たせたい! 俺は、そう考えている。」
藤岡本部長の力強い眼差しに、佐々木警備部部長は言葉を失った。
「わかった……藤岡。ならば彼女と、その対策係は俺の目が直接届く所、つまり……俺の直の配下にしてくれ!」
「もちろんだ、佐々木! そして俺も全力で支援する!」
それから更に、一月程の時が流れた。
「橘巡査! 部長が会議室へ来るようにと仰ってましたよ。」
外勤から戻ってきたばかりの明日香に、女性巡査が声をかけてきた。
「会議室ですか? 承知しました。」
明日香はそう答えると簡単に身なりを整え、足速に会議室へと向かった。
「橘明日香巡査、入ります!」
扉を開け一礼する明日香。室内にはすでに、4名の人物が席に腰掛け待っていた。
「おおっ!橘……帰ってきて早々、済まなかったな。ま、そこに座ってくれ!」
にこやかな笑顔でそう言ったのは、明日香の部署の長、警備部部長……佐々木である。
その他には、同じ部署であり直属の上司でもある、警備課課長……石倉。
そして、たしか一人は……父の教え子として、よく家に来ていた人。
その父の教え子だった者は、ひょろひょろとした細身の長身で撫で肩。とても警察組織の人間とは思えないほどの穏やかな顔の男性。
最後の一人は初見の人で、白衣を着た小柄な女性。そばかす顔で眼鏡、長い髪は後ろで束ねている。そして何故か、嬉しそうな笑顔で明日香の顔ばかり見つめている。
「話というのは、この数ヶ月に及ぶ未確認生物による、被害対策についてだ。」
佐々木部長は皆の顔を見渡しながら、そう切り出した。
「現時点で被害による死傷者は、70人を超えている。これまでは野生動物による被害対策と同じように、各警察署の地域課や警備課を中心として、我々県警本部警備部警備課が応援するという対応を行ってきた。
だが、ここまで被害が拡大すると、もはや専門の部署が必要だと言うことになり、本格的に対策室を設置する運びとなったわけだ。」
「それは、以前報道でもあった、未確認生物対策係……ということですか?」
佐々木部長に話に、石倉課長がそう問い返した。
「そうだ。未確認生物対策係……通称『CCS』。そして、その任務に携わってもらうのが、今ここにいる君たちだ。」
佐々木部長の言葉に、そこにいた誰もが顔を見合わせる。
「このCCSは、書類上は警備部警備課に配属されているが、実質は私……佐々木の直属の部署となる。そして、この部署の任務内容に関しては、全て機密事項とする。したがって一切の口外は禁じられる。いいか?」
この問いに、全員が静かに頷いた。
「では、これより正式に通達する。まず石倉警備課課長……。君は私の補佐として、私と今から任命する係長とのパイプライン的な役割をしてほしい。」
「承知しました!」
「次に生活安全部生活保安課勤務、和滝也警部補。本日より、未確認生物対策係係長を命ずる。」
「ぼ……僕が係長……?」
任命された長身細身の和は、一瞬我を見失ったように呆然とした。
「返事は?」
「は、はい! 和滝也警部補、未確認生物係係長の任に就きます!」
「次に科学捜査研究所より、瑞鳥川弘子氏。貴女には派遣という形で、例のシステム管理担当をお願いしたい。」
「喜んで、お引き受けいたしまーす。」
そう答えたのは、白衣を着た小柄な女性。そして彼女は、再び……チラリ!と明日香を見つめると、
「一つお伺いしますが、例の隊員候補は……そこの彼女ですかな?」と問い返してきた。
「それに関しては、今から紹介しよう。次……警備部警備課勤務、橘明日香巡査!」
「は、はいっ!?」
「本日付で、未確認生物対策係……『特殊強化機動隊員』の任を命ずる!」
「特殊……強化、機動隊員……?」
初めて聞く任務に、明日香は、ただ…ただ、目を丸くする。
「そうだ。このCCSで最も重要な役割だ!」
「最も重要な……役割?」
最も重要と聞いて、嬉しさと緊張で、武者震いにも似た震えを催す明日香。
「今日から君のコードネームは、TG01。」
「TG01……?」
「そう。別名……『ターディグラダ・ガール』!!」
つづく
この公園は、住宅街の端にある木々に囲まれた緑豊かな公園で、ちょっとしたテニスやバトミントン。フットサルなどができる小さなコートも備えている。
