2015.09.27 Sun
妖魔狩人 若三毛凛 if 第17話「瀬織の選択 -中編-」
あれから三日後。
ここは丘福市中央区にある、大生堀公園。
周辺の長さ、約2㎞という大きな池が特徴の公園で、通常ならジョギングや景色を楽しむ人々が集まっている。
だが一週間以上前、マニトウスワイヤーが起こした災害で、この近辺は特に大勢の犠牲者が続出した。
そのため、一部立ち入り禁止区域などもあり、人影は殆ど見受けられない。
そんな中で、カメラや照明器具、レフ板など撮影機材をもった集団が、なにやら池の前に集まっていた。
中心にいるのは、10代と思われる3人の少女。
その内の一人は、日笠琉奈(りな)。
そう、ティーン雑誌の読者モデルで、凛と同じ中学の先輩。
そして、あの生徒たちが赤ん坊化した事件の中心人物。
もう一人。琉奈を見守るように、撮影スタッフと一緒にいる少女・・初芽涼果(うぶめすずか)。
琉奈のクラスメートで、赤ん坊化事件の首謀者。
妖怪姑獲鳥に転生した少女だが、瀬織に浄化され、今ではほとんど、普通の女子中学生に戻っている。
「琉奈ちゃん、薫ちゃん、貢実(つぐみ)ちゃん。一旦休み入れようか!?」
カメラマンのすぐ側に立っていた中年男性、小済賢一は、そう声を掛けてきた。
その言葉に三人は池縁から離れ、それぞれベンチに腰掛ける。
八月も、もうじき終わりだというのに、まだまだ残暑が厳しい。
琉奈はハンカチで汗を拭っていると・・・
「琉奈、おつかれ~っ♪」
と、缶ジュースを両手に、涼果が歩み寄ってきた。
「ありがとう、涼果!」
涼果に手渡された缶ジュースを開け、口に含む。爽やかな清涼感が身体を駆け巡る。
「今日、仕事が終わったら、アレ・・・。連れて行ってくれるんでしょ?」
「うん。でも・・・、あまりいい状況じゃないんだよね」
それからニ時間。
赤みがかった夕暮れも薄暗くなってきた頃、
「じゃぁ、琉奈ちゃんはここまで。上がっていいよ!」
小済賢一が声を掛ける。
「は・・はい!」
「薫ちゃん、貢実ちゃんは、あと・・もう四~五枚撮ろうか!?」
「えーっ!?」
「薄暗くなってきた今こそ、『大人への移り変わり』というコンセプトに合うんだよ!」
「もう、疲れた」
ぼやく薫と貢実を後に、琉奈と涼果は早々にその場から離れていった。
大生堀公園から歩いて2~3分にある、小さな動物病院。
琉奈と涼果は、ここに立ち寄った。
「こんにちわ。あの子の具合、どうですか?」
入って早々、そう切り出す琉奈。
その言葉に反応したかのように、奥から白衣を着た中年女性が現れる。
そして、寂しそうな笑みを浮かべると・・
「いらっしゃい、日笠さん。でも・・あまり良くはないわね」
と静かに返した。
奥の部屋には十台前後のゲージが並んでおり、琉奈と涼果はその内の一つを覗きこむ。
そこには狐色の毛に覆われた、猫ほどの小動物が丸くなって眠っていた。
見ると、その腹には幾重にも、包帯が巻かれている。
「この子がそうなの?」
涼果は、小動物を見つめながら琉奈に問いかけた。
「5日前・・。仕事でこの近くに来た時、木陰で蹲っているこの子を見つけたんだ。でも、全身血まみれで」
「それで日笠さんがここに連れて来たんだけど。正直、今でも生きているのが不思議なくらいな重症よ」
中年女医も一緒にゲージを覗き込み、そう付け加えた。
「事故にあったんですか?」
「判らないわ。ただ・・、腹部に大きな刺し傷があってね。鋭い何かで貫かれているみたいだけど・・・」
「誰かが、刺したんですか!?」
「誰か・・? でも・・たぶん、人間では無いと思うの。傷口に爪痕のようなものがあったから・・」
「じゃあ、虎とか・・ライオンとか?」
「そういう動物とも、違うと思うわ。でも、なんだかは、わからない」
涼果と女医の話を黙って聞きながら、琉奈は小動物の身体を撫でてやる。
「先生。私・・モデルやってるから、少しくらいならお金用意できます。だから、なんとか助けてやってください・・・」
静かに。それでいて強く頼み込む琉奈。
「出来る限りのことはするわ。でも、覚悟はしておいてね」
女医はそこまで言うと、治療室の方へ去っていった。
