2014.09.28 Sun
妖魔狩人 若三毛凛 if 第16話「昔のゲーセンって凄いよね -後編-」
① 妖怪の本体は、この中のどれか一つの機械だと思う。
「でも問題が一つ・・・。それは妖怪の本体が、どれか・・・!? って事よね」
優里の問いに、凛は静かに頷くと、
「おそらく本体は、この中にあるゲーム機のどれか一つだと思います」
と答えた。
「でも、このゲーセンに入った人・・・全部が被害に合っているっちゃろ? だったら、この建物自体が、本体じゃなかとね?」
「もしそうだとしたら、ここは妖怪のお腹の中ってことでしょ? 普通の人間ならともかく、敵意の霊力を持ったわたし達を、簡単には体内には入れないと思うの」
「たしかに・・・お腹の中を突かれたら、反撃できんもんね」
「おそらく凛ちゃんの言う通り、本体はこの中のどれかよ! 先程から鋭い視線のようなものを感じるわ!」
優里はそう言って身構える。
「凛、これは以前戦った独楽妖怪と同じタイプ、付喪神型妖怪の一種だ。だから、妖怪本体を浄化すれば、ゲームに取り込まれた人たちは、元に戻るはずだ」
金鵄の言葉に、凛はコクッと頷く。
凛は静かに目を閉じ、妖気の出処を探る。
この中で、一番強い霊感を持っているのは凛だ。凛が探しきれなければ、誰にも本体を見つける事は不可能だろう。
赤い、糸のような細い妖気が、店内中に張り巡らされている。
おそらく、その妖気の糸でそれぞれの機械を操っているのだ。
一本一本・・・妖気の糸の出処を手繰ってみる。
「ここだ!」
凛が辿り着いた所は、涼果が球にされている、ピンボールゲームの筐体だった。
「このゲーム機が、本体っちゃね!? ならば・・・」
千佳はそう言って、灼熱を帯びた右手を振りかざした。
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」
千佳の鋭い爪が、ピンボール機に突き刺さる・・・・・
いや、筐体に届く数㎜先で、爪が止まっている。
「こ・・・攻撃が、届かんちゃ!?」
「なんか、見えない壁のようなものがある・・・」
凛がまるでパントマイムのような手つきで、筐体の周りを触れる。
「これは結界・・・。このゲーム機械の中に別次元の世界を築き上げ、現実世界と妖力の壁で遮っているんだ」
金鵄は見えない壁を嘴で突付きながら、答えた。
「凛の推測は当たっている。妖怪本体は間違いなくこの中にいる! でも……中に入るには、結界を破らなければならない」
金鵄の助言を聞くと、今度は優里が薙刀で鋭い一撃を与えた。
だが、筐体に当たる直前で、その刃はピタリと止まる!
「私や麒麟の霊力を備えた…この薙刀でも破る事はできない。 つまり単純な攻撃力だけでなく、他の力でなければ破れないかもしれない・・・」
「他の力って、なんね?」
「例えば、浄化の力・・・・」
優里の言葉に、千佳が凛を見つめる!
「浄化の力なら、凛の霊光矢があるっちゃ!!」
よっしゃっ!!とばかり、ドヤ顔の千佳の言葉に、凛は首を振った。
「この結界は相当強い。わたしだけの浄化力では、多分通用しない・・・・」
凛の言葉に、一同言葉を失う。
その時!
ガガガーンッ!! ガガガーンッ!!
激しい振動が、ゲームセンターを襲った。
天井に吊るされている蛍光灯は大きく揺れ、壁には亀裂が入っている。
「なにがあったの!?」
優里を先頭に、全員が建物の外に飛び出した。
そこには二人の人影が・・・・!
そのうちの一人は、優里以外…見覚えがある姿。
青い衣、そして青い頭巾で顔を隠した、姑獲鳥……涼果を浄化した女性。
そしてもう一人は、長身で恐ろしくグラマーな、ボブカットヘアの大人の女性。
だが、大きな金棒を手にし、凄まじい勢いで建物を叩きまくっている。
どうやら激しい振動は、彼女の攻撃によるものらしい。
「あなた達は、どなたですか!? 一体何をしているのです!?」
優里が鋭い目で睨みつける。
攻撃の手を止め、同じく鋭い目で睨み返しながら、
「貴女こそ誰なの……お嬢さん?」
と、問い返す・・・グラマーな女性。
「待ちなさい…祢々(ねね)。 ここは私(わたくし)に任せなさい」
青い衣の女性が、それを制した。
それを見た凛も、優里の前に出ると、
「この間はありがとうございます。お陰で助かりました。 でも、これはどういう事ですか?」
と問いた。
「見ての通り、この妖怪建物を破壊する」
青い衣の女性は、当然と言わんばかりの口調で答える。
「妖怪はこの建物ではありません。 中にあるゲーム機の一つに潜んでいます!」
普段は大人しい凛も、この青い衣の女性に対しては、少々…口調が強くなる。
「そんな事は解っている。 手っ取り早く、建物ごと破壊してしまった方が間違いないから、そうしているだけ」
「内部のゲーム機の中に、多くの人たちが捕らわれているんです! こんな乱暴なやり方では、その人たちまで助からないかもしれません」
「最優先は、妖怪の駆除。 人命は二の次」
青い衣の女性はそう言い放つと、グラマラスな女性に作業を続行するように、目で合図を送った。
金棒を振りかぶった女性の目の前に、優里が薙刀をかざす。
「お嬢さん……、なんの真似?」
薙刀の刃に映る優里の姿を睨みつけながら、グラマ-な女性が問い返す。
「破壊するの、もう少し待ってもらえないかしら?」
そんなやり取りをしている二人を確認すると、凛は再び青い衣の女性に問いかける。
「あなたは浄化の術が使えますよね? 力を貸して頂けませんか!?」
「力を・・・貸す?」
「どのゲーム機に潜んでいるかは、目星が付いているんです。 ただ・・結界が張ってあって、中に入れないんです」
「それで・・・?」
「あなたと、わたしの浄化の力を合わせれば、結界は解けると思うんです。 そうすれば、妖怪本体を浄化し、捕らわれた人々を元に戻す事ができます!」
「・・・・・・・」
凛の力の篭った訴えに、青い衣の女性は何も言わず、凛を見つめる。
「もし、貴女の申し入れを断ったら・・・?」
「そん時は、ウチらが力づくで言う事利かせるだけっちゃ!」
千佳がドヤ顔で、凛と青い女性の間を割って入った。
「千佳・・・」
苦笑する凛。
あちらでは、優里も便乗して微笑む。
それらを見た青い衣の女性。
「力づく・・・? 貴女方にそれができるとは思えないが、ここで争うのも時間の無駄。 よろしい、貴女の望みを優先しよう」
お互いが顔を見合わせあい、店内へ戻っていった。
「なるほど。 この結界なら、私(わたくし)と貴女が協力すれば、侵入することは可能」
結界を確認し、そう告げる青い衣の女性。
「手を繋いで。 私の浄化の力と、貴女の浄化の力を螺旋状にねじり合わせ、結界の一点に集中して穴を開ける」
「わかりました!」
ピンボール筐体の前に立った凛と青い衣の女性。
お互いに手を結び、反対の手を筐体にかざす。
光輝くエネルギーが混じり合うと、ドリルの刃のように回転する。
ジリジリと結界の表面が揺らぎ、まるで水面の波紋のように、徐々に・・徐々に、穴が広がっていった。
「す……すごい……ちゃ……」
周りが驚く中、ついに穴は人一人が入れるくらいの大きさになった。
「凛ちゃん、千佳さん、行くわよ!」
優里が先頭揃って、結界を潜り抜ける。千佳もすぐ後に続いた。
「貴方は?」
後に続こうとした凛は、青い衣の女性に尋ねた。
「私(わたくし)と、祢々は、ここに残る。 万一貴女方が失敗した時、有無言わずこの機械を破壊する」
青い衣の女性は、グラマラスな女性を目で指しながら、そう答えた。
「そうですね、よろしくお願いいたします」
凛はそう言うと、結界を潜り抜け、筐体内部の世界に侵入した。
結界を潜り抜け、三人が辿り着いた場所は、ピンボール機のゲーム盤上であった。
それはボールサイズまで縮小した身体で、ピンボール盤上という町並みを歩くようなものだった。
「凛、ここからどっちへ行けば、よかとね?」
千佳が辺りを見渡しながら、尋ねる。
凛は静かに目を閉じ、精神を集中させた。
「前方・・・。 このまま北上した方向に、強い妖気を感じる」
「おっけ! じゃ…早速向かうとするっちゃ!」
そういった矢先、ゴロゴロゴロと転がるような音と、振動が襲いかかる。
見ると、前方から無数の球が転がってくる。
「早速、攻撃を仕掛けてきたわね!」
優里が薙刀を構えた。
「優里お姉さん、待って!!」
凛はそう叫ぶと、球に向かって飛び出し、身体を張って一つの球を止めた!