そのため、午前中は年配者の散歩コース。午後は専業主婦同士の情報交換場所。夕方には、学校帰りの子どもたちの遊び場にもなっている。
そして今、辺りも暗くなった黄昏時。
付近を巡回パトロールしている、御幸交番勤務の巡査二名。
一人は、来年定年退職を迎えるベテラン巡査長、山本和行。
もう一人は、勤続年数五年の女性巡査、内田結衣(ゆい)。長い髪を後ろで束ね、一見…華奢で物静かな美女といった雰囲気だが、実は空手二段……実弾射撃上級という強者でもある。
その二人がこの御幸公園に足を踏み入れたとき、ある一つの犯行を目にしたのだ。
それは、部活帰りと思われる一人の女生徒を、二~三人の男性らしき人影が暴行を加えようとしている光景だった。
直ぐ様、山本・内田両巡査は声を掛け、犯行を阻止しようとした。だが、それは今まで目にしたこともないような、信じられない出来事であった。
外灯も無い暗がりだったため、近寄るまで気づかなかったが、三人の人影は衣類を一切身につけていない、いわゆる全裸状態であった。更に、全身が暗がりに溶け込みそうな程、黒い肌。髪が全て抜け落ちたかと思われるほど頭髪は残っておらず、目は異様に大きく血走っている。刃物のような鋭い爪をした手足に、耳まで裂けた大きな口。
そう、お解りであろう。女生徒を襲っていたのは屍食鬼グールたちであった。
「ま、まさか……、噂に聞く……未確認生物……っ!?」
初めて目にしたあまりの不気味な姿に、両巡査は一瞬怯んだが、もちろん放っておくわけにはいかない。
すぐにグールたちの間に割って入ると、女生徒をその場から引き出し保護をする。
更に山本巡査長は拳銃を抜き出し、バンッ!! と、一発威嚇射撃を行い、「動くなっ!!」とグールたちを制した。
だが、それで大人しく言うことを聞くグールではない。
「グフフっ!」と下品な笑いを浮かべると、拳銃など恐れず、一斉に襲い掛かってきたのだ。
それに対して、慌てて拳銃を発砲する山本巡査長。しかし、実は彼はそれほど射撃は得意ではない。まして、咄嗟のことで手元も狂いグールに当てることができず、逆にその身体をグールに組み伏せられてしまった。
一方の内田結衣巡査は、女性警察官と言っても筋金入りの強者。
得意の空手で殆ど互角に応戦するが、なにしろ相手は人間を超えた怪物……屍食鬼。とても容易に撃退できる相手ではない! 彼女は、それを悟ると、
「あなたは先に逃げなさい!!」と、女生徒を先にこの場から退避させた。
そして、女生徒が公園から走り去るのを見届けると、直ぐ様拳銃を抜き出し、威嚇射撃もせず、そのまま一匹のグールの太腿を撃ち抜いた!
「グォォォォッ!」
いくら邪精とは言っても、至近距離から拳銃の直弾を受ければ、それなりに痛みやダメージはある。その場にのた打ち回るグール。
その隙に、山本巡査長の体に伸し掛かっているグールの元へ駆け寄ると、肘打ち……更に前蹴りで、その体を蹴り飛ばした。
「ありがとう……、助かったよ。」
肩で息をしながら、ヨロヨロと立ち上がる山本巡査長。
「いえ。それよりも、このバケモノ共はいったい何なんでしょう!?」
「わからん。わからんが……、ここ最近アチコチで、数件の被害が報告されている!」
拳銃を構えたまま、敵の動きを警戒する山本と結衣。
一方、撃たれた脚の痛みに耐えながら起き上がるグールと他二匹のグール。そして、
「どうする? 若い娘に逃げられてしまった。後を追うか?」
と、人間の言葉で会話を始めたのだ。
「いや、街中に逃げ込まれたら騒ぎがでかくなる。まだ騒ぎはでかくするなと、グーラ様のお達しだ。」
「ああ……。それに、さっきの娘より、こっちの女の方が肉は締まっていそうで美味そうだ! 今日の飯はコイツにするぞ。」
「ジジイは肉が硬くて、味も悪い。ここで殺ってしまおう。」
そこまで言うと、三匹は再び両巡査に襲いかかる。
「内田、責任はワシが取る! このバケモノ共を射殺しろ!!」
山本巡査長の掛け声で、同時に発砲する二人。
相変わらず山本巡査長の銃弾はカスリもしないが、実弾射撃上級の結衣は、一発…二発と、見事一匹のグールの心臓を撃ち抜いた!
