2015.11.24 Tue
妖魔狩人 若三毛凛 if 第18話「 妖木妃の目覚め -後編-」
そのまま弦を離せば、霊光矢は嫦娥の額に突き刺さるだろう。
だが・・
凛は弓を下げ、その矢を消し去った。
「な・・なぜ、とどめを刺さない。凛っ!?」
まさしく鳩が豆鉄砲を喰らったように、目を丸くして凛に飛びよる金鵄。
「わたしの目的は柚子村を守ることであって、妖怪を殺すことじゃない・・。それに・・・」
「それに・・?」
凛は、嫦娥や牛頭馬頭を見渡し、
「この人達、最初からわたしを殺す気なんか、なかったみたいだし!」
と、答えた。
「だから、牛頭や馬頭も浄化消滅させないで、生け捕りにしたのか?」
今でも信じられないといった金鵄に対し、凛は嫦娥に話を振った。
「そうですよね? 嫦娥さん・・」
「何故、そう思ったんじゃ?」
「わたしは幼いころから霊感が強く、霊や妖怪が放つ恨みや憎しみなどの気なども、感じ取れるんです。でも、嫦娥さんやそちらの二人の妖怪からは、殺気どころか、敵意すら感じ取れなかった」
「・・・・・・・・・」
「それに嫦娥さん。貴方は消滅しようとしていた、千佳の魂も救ってくれたことがある。わたしには、根っからの悪人とは思えないんです」
凛の言葉を、一つ一つ噛みしめるように黙って聞いていた嫦娥。
そして、フトっ・・凛の顔を見上げると、
「儂は、黒い妖魔狩人。お前さんを、妖木妃の下へ辿りつかせたくなかった・・・」
と、静かに答えた。
「それは妖木妃の身を守ることが、お前たちの役目だからだろう?」
率直に言い返す金鵄。
「いや。そうことじゃ、ないわい」
嫦娥はゆっくり首を振り
「その逆じゃ。今、妖木妃と戦えば、黒い妖魔狩人が敗れるのは目に見えておる。それを阻止したかったんじゃよ・・・」
「な・・なぜ、お前が凛の身を案じるんだ!?」
嫦娥は、金鵄の問いに鋭い目つきで睨むと
「簡単な理由じゃ。あの妖木妃を倒せる可能性があるのは、妖魔狩人たちだけじゃ。だからこそ、こんなところで無駄死させるわけにはいかんのじゃ!」
と、キッパリ言い返した。
「嫦娥さん、貴方は妖木妃を・・・?」
「ああ・・、殺したいと思っておる。なぜなら、あやつは儂の大切な夫を殺した、憎むべき敵だからじゃ!」
「今よりはるか昔・・・。この国では縄文時代と呼ばれていた頃の話じゃ。
当時・・儂は、仙女と呼ばれる神族の一人じゃった。
そして、儂には同様に神族である、『ゲイ』という名の夫がおった。ゲイは弓の達人で、数々の悪鬼を倒し、勇者と讃えられていたんじゃ」
「あっ!その話は僕も聞いたことがある。たしか・・・」
金鵄はそう言うと、その続きを話しだした。
ところがゲイの倒した数々の悪鬼の中には、当時・・国を納めていた天帝の、九人の息子たちも含まれていたんだ。
天帝は激しく怒り、ゲイとその妻・・嫦娥から神族の能力を消去し、ただの人間に落として、一族から追放したんだ。
神族から追われたゲイは、再び神族に返り咲こうと、全ての仙女を統率する西王母の下を訪ね、長寿の薬を貰おうとしたんだ。
ところが、永遠の命に目が眩んだ嫦娥は、夫ゲイを騙し、長寿の薬を奪い取ると月へ逃げてしまったんだ。
神族に戻れなかったゲイは、その後可愛がっていた弟子に騙し討ちを喰らい、そのまま亡くなったと聞く。
金鵄の話を、ここまで無言で聞いていた嫦娥。
「今…金鵄が話した経緯が、儂らの世界で語り継がれている事の経緯じゃ。だが・・」
「・・・・?」
「その話は、真実ではない。捏造されておるのじゃ!」
「捏造!? 作られた話ってこと?」
「むろん、大筋の流れはそんなところじゃ。天帝の怒りを買って人間に落とされた事。西王母から長寿の薬を貰うあたりの経緯はな。
じゃが、ゲイを神族から落とすように、背後から天帝を炊きつけた者がおる。
妖木妃じゃ!