それを見届けると、涼果は先程とは打って変わって、眉を潜めながら・・・
「ねぇ、琉奈。その動物、なんていう動物なの?」
と尋ねた。
「先生の話だと、イタチらしい・・・」
「琉奈、怒らないで聞いてね。その子・・・、普通のイタチじゃないよ!」
「・・・?」
「微かだけど、妖怪のような・・、そんな気を感じる」
険しい表情で、そう告げる涼果。だが、琉奈がとった反応は・・
「やっぱり、そうなんだ」
と、予想外のものだった。
「声がしたんだ、『助けて・・・』って。
そして、その声を辿っていったら、その子が倒れていた」
「琉奈! 妖怪かもしれないって、わかっていて・・・!?」
「関係ないじゃん。イタチだろうが・・、妖怪だろうが・・。傷だらけで助けを求めているのに見捨てるなんて、そっちの方が酷くない?」
「でも。もし・・、もし・・、琉奈に万が一の事があったら・・・!?」
「私の親友も、妖怪の力を持っているよ」
琉奈は、キッパリと言い返した。
「涼果は、私に万が一のことをするの?」
「そ・・、それは・・・?」
琉奈の真っ直ぐな視線に、涼果は言葉を詰まらせる。
「ないよ!」
絞りだすように、言葉を返す涼果。
「それは、絶対にないよ! あたしは、琉奈が大事だもん!」
「ほら! 妖怪だからって、悪者とは限らないじゃん!」
琉奈はそう言って、ニッコリ笑った。
その時、それまで黙って撫でられていたイタチが、ムクっと頭を上げた。
そして・・・
「逃げ・・るんだ・・・」
弱々しい声で、そう告げる。
「喋ったっ!? ねぇ、喋れるの? 身体は痛くない?」
驚きのあまり、矢継ぎ早やに聞き返す二人。
「そ・・んな事はいいから・・、早くここから・・離れる・・んだ!」
イタチがここまで言った、その時・・・
ガシャーンッ!!
激しい音と共に、玄関から何者かが駆け込んだ気配。
「どうしました!?」
女医が駆けつけると、そこには血まみれになった、小済賢一の姿が。
「た・・助けてくれ・・! 化け物・・が・・!」
「えっ!?」
女医は、理由がわからず外に目をやると・・・
グシャッ!!
真っ黒な手が、その顔面を鷲づかみにした。
「た・・た・・たすけ・・」
女医が助けを求める間も無く、鋭い歯が首筋に齧り付いた。
ガブッ・・!
クチャ・・クチャ・・・
ゴクッ!
「マズイ・・・、歳とった人間は、やはり美味くない・・・」
そう、不気味な言葉を吐きながら、黒い手の本体がゆっくりと姿を現した。
まず最初に目に入るのは、黒い肌。
その黒い肌に覆われた体型は、人間の成人となんら変わりない。
全裸状態で現れたその姿、その黒い顔に爛々と輝く赤い瞳。
そして、肌が黒いため、より鮮明に浮かび上がる白い歯。
しかし、その白い歯もクチャクチャと音を立てながら動くたび、赤い肉片が目に入る。
そいつは、絶命した女医の身体を、更に貪り続ける。
「な・・なんなの・・あいつ・・?」
ガチガチと振るえる口から、蚊の泣くような声で、琉奈が言葉を漏らした。
「アレの・・名は・・、グール・・・。主に・・中東・・にいる・・精霊・・。いや・・魔神・・・だ・・・」
琉奈の問いに、弱々しく答えるイタチ。
「ヤツは・・人間の・・・特に・・若い女の・・・肉を・好んで・・・喰う・・・。は・・早く・・逃げる・・だ・・」
「琉奈!!」
状況を理解した涼果が、目で合図を送る。
琉奈は静かに頷くと、イタチを抱きかかえ、ゆっくりと窓を開け身体を潜らせた。
「涼果~っ、早く!!」
先に窓を潜り抜けた琉奈は、上半身を潜らせた涼果の手を引く。
しかし、元々運動神経が達者でない涼果。
潜り抜けようと足をバタバタした為、棚に乗せてあった置物に当ってしまった。
ゴトン・・・
棚の上でゆっくり転がる置物。
「誰か、いるのか・・・?」
敏感に察知したグールは食べかけの中年女医を放り投げると、扉や診察台を蹴散らすように突進してきた。
「早く!涼果~っ、早く~っ!!」
涼果を強引に外へ引きずり出すと、その手を引いて一目散に駆け出す。
「若い・・・女・・!?」
逃げ出した琉奈たちを見つけると、グールも窓から飛び出し後を追う!
