2016.02.20 Sat
妖魔狩人 若三毛凛 if 第19話「 決戦!中国妖怪軍団 -後編-」
「優里お姉さん……。千佳……。瀬織さん……。」
「……?」
「わたしがゲイの弓で妖木妃を攻撃します。でも……、今撃っても奴はそれを防ぐでしょう。だから、一撃で仕留められるように奴の隙を作ってください!」
「凛ちゃん!?」「凛……っ!?」「若三毛凛……?」
日頃、常に自分の立ち位置を一歩引いた状態に置いている凛。それだけに積極的な発言は皆を驚かせた。
「ご…ごめんなさいっ! わたしなんかが偉そうに・・・。」
「くすっ…♪ 何を言っているの、凛ちゃん!」
「そうだ。この中で妖木妃と直接戦った経験のあるのは、貴方だけだ。わたくしたちは当然その指示に従おう!」
「ウチはいつだって、身も心も凛に捧げる気だっちゃよ!!」
凛に返される満面の笑み。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!!」
「……んじゃ! 徹底的に奴の気を引いてみるっちゃよ!!」
改めて三人が身構えたその時・・・!
「おやおや……。これはまた、急展開に陥っておりますな!」
拝殿の脇に生えている木々の陰から、一人の大柄な男が姿を見せた。
「ムッシュ……怨獣鬼っ!?」
「美味しい料理を作っていたら、只ならぬ気配を感じたので見に来てみれば。まさか……いきなりクライマックスとは驚きましたぞ!」
カイゼル髭をピンと伸ばし、不敵な笑みを浮かべながら辺りを見渡すムッシュ。
「料理……? まさか・・・!?」
ムッシュの言葉に表情を一変させる凛。
「まさか……。料理というのは、昨日さらった……小学校の女の子たち・・・!?」
凛の問いに、驚きの色を見せるムッシュ。
「ほぅ、ご存知ですかな? ガキと警察官。予想以上に素材が良いので、なかなかの絶品ができそうですぞ!!」
「ムッシュ――っ!!!」
激高する凛。だが、それを制するように優里が間に入った。
「その子たちの下へ案内してもらおうかしら。」
「優里……お姉さん……?」
「言ったでしょう? ムッシュは私が相手をする……と!」
「はい……。」
そんなことは知ったことかと言わんばかりのムッシュ。
「生憎ですが、我輩……。調理の邪魔をされるのだけは許さん性質でして。それだけは応じられませんな!」
「そう……?」
優里はそう呟くと、薙刀の刃をムッシュに向けた。
「ならば不本意ですが、力ずくで聞き出すだけです!」
「白い妖魔狩人。貴方と戦うのは……いつ以来でしたか?」
ムッシュはそう言うと、懐から鈍重な光を放つ短刀のような物を取り出した。
「出刃……包丁!?」
優里の目がそれを鋭く捉える。
たしかにムッシュの手に握られているのは、刃渡り20センチほどの出刃包丁である。以前に戦った時も、彼はそれを武器としていた。
本来出刃包丁は武器ではなく調理道具。たとえ鋭い切れ味があったとしても、攻撃範囲である間合いは狭く、武器として使うにはかなり不便である。
一方優里の持つ獲物……薙刀は、全長約200センチ刃長約45センチの代物。
その長さから判る通り、広い間合いでの攻撃が可能。
通常、間合いの狭い武器で広い間合いの武器を相手に挑む場合、2倍も3倍もの技術が必要だと言われている。
故にこの勝負、薙刀を持つ優里の方がどうみても分が高い。傍から見る瀬織は、そう確信していた。だが、当の優里はそうは思っていなかった。
たしかに、敵が自身の攻撃範囲に入れないように広い間合いから威嚇攻撃を行い、一気に畳み掛ける機会を狙う。
並みの相手ならばそれで上手くいくのだが、こと相手がムッシュだとそうはいかない。
ムッシュはそんなことはお構いなしに、強引に自身の間合いに入ってくるのだ。
優里の威嚇攻撃を避けることなく、己が傷ついてもまるで平気で力任せに優里の懐へ入る。
そうなると薙刀はその長さ故、小回りが利かない。懐へ入られると攻撃の術がない。
逆に包丁のような短刀系の武器が、接近戦ではその威力を発揮してくるのだ。
アッという間に優里は、腹部に鋭い一撃を食らってしまった。
幸い優里が身に着けているコスチュームは霊獣麒麟の毛で編まれており、その繊維は鎖帷子のように刃物を弾くことができる。
それでも防御力には限界があり、それ以上の攻撃を受ければ当然のダメージは受けるのだ。
うっすらと優里のコスチュームに鮮血が滲む。それほど大きなダメージではないにしろ、それでも普通の一般人ならば、身を縮めてしまう痛みである。
だが優里は素早く間合いを取り直すと、そんな痛みを微塵にも見せぬまま、再び薙刀を構える。
「妖魔狩人最強の戦士……白い妖魔狩人。たしかに一流の武術家ですが、しょせんは人間。強力な妖怪である我輩には到底敵いませんよ。」
ムッシュは自慢のカイゼル髭をピンと伸ばす。
「あなたこそ人間を……。そして北真華鳥流古武術を舐めないでほしいですね。」
そう言って腹部に受けた傷の血を自身の指で拭い、それを舌先でペロリと舐める。
再び出刃包丁を突き出し、突進してくるムッシュ。
今度は威嚇でなく、仕留めるために攻撃を繰り出す優里。
それでもムッシュはやや身体を丸め、致命傷だけを避ければいいという覚悟で、全身血だらけになりながら優里の懐へ入る。
『肉を切らせて骨を絶つ!』
とてもフランスかぶれの妖怪とは思えぬ武士道染みた戦法だ!
そして、優里の心臓を狙った必殺の一突きを繰り出す!