妖木妃は悪行を働いた息子だけでなく、いずれゲイは天帝の命すら脅かすじゃろうと、憤りを感じておるその心を、揺さぶってきたのじゃ。
そして薬を渡した西王母。アレも本物ではなく、妖木妃が化けた姿じゃ。
西王母に化けた妖木妃は、儂に偽の薬を渡した。その薬は妖怪変化の薬。奴の言うがままに薬を飲んだ儂は、このようなヒキガエルの妖怪と化し、遠く離れた死火山の洞窟に閉じ込められたのじゃ。
その一方で、儂を探し回っていたゲイには、儂が薬を盗んで月へ逃げたと偽りおった。
そして、神族に戻れず普通の人間として生きる事になったゲイを、今度はその弟子を言葉巧みに誑かし、殺害させたのじゃよ。
元々妖木妃は、死人の腐肉や血を養分として生まれ育った植物型の妖怪。
永遠の命を手に入れ神族となり、いずれ中国大陸を制圧する野望を持っていたのじゃよ」
醜いヒキガエルの姿である嫦娥。だが話を語るその目には、その姿とは逆に、美しい涙が溢れていた。
「二つほど疑問点があるけど、いいかい?」
金鵄が、ゆっくり問い始めた。
「一つ、妖木妃は何故そこまで、ゲイに執着したのか? そしてもう一つは、西王母から手に入れた本物の長寿の薬は、いったいどうなったんだい?」
たしかに・・・。凛もそこを知りたいといった表情で耳を傾ける。
「ゲイについては後ほど話そう。先に薬の件じゃが、お主らが想像している通り、妖木妃が服用したよ。じゃが・・・・」
「!?」
「妖木妃が手に入れた薬。実はアレは薬ではなく、一種の寄生生物の卵じゃった」
「寄生生物・・・の、たまご・・・っ!?」
「本来ならば人間の心臓に寄生し、血液から養分を吸収する代わりに、老化を鈍らせる成分を送り込むことで宿主の寿命を維持する」
「それが・・・長寿の秘密?」
「そうじゃ。だが、妖怪である妖木妃に寄生した生物は、栄養分ではなく妖力を吸収し、一匹の新たな妖怪へと進化したんじゃ」
「まさか・・・!?」
「そう、頭にある花の髪飾り。アレこそ寄生生物が、絶対防御の能力を備えた妖花に進化したものなのじゃ。
結果的に、妖木妃は神族になれず妖怪のままで、百年の生体活動を維持するためには、その倍の年月を眠りつかなければならない。その代わり妖花の髪飾りという、無敵の防御力を手に入れた」
嫦娥の話に、凛は表情を曇らせた。初めて妖木妃と戦ったあの時あの恐怖を、思い出したからだ。
「儂はどうしても、夫ゲイを殺された復讐を遂げたかった。だからこそ、幹部として奴に付き添い、長年奴を倒せる手段を探し続けていた。そして、ある事に気づいたのじゃ!」
「ある事・・・?」
「それは、先程お主たちが尋ねた、妖木妃が何故我が夫ゲイにそこまで執着したか?に繋がる。
たしかに神族だった頃のゲイは、数多くの悪鬼を倒した。妖木妃が最大の難敵と想定したのも無理はない。だが、妖花の髪飾りを手に入れて、尚且つ・・普通の人間になったゲイを、そこまで恐れる必要があったのかを・・・?」
言われてみれば、あの妖花の髪飾りはこちらからの攻撃を全て防御する。それが物理攻撃であっても、霊力の攻撃であっても・・・。
「そう。妖木妃の強さの秘密はお主たちも知っての通り、髪飾りによる絶対防御。じゃが、もし・・あの髪飾りを破壊できる方法があるとしたら?」
「あるんですか!?」
「あの妖花の髪飾り、いや・・寄生妖怪は、闇の属性を持っておる。闇の属性は、他の風・地・火・水の四大属性の力を半減させる事ができる。奴の絶対防御もソレによるものじゃ」
「やはりそうか!」
「じゃが、唯一・・その闇属性を打ち敗れる属性がある!」
「光属性っ!!?」
「その通り。それこそが、妖木妃がゲイを恐れた、真の理由なのじゃ!」
「ちょっと待って!!」
話が、もっとも佳境に入った所だというのに、凛は嫦娥の言葉を遮った。
ガサッ・・!ガサッ・・!