「凛、何してるっちゃっ!?」
「球を見て・・・・」
凛の言葉で、止めた球を見る二人。
球には、目を回した少女の顔が浮かんでいる。
「これは!?」
「もしやと思ったけど、やはり…そう! これは、妖怪にピンボールの球にされた、被害者たちです」
「つまり、迂闊に攻撃すっと、捕らわれた人たちに危害を加えてしまう……ってことっちゃか?」
そう悩んでいる間にも、球は次々に襲ってくる。
「要は、球に傷を与えず、跳ね除けていけばいいわけよね?」
優里はそう言うと、薙刀の柄の部分を使って球を突付き、一つまた一つと進路方向を変えてやる。
一見簡単そうだが、凄まじい勢いで転がってくる球を、傷つけることなく速やかに方向を変えるのは、優里ならではの技術だ。
一方、凛や千佳にはそんな技術は無い。
だが千佳は、にへら~と微笑むと、
「凛、ウチにおぶされ! ウチは、ウチの武器を見せてやるっちゃ!」
と腰を下ろした。
言われるままに、千佳におぶさる凛。
「いくぜぇーっ!!」
凛をおぶった千佳は、無数に転がってくる球に向かって突進!
当たりそうになる寸前で、右へ左へ・・・飛びかわしていく!
それは、獣系妖怪と融合し強力な脚力を持つ、千佳だからできる芸当!
「すっごい~~~ぃ、千佳ーっ!!」
凛は、子どものように無邪気に喜ぶ。
千佳も、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ・・・なぜか、涎まで垂らしている。
「千佳・・・・?」
怪しい笑顔の千佳に、凛が問いかける。
その瞬間・・・
「きゃ…っ!?」
凛は小さな悲鳴を上げた!
お尻に、ムズムズと不快な感触が走る!
「うへへ・・・♪」
凛をおぶっている千佳の手は、モミ~っモミ~っモミ~っと、凛の尻をリズムカルに揉みほぐしている。
「凛のお尻・・・うへへへ~~っ♪」
ガンッ!!
凛の激しい鉄槌が、千佳の頭上に喰らわされた!
「二度とやったら、このまま首をへし折るよ!」
「イェッサー!」
そうこうしているうちに、無数の球の突進をかわした三人。
そんな三人の左手に、緩やかな上り坂が見える。
「なぁ、あの坂を登っていかん? 下を進むと、また球の突進があるかもしれないっちゃ!?」
「そうだね、方向的にはこのまま真っ直ぐだし、そっちの方が安全かも・・・?」
三人は、そう言って緩やかな坂道を登っていった。
坂を登り終えると、そこは人一人幅の鉄橋のようになっていた。
凛を先頭に、千佳、優里と一列に並び、ゆっくりと先へ進む。
すると・・・
ガタン!
何かのスイッチが入ったような音と振動がすると、路面が前に進みだした。
わかりやすく言えば、その鉄橋は動く歩道のようなもの。
歩を進めず、自動的に前へ前へ進んでいく。
「これは楽っちゃ!」
そう喜ぶのも束の間。 鉄橋の先はループ橋のようにカーブしており、どうやらまた元の場所に戻りそうな気配だ!
「引き返しましょう!」
凛がそう叫ぶと、それがまたスイッチのように、歩道は更に速度を上げ、猛スピードで先へ進む。
進んだ先は下り坂。
先頭の凛が、勢い良く滑り下りる!
更に加速度を上げ、滑り降りたその先に待っているのは、フリッパーと呼ばれる、プレイヤー操作で球を打ち返すバットのようなパーツ!!
ボールを待ち構えるバッターのように、二~三素振りをすると、まずは凛を思いっきり打ち返した!!
「ひぇぇぇぇっ!」
猛回転で転がる凛は、高速回転するスピニングディスクに弾かれ、更にバンパー、ターゲット等にアチコチ弾き返される。
「あか~~んっ!!」
続いて滑り降りた千佳も、同様にフリッパーに打ち返され、アチラコチラ弾き返されていく。
「凛ちゃん! 千佳さん!?」
最後に滑り降りる優里。
彼女は、刃を立てた状態で薙刀を水平に構えた。
そして滑り降りる加速度を利用し、フリッパーを真っ二つに切り裂く!!
「二人とも・・大丈夫っ!?」
優里が駆け寄った時には、二人とも此処彼処転げまわり、目を回して倒れていた。
スタート地点に戻され、無数の球の襲われ、それから数十分後にやっと妖気の出処に辿り着いた三人。
高い壁に覆われた一本道の先に、大口を開けたモンスターのような模様のスピナー(球が当たると回転する板状)が待ち構えていた。
「アレが、妖怪の本体!?」
優里が凛に問いかける。
「ハイ、妖気の出処はあそこです。 アレを霊光矢で射抜けば浄化できるはずです!」
凛はそう言うと、ゆっくりと弓を引いた。
シュッッッ!!
風切音と共に、青白い閃光が真っ直ぐスピナーに向かって、突き進んでいく!
「よしっ!!」
千佳が勝利を確信した瞬間!!
スピナーの直前に、光り輝く円筒・・・バンパーが現れた!
霊光矢の直撃を喰らうバンパー。
だが、更に光り輝くと、ビュン!という高音と共に、真っ直ぐ霊光矢を弾き返した!!
撃った凛を狙って打ち返された、青白い閃光!
「危ないっ!!」
凛を押しのけるように、優里が割って入る!!
「くっ・・・!!」
優里はそのまま胸を抑えこんで倒れた!
「優里お姉さんっ!!?」
「高嶺さん!?」
仰向けに倒れ伏せている優里の胸には、青白く光る…霊光矢が突き刺さっている。
「いやあああああっ!!」
凛はそのまま跪くと、「死んじゃ…嫌だぁぁぁ、お姉さんっ!!」と泣き叫んだ!