更に、最初に脚を撃ったグールのもう片方の脚も撃ち、その動きを止める。
あとは、またも組み伏せられ苦戦している山本巡査長のグールを倒せばいい!
直ぐ様、馬乗りになっているグールを引き剥がそうと、その体に触れた瞬間……。
「キャッ!?」
自身の両足首を捕まれ、その場に引き摺り倒されてしまった!!
更に、うつ伏せ状態のまま両肩を抑えつけられる!
必死に首を回し背後を覗き込むと、なんと……新たなグールが3~4匹ほど現れ、襲い掛かってきていたのだ。
――なんてこと……!? まだ…仲間がいたの……?―
予想もしない事態に、一気に青ざめる結衣。しかも……、
「ぎゃあああッ!!」
聞き慣れた声による悲鳴。見るとそこには、喉を掻きむしられ絶命している山本巡査長の姿が……!
「どうだ、この女……! 割と良い肉していそうだろ?」
「ああ、筋肉質だがそれでいて硬すぎない。無駄な脂肪も無さそうで、これは美味そうだな!」
――美味そう……? 食べるの……あたしを……?―
通常の生活では聞く事のない、狂気に満ちた会話を聞いているうちに、結衣は改めて……敵が人間では無い、怪物であることを実感し始めた。
そして、その恐怖は彼女の頭よりも身体の方が忠実に反応し、制服のズボンは見る見るうちに温かな小水に浸っていく。
「おい、この女……漏らしたぞ?」
一匹のグールがそう言って、結衣の湿ったズボンを引き下ろす。すると、白地に水色の星柄ボクサーパンツが、プリンッ!と姿を現した。
「丁度いい! 今回はコレを試してみよう!」
グールがそう言って手にしたものは、竹筒で作られた……注射器のような物。
奴は結衣のボーダー柄の下着も引き下ろすと、その注射器の先端を小さな菊蕾に差し込む。
「あっ…? いや……っ! あ、でも……、あへ……ぇ…♪」
竹筒の液体が結衣の中に注ぎ込まれていくたびに、彼女は拒絶とも快楽とも、どちらとも言えないような奇妙な声を漏らしていく。
「コイツは、ミンスー様が愛用している『フニャフニャパウダー』を水に溶かしたもの。これなら少ない分量で、尚且つ体内から全身に行き渡るんじゃないか?」
「オ~イッ! こっちに良い物があったぞ!」
その叫び声と共に、別のグールが嬉しそうに、なにやら大きな物体を引き摺ってやって来た!