気配だ! 強い殺気を持った気配を感じる!
うぉぉぉぉぉぉっ!!
土砂崩れのような大きな雄叫びが響き渡ると、何者かが森の茂みから飛び出し、嫦娥に襲いかかろうとする!
だが、凛の戦いによって培われた反射神経が、即座に弓を射らせた。
霊光矢を左肩に受け、そのまま倒れこんだソレは・・・
「こいつは、山精っ!?」
身長は小学生高学年くらいだが、顔つきは中年男性。骨格はガッシリとしていて、その身体を支える太く筋肉質な一本足!
それは白陰直属の妖怪戦闘兵、山精であった。
「気をつけろ凛!山精は集団で行動する。一体だけではないはずだ!」
金鵄の忠告通り、周りの森から次々に山精が姿を見せる。
「話は聞かせてもらった・・」
更に、凛たちを取り囲んだ山精たちの背後から、一人の男が姿を見せた。
色白の肌、艶々とした黒い長髪。そしてスラリと伸びた長身。妖木妃一番の幹部、白陰である。
「まさか、幹部の一人である嫦娥。汝(うぬ)自身が妖木妃様の命を狙っていたとは。本国に連絡を取った後、様子がおかしいので密かに見張っておれば、こんな事になっているとはな・・」
「いやいや、白陰殿は案外鈍いのですな。我輩はもっと早くから。そして・・・、妖木妃殿もとっくに気づいておられたと思いますぞ」
同時に野太い声と共に褐色の大男、ムッシュ・怨獣鬼も姿を現した。
その両肩には大きな籠を担いでおり、その中には複数の女児と、女性警官らしき姿が見える。
「最悪だ・・・」
顔面蒼白の金鵄から、溜息のように言葉が漏れた。
四方八方、数十体の山精にそれを操る白陰。そして、おそらく妖木妃に次ぐ実力者であろうムッシュ。
「うぉぉぉっ!!」
そのムッシュに、牛頭と馬頭が襲いかかる。だが、地獄の番人と呼ばれた牛頭と馬頭ですら、ムッシュの足元にも及ばない。
ガツッ!! バギッ!!
たった二撃の拳。これだけで牛頭馬頭の二人を沈黙させた。
「吾輩こう見えても、屠殺場に送られた家畜たちの怨念の集まり。ですから、貴殿らのような牛や馬の妖怪には、危害を加えたくは無いのですがね」
足元に転がる二体の妖怪を見下ろし、不敵に微笑んだ。
凛や嫦娥にも、数十体の山精たちがじわじわと歩み寄る。
弓を構え、相手の動きを注意深く探る凛。だが、どう考えても戦って勝利するどころか、逃げることすら難しい状況下。
「こうなれば一か八か・・・。戦って活路を見出すしか、手は無い!」
今まで霊体のままでいた金鵄も実体化し、戦闘準備に入ろうとする。しかし・・・
「うぐッ・・・!?」
実体で飛び上がった瞬間、激しい痛みに襲われた金鵄は、そのままユラユラと舞い落ちた。
「金鵄っ!?」
「くそ・・っ、こんな肝心なときに戦うどころか、飛ぶことすらできないなんて・・・」
悔しさに顔を歪ませる金鵄。
「黒い妖魔狩人よ、ここは儂が突破口を開く。そうしたら、全力でこの場を逃げ去るのじゃ・・」
「わかりました。でも・・・」
「ん!?」
「貴方も一緒ですよ?嫦娥さん」
優しい眼差しで見返す凛。その瞳に嫦娥は口元を緩ませると・・
「承知したわい!」
と、今までにない優しい口調で返した。
「行くぞ!」
嫦娥はそう叫び、一番手薄な山精の群れに飛び込むと、前屈みに頭を下げた。
ブシュッッッ!!