すると、泣き叫ぶ凛を、優里は震える手で制する。
「だ…大丈夫よ……凛ちゃん。 この…霊光矢は……浄化の矢……。 私には……邪悪…な……妖気が無い…から、このまま……消滅…することは……ない…わ…」
「で…でも……、血が……血が流れて……」
「だいじょ…う…ぶ……。 逆に……綺麗に…刺さっている分……、大きな……出血…は…ないわ……。 それよりも……」
優里はそう言って、光り輝くバンパーを指さした。
「本体の…直線上にある……あのバンパー……。まずはアレを……消さなければ…本体は…狙えない……」
「でも、アレはわたしの攻撃をいとも簡単に跳ね返しました……」
凛の返答に優里は、静かに首を振る。
「大丈夫……私は…見たわ…。 たしかに……凛ちゃんの…霊光矢を……跳ね返した…けど…、あのバンパー……も、一度…消滅したところを……」
「それって……!?」
「そう……。 ダメージを受けて……消滅した後に、また……再出現……しているの……」
「つまり、大ダメージを与えてやれば、アレは一瞬だけ消えるってことっちゃか?」
千佳の確認に、優里は頷いた。
凛も優里の言葉の意味を理解し、涙を拭った。
そして、バンパーに向けて弓を構える。
「アレを射抜いた後、間髪入れず……二撃目を放つ!」
凛の額に脂汗が流れる。
「待ったっ!!」
それを千佳が制した。
「バンパーを消し去るのは、ウチがやるっちゃっ!」
「でも…千佳……?」
「いくら一瞬消滅するとは言え、それでも攻撃を跳ね返すんやろ? そしたら凛は、二撃目を撃てんやん!?」
「・・・・・・」
「だから、まずウチがヤツを消滅させ、跳ね返りも喰らっちゃる! 凛は、その後すぐ本体を撃つっちゃよ!」
「それじゃ、千佳が大怪我をする……」
凛の言葉に千佳は首を大きく振った。
「凛がたった一人で妖怪と戦っていた頃、ウチは盾にもなってやれんで、ごっつ…悔しい思いをした。 でも、今は身体を張って盾になってやれるっちゃ! むしろ、本望っちゃよ!」
千佳はそう言うと、自らの左手で右腕を握りしめ、全ての妖力を右手に集中させる。
千佳の灼熱の爪が、更に赤く燃え盛るように輝く。
そして大きく息を吐き、気持ちを整えると
「そんじゃ~凛。 あとは頼んだっちゃ!!」
とバンパーに向かって突進した。
赤く輝く右手を大きく振りかぶり、そのまま垂直に切り裂くように下ろす!!
ザグッ!!
鈍い引き裂き音と共に、激しく吹き飛ぶ……千佳!!
そして、今・・・
凛の目の前は、本体であるスピナーとの直線上、何も障害物は無い!!
めいいっぱい引き締めていた弦を、ゆっくり離す!
青白い閃光は真っ直ぐ飛んでいき・・・
グサッッ!!
妖怪スピナーのど真ん中に突き刺さった!!
ピカッ! ピカッ! と、赤く点滅するピンボール空間。
透明な水入れ中に、一滴の絵の具を垂らしたかのように、辺りがゆっくりと染まっていく。
再び、周りの景色がハッキリ見えるようになった時、そこは元のゲームセンターの店内だった。
弓を構えたまま、辺りを見回す凛。
その傍らで、苦しそうに胸を抑えて蹲る優里と千佳。
千佳の胸も、自らの爪で大きく切り裂いたかのような、傷跡が残っている。
「やったね・・凛っ!!」
金鵄が嬉しそうに飛び寄ってきた。
「ほら、見てごらん。 浄化は成功だ! 皆・・元に戻っている!」
金鵄の言うとおり、店内には來愛女子大付属の生徒。 涼果と琉奈の姿・・・。そして、他にも犠牲になったと思われる、一般人の姿が倒れ伏せている。
全員気絶しているが、大きな怪我らしいものも無く、命に別状は無さそうだ。
だが・・・
「優里お姉さん・・・、千佳っ・・・!?」
凛は蹲って倒れている二人の方が心配だった。
「ううっっ・・・」
二人とも苦しそうではあるが、まだ微かに息はある。
しかし、このままではその僅かな命すら、危険である。
「金鵄、どうしたら・・・!?」
涙を流す凛のもとに、
「そこをどきなさい・・・」
と頭上から声を掛けられた。
見上げると、青い衣の女性が両手を上げ、水流の輪を二つ掲げている。
「はっ!」
青い衣の女性は、二つの水流の輪を、それぞれ優里と千佳の身体に引き下ろした。
水流から無数の水泡が現れ、二人を包み込む。
徐々に水泡が弾け飛び、全ての水泡が消え去った時には、優里も千佳も安らかな表情で、静かな吐息を漏らしていた。
「こ……これは、治癒の術……!? しかし、人間はもちろん、霊獣や妖怪ですら……これだけの術を使いこなせる者は、そうはいない・・・!?」
金鵄は呆然と、青い衣の女性を眺めた。
「二人とも高い生命力が幸いしている。 あと一時間もすれば傷も癒え、目を覚ますだろう」
「本当にありがとうございます!」
凛は深々と頭を下げる。
「礼を言われる筋合いは無い。 結果的に貴女達が妖怪を倒してくれたのだから」
頭巾で表情はわからないが、僅かに見える目元や眉ですら、ピクリとも動いている様子は無い。
「これで貴方に助けて頂いたのは、三度です。 せめて名前だけでも聞かせてください」
凛はやや控えめに尋ねた。
「…………………」
青い衣の女性はしばらく黙っていたが、
「妖怪どもが貴女達の事を呼んでいる言い方をすれば、『青い妖魔狩人』。 とりあえず、そう呼ぶがいい」
とだけ言った。 そして・・・
「祢々、行くぞ・・・」
と、グラマラスな女生とその場を後にした。
その遊技場は、今以上に娯楽の少ない昭和・・1970年台。
子どもや大人までもが、熱中した遊び場の一つであった。
そこには、勝負に掛ける熱い魂などが充満していた空間でもあった。
だが、時代が進み、デジタルゲームが当たり前の時代となった今、誰もプレイする者はいなくなり、更に経営していた老夫婦が他界したことから、そのエネルギーは行く宛の無い無念のエネルギーとなった。
ムッシュが引かれた念はおそらくそれであり、そのエネルギーがムッシュの血に作用し、付喪神妖怪化したのだろう。
その後、このゲームセンターは、老夫婦の遠い親戚が管理するようになり、殆どの筐体を売り払われ、そろばん塾として経営されることになった。
第17話につづく(正規ルート)
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「でも問題が一つ・・・。それは妖怪の本体が、どれか・・・!? って事よね」
優里の問いに、凛は静かに頷くと、
「おそらく本体は、この中にあるゲーム機のどれか一つだと思います」
と答えた。
「でも、このゲーセンに入った人・・・全部が被害に合っているっちゃろ? だったら、この建物自体が、本体じゃなかとね?」
「もしそうだとしたら、ここは妖怪のお腹の中ってことでしょ? 普通の人間ならともかく、敵意の霊力を持ったわたし達を、簡単には体内には入れないと思うの」
「たしかに・・・お腹の中を突かれたら、反撃できんもんね」
「おそらく凛ちゃんの言う通り、本体はこの中のどれかよ! 先程から鋭い視線のようなものを感じるわ!」
優里はそう言って身構える。
「凛、これは以前戦った独楽妖怪と同じタイプ、付喪神型妖怪の一種だ。だから、妖怪本体を浄化すれば、ゲームに取り込まれた人たちは、元に戻るはずだ」
金鵄の言葉に、凛はコクッと頷く。
凛は静かに目を閉じ、妖気の出処を探る。
この中で、一番強い霊感を持っているのは凛だ。凛が探しきれなければ、誰にも本体を見つける事は不可能だろう。
赤い、糸のような細い妖気が、店内中に張り巡らされている。
おそらく、その妖気の糸でそれぞれの機械を操っているのだ。
一本一本・・・妖気の糸の出処を手繰ってみる。
「ここだ!」
凛が辿り着いた所は、涼果が球にされている、ピンボールゲームの筐体だった。
「このゲーム機が、本体っちゃね!? ならば・・・」
千佳はそう言って、灼熱を帯びた右手を振りかざした。
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」
千佳の鋭い爪が、ピンボール機に突き刺さる・・・・・
いや、筐体に届く数㎜先で、爪が止まっている。
「こ・・・攻撃が、届かんちゃ!?」
「なんか、見えない壁のようなものがある・・・」
凛がまるでパントマイムのような手つきで、筐体の周りを触れる。
「これは結界・・・。このゲーム機械の中に別次元の世界を築き上げ、現実世界と妖力の壁で遮っているんだ」
金鵄は見えない壁を嘴で突付きながら、答えた。
「凛の推測は当たっている。妖怪本体は間違いなくこの中にいる! でも……中に入るには、結界を破らなければならない」
金鵄の助言を聞くと、今度は優里が薙刀で鋭い一撃を与えた。
だが、筐体に当たる直前で、その刃はピタリと止まる!