日も沈み、つい一~ニ週間前なら、街灯や街の明かりで、辺りが見渡せるほど明るかったのに、あの災害でアチコチが焼け落ちた今では、僅かな月明かりしか頼れない。
どこを走っているか分からぬまま、二人と一匹が行き着いた場所は、大生堀公園の中。
「あっ!?」
池に反射した月明かりが、しゃがみこんでいるような人影を照らしだした。
「助けてくださいっ、バケモノが・・!?」
琉奈は必死に叫びながら、人影に駆け寄った!
「バケモノ・・・?」
振り向いたその顔は、あたりの暗さに溶け込むように黒く、目はギラギラと赤く輝き、白い歯には真っ赤な血糊が滴っている。
そして、そいつの足元には、ミニスカ―トから伸びる、細い足が見える。
「つ・・貢実・・・!?」
思わず、声を上げた琉奈。
だが、元・・貢実というべきだろう。
首からスカートまでの間には、もはや肉片しかなく、人の形はしていない。
「ほぅ。まだ他にも、若い娘がいたか? この国は本当に餌が豊富だ!」
そう言いながら、貢実を喰っていたグールは、嬉しそうに立ち上がった。
いや、正確にはグーラ・・。女のグールだ。
グーラは、ダラダラと垂れる涎を拭くと・・
シャァァァァッ!!
と叫び声を上げながら、襲いかかってきた。
必死に飛び避けると、涼果は己の髪の毛を数本引き抜く。
そして、「ふぅ~っ!!」と息を吹きかけると、髪は赤い肌の子どもの姿に変化した。
それは、妖怪赤子。
以前、涼果が教室を襲った時、その手足となって働いた、小人妖怪。
「赤子~っ、あたし達を守って!!」
涼果の叫びに、数匹の赤子がグーラに飛びかかる。
「今のうちに・・!」
涼果と琉奈は互いに合図を送ると、再び駆け出していった。
だが・・・
「娘・・・、美味そうな・・小娘・・・」
どこからともなく、まるで呪文のような声が響き渡る。
同時に、気を失いそうになるほどの恐怖が二人を襲った。
なんと、公園内のアチコチから、黒い肌をしたグールたちが十数体。
ゆらり・・、ゆらり・・と、集まってくる。
その中には、もう一人のモデル仲間、薫の身体を、まるでトウモロコシみたいに齧りついている。 そんなようなヤツもいた。
「な・・何匹いるの・・・?」
更に背後から、赤子の手足を引き裂きながら、ニタリと笑うグーラと、最初に襲ってきたグールも近寄ってくる。
周りを囲まれるように追い詰められ、琉奈も、涼果も、完全に血の気が失せてしまった。
「だ・・だれか・・・」
「誰か、助けてぇぇぇっ!!」
涼果と琉奈の叫び声を合図にしたかのように、数体のグールが飛びかかる。
「水泡幕~っ!!」
その瞬間、二人を覆い隠すように、無数の泡が辺りに広がった。
泡に阻まれ、二人を襲う事ができないグールたち。
「早く、こっちへ!」
琉奈たちを導くように、青い衣で身を固めた、一人の少女が声を上げた!
声に惹かれるように、少女の元へ走り出す二人。
瀬織を先頭に石段を駆け上がると、赤いレンガの建物に辿り着いた。
それは公園内にある、丘福美術館。
「早く~っ、中へ!!」
二人を中に入れると、瀬織は追って来るグール達を見渡した。
「水流輪っ!!」
瀬織の得意技、水流輪が一体のグールを包み込んだ。
水流はすぐに白い水泡と化し、中にいたグールは、糸の切れた操り人形のように倒れこむ。
ピクピクと痙攣するその姿は、徐々に肌が白くなり、やがて人間と見分けがつかなくなると、そのまま永遠の眠りについた。
「なるほど、浄化の術か・・・」
それを見ていた女のグール・・・グーラ。
「マニトウスワイヤーに召喚され、この地に来たが、ヤツが死んだ後もこの地に居残って、正解だったわ!