嫦娥の後頭部、いや・・耳の後ろ辺りから、激しい水しぶきが飛び散る!
水しぶきを浴びた数体の山精が、突然・・目や口を抑えて苦しみだした。
「毒の水飛沫!? そんな奥の手があったとはな・・・」
驚く白陰。そう、それは嫦娥最後の切り札。致命傷ではないが、しばらくの間、敵の動きを封じ込める程度の毒性はある。
「さぁ、早くっ・・黒い妖魔狩人!!」
嫦娥の声に、隊列の乱れた隙間を走り抜けようとする凛。
その後に続く嫦娥・・・・
「ぐわっっ!!」
だが、その嫦娥の身体を、背後から貫いた細長い影。
「嫦娥さん!?」
驚いて振り返った凛が見たもの。
それは嫦娥の胸から突き出た、白い蛇。蛇は離れた場所にいる白陰の右腕に、繋がっている。
「くそぉぉっ!」
弓を構え、応戦しようとする凛。
「だ・・だめじゃ!!」
はぁ…はぁ…と肩で息する嫦娥だが、己の状況よりも凛の身を案じるように制すると、
「こ・・これを・・持って、逃げる・・んじゃ・・」
そう言って懐から一つの白い瓢箪を取り出し、凛に放り投げた。
「その中には、妖木妃を倒す事のできる・・秘密が入っておる・・・」
嫦娥は凛が瓢箪を手にしたのを見届けると、
「白陰ーっ!!」
長い舌を鞭のように振り上げ、白陰へ向かっていった。
ガブッッ!!
だが、その舌が届く前に白陰のもう一方の左腕が、右腕同様白い蛇と化し、嫦娥の喉元に喰らいついていた。
「蛙が蛇に勝てると思うなよ!」
白陰の言葉と連動しているように、左手の蛇は嫦娥の喉元を喰い千切る。
噴水のように噴き出る、緑色の血液。
「仇を・・・。ゲイの仇を・・・」
嫦娥はそのまま崩れるように倒れ、瞳孔が開いたその瞳は、絶命しているのが一目瞭然だった。。
呆然と立ち尽くしたまま、その光景を見届けていた凛。
「な・・なんで? なんで、平気で・・仲間だった人を殺せるの・・・!?」
ワナワナと肩を震わし、白陰を一直線に見据えるその瞳。明らかに激憤していることががわかる。
「だめだ・・凛。今は、逃げることだけを考えるんだ・・・」
弱り切った身体で、必死で忠告する金鵄。
とは言うもの、そんな凛と金鵄を山精たちは容赦なく取り囲んでいた。
「この世で唯一、妖木妃様に傷をつけた人間・・黒い妖魔狩人。だが、汝もここで終わりだ」
右腕を高々と上げ、一斉攻撃を合図しようとする白陰。そして、その指先を凛へと向けかけたその時・・!
山精に負けない大勢の人影の群れが、一斉にその中に乱入した!
それは、全身真っ赤な肌の、まるで子どものような姿の大群。
「これは、赤子っ!?」
驚く白陰の言葉どおり、それは小人妖怪、赤子。妖怪姑獲鳥(こかくちょう)の力で生み出だされた、初芽涼果(うぶめすずか)の得意な術。
次から次へと湧き出るように現れる赤子たちは、凛と山精たちを遮るように割って入る。
「こんな雑魚妖怪、さっさと捻り潰して妖魔狩人を狙え!」
剣を取り出し、赤子たちを斬りつけながら、命令を下す白陰。
ムッシュも軽く腕を振り回すだけで、赤子たちの身体を叩き落とす。
「若三毛、早くこっちへ!!」
凛に向って、あまり聞き覚えのない声が掛けられた。
半信半疑のまま声の方向へ進むと、突然・・旋風が凛の身体を包むように舞い降りた。
旋風は人影となり、ギュッと凛の腕を引き寄せる。
「一気に飛び去るから、しっかり私につかまっていて!」
「ええっ!? 貴女は・・・!?」
それは、まさかの人物・・・・。