「私や麒麟の霊力を備えた…この薙刀でも破る事はできない。 つまり単純な攻撃力だけでなく、他の力でなければ破れないかもしれない・・・」
「他の力って、なんね?」
「例えば、浄化の力・・・・」
優里の言葉に、千佳が凛を見つめる!
「浄化の力なら、凛の霊光矢があるっちゃ!!」
よっしゃっ!!とばかり、ドヤ顔の千佳の言葉に、凛は首を振った。
「この結界は相当強い。わたしだけの浄化力では、多分通用しない・・・・」
凛の言葉に、一同言葉を失う。
その時!
ガガガーンッ!! ガガガーンッ!!
激しい振動が、ゲームセンターを襲った。
天井に吊るされている蛍光灯は大きく揺れ、壁には亀裂が入っている。
「なにがあったの!?」
優里を先頭に、全員が建物の外に飛び出した。
そこには二人の人影が・・・・!
そのうちの一人は、優里以外…見覚えがある姿。
青い衣、そして青い頭巾で顔を隠した、姑獲鳥……涼果を浄化した女性。
そしてもう一人は、長身で恐ろしくグラマーな、ボブカットヘアの大人の女性。
だが、大きな金棒を手にし、凄まじい勢いで建物を叩きまくっている。
どうやら激しい振動は、彼女の攻撃によるものらしい。
「あなた達は、どなたですか!? 一体何をしているのです!?」
優里が鋭い目で睨みつける。
攻撃の手を止め、同じく鋭い目で睨み返しながら、
「貴女こそ誰なの……お嬢さん?」
と、問い返す・・・グラマーな女性。
「待ちなさい…祢々(ねね)。 ここは私(わたくし)に任せなさい」
青い衣の女性が、それを制した。
それを見た凛も、優里の前に出ると、
「この間はありがとうございます。お陰で助かりました。 でも、これはどういう事ですか?」
と問いた。
「見ての通り、この妖怪建物を破壊する」
青い衣の女性は、当然と言わんばかりの口調で答える。
「妖怪はこの建物ではありません。 中にあるゲーム機の一つに潜んでいます!」
普段は大人しい凛も、この青い衣の女性に対しては、少々…口調が強くなる。
「そんな事は解っている。 手っ取り早く、建物ごと破壊してしまった方が間違いないから、そうしているだけ」
「内部のゲーム機の中に、多くの人たちが捕らわれているんです! こんな乱暴なやり方では、その人たちまで助からないかもしれません」
「最優先は、妖怪の駆除。 人命は二の次」
青い衣の女性はそう言い放つと、グラマラスな女性に作業を続行するように、目で合図を送った。
金棒を振りかぶった女性の目の前に、優里が薙刀をかざす。
「お嬢さん……、なんの真似?」
薙刀の刃に映る優里の姿を睨みつけながら、グラマ-な女性が問い返す。
「破壊するの、もう少し待ってもらえないかしら?」
そんなやり取りをしている二人を確認すると、凛は再び青い衣の女性に問いかける。
「あなたは浄化の術が使えますよね? 力を貸して頂けませんか!?」
「力を・・・貸す?」
「どのゲーム機に潜んでいるかは、目星が付いているんです。 ただ・・結界が張ってあって、中に入れないんです」
「それで・・・?」
「あなたと、わたしの浄化の力を合わせれば、結界は解けると思うんです。 そうすれば、妖怪本体を浄化し、捕らわれた人々を元に戻す事ができます!」
「・・・・・・・」
凛の力の篭った訴えに、青い衣の女性は何も言わず、凛を見つめる。
「もし、貴女の申し入れを断ったら・・・?」
「そん時は、ウチらが力づくで言う事利かせるだけっちゃ!」
千佳がドヤ顔で、凛と青い女性の間を割って入った。
「千佳・・・」
苦笑する凛。
あちらでは、優里も便乗して微笑む。
それらを見た青い衣の女性。
「力づく・・・? 貴女方にそれができるとは思えないが、ここで争うのも時間の無駄。 よろしい、貴女の望みを優先しよう」
お互いが顔を見合わせあい、店内へ戻っていった。
「なるほど。 この結界なら、私(わたくし)と貴女が協力すれば、侵入することは可能」
結界を確認し、そう告げる青い衣の女性。
「手を繋いで。 私の浄化の力と、貴女の浄化の力を螺旋状にねじり合わせ、結界の一点に集中して穴を開ける」
「わかりました!」
ピンボール筐体の前に立った凛と青い衣の女性。
お互いに手を結び、反対の手を筐体にかざす。
光輝くエネルギーが混じり合うと、ドリルの刃のように回転する。
ジリジリと結界の表面が揺らぎ、まるで水面の波紋のように、徐々に・・徐々に、穴が広がっていった。
「す……すごい……ちゃ……」
周りが驚く中、ついに穴は人一人が入れるくらいの大きさになった。
「凛ちゃん、千佳さん、行くわよ!」
優里が先頭揃って、結界を潜り抜ける。千佳もすぐ後に続いた。
「貴方は?」
後に続こうとした凛は、青い衣の女性に尋ねた。
「私(わたくし)と、祢々は、ここに残る。 万一貴女方が失敗した時、有無言わずこの機械を破壊する」
青い衣の女性は、グラマラスな女性を目で指しながら、そう答えた。
「そうですね、よろしくお願いいたします」
凛はそう言うと、結界を潜り抜け、筐体内部の世界に侵入した。
結界を潜り抜け、三人が辿り着いた場所は、ピンボール機のゲーム盤上であった。
それはボールサイズまで縮小した身体で、ピンボール盤上という町並みを歩くようなものだった。
「凛、ここからどっちへ行けば、よかとね?」
千佳が辺りを見渡しながら、尋ねる。
凛は静かに目を閉じ、精神を集中させた。
「前方・・・。 このまま北上した方向に、強い妖気を感じる」
「おっけ! じゃ…早速向かうとするっちゃ!」
そういった矢先、ゴロゴロゴロと転がるような音と、振動が襲いかかる。
見ると、前方から無数の球が転がってくる。
「早速、攻撃を仕掛けてきたわね!」
優里が薙刀を構えた。
「優里お姉さん、待って!!」
凛はそう叫ぶと、球に向かって飛び出し、身体を張って一つの球を止めた!