この地は餌である人間が豊富な上、あんな上等な霊力を持った娘もいる。
あの娘、なんとしても食ろうてやるぞ」
そう呟き、嬉しそうに笑うと、・・
「その娘を捕まえて、ワッチの所に連れて来い!」
と、全てのグールに命令を与えた。
どうやら、このグーラは女王蟻のような存在なのだろう。
全てのグールが、一斉に襲いかかったのだ。
「水流輪・・!」
右へ左へと、水流輪を放つ瀬織。
だが、あまりにも敵の数が多い。
一匹浄化しても、その間に二匹~三匹と詰め寄ってこられ、ついには術を放つ隙すらない状態になってきた。
「くっ・!!」
迎撃を諦め、やむを得ず、入り口に飛び込む瀬織。
中から錠を閉め、琉奈たちの元へ駆け寄った。
幸か・・不幸か、美術館は作品劣化を予防するため、室温を維持する目的と、直射日光が入らないようにするため、窓などは付けていない。
したがって、野外と通じているのは、出入口ただ一箇所だけである。
その出入り口さえ塞いでしまえば、しばらくは時間が稼げる。
「どうなの?」
「ダメだ、敵の数が多すぎる。これでは、助けに来た意味が無い!」
悔しそうに唇を噛み締める、瀬織。
「いえ、来てもらわなかったら、あの時・・、もう殺されていたよ。でも、どうして私達が襲われていると、わかったの?」
「んっ? ああ・・。偶然、部活の用事で大生堀高校を訪ねてきてな」
「えぇぇっ!? もしかして高校生なの? い・・いえ・・なんですか!? てっきり、あたし達と同じ中学生かと・・・?」
小柄で童顔。まぁ、そう見られても、不思議ではないとわかってはいるものの、涼果のしまった!といった表情を見て、少しだけ目が座った瀬織。
「まぁ、この際それはいいとして。それより、これから先どうするかだ?」
と、冷静に話を戻した。
「朝日を浴びたら、消滅するとか・・。そういうのは無いんですか?」
「グールはヴァンパイアとは違う。基本、夜行性ではあるが、昼間でも自由に活動できる」
そうこう話している間に、ギシギシと・・入り口扉がこじ開けられそうな音が聞こえる。
入り口から奴らが侵入すれば、逆に瀬織たちの逃げ場は無くなる。
二人の前にたち、術を仕掛ける構えを取る、瀬織。
その時・・
「おいらと・・従僕の・・契約を結べ・・・」
琉奈の腕の中から、弱々しい声が聞こえた。
それは、琉奈に抱きかかえられている、イタチの妖怪。
それを見た瀬織。
「鎌鼬(かまいたち)か・・・?」
「そうだ・・・。あんた・・青い妖魔狩人・・だろ・・? あの・・戦いの場・・で、見たから・・覚えてる・・・」
「なるほど、その傷は、あの蜘蛛女にやられた傷か。で、何故・・ワタクシがお前と契約せねばならん?」
冷ややかな眼差しで返す、瀬織。
「おいら・・は・・風属性の・・妖怪。だから・・感じるんだ・・風の動きで・・。近くに・・同じ・・風属性の・・強い・・霊力を持った・・・奴が・・」
「・・?」
「おいらと・・契約して・・あんたの霊力を・・・、おいらに・・供給しろ・・。そうすれば・・おいらは・・あんたたちを・・助けて・・やる事が・・できる」
真剣な眼差しで訴える、鎌鼬。
しばらく口を閉ざしたまま、考え込んでいた瀬織だが、
「そんな申し出、受けるわけにはいかない」
「ど・・・どうして・・!?」
「まず今のお前は、生きている事自体が奇跡と言えるほどの重症。そんな身体に霊力を与えても、たいした戦力として望めない。そして、もう一つは・・・」
瀬織はここまで言うと、一旦息を飲み込み、
「ワタクシは、妖怪を信じない!」
と、キッパリ言い放った。
「霊力を分け与えたとたん、ワタクシたちを裏切るだろう!」
「だったら・・・、ここで・・あの子たちと・・一緒に・・・、黒い邪霊・・・に喰われて・・死ぬ・・か・・?」
「喰われはせん。守りぬいてみせる!」
「どうだか・・・? あんたの・・術は・・・、浄化・・・と・・癒やし・・だろ? 本当・・に・・戦える・・・のか・・・?」
「妖怪ごときに、心配される覚えはない!」
「もう・・・一度・・言う・・・。おいら・・を・信じて・・・、契約して・・・おいらの・・力・・を使え・・・」
弱り切ってはいるものの、真っ直ぐな眼差しが、瀬織を見つめる。