長く靭やかな黒髪。170cm台の長身、高校生と見間違えられるような整った体つきに、ややツリ目ながらも優里とは違った美少女。
凛の学校の先輩で初芽涼果の親友・・・。日笠琉奈(ひかさりな)であった。
「な・・なぜ、日笠先輩が・・・?」
「理由(わけ)は、あと・・。いくよーっ!」
琉奈はそう言って凛の身体を抱きしめると、まるでロケットのように空高く飛び上がる。
そして、全身に旋風のような気流を纏わりつかせると、そのまま山を下るように飛び去っていった。
予測もつかない事態に、目を白黒させ立ち尽くしていた白陰・ムッシュ・山精たち。
ハッと、我に返り・・・、気づけば赤子たちの姿も見当たらない。
「いつの間に・・、空を飛ぶ者を・・・・?」
今尚、信じられないといった表情で、飛び去った行方を見送り続けていた。
「どうやら、追っ手はないようね!」
琉奈は飛びながら後方を確認すると、ゆるやかに減速し、あぜ道へ舞い降りた。
こちらでも目を白黒させ呆然とする凛。
「ど・・どうして、日笠先輩が・・空を・・・?」
凛の問いに、琉奈はおどけたようにペロっと舌を出すと
「やっぱ・・驚いた? まぁ…普通、空飛んだら驚くよね。詳しい話は涼果が戻ってきてから話すけど、結論から言えば、妖怪鎌鼬(かまいたち)・・・だっけ? 私、彼の力を引き継いだんだ!」
第十九話へ続く(正規ルート)
----------------------------------------------------------------
②は 》続きを読むをクリックしてください。
「凛、そのまま矢を射るんだ。それで、幹部の一人を討ち取ることができる」
「うん、わかってる・・・」
凛はそう言って弦を引く力を強めた。
「た・・頼む、命ばかりは・・命ばかりは、助けてくれ・・・」
嫦娥は肩を震わせ深々と土下座し、地で額が擦り切れそうになるほどである。
何を言っているの? 貴方達がこの村へ来てから、何人の人間が犠牲になった?
凛は、そう口に出さずにはいられなかった。
だが、必死に命乞いをする嫦娥の姿に、凛は同情を覚えた。
「今回だけ、見逃すわ・・・」
そう言って弓を下げる凛。
「ありがたい!」
礼をいう嫦娥だが、一瞬・・肩で笑ったように凛には見えた。
「えっ・・!?」
深々と頭を下げた嫦娥の後頭部。いや、耳の付け根あたりから
ブシュッッ!!
と音と共に、激しい水飛沫が飛んできた。
水飛沫は、覗きこむように身を低くしていた凛の顔面を直撃! 数滴がその目に飛び込んできた。
「うわぁぁぁつ!!」
目を覆い、苦しそうに転げまわる凛。
「イヒヒヒヒッ・・!! 油断しおって!」
転げまわる凛を、歯を剥き出し、これ以上に無い満足気な笑みで見下ろす嫦娥。
「ソレはヒキガエルの奥の手。毒の水飛沫じゃ・・・!
と言っても、命を奪う程の毒性は無い。ま・・っ、掛かった箇所が数十分程痛む程度じゃよ!」
立ち上がりながら、パン!パン!と服に付いた汚れや埃を払い落とすと、大口を開けベロベロと長い舌を、まるで蛇のようにうねらせた。
そして、その長い舌を凛の身体に巻き付かせると、高々と持ち上げ、まるでハンマー投げのようにグルグルと回転させた。
「ウヒヒヒヒッ!回れ~っ、回れ~っ♪」
五回・・六回、回転を勢いづかせると、そのまま空高く凛の身体を放り投げた。
それはまるで安物の打ち上げ花火のようにヒュルヒュルと舞い上がり、地上五~六メートルほど付近から、今度は真っ逆さまに落ちてきた。
ズボ~ンッ!