だが……その瞬間、優里は手にしていた薙刀をその場にポロリと落とした・・!!
「むっ!?」
呆気にとられるムッシュ。
そして優里は突き出したムッシュの右腕にしがみつく様に抱き締めると、自らの身体を捻り……払い腰!!
ムッシュの巨体が宙に浮き、そのまま青畳ならぬ石畳に叩きつけられる!!
激しい振動と土ぼこりが宙に舞う。
「す…すごい……。」
遠目に眺めていた凛、瀬織はその技の切れに、我もを忘れて見入っていた。
「いや……いや……。我輩としたことが、やられましたな……。」
尻餅をついたまま、驚くほど爽やかな笑顔のムッシュ。
そして、ゆっくり埃を払いながら腰を上ると、
「獲物を手放すことで自分の間合いを作り直す……。この戦法、以前赤い妖魔狩人との戦いでやっておられたのを我輩見ていたのに……。」
してやられた感たっぷりの、恥ずかしくも苦々しい表情。
「やはり白い妖魔狩人は、我輩らにとって最も油断ならぬ相手。もっと真剣に立ち会わなければいけませんな!」
ムッシュはそう言うと、懐からもう一本……鈍重な光を放つ刃物を引き出した。
手にしている出刃包丁よりやや細めで長いそれは!?
「牛刀包丁。まぁ……、西洋の万能包丁ですな!」
そう言って右手に出刃。左手に牛刀と、左右一本ずつ包丁を握り締める。
(二刀流・・・!?)
優里は再び薙刀を握ると、慎重に構えなおした。
「どっすぇぇぇっ!!」奇妙な掛け声と共に、ムッシュが襲い掛かってくる。
右・左・右・右・左・左・左・右・・・・。
二刀流による予測できないムッシュの攻撃で、優里はジワジワと防戦一方となった。
(予想以上の動きの速さに加え、まるでリズムの見えない攻撃……。)
悩む優里は、一瞬の隙をついて二足三足跳びで後退、間合いを空け直す。
(どうしたら……?)
― 悩んだときは、基本に立ち戻りなさい。―
(先生……っ!?)
フトッ……!今は亡き武術の師、園部秀子の声が聞こえた気がした。
「いいですか……優里? 最後に信じられるのは才能でもなければ、ひらめきでも無い。修練で身に着けた基本なのです!」
そう言って秀子は竹刀を手にした。
「日本の剣術は、西洋のそれとは違い盾というものがありません。基本的には一本の刀のみで攻防を努めています。しかし稀に脇差や小太刀を盾代わりとした二刀流が存在していました。」
秀子は更にもう一本の竹刀を手にし、大の字のように構える。
「現代の剣道においても二刀流は存在しております。流派や指導者によって竹刀の長さや対戦方法もまちまちで虚をつかれますが、だからと言って恐れることはありません。」
そう言いながら竹刀をもった左右の腕を交互に振ったり、同時に挟むように振ったりする。
「人間には利き腕、利き足というものがあるように、左右同じ重心、まったく同等の腕力というのはありません。必ずどちらかに歪があります。それを見極めなさい!」
秀子は手にしていた二本の竹刀を優里に持たせると、
「足の位置。腕の上げ方。目線の位置。どんなに達人でも必ずどこかに歪があるはず。それを見極める力をつけるのです。その力は閃きや才能ではありません。日々の精進による洞察力です。それが古武術の基本です。」
北真華鳥流は実戦を目的とした古武術で、薙刀も武器の一つであって全てではない。したがって優里は薙刀以外にも剣術や柔術も学んでいる。
秀子の指導はどこよりも厳しかった。だがそのお陰で、今こうして最強の妖魔狩人と呼ばれ、凛を助ける事ができる。
優里は目を皿のようにしてムッシュの隅々まで見渡す。左右の腕の上げ方。両足の踵……爪先、重心はどこに架かっているか? そして目の動き。
秀子に習ったことを全て思い出し、ムッシュの動きを見極める。
(出刃を持った右腕がやや高めで、わずかだが身を左に捻っている。重心は右足の爪先に左足の踵。)
優里は呟くようにそう見極めると、高々と構えた薙刀をムッシュの頭上目掛けて振り下ろした!!
瞬時に出刃包丁で刀刃を受け止めるムッシュ。……と同時に、左手に握られた牛刀が優里目掛けて振り下ろされた!
だが、まるでそれを予測していたかのように、柄の中心を軸に薙刀をクルリと半回転させ石突を振り上げ牛刀を弾く!
「なっ!?」
ムッシュが驚いている間にも優里は薙刀を水平に構えなおし、そのまま横へ払った!!
ザバッッッッ!!
大木のようなムッシュの胴から、緑色の鮮血が飛び散った!