① 鎌鼬を信じて契約し、霊力を分け与える。
② 鎌鼬を信じられず、自分たちの力で迎撃する。
----------------------------------------------------------------
『-後編-』へ続く。
そのまま、下のスレをご覧ください。
ここは丘福市中央区にある、大生堀公園。
周辺の長さ、約2㎞という大きな池が特徴の公園で、通常ならジョギングや景色を楽しむ人々が集まっている。
だが一週間以上前、マニトウスワイヤーが起こした災害で、この近辺は特に大勢の犠牲者が続出した。
そのため、一部立ち入り禁止区域などもあり、人影は殆ど見受けられない。
そんな中で、カメラや照明器具、レフ板など撮影機材をもった集団が、なにやら池の前に集まっていた。
中心にいるのは、10代と思われる3人の少女。
その内の一人は、日笠琉奈(りな)。
そう、ティーン雑誌の読者モデルで、凛と同じ中学の先輩。
そして、あの生徒たちが赤ん坊化した事件の中心人物。
もう一人。琉奈を見守るように、撮影スタッフと一緒にいる少女・・初芽涼果(うぶめすずか)。
琉奈のクラスメートで、赤ん坊化事件の首謀者。
妖怪姑獲鳥に転生した少女だが、瀬織に浄化され、今ではほとんど、普通の女子中学生に戻っている。
「琉奈ちゃん、薫ちゃん、貢実(つぐみ)ちゃん。一旦休み入れようか!?」
カメラマンのすぐ側に立っていた中年男性、小済賢一は、そう声を掛けてきた。
その言葉に三人は池縁から離れ、それぞれベンチに腰掛ける。
八月も、もうじき終わりだというのに、まだまだ残暑が厳しい。
琉奈はハンカチで汗を拭っていると・・・
「琉奈、おつかれ~っ♪」
と、缶ジュースを両手に、涼果が歩み寄ってきた。
「ありがとう、涼果!」
涼果に手渡された缶ジュースを開け、口に含む。爽やかな清涼感が身体を駆け巡る。
「今日、仕事が終わったら、アレ・・・。連れて行ってくれるんでしょ?」
「うん。でも・・・、あまりいい状況じゃないんだよね」
それからニ時間。
赤みがかった夕暮れも薄暗くなってきた頃、
「じゃぁ、琉奈ちゃんはここまで。上がっていいよ!」
小済賢一が声を掛ける。
「は・・はい!」
「薫ちゃん、貢実ちゃんは、あと・・もう四~五枚撮ろうか!?」
「えーっ!?」
「薄暗くなってきた今こそ、『大人への移り変わり』というコンセプトに合うんだよ!」
「もう、疲れた」
ぼやく薫と貢実を後に、琉奈と涼果は早々にその場から離れていった。
大生堀公園から歩いて2~3分にある、小さな動物病院。
琉奈と涼果は、ここに立ち寄った。
「こんにちわ。あの子の具合、どうですか?」
入って早々、そう切り出す琉奈。
その言葉に反応したかのように、奥から白衣を着た中年女性が現れる。
そして、寂しそうな笑みを浮かべると・・
「いらっしゃい、日笠さん。でも・・あまり良くはないわね」
と静かに返した。
奥の部屋には十台前後のゲージが並んでおり、琉奈と涼果はその内の一つを覗きこむ。
そこには狐色の毛に覆われた、猫ほどの小動物が丸くなって眠っていた。
見ると、その腹には幾重にも、包帯が巻かれている。
「この子がそうなの?」
涼果は、小動物を見つめながら琉奈に問いかけた。
「5日前・・。仕事でこの近くに来た時、木陰で蹲っているこの子を見つけたんだ。でも、全身血まみれで」
「それで日笠さんがここに連れて来たんだけど。正直、今でも生きているのが不思議なくらいな重症よ」
中年女医も一緒にゲージを覗き込み、そう付け加えた。
「事故にあったんですか?」
「判らないわ。ただ・・、腹部に大きな刺し傷があってね。鋭い何かで貫かれているみたいだけど・・・」
「誰かが、刺したんですか!?」
「誰か・・? でも・・たぶん、人間では無いと思うの。傷口に爪痕のようなものがあったから・・」
「じゃあ、虎とか・・ライオンとか?」
「そういう動物とも、違うと思うわ。でも、なんだかは、わからない」
涼果と女医の話を黙って聞きながら、琉奈は小動物の身体を撫でてやる。
「先生。私・・モデルやってるから、少しくらいならお金用意できます。だから、なんとか助けてやってください・・・」
静かに。それでいて強く頼み込む琉奈。