軽い振動が起こると、そこには頭から胸元まで地面に突き刺さった凛の姿。
ややガニ股に開いた足はピクピクと痙攣し、マドラスチェックのスカートは逆さにめくれ上がり、黒いインナーパンツがハッキリと見える。
「凛~っ!!」
金鵄は凛の身体を掴みあげ、直ぐ様救い出したいところだが、今の金鵄は実体化すると動くことすらままならない。
仕方なく霊体の姿のまま嫦娥の下へ飛び交い、これ以上凛を攻撃しないよう許しを請うた。
すると驚くべき事に、嫦娥はまるで別人のように穏やかな表情になり・・
「い・・いかん、黒い妖魔狩人が死んでしまっては元も子もないんじゃ!」
と、凛の身体を引き上げようとした。
だが、更に驚くべき事が起こった。
凛の両足を掴み、引き上げようとした嫦娥の表情が、またもや・・一変したのだ。
「ヒヒヒっ! 細くて小さい身体じゃが、霊力が高くて美味そうじゃ!」
そう言って凛の素足を撫で回しながら、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「うむっ?」
股間辺りの匂いを嗅ぎ直す。ツンと刺すような匂いが鼻を刺激する。
インナーパンツの股間部分を指先でなぞってみると、ジメっとした湿り気があった。
「ヒャハハハッ!この娘、漏らしてしもうとる。だらしないのぉ~♪ ま…っ、それはそれで良いスパイスになろうて!」
そう言って湿った指に、チュパチュパと吸い付いた。
だが、またもや・・!
「いかんいかん! 儂はこんな事をするために、黒い妖魔狩人を待っていたわけじゃない」
と、表情を一変。
更に、更に・・・
「何を言っておる! せっかくの良い獲物じゃ。美味しく頂くべきじゃ♪」
何度も何度も、表情を変えた。
実は、元々嫦娥は、仙女という神族の一員だった。
だが妖木妃に騙され、ヒキガエルの妖怪に変化してしまい、妖怪としての残虐な心も身に付いてしまったのだ。
仙女だった頃の温和で穏やかな性格と、妖怪としての残忍非道な性格。二つの性格を併せ持つ二重人格者として、今の嫦娥は成り立っている。
しばらく心の格闘があったのだろう。目を閉じ、その場にジッと立ち尽くしたままだったが、やがて・・カッと目を開き、再び凛の身体に触れ始めた。
そして、長い舌で凛の太腿をペロペロと舐め回すと、
「少々しょっぱいが良い味じゃ! 連れ帰って美味しく料理してやろうぞ!」
と地面から引込抜き、そのまま担いで去っていった。
ここは犬乙山の麓にある、いつもの洞窟。
元々ここは、妖木妃の手下である調理師妖怪ボンディァォフーニュが、厨房として使っていた場所。
したがってここには、多くの調理道具が揃っている。
嫦娥は調理台に凛を寝かしつけると、身に着けている戦闘服を丁寧に脱がし始めた。
「これはこれで、大事な食材になる」
そう言って脱がした黒い戦闘服を大きな鍋に詰め込むと、水を継ぎ足しコンロに乗せ、強火で煮込み始めた。
次は、大きな釜に水と妖怪人参を煎じた粉末を入れる。
妖怪人参は妖力や霊力を一時的に封じる効果があり、実はそれだけでなく、人間や動物に使った場合、骨も肉もグニャグニャに軟らかくしてしまう性質がある。以前、凛を仕留めるため、最弱妖怪猪豚蛇が茶に入れて飲ませようとした・・アレだ!
釜の水が沸騰すれば当然蒸気が上がる。その蒸気の中に、妖怪人参の効用を含ませるという寸法だ。
この釜の上に、同サイズの大きな蒸籠(せいろ)を乗せる。
そして蒸籠の中に、白い下着姿のまま丸くうずくまった姿勢の凛を横たわらせ、布巾を被せ蓋をする。
「温度は39℃。ゆっくりじっくり蒸し上げる」
そう言ってコンロに火をつけた。
「39℃というのは、ぬるい風呂の湯と同じ温度。この温度は、人間の身体や心を最もリラックスさせ、しいては身も心も軟らかくほぐしていく」
時折水温計を見て、蒸籠の中が39℃以上にならないように、火加減を調整する。
もちろん蒸籠の中を舞う蒸気には、妖怪人参の粉末が溶けこまれているため、更に骨まで軟らかくなることだろう。
二時間程じっくり蒸し上げ蓋を開けると、そこには、真っ赤にのぼせ上がった凛の姿が見える。
「あ・・ひぃ・・・っ・・」
凛は目を回し涎を垂らしながらも、まだ生きていた。
「当然じゃろ、食材は鮮度が命。それも含めて39℃という、のぼせはするものの死なない程度の低温で、じっくり蒸し上げたのも、その為じゃ」
嫦娥は蒸籠ごと凛を持ち上げると、厨房の中央まで運んでいった。
厨房の中央には、大きな木の臼が置いてあった。
嫦娥は蒸籠をひっくり返し、臼の中に凛を転がり落とす。
ぐでぇ~っと、臼の中で大の字にのびている凛。
嫦娥は指先で凛の全身をアチコチ、突き回してみた。
まるでスポンジか粘土のように、フニャフニャに軟らかいその身体。
「うむ、いい感じじゃ♪ では、早速始めるとするかのぉ~!」
そう言って、そばに置いてあった木製の杵を手に取ると、その先を水で湿らせる。
そして・・・
「フンッ!」
と、杵で思いっきり凛の身体を突いた。
「ギャ・・ッン!」
反動で、ブルンと振るえる凛の身体。
そんな凛を、水を湿らせた手で折りたたむように返すと、もう一度・・
「フンッ!」「ギャ・・ッ!」
思いっきり突いては、手水で返す。
そう・・・。嫦娥は餅つきをしているのだ!!