それは、コートを整地するための大きな鉄製のローラー。
「こいつでプレスして、もっと柔らかい肉にしてしまおう!」
「それは名案だ。せっかくフニャフニャパウダーを注入したことだしな!」
奴らはそう言うと、結衣が身に付けている防刃ベストや、上着などの制服を全て脱がし、ブラとパンツのみの下着姿にした。
そして、結衣の爪先にローラーを当てがうと、そのまま……ゆっくりと彼女の身体を押し潰し始める。
「あひゃ……ふにっ……ほぎゅ……」
フニャフニャパウダーは痛覚を麻痺させ、愉悦を向上させる。それは、結衣の身体があげる……喜びの悲鳴であった。
ローラーを押しては引き、引いては押し。何度も何度も丹念に結衣の身体を押し潰していく。
「おおっ! これは美味そうな……プレス肉だ!」
やがて結衣は、厚さ1~2mm程の紙のようにペラペラとした、情けない姿になってしまった。
「このまま生で喰うのもいいが、滅多に手に入らない良質の肉だ。アジトへ戻って……調理してから頂こう!!」
こうして御幸交番に勤務していた内田結衣巡査(24)は、例の博物館に持ち帰られ、『もやし』『にんじん』『ニンニクの茎』と一緒に『味噌炒め』にされ、グールたちに美味しく頂かれた♪
それまでの状況を黙って見ていたミンスー。やがて眉間に皺を寄せると、密かにレイカに話しかける。
「マスター、よろしいのですか? あの日以来、我がパーピーヤスの配下に治まっているのは、コイツ等……屍食鬼(グール)。そして氷の邪霊(ジャックフロスト)。更に本能のみで生きているような……オーク族。どいつもコイツも、大した戦闘力の無い雑魚邪霊ばかり。
やはり、アタクシが魔界の精鋭を引き連れてきたほうがよろしいのでは?」
ミンスーの提言に対し、レイカはクスクスと笑いながら、
「まぁ、魔界の精鋭とやらは、いずれ連れてきてもらうとして~ぇ。コイツ等はコイツ等できちんと役に立つのよぉ~っ!」と答える。
「役に……ですか?」
「そう! 単純に強いだけの兵隊は、アタシの科学力で作り出すことも可能なのよぉ。それよりも、そのための『実験材料』の方が必要なわけ~ぇ! なにしろアタシの最終目標は、マアラ様を『全界一の最強生物』として蘇らせること!だからねぇーっ♪」
「つまりコイツ等は、ただの実験材料である。そう割り切れ……と?」
「まぁ、そういうことね! それよりもミンスー。一つ気になる事があるのよぉ!」
レイカはそう言うと、タブレット端末を操り、その画面をミンスーに見せた。
画面に表示されているのはインターネットニュースのようで、『ここ最近頻発する、未確認生物による被害。それに対して、神田川県警本部は未確認生物対策係の設置を発表!』と映し出されている。
「未確認生物……っていうのは、アタクシ達のことでしょうね? それに対する対策係? でも、所詮は人間の組織。別に気にするほどのことでも無いのでは?」
ミンスーは、さほど気に留めていないように返答する。
「まぁ、普通の警察が何をしようとぉ~、本来なら気にしないんだけどぉーっ。でも……」
レイカはそう言って、新たな画面を表示した。そこには、
『県警本部は、神田川大学遺伝子工学博士……橘東平(たちばなとうへい)氏に、対策係への協力を依頼。』と映されている。
「橘東平……? 何者ですか?」
「ん~っ!? アタシも直接会った事が無いから、よくは…知らないんだけどぉ。
でも、アタシが無機質の物体から最高のロボットを作り出す『ロボット工学の超天才』と呼ばれたように、そっちは有機生命体の遺伝子を組み替えたり、組み合わせたりすることで、新たな生命体を生み出す事を可能とした『遺伝子工学の超天才』と呼ばれた人なのぉ~っ。」
「遺伝子工学の天才……?」
「まぁ、色々と人道的な問題で、あまり表には出てこれなかったらしいんだけどぉ~。でも、そんな人が手を貸すとなるとぉ……、ちょっと厄介なことになりそぉ。そんな気がするのよねぇーっ!」
「なるほど……。」
「そこでぇ、ミンスーにお願いがあるのよぉ~!」
「ハイ、なんなりと!」
「その、橘東平と接触して、アタシたちのパーピーヤスに加わるように説得して欲しぃ~の!」
「に、人間ごときを、我らの組織に……ですか?」
「アタシも、その人間ごとき……だけどぉ~、何か!?」
「い、いえ……失言でした。」