「出来る限りのことはするわ。でも、覚悟はしておいてね」
女医はそこまで言うと、治療室の方へ去っていった。
それを見届けると、涼果は先程とは打って変わって、眉を潜めながら・・・
「ねぇ、琉奈。その動物、なんていう動物なの?」
と尋ねた。
「先生の話だと、イタチらしい・・・」
「琉奈、怒らないで聞いてね。その子・・・、普通のイタチじゃないよ!」
「・・・?」
「微かだけど、妖怪のような・・、そんな気を感じる」
険しい表情で、そう告げる涼果。だが、琉奈がとった反応は・・
「やっぱり、そうなんだ」
と、予想外のものだった。
「声がしたんだ、『助けて・・・』って。
そして、その声を辿っていったら、その子が倒れていた」
「琉奈! 妖怪かもしれないって、わかっていて・・・!?」
「関係ないじゃん。イタチだろうが・・、妖怪だろうが・・。傷だらけで助けを求めているのに見捨てるなんて、そっちの方が酷くない?」
「でも。もし・・、もし・・、琉奈に万が一の事があったら・・・!?」
「私の親友も、妖怪の力を持っているよ」
琉奈は、キッパリと言い返した。
「涼果は、私に万が一のことをするの?」
「そ・・、それは・・・?」
琉奈の真っ直ぐな視線に、涼果は言葉を詰まらせる。
「ないよ!」
絞りだすように、言葉を返す涼果。
「それは、絶対にないよ! あたしは、琉奈が大事だもん!」
「ほら! 妖怪だからって、悪者とは限らないじゃん!」
琉奈はそう言って、ニッコリ笑った。
その時、それまで黙って撫でられていたイタチが、ムクっと頭を上げた。
そして・・・
「逃げ・・るんだ・・・」
弱々しい声で、そう告げる。
「喋ったっ!? ねぇ、喋れるの? 身体は痛くない?」
驚きのあまり、矢継ぎ早やに聞き返す二人。
「そ・・んな事はいいから・・、早くここから・・離れる・・んだ!」
イタチがここまで言った、その時・・・
ガシャーンッ!!
激しい音と共に、玄関から何者かが駆け込んだ気配。
「どうしました!?」
女医が駆けつけると、そこには血まみれになった、小済賢一の姿が。
「た・・助けてくれ・・! 化け物・・が・・!」
「えっ!?」
女医は、理由がわからず外に目をやると・・・
グシャッ!!
真っ黒な手が、その顔面を鷲づかみにした。
「た・・た・・たすけ・・」
女医が助けを求める間も無く、鋭い歯が首筋に齧り付いた。
ガブッ・・!
クチャ・・クチャ・・・
ゴクッ!
「マズイ・・・、歳とった人間は、やはり美味くない・・・」
そう、不気味な言葉を吐きながら、黒い手の本体がゆっくりと姿を現した。
まず最初に目に入るのは、黒い肌。
その黒い肌に覆われた体型は、人間の成人となんら変わりない。
全裸状態で現れたその姿、その黒い顔に爛々と輝く赤い瞳。
そして、肌が黒いため、より鮮明に浮かび上がる白い歯。
しかし、その白い歯もクチャクチャと音を立てながら動くたび、赤い肉片が目に入る。
そいつは、絶命した女医の身体を、更に貪り続ける。
「な・・なんなの・・あいつ・・?」
ガチガチと振るえる口から、蚊の泣くような声で、琉奈が言葉を漏らした。
「アレの・・名は・・、グール・・・。主に・・中東・・にいる・・精霊・・。いや・・魔神・・・だ・・・」
琉奈の問いに、弱々しく答えるイタチ。
「ヤツは・・人間の・・・特に・・若い女の・・・肉を・好んで・・・喰う・・・。は・・早く・・逃げる・・だ・・」
「琉奈!!」
状況を理解した涼果が、目で合図を送る。
琉奈は静かに頷くと、イタチを抱きかかえ、ゆっくりと窓を開け身体を潜らせた。
「涼果~っ、早く!!」
先に窓を潜り抜けた琉奈は、上半身を潜らせた涼果の手を引く。
しかし、元々運動神経が達者でない涼果。
潜り抜けようと足をバタバタした為、棚に乗せてあった置物に当ってしまった。
ゴトン・・・
棚の上でゆっくり転がる置物。
「誰か、いるのか・・・?」
敏感に察知したグールは食べかけの中年女医を放り投げると、扉や診察台を蹴散らすように突進してきた。
「早く!涼果~っ、早く~っ!!」
涼果を強引に外へ引きずり出すと、その手を引いて一目散に駆け出す。
「若い・・・女・・!?」
逃げ出した琉奈たちを見つけると、グールも窓から飛び出し後を追う!