「凛、何してるっちゃっ!?」
「球を見て・・・・」
凛の言葉で、止めた球を見る二人。
球には、目を回した少女の顔が浮かんでいる。
「これは!?」
「もしやと思ったけど、やはり…そう! これは、妖怪にピンボールの球にされた、被害者たちです」
「つまり、迂闊に攻撃すっと、捕らわれた人たちに危害を加えてしまう……ってことっちゃか?」
そう悩んでいる間にも、球は次々に襲ってくる。
「要は、球に傷を与えず、跳ね除けていけばいいわけよね?」
優里はそう言うと、薙刀の柄の部分を使って球を突付き、一つまた一つと進路方向を変えてやる。
一見簡単そうだが、凄まじい勢いで転がってくる球を、傷つけることなく速やかに方向を変えるのは、優里ならではの技術だ。
一方、凛や千佳にはそんな技術は無い。
だが千佳は、にへら~と微笑むと、
「凛、ウチにおぶされ! ウチは、ウチの武器を見せてやるっちゃ!」
と腰を下ろした。
言われるままに、千佳におぶさる凛。
「いくぜぇーっ!!」
凛をおぶった千佳は、無数に転がってくる球に向かって突進!
当たりそうになる寸前で、右へ左へ・・・飛びかわしていく!
それは、獣系妖怪と融合し強力な脚力を持つ、千佳だからできる芸当!
「すっごい~~~ぃ、千佳ーっ!!」
凛は、子どものように無邪気に喜ぶ。
千佳も、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ・・・なぜか、涎まで垂らしている。
「千佳・・・・?」
怪しい笑顔の千佳に、凛が問いかける。
その瞬間・・・
「きゃ…っ!?」
凛は小さな悲鳴を上げた!
お尻に、ムズムズと不快な感触が走る!
「うへへ・・・♪」
凛をおぶっている千佳の手は、モミ~っモミ~っモミ~っと、凛の尻をリズムカルに揉みほぐしている。
「凛のお尻・・・うへへへ~~っ♪」
ガンッ!!
凛の激しい鉄槌が、千佳の頭上に喰らわされた!
「二度とやったら、このまま首をへし折るよ!」
「イェッサー!」
そうこうしているうちに、無数の球の突進をかわした三人。
そんな三人の左手に、緩やかな上り坂が見える。
「なぁ、あの坂を登っていかん? 下を進むと、また球の突進があるかもしれないっちゃ!?」
「そうだね、方向的にはこのまま真っ直ぐだし、そっちの方が安全かも・・・?」
三人は、そう言って緩やかな坂道を登っていった。
坂を登り終えると、そこは人一人幅の鉄橋のようになっていた。
凛を先頭に、千佳、優里と一列に並び、ゆっくりと先へ進む。
すると・・・
ガタン!
何かのスイッチが入ったような音と振動がすると、路面が前に進みだした。
わかりやすく言えば、その鉄橋は動く歩道のようなもの。
歩を進めず、自動的に前へ前へ進んでいく。
「これは楽っちゃ!」
そう喜ぶのも束の間。 鉄橋の先はループ橋のようにカーブしており、どうやらまた元の場所に戻りそうな気配だ!
「引き返しましょう!」
凛がそう叫ぶと、それがまたスイッチのように、歩道は更に速度を上げ、猛スピードで先へ進む。
進んだ先は下り坂。
先頭の凛が、勢い良く滑り下りる!
更に加速度を上げ、滑り降りたその先に待っているのは、フリッパーと呼ばれる、プレイヤー操作で球を打ち返すバットのようなパーツ!!
ボールを待ち構えるバッターのように、二~三素振りをすると、まずは凛を思いっきり打ち返した!!
「ひぇぇぇぇっ!」
猛回転で転がる凛は、高速回転するスピニングディスクに弾かれ、更にバンパー、ターゲット等にアチコチ弾き返される。
「あか~~んっ!!」
続いて滑り降りた千佳も、同様にフリッパーに打ち返され、アチラコチラ弾き返されていく。
「凛ちゃん! 千佳さん!?」
最後に滑り降りる優里。
彼女は、刃を立てた状態で薙刀を水平に構えた。
そして滑り降りる加速度を利用し、フリッパーを真っ二つに切り裂く!!
「二人とも・・大丈夫っ!?」
優里が駆け寄った時には、二人とも此処彼処転げまわり、目を回して倒れていた。
スタート地点に戻され、無数の球の襲われ、それから数十分後にやっと妖気の出処に辿り着いた三人。
高い壁に覆われた一本道の先に、大口を開けたモンスターのような模様のスピナー(球が当たると回転する板状)が待ち構えていた。
「アレが、妖怪の本体!?」
優里が凛に問いかける。
「ハイ、妖気の出処はあそこです。 アレを霊光矢で射抜けば浄化できるはずです!」
凛はそう言うと、ゆっくりと弓を引いた。
シュッッッ!!
風切音と共に、青白い閃光が真っ直ぐスピナーに向かって、突き進んでいく!
「よしっ!!」
千佳が勝利を確信した瞬間!!
スピナーの直前に、光り輝く円筒・・・バンパーが現れた!
霊光矢の直撃を喰らうバンパー。
だが、更に光り輝くと、ビュン!という高音と共に、真っ直ぐ霊光矢を弾き返した!!
撃った凛を狙って打ち返された、青白い閃光!
「危ないっ!!」
凛を押しのけるように、優里が割って入る!!
「くっ・・・!!」
優里はそのまま胸を抑えこんで倒れた!
「優里お姉さんっ!!?」
「高嶺さん!?」
仰向けに倒れ伏せている優里の胸には、青白く光る…霊光矢が突き刺さっている。
「いやあああああっ!!」
凛はそのまま跪くと、「死んじゃ…嫌だぁぁぁ、お姉さんっ!!」と泣き叫んだ!