「な…なぜだ!?」
そのまま跪き、斬られた腹を押さえながら驚きを隠せないムッシュ。
「なぜ、我輩の攻撃を読みきった!?」
その表情は日頃決して見せることの無かった、恐怖と困惑が入り混じった血の気の失せた顔。
「たしかにムッシュ、貴方は強敵です。動きの速さ、力、そして……妖怪の本能からくる攻撃センス。今まで私はそれだけを見ていました。ですが、冷静に見れば技そのものは基本ができていない素人技術。
左右二刀による攻防と思わせておいて、その実……右手が防御、左手が攻撃の要と、見極めるのはそう難しくありませんでした。」
優里は厳しい眼差しで、そうムッシュを見下ろしていた。
「フフフッ! 我輩はこの世に生を受けてまだ数ヶ月。たしかにその間、自身の強さに自惚れて訓練などしたことがありませんな。素人と言われれば、ごもっとも。 だが……!」
ムッシュはそう言うと優里を鋭く見返し、ニヤリと口端を緩ませた。
「!!?」
すぐさま危険を感じた優里。だが……そう気づいたときには既に右肩と左太腿に、何かが鋭く突き刺さっていた。
突き刺さったそれは、ムッシュのコック帽を突き破って伸びている。暫くしてそれはスルスルと縮んでいき、再びコック帽の中に納まった。
激しい出血とともに、その場に跪く優里。
逆にムッシュが立ち上がり、不敵な笑みで優里を見下ろす。
「妖怪の戦いは勝つか……負けるか? 喰うか……喰われるか? そこには技術が云々など一切関係なく、要は相手をぶっ殺せばいいんですよ。」
そう言って頭にかぶっていたコック帽を、無造作に剥ぎ取った。
そこには黒い髪の間から、鋭く長い『角』が黒々と光っていた。
「日頃……背の高い帽子をかぶっていたので、角が生えているなんてご存知なかったでしょうな。まぁ~っ、いわゆる奥の手ってやつです!」
ムッシュはそう言って会釈するように頭を下げる。同時に角が一気に伸び、再び優里を襲った。 今度は脇腹と左腕を貫かれる。
「我輩の角は十数メートルほど伸縮可能です。つまり、貴女の間合いの外から攻撃することが可能というわけですな!」
角はそう言っている間にも何度も伸縮し、そのたびに優里の身体を貫いていく。
あっという間に、優里は全身血だるまになっていた。
「優里お姉さんっ!!」
凛が弓を構え、ムッシュを狙う。
「危ないっ!若三毛凛っ!!」
そんな凛を、瀬織が覆いかぶさるように横たわらせた。その上を黒い業火が通り過ぎていく。
「せっかくの一対一の対決。邪魔をするでない!」
黒い炎の塊を手のひらに漂わせ、妖木妃が楽しそうに微笑んでいた。
「高嶺優里を信じて、わたくしたちは妖木妃一人に集中しよう!」
瀬織はそう凛を戒めた。仕方なく頷く凛。
もはや全身のあちこちを貫かれ、避ける気力もない優里。
「そろそろ一気に頭を貫いて楽にしてあげましょう。その後貴女は、我輩が美味しいパイ料理にしてさしあげます!」
ムッシュはそう言って、舌なめずりをする。
「さらばです!!」
ムッシュの鋭い二本の角が、優里目掛けて襲い掛かる。
「最初に言ったはずです! 私を舐めないで!……と!!」
優里はそう叫ぶと、手にしている薙刀を鋭く振り返した。
「な…ぬ…っ……!?」
優里に角が突き刺さる前に、逆にムッシュが何かに貫かれたように後ろへ吹っ飛んだ!
ムッシュの右胸に、コイン大の焼き焦げたような跡がこんがりと残っている。
「な……なんなんですか、これは――っ!!?」
叫び狂うムッシュの身体を白い光が再び貫いた。突き刺すような、それでいて痺れるような痛み。
それは、優里が薙刀を振り払うたびに襲い掛かってくる。
「ば……ばかな!? 白い妖魔狩人は魔法や妖術のような類は一切使えない。更に飛び道具も持っていないはず。なのに……これはっ!?」
今度はムッシュが全身血だらけになっている。
「光……、いや……これは雷撃の一種…っ!?」
「雷光速射撃。貴方の言うとおり雷撃の応用技です。ムッシュ!」
優里はそう言って、薙刀を前に突き出した。
「これは、亡き強敵(しんゆう)サンダーバードから受け継いだ技。今の貴方に見切れますか!?」
「サンダー……バード……!? あの伝説の……北米最強の聖獣? い…いつの間に……!?」
ムッシュの言うとおり。サンダーバードとは、雷を自在に操る北米に伝わる最強の聖獣。
あのマニトウスワイヤーの一件で死闘を繰り広げた優里とサンダーバード。優里に敗北し、その実力を認めた彼女は、この世を去る寸前に自身の力を優里に分け与えていた。
光の速度で放たれる雷光速射撃。優里の言葉通り、ムッシュにはその技を見きれる術もなく、もはや一歩も動くことはできなかった。
「改めて聞きます。こどもたちはどこですか!?」
技を止め、厳しい表情で問いかける優里。
「言いませんよ。我輩にとって料理は全て! たとえ刺し違えても、料理の邪魔だけはさせません!!」
ムッシュは最後の力を振り絞りながら立ち上がると、全身にありったけの気を込めた!
ムクッ! ムクッ!
その身体が一回りも、二回りも膨れ上がり、それだけでなく体格にも変化を及ぼしていく。
その姿は二本足で立つ闘牛のようであり、いや……巨大な頭部は角の生えたマッコウクジラのようにも見える。
シャァァァァッ!!!
ニシキヘビのような呻き声を上げ、化け物と化したムッシュは、一歩二歩と優里に向かっていく。
「それが貴方の真の姿ですか・・・?」
そんなムッシュに優里は再び薙刀を振り払う! いくつもの閃光……いや雷光が、ムッシュの身体に襲い掛かる。だが、ダメージを与えてはいるものの、まるで痛みを感じていないかのように、歩みを止める気配が無い。
やがて興奮が頂点に達したかのように赤々と目を光らせると、優里に向かって突進して来た!!
激しい土埃を撒き散らしながら突進するその姿は、まるで生きているブルドーザー!
「どうやら、小手先の技では通用しないようですね!」
そう言って優里は薙刀を水平に構え直した。すると、尖先に白い光の玉が広がり始める。やがて光の玉は優里すら覆いこむような大きさになった。
それに釣られるように、その周囲は大気が陽炎のように歪み、地響きのような振動すら感じられる。
「北真華鳥流奥技! 不撓穿通(ふとうせんつう)!!」
大地を蹴りあげ、駆け出した優里。それは巨大な光の刃!!
血に飢えた……赤い生きたブルドーザーと白い光の刃の激突!