日も沈み、つい一~ニ週間前なら、街灯や街の明かりで、辺りが見渡せるほど明るかったのに、あの災害でアチコチが焼け落ちた今では、僅かな月明かりしか頼れない。
どこを走っているか分からぬまま、二人と一匹が行き着いた場所は、大生堀公園の中。
「あっ!?」
池に反射した月明かりが、しゃがみこんでいるような人影を照らしだした。
「助けてくださいっ、バケモノが・・!?」
琉奈は必死に叫びながら、人影に駆け寄った!
「バケモノ・・・?」
振り向いたその顔は、あたりの暗さに溶け込むように黒く、目はギラギラと赤く輝き、白い歯には真っ赤な血糊が滴っている。
そして、そいつの足元には、ミニスカ―トから伸びる、細い足が見える。
「つ・・貢実・・・!?」
思わず、声を上げた琉奈。
だが、元・・貢実というべきだろう。
首からスカートまでの間には、もはや肉片しかなく、人の形はしていない。
「ほぅ。まだ他にも、若い娘がいたか? この国は本当に餌が豊富だ!」
そう言いながら、貢実を喰っていたグールは、嬉しそうに立ち上がった。
いや、正確にはグーラ・・。女のグールだ。
グーラは、ダラダラと垂れる涎を拭くと・・
シャァァァァッ!!
と叫び声を上げながら、襲いかかってきた。
必死に飛び避けると、涼果は己の髪の毛を数本引き抜く。
そして、「ふぅ~っ!!」と息を吹きかけると、髪は赤い肌の子どもの姿に変化した。
それは、妖怪赤子。
以前、涼果が教室を襲った時、その手足となって働いた、小人妖怪。
「赤子~っ、あたし達を守って!!」
涼果の叫びに、数匹の赤子がグーラに飛びかかる。
「今のうちに・・!」
涼果と琉奈は互いに合図を送ると、再び駆け出していった。
だが・・・
「娘・・・、美味そうな・・小娘・・・」
どこからともなく、まるで呪文のような声が響き渡る。
同時に、気を失いそうになるほどの恐怖が二人を襲った。
なんと、公園内のアチコチから、黒い肌をしたグールたちが十数体。
ゆらり・・、ゆらり・・と、集まってくる。
その中には、もう一人のモデル仲間、薫の身体を、まるでトウモロコシみたいに齧りついている。 そんなようなヤツもいた。
「な・・何匹いるの・・・?」
更に背後から、赤子の手足を引き裂きながら、ニタリと笑うグーラと、最初に襲ってきたグールも近寄ってくる。
周りを囲まれるように追い詰められ、琉奈も、涼果も、完全に血の気が失せてしまった。
「だ・・だれか・・・」
「誰か、助けてぇぇぇっ!!」
涼果と琉奈の叫び声を合図にしたかのように、数体のグールが飛びかかる。
「水泡幕~っ!!」
その瞬間、二人を覆い隠すように、無数の泡が辺りに広がった。
泡に阻まれ、二人を襲う事ができないグールたち。
「早く、こっちへ!」
琉奈たちを導くように、青い衣で身を固めた、一人の少女が声を上げた!
声に惹かれるように、少女の元へ走り出す二人。
瀬織を先頭に石段を駆け上がると、赤いレンガの建物に辿り着いた。
それは公園内にある、丘福美術館。
「早く~っ、中へ!!」
二人を中に入れると、瀬織は追って来るグール達を見渡した。
「水流輪っ!!」
瀬織の得意技、水流輪が一体のグールを包み込んだ。
水流はすぐに白い水泡と化し、中にいたグールは、糸の切れた操り人形のように倒れこむ。
ピクピクと痙攣するその姿は、徐々に肌が白くなり、やがて人間と見分けがつかなくなると、そのまま永遠の眠りについた。
「なるほど、浄化の術か・・・」
それを見ていた女のグール・・・グーラ。
「マニトウスワイヤーに召喚され、この地に来たが、ヤツが死んだ後もこの地に居残って、正解だったわ!