「まぁ、そんな事はいいとしてぇ~。この人の研究、上手く使えば最強生物製作の可能性も、かなり高くなると思うのよねぇ~♪」
レイカはそう言って、ニタリと微笑む。
「承知しました。で、ですが……万が一、聞き入れなかった場合は?」
「その時は、殺して。」
軽く流すように発したレイカの言葉だが、このとき……彼女の糸のように細い目の奥で、微かな冷たい光があったことを、ミンスーは見逃さなかった。
その意味をしっかり理解したミンスーは、ただ一言……
「では、今から行ってまいります。」
とだけ言って、レイカの前から姿を消した。
それから五日後。
丘福市東区にある、古くからの家並みが揃う樫井(かしい)。
その中にあるモダンな佇まいの一件の住宅。本日ここで、一人の男性の通夜が行われていた。
弔問者たちはご焼香を済ませると、唯一の遺族と思われる、まだ20代前半の若い女性に頭を下げる。
その中で、ある…恰幅の良い二人の中年男性が訪れていた。その二人は焼香を済ませ家を出ると、路地に待たせてあった一台の国産高級車に乗り込む。
そして、運転手をしていた若い男性を一旦外に出し、二人だけで会話を始めた。
「どう思う、藤岡……いや、本部長?」
「佐々木、この場は呼び捨てで構わんよ。しかし、まさか『橘』が殺されるとはな……?」
「ああ、個人的恨みによる犯行か……? もしくは、警察(未確認生物対策)に協力するのを妨害するため……か?」
「うむ。影で未確認生物と絡んでいる者の可能性もあるな。」
「司法解剖の結果によると、死因は眉間をたった一刺し。それも千枚通しやアイスピックのような無機物製の道具ではなく、爪や牙などの有機物質的な物を突き刺している。そのことから、むしろ人間の仕業ではないと考えたほうが、合点もいく。」
ここまで話すと、藤岡県警本部長(警視監)と佐々木警備部部長(警視長)の二人は、なにやら考え込むように、口を窄めた。
そして、しばらく間を置き
「明日香……くん、だったか? 喪主を勤めていた橘の一人娘は……?」
藤岡本部長が、再び口を開いた。
「ああ、橘明日香。唯一の遺族であり、そして俺の部……警備課災害対策隊員として働いてもらっている。」
佐々木警備部部長は、そう返した。
「その明日香くんと言うのは、たしか……幼い頃身体が弱く、橘が遺伝子改良手術を行った……あの子だよな?」
「そうだ、諸々の理由で公にはしていないがな。そして、そのことを知っているのは、藤岡……お前と俺と、橘の教え子のうち…ただ一人だけ。それがどうかしたか?」
「実はな、佐々木。以前……科捜研の一人の研究者が、俺のところに『特殊強化機動服』という物の案を持ってきたことがある。」
「特殊強化機動服……? それはいったい?」
「簡単に言えば、装着者の運動能力を10倍まで引き上げるという物なんだが、今回の未確認生物対策に組み込んでみようかと考えているんだ。」
「運動能力を10倍か? それは凄いな……」
「ああ。出没している未確認生物は、人知を超えた能力を持っている。今の人間の武具や力だけでは、どこまで対応できるか判らん。」
「そこで、強化された機動隊員を投入するというわけか。悪くないな……!」
「ただ、現時点での研究結果は、装着時間は僅か5分以内。それ以上の着用は、筋肉組織を破壊してしまうらしい」
「なんだ、それではまるで使えないじゃないか?」
「うむ。だが……もし、その明日香くんの遺伝子改良された特殊体質ならば、もしかしたら耐えられるのではないかと思ってな?」
「藤岡、それは俺は承知できんぞ! 俺たちの友人であった橘の一人娘を、そんな人体実験みたいなことに使うなんて!!」
普段、温和と噂されている佐々木警備部部長。だが、この時ばかりは、怒りを露わにしている。
「佐々木。たしかにお前が怒るのもわかる。だが、俺の考えはそれだけでは無いんだ!」
「どういうことだ?」
「もし、橘を殺った敵が、明日香くんのその秘密を知ったら……?」
「藤岡……!? もしかして……お前、橘明日香も狙われるかも知れない……? そう思っているのか!?」
「あくまでも可能性だ。だが、無いとも言い切れん! そして先程お前が考えた通り、橘を殺した奴が未確認生物と関係を持っているとしたら……?」
「今の警察の武力で、彼女をどこまで守れるか……?」