「きゃあああああっ!!?」
まるで爆弾と爆弾が衝突したかのような凄まじい衝撃が、辺りをそして妖魔狩人たちや妖木妃に襲い掛かり、思わず悲鳴をあげる凛。
土埃が収まり二つの人影が見える。それはムッシュと優里の姿。
ムッシュの鋭い角が深々と優里の左肩に突き刺さっている。
だが、もう一方で優里が伸ばした薙刀の先は、ムッシュの腹部に大きな風穴を開けていた!
ゆっくりと薙刀を引き戻す優里。
それに引かれるように、ムッシュの巨体が地響きを立てながらその場に倒れ伏せた。
「完敗……です…。戦いにも……料理と…同じように……、心・技・体……が必要だと……、貴女……に教わり……ました。」
息絶え絶えに呟くムッシュ。
「私にとって貴方も、サンダーバードに負けない程の強敵でした。」
「嬉しい……言葉で…す。お礼……に、我輩の……厨房をお教えしま……しょう。ざ…材料は……、そこに保管……しております。」
そう言ってムッシュはその場所を告げると、静かに息を引き取った。
その光景を遠目で見つめていた凛。
(もしも……。もしも、彼が人間を食べない存在だったら……? そうしたら優里お姉さんとは、ずっと腕を競い合う……武術の宿敵としていられたのかな? それとも、逆に出会えることすら……なかったのかな? 妖怪と人間……。それは食物連鎖の関係でしか、成り立たないの?)
第二十話に続く(正規ルート)
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全ての攻撃を無効化する花の髪飾り。まずはそれを破壊しなければ、こちらの攻撃は一切通用しない。そして、それを破壊できるのは、唯一通用する武器ゲイの弓を持つわたしだけ。
凛はそう決心すると霊光矢を備えたゲイの弓を構え、弦をゆっくり引く。
「……!?」
攻撃の気配を感じた妖木妃。その気配を辿っていくと、弓を構える凛を捉えた。
「あの時と同じ、己の霊力を矢に変えた攻撃か……。」
一旦は、そう冷笑した妖木妃であったが、凛が矢を放った瞬間……、
「ま…まさかっ!?」
その凛が手にしていた弓が、最も警戒していた『物』である事に気がついた。
以前戦ったときとは違う、太陽光のような山吹色の光を放ちながら飛んで来る霊光矢。
妖木妃は咄嗟に黒い炎の塊、黒炎弾を放ちながら、逃げるようにその身を捻った。
それは今まで見せたことのない妖木妃の必死な姿。
振動と爆煙が辺りを包む! 一寸先も視線で捕らえることができない。
目を凝らしながら、辺りの様子を伺う妖魔狩人の面々。
やがて土埃が収まると、ゆらゆらと揺らめくように立ち上がる一つの人影が見えた。
それは左肩を押さえ、鬼のような形相の妖木妃であった。妖木妃が押さえる左肩は、その付け根から先が完全に失われていた。
そう……。たしかにゲイの弓から放たれた霊光矢は、髪飾りから噴出される花粉に影響されることなく、しっかりと妖木妃を捉えた。
だが、事前にそれに気づいた妖木妃は、黒炎弾を放ちながらその左腕で霊光矢から髪飾りを守った。
「ち……っ! やはり嫦娥の奴めが。あのゲイの弓を妖魔狩人に手渡しておったか……!」
鬼の形相の妖木妃。そのこめかみには血管が二~三本浮き上がっている。
「通じた……。ゲイの弓なら、霊光矢が妖木妃に通じる……!!」
妖木妃の失った左腕を見つめながら、凛はその手ごたえを感じた。
「凛、まだ肝心の髪飾りが無事だ。今のうちに破壊してしまうんだ!!」
ここがチャンスとばかりに金鵄が叫ぶ!
「うん!!」凛はそう言って、再び霊光矢を備え弦を引いた!
ブチンッ!!
鈍い音と共に弦を引く右手から、その手応えが無くなった。
見ると、ゲイの弓の弦は完全に途切れてしまっている。そうなる可能性は出撃前に気づいてはいたが、まさかこの一番大事な場面で……!
そして、その事実を妖木妃は見逃さなかった。
ゴォォォォォッ!!
すぐさま追い討ちをかけるように黒炎弾を放つ。それは唖然と佇んでいる凛を、見事に直撃した!!
衝撃で十数メートル程吹っ飛んだ凛。大地に叩きつけられ、その場で目を回してしまった。
「凛ちゃ……ん!?」「凛……っ!?」「若三毛……凛っ!?」
まさかの出来事に驚く三人。
「んにゃろぉぉぉぉっ!! ぶっ殺すっっ!!」」
叫び声と同時に右腕の灼熱爪を振り上げた千佳が、妖木妃に襲い掛かった。だが、その灼熱爪は、髪飾りの絶対防御で妖木妃の身体には届かない。
「ほぅ……!? なるほど、お前は半妖じゃったのぅ。その殺気……、その妖気……。人間と一緒に食い殺すのは惜しい存在じゃ!」
妖木妃はそう言うと、千佳の腹部に手のひらを当てた。手の平には凛のときよりやや小さめな黒炎弾が形成され、そのまま千佳を弾き飛ばした。
「青い妖魔狩人さん! 早く凛ちゃんと千佳さんの回復を・・!!」
妖木妃を見据えたまま瀬織に指示を出す優里。言われるまでも無いといった顔で、大きな水泡を形成し、そのまま凛と千佳を包み込む瀬織。
「ふむ! 感情に任せて突っ込んで来ないとは・・。お前は少し、戦い慣れをしているようじゃのう。」
薙刀を構えたまま様子を伺う優里を見て、妖木妃は感心したように微笑んだ。
(物理……、霊力……。全ての攻撃を防御する髪飾り。おそらく私の奥技、不撓穿通も通用しないことでしょう。そして唯一攻撃可能なゲイの弓も壊れてしまい、今は使えない。……となると、するべき事はただ一つ!)