月の妖怪と呼ばれた嫦娥の真の得意技は、餅つき。
妖木妃も復活したので、祝い事に餅は丁度良い!
突いては返し手を入れ・・ペッタン! ペッタン!
も一度突いて返して、ペッタン!ペッタン!
いつしか厨房には牛頭と馬頭も戻り、交代で杵を手に取り、返し手を入れる。
山の小さな妖怪たちも集まり、みんなで餅つき。
ペッタン! ペッタン!
つきたての餅はよく伸びる。
肌色のソレは杵によく引っ付き、その度に・・ビヨ~~ンと伸びた。
「まだ未成熟なぶん活きがよくて、こりゃ…よく伸びるわい!」
あともう少しだ・・・ペッタン!ペッタン!
一通りの作業が終わると、嫦娥はまな板の上に片栗粉を敷き詰め、そこに凛を乗せた。
いや、もう・・凛とは呼べない。
まな板に乗っているのは、ホッカホカの軟らか~~~っい・・肌色の餅。
こぶし大ほど手に取り、引き千切っては片栗粉にまぶし、一つ一つ分けていく。
試しに嫦娥が一摘み千切って、口の中へ入れてみた。
「おおっ! さっぱりしていて、それでいてほのかな甘さ。これは予想以上に美味い!」
牛頭と馬頭も少しだけ摘んで口へ運ぶ。
それは食べる者、みんなを和やかにさせる味だった。
「そうそう、祝い事用の大福も作らなければ・・!」
嫦娥はそう言って腰を上げ、今までグツグツと煮込んでいた鍋を運んできた。
それは凛の黒い戦闘服を煮込んでいた鍋。
戦闘服は長時間煮こまれ、その形は面影もなく、ドロドロに溶けきっていた。
大きな水槽に水を張り、その中に鍋ごと浸して熱を冷ます。
数分後、ドロドロの戦闘服は熱も冷め、見た目も感触も、まるでこし餡のようになっていた。
指ですくい、一舐めしてみる。
「黒い妖魔狩人の甘い香りと微かな汗の匂い。それに付け加え・・時折、鼻に突くようなアンモニア臭。まぁ、なかなか面白い味の餡が出来上がったわい!」
嫦娥はいくつかの餅の中に、その餡を詰め込み大福餅を作った。
試しに一つ食べてみると、文字通り・・ホッペが落ちそうなくらい、それはそれは美味しい大福餅だった。
もっとも餅も餡も、元はどちらも凛の一部。
当然、これほどバランスの良い組み合わせは無い。
こんな大福なら、きっと妖木妃も満足することだろう。
祝いの準備で区分けした餅を木箱に詰めていると・・・
「ほぉ! なかなか美味しそうな餅が出来上がりましたな!」
と、同じく幾つもの箱と壺を抱えたムッシュが入ってきた。
「その箱の、中身はなんじゃ?」
嫦娥の問いに、ムッシュはニッコリ笑うと
「こちらも餅です。ただし・・・柿餅(シービン)。いや、ガキ餅ですな!」
箱の蓋を開けた。
箱の中には、真上から押し潰したように円盤状にペッタンコになった、少女たちの姿が。
よく見ると、ほのかな赤みを帯びてはいるが、皆・・それぞれ適度に水分が抜け、見事に干し上がっている。
嫦娥はそのうちの一つを手にとり、表裏(上面下面)を見比べてみた。
表(上面)は、真上を見上げたままペチャンコにされた、少女の顔と上半身。
裏(下面)は、スカートの中身が丸見え状態のまま、ペチャンコになった少女の下半身。
試しにクンクンと匂いを嗅いでみると
「ほぅ? 思ったほど臭くないものじゃな。もっと・・小便臭いものかと思ったが・・」
と、意外な反応を示した。