「だから、『彼女自身』に『自身を守る術(すべ)』を。『そんな敵とも戦える力』を持たせたい! 俺は、そう考えている。」
藤岡本部長の力強い眼差しに、佐々木警備部部長は言葉を失った。
「わかった……藤岡。ならば彼女と、その対策係は俺の目が直接届く所、つまり……俺の直の配下にしてくれ!」
「もちろんだ、佐々木! そして俺も全力で支援する!」
それから更に、一月程の時が流れた。
「橘巡査! 部長が会議室へ来るようにと仰ってましたよ。」
外勤から戻ってきたばかりの明日香に、女性巡査が声をかけてきた。
「会議室ですか? 承知しました。」
明日香はそう答えると簡単に身なりを整え、足速に会議室へと向かった。
「橘明日香巡査、入ります!」
扉を開け一礼する明日香。室内にはすでに、4名の人物が席に腰掛け待っていた。
「おおっ!橘……帰ってきて早々、済まなかったな。ま、そこに座ってくれ!」
にこやかな笑顔でそう言ったのは、明日香の部署の長、警備部部長……佐々木である。
その他には、同じ部署であり直属の上司でもある、警備課課長……石倉。
そして、たしか一人は……父の教え子として、よく家に来ていた人。
その父の教え子だった者は、ひょろひょろとした細身の長身で撫で肩。とても警察組織の人間とは思えないほどの穏やかな顔の男性。
最後の一人は初見の人で、白衣を着た小柄な女性。そばかす顔で眼鏡、長い髪は後ろで束ねている。そして何故か、嬉しそうな笑顔で明日香の顔ばかり見つめている。
「話というのは、この数ヶ月に及ぶ未確認生物による、被害対策についてだ。」
佐々木部長は皆の顔を見渡しながら、そう切り出した。
「現時点で被害による死傷者は、70人を超えている。これまでは野生動物による被害対策と同じように、各警察署の地域課や警備課を中心として、我々県警本部警備部警備課が応援するという対応を行ってきた。
だが、ここまで被害が拡大すると、もはや専門の部署が必要だと言うことになり、本格的に対策室を設置する運びとなったわけだ。」
「それは、以前報道でもあった、未確認生物対策係……ということですか?」
佐々木部長に話に、石倉課長がそう問い返した。
「そうだ。未確認生物対策係……通称『CCS』。そして、その任務に携わってもらうのが、今ここにいる君たちだ。」
佐々木部長の言葉に、そこにいた誰もが顔を見合わせる。
「このCCSは、書類上は警備部警備課に配属されているが、実質は私……佐々木の直属の部署となる。そして、この部署の任務内容に関しては、全て機密事項とする。したがって一切の口外は禁じられる。いいか?」
この問いに、全員が静かに頷いた。
「では、これより正式に通達する。まず石倉警備課課長……。君は私の補佐として、私と今から任命する係長とのパイプライン的な役割をしてほしい。」
「承知しました!」
「次に生活安全部生活保安課勤務、和滝也警部補。本日より、未確認生物対策係係長を命ずる。」
「ぼ……僕が係長……?」
任命された長身細身の和は、一瞬我を見失ったように呆然とした。
「返事は?」
「は、はい! 和滝也警部補、未確認生物係係長の任に就きます!」
「次に科学捜査研究所より、瑞鳥川弘子氏。貴女には派遣という形で、例のシステム管理担当をお願いしたい。」
「喜んで、お引き受けいたしまーす。」
そう答えたのは、白衣を着た小柄な女性。そして彼女は、再び……チラリ!と明日香を見つめると、
「一つお伺いしますが、例の隊員候補は……そこの彼女ですかな?」と問い返してきた。
「それに関しては、今から紹介しよう。次……警備部警備課勤務、橘明日香巡査!」
「は、はいっ!?」
「本日付で、未確認生物対策係……『特殊強化機動隊員』の任を命ずる!」
「特殊……強化、機動隊員……?」
初めて聞く任務に、明日香は、ただ…ただ、目を丸くする。
「そうだ。このCCSで最も重要な役割だ!」
「最も重要な……役割?」
最も重要と聞いて、嬉しさと緊張で、武者震いにも似た震えを催す明日香。
「今日から君のコードネームは、TG01。」
「TG01……?」
「そう。別名……『ターディグラダ・ガール』!!」
つづく
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