優里はチラリと背後を覗き、瀬織の治癒状況を確認する。
(凛ちゃんと千佳さんが回復しだい戦線を離脱し、態勢を立て直すしかありません。)
優里は、回復作業をする瀬織たちへの注意を、妖木妃から逸らすように左へ左へと移動していく。
「余計な心配をする必要はないぞ。どうせお前たちはここから逃げることは叶わぬ。 あの娘たちはお前を倒した後、ゆっくりと始末すればいいだけの事。」
まるで心を見透かしているかのように、妖木妃は不敵な笑みを浮かべた。
「とにかく、時間を稼がなくては・・・!」
優里は自分に言い聞かせるように呟くと、打って変わったように攻撃を開始した。
力、技・・・。全ての能力を振り絞っても、その攻撃は1ミリたりとも妖木妃に当たらない。
「たいした戦闘力じゃ。間違いなくワシの部下……、白陰や死んだ銅角よりも実力は上じゃ。人間でなければ幹部として迎え入れたのにのう・・・。」
絶対防御の髪飾りによってかすりともしていないが、その太刀筋を見て思わず嬉しいような、残念のような、困惑した声を漏らした。
(高嶺優里。もう少しだ……、頑張ってくれ・・・。)
その頃瀬織は二つの水泡を操りながら、無我夢中で凛と千佳の治癒にあたっていた。
治癒の術は想像以上に神経を集中させなければならない。まして一度に二人を治癒するとなれば尚更だ。
今、瀬織の意識は完全に治癒だけに向いていた。そのため、背後から忍び寄る影にまるで気がつかなかった。
ゴン…ッ!!
突然目の前が真っ暗になったかと思うと、辺り一面に星が散らばる。瀬織の背後には、丸太のような棍棒を持った猿人が立っている。
瀬織はそのまま目を回して、崩れるように倒れ伏せてしまった。
「青い……妖魔狩人……っ!?」
たまたまその場面が目に入り、気をとられた優里。そしてその隙を妖木妃は見逃さない。
かざした右手から放たれた大きな黒炎弾。それは、無防備な優里に完璧に直撃!
たった一撃で優里は沈黙してしまった。
その間、気絶している瀬織、凛、千佳の周りには、先ほどの猿人の他にも二~三人の中国妖怪たちが集まっていた。
「白陰様から命じられて様子を見に来てみれば、こりゃ……美味そうな小娘たちだ!!」
彼らは涎を垂らし、はしゃぎながら三人に触れようとする。そこへ・・・
「貴様ら……。誰の許しを得て、ワシの獲物に手を出しておる?」
重く冷たい声。
「ああぁ~ん? なんだ~ぁっ!?」
いいところを邪魔されたせいか、不機嫌そうに振り返り、精一杯凄みながら睨みつけた。
そこには、コメカミに数本の血管を浮き上がらせた妖木妃の姿が。
不味かった。彼らは、一番怒らせてはいけない相手に眼をたれてしまったのだ!
その結果。わずか……二秒! たったそれだけの時間で、一人を除いた全員が黒い炎に包まれていた。
恐怖に青ざめ、怯える残った妖怪……女夷。
「そこのお前。すぐに白陰のところへ行き、大至急……料理のできる妖怪にここへ来るように伝えよ。」
妖木妃は残った女夷にそう言いながら、しばし考えに耽るような仕草をしたが、
「あと、他にも逆らう雑魚共がおるなら、好きなように始末して構わんとも伝えておけ。」
……と付け加えた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁつ!!」
激しい衝撃と共に、琉奈と涼果の二人は森の中に突き落とされた。
順調に二匹の妖怪を誘導し、神社沿いの道から引き離してきたが、突如……真下から急上昇してきた九つの頭を持つ不気味な妖鳥に激突され、その衝撃で真っ逆さまに突き落とされたのだ。
地表に激突する寸前、琉奈は全身に風の渦を纏わせ、それをクッション代わりにして衝撃を和らげた。おかげでかすり傷程度で済んだ二人。
「ヤバいよ、あの九つの頭を持つ鳥。たしか……鬼車(きしゃ)という名で、恐ろしい呪いを持った妖鳥だよ!」
空を飛び回る不気味な妖鳥……鬼車、別名九頭鳥(きゅうとうちょう)。本来ならば十の頭を持っていたらしいが、うち一つを犬に噛み切られ、以後……その傷跡から血を滴らせ呪いを振りまくと言われている。
そんな鬼車を見上げながら、涼果は青ざめた表情で呟いた。
「なぜ、そんなことを知っているの!?」
ふと疑問に思い、問いかける琉奈。それに対して涼果は、
「これ、姑獲鳥の記憶。アタシ……、浄化されて人間に戻ったけど、一部の妖術と記憶がアタシの中に残っているの。その記憶によると、あの鬼車……。姑獲鳥と相当仲が悪かったみたい。」
と答えた。
「だから、あんな痛恨の一撃みたいな不意打ちを喰らわせてきたわけだね……。」
森の上で待ち構えるように旋回している鬼車を見て、琉奈はバツが悪そうに呟いた。