すると、泣き叫ぶ凛を、優里は震える手で制する。
「だ…大丈夫よ……凛ちゃん。 この…霊光矢は……浄化の矢……。 私には……邪悪…な……妖気が無い…から、このまま……消滅…することは……ない…わ…」
「で…でも……、血が……血が流れて……」
「だいじょ…う…ぶ……。 逆に……綺麗に…刺さっている分……、大きな……出血…は…ないわ……。 それよりも……」
優里はそう言って、光り輝くバンパーを指さした。
「本体の…直線上にある……あのバンパー……。まずはアレを……消さなければ…本体は…狙えない……」
「でも、アレはわたしの攻撃をいとも簡単に跳ね返しました……」
凛の返答に優里は、静かに首を振る。
「大丈夫……私は…見たわ…。 たしかに……凛ちゃんの…霊光矢を……跳ね返した…けど…、あのバンパー……も、一度…消滅したところを……」
「それって……!?」
「そう……。 ダメージを受けて……消滅した後に、また……再出現……しているの……」
「つまり、大ダメージを与えてやれば、アレは一瞬だけ消えるってことっちゃか?」
千佳の確認に、優里は頷いた。
凛も優里の言葉の意味を理解し、涙を拭った。
そして、バンパーに向けて弓を構える。
「アレを射抜いた後、間髪入れず……二撃目を放つ!」
凛の額に脂汗が流れる。
「待ったっ!!」
それを千佳が制した。
「バンパーを消し去るのは、ウチがやるっちゃっ!」
「でも…千佳……?」
「いくら一瞬消滅するとは言え、それでも攻撃を跳ね返すんやろ? そしたら凛は、二撃目を撃てんやん!?」
「・・・・・・」
「だから、まずウチがヤツを消滅させ、跳ね返りも喰らっちゃる! 凛は、その後すぐ本体を撃つっちゃよ!」
「それじゃ、千佳が大怪我をする……」
凛の言葉に千佳は首を大きく振った。
「凛がたった一人で妖怪と戦っていた頃、ウチは盾にもなってやれんで、ごっつ…悔しい思いをした。 でも、今は身体を張って盾になってやれるっちゃ! むしろ、本望っちゃよ!」
千佳はそう言うと、自らの左手で右腕を握りしめ、全ての妖力を右手に集中させる。
千佳の灼熱の爪が、更に赤く燃え盛るように輝く。
そして大きく息を吐き、気持ちを整えると
「そんじゃ~凛。 あとは頼んだっちゃ!!」
とバンパーに向かって突進した。
赤く輝く右手を大きく振りかぶり、そのまま垂直に切り裂くように下ろす!!
ザグッ!!
鈍い引き裂き音と共に、激しく吹き飛ぶ……千佳!!
そして、今・・・
凛の目の前は、本体であるスピナーとの直線上、何も障害物は無い!!
めいいっぱい引き締めていた弦を、ゆっくり離す!
青白い閃光は真っ直ぐ飛んでいき・・・
グサッッ!!
妖怪スピナーのど真ん中に突き刺さった!!
ピカッ! ピカッ! と、赤く点滅するピンボール空間。
透明な水入れ中に、一滴の絵の具を垂らしたかのように、辺りがゆっくりと染まっていく。
再び、周りの景色がハッキリ見えるようになった時、そこは元のゲームセンターの店内だった。
弓を構えたまま、辺りを見回す凛。
その傍らで、苦しそうに胸を抑えて蹲る優里と千佳。
千佳の胸も、自らの爪で大きく切り裂いたかのような、傷跡が残っている。
「やったね・・凛っ!!」
金鵄が嬉しそうに飛び寄ってきた。
「ほら、見てごらん。 浄化は成功だ! 皆・・元に戻っている!」
金鵄の言うとおり、店内には來愛女子大付属の生徒。 涼果と琉奈の姿・・・。そして、他にも犠牲になったと思われる、一般人の姿が倒れ伏せている。
全員気絶しているが、大きな怪我らしいものも無く、命に別状は無さそうだ。
だが・・・
「優里お姉さん・・・、千佳っ・・・!?」
凛は蹲って倒れている二人の方が心配だった。
「ううっっ・・・」
二人とも苦しそうではあるが、まだ微かに息はある。
しかし、このままではその僅かな命すら、危険である。
「金鵄、どうしたら・・・!?」
涙を流す凛のもとに、
「そこをどきなさい・・・」
と頭上から声を掛けられた。
見上げると、青い衣の女性が両手を上げ、水流の輪を二つ掲げている。
「はっ!」
青い衣の女性は、二つの水流の輪を、それぞれ優里と千佳の身体に引き下ろした。
水流から無数の水泡が現れ、二人を包み込む。
徐々に水泡が弾け飛び、全ての水泡が消え去った時には、優里も千佳も安らかな表情で、静かな吐息を漏らしていた。
「こ……これは、治癒の術……!? しかし、人間はもちろん、霊獣や妖怪ですら……これだけの術を使いこなせる者は、そうはいない・・・!?」
金鵄は呆然と、青い衣の女性を眺めた。
「二人とも高い生命力が幸いしている。 あと一時間もすれば傷も癒え、目を覚ますだろう」
「本当にありがとうございます!」
凛は深々と頭を下げる。
「礼を言われる筋合いは無い。 結果的に貴女達が妖怪を倒してくれたのだから」
頭巾で表情はわからないが、僅かに見える目元や眉ですら、ピクリとも動いている様子は無い。
「これで貴方に助けて頂いたのは、三度です。 せめて名前だけでも聞かせてください」
凛はやや控えめに尋ねた。
「…………………」
青い衣の女性はしばらく黙っていたが、
「妖怪どもが貴女達の事を呼んでいる言い方をすれば、『青い妖魔狩人』。 とりあえず、そう呼ぶがいい」
とだけ言った。 そして・・・
「祢々、行くぞ・・・」
と、グラマラスな女生とその場を後にした。
その遊技場は、今以上に娯楽の少ない昭和・・1970年台。
子どもや大人までもが、熱中した遊び場の一つであった。
そこには、勝負に掛ける熱い魂などが充満していた空間でもあった。
だが、時代が進み、デジタルゲームが当たり前の時代となった今、誰もプレイする者はいなくなり、更に経営していた老夫婦が他界したことから、そのエネルギーは行く宛の無い無念のエネルギーとなった。
ムッシュが引かれた念はおそらくそれであり、そのエネルギーがムッシュの血に作用し、付喪神妖怪化したのだろう。
その後、このゲームセンターは、老夫婦の遠い親戚が管理するようになり、殆どの筐体を売り払われ、そろばん塾として経営されることになった。
第17話につづく(正規ルート)
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② この建物自体が、妖怪の本体だと思います。
「この建物自体が、妖怪の本体だと思います」
凛の言葉に全員が、辺りを見回した。
「そんじゃ、ここにあるゲーム機…全て、ぶっ壊せばいいちゃっか!?」
「うん、ゲーム機は妖怪本体の手足のようなもの。 機械を壊せば本体そのものが、弱るはず。 そうなったら、霊光矢でトドメの浄化をするわ!」
「おっけ!」
凛、優里、千佳・・・。それぞれが己の武器を構える。
「攻撃開始っ!」
一斉に手当たり次第ゲーム機に攻撃を始めた。
次々に破壊されていくゲーム筐体。
しかし、店内に淀む妖力は、一向に弱まる気配が無い。
それどころか、数分もすると、壊したはずの筐体が元通りに戻っている。
「まさか・・・機械が再生能力を持っている!?」
あまりの不可解さに、優里すらたじろぎ始めている。
「凛っ! これは君の思い違いだっ!?」
しばらく様子を伺っていた金鵄が、突如大声を上げた!
「思い違い・・・って!?」
「たしかに君の推測通り、ここにあるゲーム機は妖怪の手足のようなもの。 だけど……それは、蛸(たこ)の足みたいなものなんだ!」
「蛸の足・・・?」
「足を何十回切り裂いても、頭部を潰さない限り、何度でも再生を繰り返す!」
「じゃあ! その頭っつうのは、どこやん!?」
「それは、僕にもわからない・・・・」
「そ…そんな……!?」
そう言っていた矢先、天井から巨大な三本の手が現れた!
そして、三本の手はそれぞれ三人の身体を掴み上げる。
「な…なんなの、これはっ!?」
三人を捕らえた三本の手は、それぞれ別々のゲーム機の中に消えていく。
「凛、優里、千佳っ!?」
金鵄が飛び回って三人の姿を探すが、もはや何処にも見つからなかった。
「いち~ぃ・・・! ここは、どこね!?」
暗闇の中で目を覚ました千佳、辺りを見回すが何一つ見えない。
「てか、なんや……これっ!?」
フト、自らの身体に目をやり、声を上げてしまう。
なんと、千佳の身体は四頭身程にデフォルメされていた。
「なんでウチの身体が、幼児アニメみたいな身体になっとるん!?」
驚くのも束の間、千佳の前後からあの巨大な手が再び現れた!