この地は餌である人間が豊富な上、あんな上等な霊力を持った娘もいる。
あの娘、なんとしても食ろうてやるぞ」
そう呟き、嬉しそうに笑うと、・・
「その娘を捕まえて、ワッチの所に連れて来い!」
と、全てのグールに命令を与えた。
どうやら、このグーラは女王蟻のような存在なのだろう。
全てのグールが、一斉に襲いかかったのだ。
「水流輪・・!」
右へ左へと、水流輪を放つ瀬織。
だが、あまりにも敵の数が多い。
一匹浄化しても、その間に二匹~三匹と詰め寄ってこられ、ついには術を放つ隙すらない状態になってきた。
「くっ・!!」
迎撃を諦め、やむを得ず、入り口に飛び込む瀬織。
中から錠を閉め、琉奈たちの元へ駆け寄った。
幸か・・不幸か、美術館は作品劣化を予防するため、室温を維持する目的と、直射日光が入らないようにするため、窓などは付けていない。
したがって、野外と通じているのは、出入口ただ一箇所だけである。
その出入り口さえ塞いでしまえば、しばらくは時間が稼げる。
「どうなの?」
「ダメだ、敵の数が多すぎる。これでは、助けに来た意味が無い!」
悔しそうに唇を噛み締める、瀬織。
「いえ、来てもらわなかったら、あの時・・、もう殺されていたよ。でも、どうして私達が襲われていると、わかったの?」
「んっ? ああ・・。偶然、部活の用事で大生堀高校を訪ねてきてな」
「えぇぇっ!? もしかして高校生なの? い・・いえ・・なんですか!? てっきり、あたし達と同じ中学生かと・・・?」
小柄で童顔。まぁ、そう見られても、不思議ではないとわかってはいるものの、涼果のしまった!といった表情を見て、少しだけ目が座った瀬織。
「まぁ、この際それはいいとして。それより、これから先どうするかだ?」
と、冷静に話を戻した。
「朝日を浴びたら、消滅するとか・・。そういうのは無いんですか?」
「グールはヴァンパイアとは違う。基本、夜行性ではあるが、昼間でも自由に活動できる」
そうこう話している間に、ギシギシと・・入り口扉がこじ開けられそうな音が聞こえる。
入り口から奴らが侵入すれば、逆に瀬織たちの逃げ場は無くなる。
二人の前にたち、術を仕掛ける構えを取る、瀬織。
その時・・
「おいらと・・従僕の・・契約を結べ・・・」
琉奈の腕の中から、弱々しい声が聞こえた。
それは、琉奈に抱きかかえられている、イタチの妖怪。
それを見た瀬織。
「鎌鼬(かまいたち)か・・・?」
「そうだ・・・。あんた・・青い妖魔狩人・・だろ・・? あの・・戦いの場・・で、見たから・・覚えてる・・・」
「なるほど、その傷は、あの蜘蛛女にやられた傷か。で、何故・・ワタクシがお前と契約せねばならん?」
冷ややかな眼差しで返す、瀬織。
「おいら・・は・・風属性の・・妖怪。だから・・感じるんだ・・風の動きで・・。近くに・・同じ・・風属性の・・強い・・霊力を持った・・・奴が・・」
「・・?」
「おいらと・・契約して・・あんたの霊力を・・・、おいらに・・供給しろ・・。そうすれば・・おいらは・・あんたたちを・・助けて・・やる事が・・できる」
真剣な眼差しで訴える、鎌鼬。
しばらく口を閉ざしたまま、考え込んでいた瀬織だが、
「そんな申し出、受けるわけにはいかない」
「ど・・・どうして・・!?」
「まず今のお前は、生きている事自体が奇跡と言えるほどの重症。そんな身体に霊力を与えても、たいした戦力として望めない。そして、もう一つは・・・」
瀬織はここまで言うと、一旦息を飲み込み、
「ワタクシは、妖怪を信じない!」
と、キッパリ言い放った。
「霊力を分け与えたとたん、ワタクシたちを裏切るだろう!」
「だったら・・・、ここで・・あの子たちと・・一緒に・・・、黒い邪霊・・・に喰われて・・死ぬ・・か・・?」
「喰われはせん。守りぬいてみせる!」
「どうだか・・・? あんたの・・術は・・・、浄化・・・と・・癒やし・・だろ? 本当・・に・・戦える・・・のか・・・?」
「妖怪ごときに、心配される覚えはない!」
「もう・・・一度・・言う・・・。おいら・・を・信じて・・・、契約して・・・おいらの・・力・・を使え・・・」
弱り切ってはいるものの、真っ直ぐな眼差しが、瀬織を見つめる。
① 鎌鼬を信じて契約し、霊力を分け与える。
② 鎌鼬を信じられず、自分たちの力で迎撃する。
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『-後編-』へ続く。
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| 妖魔狩人 若三毛凛 if | 17:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