「とにかく、そんなのが上で待ち構えている以上……空は飛べない。森の中を進んで元の場所に戻ろう。」
琉奈と涼果はそう顔を見合わせると、元の道へ向かって歩き出した。
そのまましばらく歩き続けると、頭の上から強い殺気を感じる。本能的に危険を察し、左右二手に分かれた琉奈と涼果。
ちょうど、その二人の間に爆撃のように急降下したのが、先ほどの九頭の妖鳥、鬼車。
四と五の頭がそれぞれ左右にいる二人を睨みつける。
時折口から吹き出す血のような色の、不吉そうな液体と妖気。明らかに触れてはいけない物質のようだ。
鬼車は大きく翼を広げて威嚇し、二人に襲いかかろうとする。だが、逃げるが勝ち! 二人は分かれたまま、森の奥深くへと逃げ込んでいった。
十数分も森の中を駆け巡った涼果。息を切らしながら背後を確認すると、誰も追ってきている気配はない。
大きくため息をつき、気持ちを落ち着ける。
「失敗したなぁ……。慌てて逃げたから、琉奈とはぐれてしまった。」
戦いの最中、たった一人きりになってしまったことを、ジワジワと実感し始める。
その時・・・。
どこからともなく、甘い……花のような香りが漂っているのに気がついた。
「あ~~っ、いい匂い……。どこから匂っているんだろう?」
フラフラと香りに釣られて足を運ぶ。
しばらく歩くと、香りと一緒に楽しげな音色も耳に入ってきた。
音をたどると、そこには二十代後半くらいの若い女性が、一人……岩に腰掛けていた。よく見ると、背中からはアゲハ蝶のような綺麗な羽が生えており、パッチリと開いた両目の他に、額にも縦に見開かれたもう一つの目あった。 更にその女性には腕が四本あり、上の二本で横笛を奏でて、下の二本の腕は沢山の花々が添えられた少し大きめのザルのような籠を持っていた。
「綺麗な女性(ひと)だけど……、人間じゃない。妖怪……?」
逃げまわっていた森の中で出会った女性の妖怪。涼香は新たな不安を感じた。
「なにやら怯えている様子だけど、なにかあったのかしら? お嬢さん。」
涼香の気持ちとは裏腹に、女性妖怪は優しげな笑顔でそう問いかけてきた。
「私の名は奥瑪(アオマ)。見ての通り音楽を楽しむだけの妖怪。貴女が何を恐れているかわからないけど、すぐに楽しい気持ちにさせてあげるわ!」
奥瑪はそう言うと再び笛を吹き、籠を左右に振って香りを放ち始める。
籠から溢れる花の甘い香りに、心が弾むような明るく楽しい音色。涼香は次第に不安を忘れ、ゆっくりと曲に合わせて踊りだした。
「涼香……、どこに行ったの!?」
同じ頃、まったく逆方向へ逃げていった琉奈。ようやく気持ちを落ち着かせ、辺りを見回したが涼香の姿はどこにもない。
だが、ここで立ち止まっていても仕方ない。涼香を見落とさないよう辺りに気を配り、ゆっくり先へ進むことにした。
しばらく歩くと、そんな琉奈を新たな危機?が襲いかかってきた。
それは臭気。……といっても、生半可な臭気ではない。半径1メートル周辺に、いくつもの汲み取り式トイレを並べ、その中心にいるような。そんな目が痛くなるほどの強烈な臭気だ。
「な……なに、これ……っ!?」
あまりの酷い匂いに琉奈は口と鼻を両手で塞ぐと、息を止め、全速力でその場から離れることにした。
走ること数分。あの場所からかなり離れたことだし、もう大丈夫だろうと恐る恐る塞いだ両手を離していく。澄んだ空気が鼻孔を通り過ぎる。
(たすかった……。)
安心した琉奈は、その場で大きく口を開け、大きな大きな深呼吸をした。
……と、その瞬間。何か小さな物が口の中に入ってきた。
咄嗟のことで吐き出すことも忘れ、逆にそれを飲み込んでしまった琉奈。
(何……今の!? 変な物じゃないでしょうね?)
風に舞った埃や小さな植物の種が口に入ることは、よく……は無いが、田舎ではたまに在ること。多少の不安はあったが、大して気にも留めず琉奈はそのまま歩き始めた。
だが、それから数分と経たずに、
グル…グルル……ッ。グルグル……ッ…。
今度は軽い腹痛と共に、強烈な便意が琉奈を襲った。
(ちょ…ちょっとマジ!? こんなところで……洒落にならないよ!)
そう思っても激しい便意は待ってくれない。
(ヤバい! このままだと……マジで超ヤバい!!)
琉奈は必死に辺りを見渡した。……が、わかってはいるが、こんな森の中。いくら見渡してもトイレなんかあるはずが無いのだ。
そう……無い。無い……はずなのに……?
「あ……っ、あった!?」
なぜか、こんな森の奥深くに一つの仮設トイレらしき物体が置いてある。
それが、なぜこんな所にあるのか? 誰が設置したのか? そんな事はどうでもいい。要は誰にも見られることなく、安心して用をたせればいいのだ。
必死に駆け寄り、思いっきり扉を開く!!