そして、手の平を千佳に向け、そのまま千佳目掛けて突進してくる!
必死で飛び避けようとするが、足がピクリとも動かない!!
「なっ・・・・!?」
バシィィィィィィィン!!
前後から両手で挟まれた千佳。
両手は更に、拍手でもするように何度も何度も両手を叩く!
「うひぃぃぃ・・・」
まるで、お煎餅のように、千佳の身体はペッタンコになっていた。
巨大な手は、平面化した千佳を摘み上げると、お尻の辺りに細い棒のようなものを充てがと、。
ズブッッ!!
「うぷっ!?」
なんと、そのまま突き刺していった。
千佳のお尻を突き刺した棒の端を、今度は曳かれたレールの上に突き立てる。
それは、あのハンティングゲームに登場する、獲物が描かれた立て札であった。
「ハンティングゲーム・・・、要は西洋狩猟ごっこというところかの?」
緑色で満遍なくイボイボで覆われた肌。
ギョロっとした大きな目の老婆・・・。
それは中国妖怪、嫦娥。
今、彼女は、白陰、ムッシュ・怨獣鬼とともに、あのゲームセンターに来ていた。
「いや、あの晩。 酔った勢いで、考えなしで血を塗りつけましてな・・・。 しかし、まさかこんな事になっているとは、なんでもやってみるもんであるな!」
と、クレーンゲーム機を前にして、上機嫌のムッシュ。
「策士策に溺れる…ということわざがあるが、こんな結末になっていようとは。 身共たちの今までの苦労はなんだったのやら・・・」
逆に白陰は、ピンボール機を眺めながら、不機嫌そうに呟いた。
「それにしても……赤い妖魔狩人。 せっかく融合までしてやったのに、この程度とは・・・買い被りもいいとこだったわい」
嫦娥はそう呟き、銃を構えハンティングゲーム機を睨みつける。
ライトアップされた空間に、レールに沿って移動する、絵札化した千佳。
千佳側から見ると、正面には銃口と、レンズ越しの大きな目が見えて、その不気味さは言葉では表しきれない。
バンッ!!
銃声とともに、銃口の下のほうから、白い電光がこちらに向かって突進してくる!
「げぇぇぇっ!?」
驚く千佳のすぐ脇を、電光は通り過ぎた。
「ちっ、外したわい!」
嫦娥の呟きが聞こえる。
バンッッ!!
またも銃声と鳴ると、電光が突進してくる!
ババァァァン!!
まるで、巨大な象に正面衝突したような激しい衝撃と、真っ赤な点滅が千佳を襲った。
「まいった・・・・」
×目になった千佳の絵札は、その場にパタンと倒れる。
だが、これで終わりではない。
一旦は引き戻されるが、プレイヤーがゲームオーバーにならない限り、何度でも繰り返し獲物として登場しなければならないのだ。
「要は、クレーンのバケットで、下に散らばるラムネ菓子を掬い上げればよいのであるな?」
ガラス張りの円筒から、中の見定めるムッシュ。
ほとんどが、透明なセロハンに白いラムネ菓子が五錠ほど包まれているが、中には水色地に白のチェック柄のセロハンに包まれた、肌色のラムネ菓子が数個。
そして・・・・
「ここは・・・!?」
― たしか、巨大な手に掴み上げられて、それから…気を失って・・・―
優里は記憶を手繰りながら、辺りを見渡す。
「!?」
起き上がろうとしたが、手足が一切動かない・・・。
いや、動かないのではなく、手足が・・・無いっ!?
「ど…どういう…こと……!?」
いつもは気丈な優里だが、さすがにこの時ばかりは泣きそうになった。
しかし、泣きそうになっても涙すら流せない。
なぜなら、目も鼻も無い・・・
優里は、『白いセロハンに包まれた、肌色のラムネ菓子』になっていたからだ!!
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
思わず叫び声を上げてしまう優里。
辺りをよく見ると、不思議な事にラムネ菓子になった自分の姿は、目で見える(?)範囲だけでも、三~四個見える。
バラバラに散らばるラムネ菓子一個一個に、優里の感覚と意識が共有されていた。
「あの白い妖魔狩人が、まさかラムネ菓子になっているとは。 本当に驚きですな!」
嬉しそうに、クレーンゲーム機に硬貨を投入するムッシュ。
ガタンッ!
小さな音と振動を醸しながら、クレーンがゆっくりと動き出す。
ムッシュは、ここぞ!という位置で、ボタンを押した。
吊り降ろされるクラムシェル型バケットが二枚貝のように開く先には、幾つもに散らばったラムネ菓子がある。
今度は、ゆっくり閉じながら、釣り上がって行くバケット。
そのバケットの中には、二つ三つの普通のラムネ菓子と一緒に、白いラムネ菓子が一つだけ混ざっていた。
円筒を通して、外側の取り出し口に滑り落ちるラムネ菓子。
ムッシュはその中の、白いセロハンに包まれたラムネを摘み上げる。
包みを開け、一錠だけ摘んでマジマジと眺めながら、香りを嗅いでみる。
「うむ、ちょっと汗臭いが、悪くない!」
― や…やめて……!!―
不思議な事に、摘み上げられて匂いを嗅がれる感覚と、ガラスの円筒の中から、その様子を眺める自分と、優里は今……同時に二つの感覚を味わっていた。
ムッシュは充分に香りを楽しむと、口を開き、静かに舌の上にラムネを乗せた。
上顎の歯茎と、舌先をゆっくり重ね、少しだけ押しつぶすように舐めてみる。
シュワワワワ・・・・
― ああ……っ、私……今、溶かされている……。―
自身の身体が溶けていく・・・。
普通なら想像するだけでも恐ろしい事だが、優里は悦楽を感じていた。
「うむ、まるで生クリームのような甘さに、クリーミーな舌触り。 汗とレモン果汁を混ぜたような酸味がアクセントとなって、白い妖魔狩人・・・予想以上の味わいだな!」
ムッシュは何度も何度も舌先で転がし、口の中に広がる優里の味を存分に楽しむと、二粒目を舌の上に乗せた。
― 苦しい……、身体が圧迫される……―
まるで、体全体が軋むような痛みに、凛は目を覚ました。
それもそのはず。
巨大な両手の中で、まるで団子でも拵えるかのように、凛の身体は丸く握りしめられていた。
鼻の先に両膝が押し付けられており、ローティーン独特な膝小僧の土のような匂いが、鼻孔を擽る。
更に握りしめられる力は強くなり、ついには上半身と下半身が重なりあったまま、引っ付いてしまった。
その上で、平らな場所でゴロゴロと転がされ、凛は綺麗な黒い球体と化した。
球体となった凛を巨大な手は摘み上げると、細長いレーンの上に乗せられた。
「ほぅ~っ、このピンボール機は、黒い妖魔狩人が球なのか?」
頭上から、聞いたことのある声が聞こえる。
ガラス板を挟んだその上から、白陰の大きな顔が覗いていた。
白陰は納得しないような表情をしていながらも、ゆっくりプランジャーのノブを引っ張った。
ドンッッ!! 大きなゴムが、勢い良く凛の身体を押し出した。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
高速回転で、レーンを突っ走る凛!