「潰しては干し、潰しては干し・・。そうやってじっくり作り上げたので、不必要な体液や体臭は無くなっているんですよ。残ったのは、純粋に旨味のある身のみ・・ですな!」
ムッシュはそう言って、誇らしげに指で髭を伸ばした。
「なるほど。これなら妖木妃様もお喜びになるじゃろう!」
嫦娥はそう言うと、今度はムッシュが手にしている大きな壺に目を向けた。
「そっちの壺はなんじゃ?」
それは、人間一人が入りそうな、美しい柄の大きな壺。
「これですか?」
ムッシュはそう言って壺を床に置いた。
「中国での最高のおもてなし料理は、佛跳牆(ふぁっちゅーちょん)という蒸し料理と聞いていたのですが、間違いないですかな?」
「うむ、その通りじゃ。その名の由来通り・・、欲を捨てた坊さんですら、塀を飛び越えてでも食べに行きたくなるという最高料理じゃが。まさか・・・?」
「ええ、吾輩なりに作ってみました。まぁ、丁度いい材料も手に入りましたし・・」
ムッシュは壺を密封するために、ベタベタ貼りまくった目貼りの紙を、丁寧に剥がし始める。
「実は出来上がったばかりで、味見もまだ・・していないんですよ」
蓋を開けると、魚介類や肉などが混ざった美味そうな匂いが、噴き出すように漂った。
「ほぅ・・!これはなかなか美味そうじゃな!」
壺の中を覗き込む嫦娥。
琥珀色のスープの中に入っているのは、干鮑やまるごとの伊勢海老。更に高級食材である燕の巣に・・・、おやっ!? ×目となった女性の姿が見える。
それはムッシュが小学校で捕らえた女性警察官・・・、高嶺百合。
「この娘。無駄な脂肪の無い、引き締まった良い身体でしたが、ちょっと汗臭さと肉が硬めなのがネックでしてな。
そこで、じっくり煮込むことで肉を軟らかくし、独特の汗臭さも他の魚介類と組み合わせれば、逆にスパイスになるのではないかと試してみたのですが。さてさて・・?」
ムッシュはお玉でスープを少量掬うと小皿に移し、口へと運んだ。
スープに溶け込む干鮑や海老など魚介類の旨味と、百合の肉の旨味。そして・・あの問題の汗臭さも、上手い具合に隠し味となっている。
「うむ、悪くない!」
翌日、これらの料理は全て、妖木妃にお披露目された。
妖木妃は史上最高の料理と絶賛し、ムッシュと嫦娥の二人を褒め称えた。
その後、日本上陸した妖木妃の手下たちと、妖魔狩人の壮絶な戦争が始まったが、凛がいなくなって戦意を喪失した優里や千佳が敵うはずもなく。
二人も、そして・・・瀬織も、ムッシュたちに美味しく調理され、食べられた。
敵のいなくなった日本は妖木妃に支配され、兵士として使える人間は妖怪化して手下に。
これと言って使いみちのない人間。特に若い女性は、ムッシュが営む牧場で家畜として飼われ、妖怪たちの食料となった。
BAD END
※おまけイラスト ガキ餅 パンモロVer.
| 妖魔狩人 若三毛凛 if | 13:48 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑
ガキ餅が素敵すぎましたw
円形平面っぽいですが今までにない感じなのが面白いです!
一番右の清楚そうな子に限って裏面大公開なのが興奮しちゃいますねぇw
三人分の表裏も見たくなっちゃいますw
| | 2015/11/26 02:05 | URL | ≫ EDIT