中には、汲み取り式の和式便器らしきものがある。都会と違って田舎である柚子村では、くみ取り式便所なんてそれほど珍しく無い。
琉奈は何の抵抗もなく短パンや下着を下ろし、その場にしゃがみこんだ。
(あぁ……っ、たすかった……。)
詳しい描写はしないが、ちょっと勢い良く用をたした琉奈は、安堵の溜息をついた。
「ああ~っ、なかなか美味かったど!」
直後、予期せぬ突然の声に、身震いするような寒気と恐怖を感じた琉奈。目を見開いて回りを見渡す。
前後左右……上。小さな仮説トイレの中、どこにも人の姿は見受けられない。
「気のせいか……」そう気を取り直してホッと視線を下げると、便器の金隠しにパッチリと見開かれた両目が・・・。
目と目があった琉奈は、まるで頭の先にスタンガンを押し付けられ電流を流されたような、そんな衝撃が全身を走った。
『吹雪の舞』と『フランメヴィアベル(炎の渦)』を使い、ほとんどの中国妖怪の足止めをしていた風花とシュナの二人。だが、当然その均衡も永くは続かない。
先ほどと同じように、中国の雪女……雪妖が吹雪の舞を切り裂き表へ出てきた。ここでも同様にシュナがフランメヴィアベルを放ち雪妖を威嚇する。
しかし今度は、その炎の渦を受け止められる者が同時に姿を現したのだ。
それは十代前半くらいの小柄な一人の少年。オカッパ頭で赤みを帯びた肌。つり上がった目に燃えるような赤い瞳。手には、おおよそ六メートルはあろうかと思われる長い槍を持ち、その槍でフランメヴィアベルを吸収するように受け止めたのだ。
「う……嘘だろ? シュナのフランメヴィアベルを受け止めるなんて……!?」
「あ・・あの槍・・・、ワタシのブレンネンランツェと・・同じ・・火炎槍。」
驚く二人に対して不敵な笑みを浮かべる少年。
「さすがね……善財童子(ぜんざいどうじ)。いえ、紅孩児(こうがいじ)と呼んだほうがいいかしら?」
そんな少年に声をかける雪妖。
「どちらでも構わねぇーっ。しいて言えば、今の俺は日本妖怪と戦う”中国妖怪”の一人だから、紅孩児の方がしっくりくるかな……。」
紅孩児。あの有名な『牛魔王』と『羅刹女』の子である。見た目は子供だが、こう見えても数百年以上の歳をとっている。
「俺の母親は、昔……短い期間だが、妖木妃とつるんでいたことがあったらしくてね。その縁でこうして日本へ来たわけだけど……。」
紅孩児はそう言うと、シュナ一人をジッと見つめた。
「な・・なに・・・?」
「まさかその日本で、西洋では炎の精霊の代名詞とも言われている『サラマンダー』と会えるとはね!」
嬉しそうに長い長い槍を振り回す紅孩児。
「できるなら、一対一の対決を申し込みたいところだが……。」
そう話している最中に、続々と数十の妖怪たちが吹雪の舞から抜け出し、風花とシュナの二人を取り囲む。
「今回は妖木妃の用事が優先なので、残念だけど取り止めだ。」
それが合図かと言わんばかりに、この瞬間……二人は妖怪たちに取り押さえられた。
あれから一時間。楽しい音色に合わせて、涼果はまだ踊り続けていた。
だが、よく見ると、息は「ぜぇ…っ ぜぇ…っ」と上がっており、足はガクガクと痙攣していた。
(だ……、誰か……あたしを止めて……。)
涼果の頭の中ではそう考えている。しかし、なぜか……身体はまるで言うことを聞かず、踊りを止めようとしないのだ。
それは奥瑪の妖術。本来は祭りなどで使う術で、音色と花の香りで相手を高揚させ、自在に踊らせることができるのだ。
一時間以上、休みなしで全力で踊り続けた涼果。体力は完全に限界を超えていた。
「踊りを止めてほしい?」
「は……はい……。」
「なら、貴女の蜜を私に頂けるかしら?」
「み……蜜……っ? なんだかよくわかんないけど、あげます! あげるから……踊りを止めて……。」
もはや限界を超えた疲れは頭は錯乱し始め、思考能力も失いつつあった。
その言葉を聞いて、ニッコリと微笑む奥瑪。手にしている花の籠から一粒の種を取り出すと、涼果の口に放り込んだ。
すると、徐々に身体の動きは鈍り、やがて直立不動のまま静止した。
(たすかった……。)
安心するのも束の間。今度は静止したまま指一本動かすことができない。それどころか今度は身体が痩せ細っていった。
(こ……今度は、なにっ!?)
身体変化に焦る涼果。しかし心とは裏腹に身体はドンドン細くなり、まるで植物の茎のようになった。
更に手足は薄く平たくなり、ギザギザした形状はまるで植物の葉だ。
髪は黄色く染まり、花のように広がっていく。それはまるでタンポポの花のように。
そう、涼果は『一輪の花』になってしまった。
(花……。あたし……、花になっちゃった……?)
花の中心にはまだ涼果の表情が残ってはいるが、自分の身に起きた現実を受け入れられないのだろう。目を回し、完全に混乱していた。
「まぁ、これは可憐な花になったわね。きっと蜜も素朴な味がすることでしょう!」
奥瑪は嬉しそうに花に顔を寄せ、その香りを楽しむ。そして口を開けると、中から巻かれたゼンマイのような舌が現れた。
舌はゆっくり伸び、その先は涼果の口の中へ挿入されていく。
ピチャッ! ピチャッ!
「あぁ~っ!思った通り甘すぎもなく……、かと言って貧弱ではない。素朴な野花の蜜の味。美味しいわ!」
音を立てながら、花となった涼果の蜜を堪能する奥瑪。そして、いずれ最後の一滴まで蜜を吸い尽くされ、その身を散らしていくことだろう。
「旨い! 旨いどーっ、お前の排泄物は!!」
こちらは涼果とは真逆に、甘いとか可憐などという言葉がまるで似合わない状況であった。
あの時、用をたした琉奈の身に起きた出来事は、常軌を逸した出来事であった。
金隠しに見開かれた大きな目。いや……あの便器そのものが、妖怪の顔であったのだ。そう、琉奈は大口を開けた顔の上をまたがり、用をたしていたのだ。
下着も短パンもずり下ろしたまま、腰を抜かしてしまった琉奈。その彼女の前にのっそりと立ち上がった便器……。いや便器の形によく似た顔を持つ怪物。身体は全裸で、ブヨブヨと垂れ下がった脂肪は、身体を動かせるのかと思えるほど重そうで、更に見苦しい。。
この妖怪の名は『肥喰らい』。西洋にスライムイーターとも呼ばれる同名のモンスターがいるが、こいつはそれとは別種族。
アジアの貧困な村で生まれ育った人間が、家畜の排泄物や死肉などを喰らい続けることで転生した怪物だとも言われている。
名前の通りこの妖怪の主食は動物の排泄物で、人間……特に若い女性のそれは、大好物のようだ。
「最初にお前が体験した臭気……。アレはオラの吐く息だ。そして、お前の口の中に放り込んだ小さな物。アレはオラの鼻くそで、下剤と同じ効果があるんだよ!」
肥喰らいは、尻も隠さず腰を抜かしたまま怯える琉奈を見て嬉しそうに微笑むと、そのまま彼女をうつ伏せに押さえつけた。そして長い舌でその柔らかい尻を舐め始める。
「ぎゃ……ッ!! や…やめてぇ~っ!!」
泣き叫びながら逃げ出そうとする琉奈。だが、肥喰らいの大きな手は、しっかりと琉奈の身体を押さえつけていてピクリとも動けない。
「噂には聞いていたが、日本人の娘の排泄物は本当に旨いど。食い物が良いだから、出す物も良いんだな。」
尻の割れ目にある小さくか細い菊紋を、何度も往復するように舐め回す肥喰らい。更に、その小さな穴に人差し指を押し当てる。
「だめっ!! 絶対にダメッ!!」泣きわめく琉奈だが、そんな声には耳も貸さず、肥喰らいは指に力を込めた。
ヌルリッ! 舐め回した唾液が潤滑油の役割を果たしていたのだろう。思いの外、指は簡単に中へ入っていく。
「いたい!いたい!いたい!いたい!・・・」
今まで経験した事のない痛みと恐怖。そんな琉奈の鳴き声を、まるで虫の音でも聞くように涼やかに目を細めると、しばらく中で腸壁を確かめるようにグリグリと回し、やがて満足したのか、ゆっくりと指を引き抜いた。
ほんのりと温かいその指に、大きな口で吸い付くように咥え込む。
「お前の排泄物は本当に旨い。持ち帰って、死ぬまでオラの弁当箱として使い続けていくど!」
そんな言葉を聞きながら、やがて琉奈は羞恥と恐怖が入り混じった……、かつて無い絶望感に、戦意どころか生きる希望すら失ってしまった。
一方その頃、人一人がすっぽり入る大きな土鍋の中に、風花は閉じ込められていた。
土鍋は石で組み上げられた竈に乗せられ、その下では薪がくべられ勢い良く炎が舞い上がっている。
熱くなった土鍋の熱は雪妖怪である風花に伝わり、鍋の中に浸る白色の湯は全て風花の身体が溶けたもので、もう身体の半分以上はスープと化している。
土鍋の回りに集まった妖怪たちは、時折蓋を開け煮立っている風花の様子を伺っては、嬉しそうに舌なめずりをしていた。
その中の一人、全身長い毛に覆われ羊によく似た、大きな身体の妖怪……饕餮(とうてつ)。
なによりも飲食を好むこの妖怪は、嬉しそうに玉杓子を掴むと、土鍋の中の白いスープを救い上げた。そして、「ふぅ~っ…ふぅ~っ…」と息で冷ましながら口へ運ぶ。
「おおっ!さっぱりした味だが、後からジワジワと深いコクと甘みが広がっていく!!」
満悦した表情を浮かべる饕餮。
その言葉に釣られるように、周りの妖怪たちも各々匙や杓子を握り、風花スープを味わいはじめる。
「薬味に分葱を入れると、味が引き締まって更に美味いぞ!」
その後も、続々と妖怪たちが風花スープに群がったのは、言うまでもない。
もう一人囚われの身となったシュナは、妖怪たちに『食べられる』という事はなかった。
彼女の身体の構造は特殊で、本人が制御しないかぎり、鉄をも溶かす高熱を発することがある。そのため、とても食べられるものではないのだ。
だからと言って開放されたわけではない。
雪妖をはじめとする氷や水、冷気を操る妖怪たちに拘束され、後日……攻め落とされた丘福市内の金属工場に運ばた。
そして、その身を炭化ケイ素と呼ばれる高熱に耐性のある化合物で固められ、一つの女性像と化した。
「よし、完成ですぞ!!」
所変わって、いつもの麓の洞窟内にある厨房では、ムッシュは一つの調理を作り終えた。それは家庭で使われるお盆程度の直径で、やや厚みのある円盤。
それは合計三つあり、それぞれが見た目は似ているが柄が違っていた。
よく見ると、円盤の中央には人間の顔らしき模様がある。いや……間違いない!それは顔だ!!
先日ムッシュが小学校で拉致した、三人の女児たちの顔だった。
「中国に昔から伝わる干し菓子……柿餅(シービン)。本来は果物の柿を上下から押し潰しながら乾燥させて作るもの。ですが、今回我輩は『柿』ではなく、『ガキ』を材料にしてみましたが、いやいや…なかなかいい出来き!」
そう言って、一つ二つの円盤を裏返しにし、その香りを嗅いでみる。
「うむ、いい感じで余分な水分を乾燥させたので、ガキ特有の小便臭さが消えてますな! うむ……っ、悪くない!」
ムッシュはそう言って裏返しにした円盤の中央部分に、「チュッ!」…と軽く口づけをした。
「これなら、妖木妃殿もお喜びになるでしょうな♪」
次回のBADENDルートへ続く。
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おまけ特典!!
ガキ餅 パンモロVer, その2
※ 2/22 追加!!
おまけ特典のおまけ!
女児3人 ガキ餅加工前画像
| 妖魔狩人 若三毛凛 if | 11:00 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑
とても素晴らしい豪華特典で、感動いたしました。
通常時は一番右の子が好みですが、ガキ餅の状態では一番左の子が面白い潰れ方をしているので好きになりました。
一人だけズボンだから、パンチラ状態ではずり降ろしているのも、細かいこだわりでいいですね。
食べるのがもったいなく感じる反面、せっかくだから食べて見たい気もするあたり、いい変化だと思います。
今回のキャラはモブにしておくにはもったいないくらいに、しっかりしたデザインです。
名前募集中のようなので、私も名前や背景設定でも考えてみましょうかね。
| MT | 2016/02/23 23:32 | URL | ≫ EDIT