最初のターゲットに衝突すると、反動で勢い良く弾き返される。
盤上を前後左右・・・、プレイヤー視線でも目で追うのが一苦労な動きを、凛は自ら転がり回されているのだ。
プレイフィールドの下部に転がると、待ってましたとばかりに白陰が左右のボタンを押しまくる。
それに合わせ、バッドのようなパーツのフリッパーが、凛を何度も何度も打ち返した。
その度にバンパー、ターゲット、スピナー等に当り、いつの間にか『凛の笑顔がパネルになっている電光表示板』に、ポイントが加点されていく。
以前凛は独楽になって回転させられたことがあるが、ピンボールの球はそれの比では無い。
目を回すのを通り越して、脳みそはミキサーに掛けられたかのように、頭蓋骨の中でグチャグチャに掻き混ぜられていることだろう。
再びアウトレーンを通り、プランジャーに戻ってきた頃には、凛は完全に壊れてしまっていた。
その後、白陰、嫦娥、ムッシュが去った後も、ゲームセンターは無人のまま…稼働していた。
なぜか時折、女生徒やOLなどが行方不明になるが、その原因は誰にも掴められない。
ただ、その度にゲーム機が更新されたかのように、クレーンゲーム機はラムネ菓子が増え、他のゲームも内容が一部変更されていた。
バッド・エンド
「この建物自体が、妖怪の本体だと思います」
凛の言葉に全員が、辺りを見回した。
「そんじゃ、ここにあるゲーム機…全て、ぶっ壊せばいいちゃっか!?」
「うん、ゲーム機は妖怪本体の手足のようなもの。 機械を壊せば本体そのものが、弱るはず。 そうなったら、霊光矢でトドメの浄化をするわ!」
「おっけ!」
凛、優里、千佳・・・。それぞれが己の武器を構える。
「攻撃開始っ!」
一斉に手当たり次第ゲーム機に攻撃を始めた。
次々に破壊されていくゲーム筐体。
しかし、店内に淀む妖力は、一向に弱まる気配が無い。
それどころか、数分もすると、壊したはずの筐体が元通りに戻っている。
「まさか・・・機械が再生能力を持っている!?」
あまりの不可解さに、優里すらたじろぎ始めている。
「凛っ! これは君の思い違いだっ!?」
しばらく様子を伺っていた金鵄が、突如大声を上げた!
「思い違い・・・って!?」
「たしかに君の推測通り、ここにあるゲーム機は妖怪の手足のようなもの。 だけど……それは、蛸(たこ)の足みたいなものなんだ!」
「蛸の足・・・?」
「足を何十回切り裂いても、頭部を潰さない限り、何度でも再生を繰り返す!」
「じゃあ! その頭っつうのは、どこやん!?」
「それは、僕にもわからない・・・・」
「そ…そんな……!?」
そう言っていた矢先、天井から巨大な三本の手が現れた!
そして、三本の手はそれぞれ三人の身体を掴み上げる。
「な…なんなの、これはっ!?」
三人を捕らえた三本の手は、それぞれ別々のゲーム機の中に消えていく。
「凛、優里、千佳っ!?」
金鵄が飛び回って三人の姿を探すが、もはや何処にも見つからなかった。
「いち~ぃ・・・! ここは、どこね!?」
暗闇の中で目を覚ました千佳、辺りを見回すが何一つ見えない。
「てか、なんや……これっ!?」
フト、自らの身体に目をやり、声を上げてしまう。
なんと、千佳の身体は四頭身程にデフォルメされていた。
「なんでウチの身体が、幼児アニメみたいな身体になっとるん!?」
驚くのも束の間、千佳の前後からあの巨大な手が再び現れた!
そして、手の平を千佳に向け、そのまま千佳目掛けて突進してくる!
必死で飛び避けようとするが、足がピクリとも動かない!!
「なっ・・・・!?」
バシィィィィィィィン!!
前後から両手で挟まれた千佳。
両手は更に、拍手でもするように何度も何度も両手を叩く!
「うひぃぃぃ・・・」
まるで、お煎餅のように、千佳の身体はペッタンコになっていた。
巨大な手は、平面化した千佳を摘み上げると、お尻の辺りに細い棒のようなものを充てがと、。
ズブッッ!!
「うぷっ!?」
なんと、そのまま突き刺していった。
千佳のお尻を突き刺した棒の端を、今度は曳かれたレールの上に突き立てる。
それは、あのハンティングゲームに登場する、獲物が描かれた立て札であった。
「ハンティングゲーム・・・、要は西洋狩猟ごっこというところかの?」
緑色で満遍なくイボイボで覆われた肌。
ギョロっとした大きな目の老婆・・・。
それは中国妖怪、嫦娥。
今、彼女は、白陰、ムッシュ・怨獣鬼とともに、あのゲームセンターに来ていた。
「いや、あの晩。 酔った勢いで、考えなしで血を塗りつけましてな・・・。 しかし、まさかこんな事になっているとは、なんでもやってみるもんであるな!」
と、クレーンゲーム機を前にして、上機嫌のムッシュ。
「策士策に溺れる…ということわざがあるが、こんな結末になっていようとは。 身共たちの今までの苦労はなんだったのやら・・・」
逆に白陰は、ピンボール機を眺めながら、不機嫌そうに呟いた。
「それにしても……赤い妖魔狩人。 せっかく融合までしてやったのに、この程度とは・・・買い被りもいいとこだったわい」
嫦娥はそう呟き、銃を構えハンティングゲーム機を睨みつける。
ライトアップされた空間に、レールに沿って移動する、絵札化した千佳。
千佳側から見ると、正面には銃口と、レンズ越しの大きな目が見えて、その不気味さは言葉では表しきれない。
バンッ!!
銃声とともに、銃口の下のほうから、白い電光がこちらに向かって突進してくる!
「げぇぇぇっ!?」
驚く千佳のすぐ脇を、電光は通り過ぎた。
「ちっ、外したわい!」
嫦娥の呟きが聞こえる。
バンッッ!!
またも銃声と鳴ると、電光が突進してくる!
ババァァァン!!
まるで、巨大な象に正面衝突したような激しい衝撃と、真っ赤な点滅が千佳を襲った。
「まいった・・・・」
×目になった千佳の絵札は、その場にパタンと倒れる。
だが、これで終わりではない。
一旦は引き戻されるが、プレイヤーがゲームオーバーにならない限り、何度でも繰り返し獲物として登場しなければならないのだ。
「要は、クレーンのバケットで、下に散らばるラムネ菓子を掬い上げればよいのであるな?」
ガラス張りの円筒から、中の見定めるムッシュ。
ほとんどが、透明なセロハンに白いラムネ菓子が五錠ほど包まれているが、中には水色地に白のチェック柄のセロハンに包まれた、肌色のラムネ菓子が数個。
そして・・・・
「ここは・・・!?」
― たしか、巨大な手に掴み上げられて、それから…気を失って・・・―
優里は記憶を手繰りながら、辺りを見渡す。
「!?」
起き上がろうとしたが、手足が一切動かない・・・。
いや、動かないのではなく、手足が・・・無いっ!?
「ど…どういう…こと……!?」
いつもは気丈な優里だが、さすがにこの時ばかりは泣きそうになった。
しかし、泣きそうになっても涙すら流せない。
なぜなら、目も鼻も無い・・・
優里は、『白いセロハンに包まれた、肌色のラムネ菓子』になっていたからだ!!
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
思わず叫び声を上げてしまう優里。
辺りをよく見ると、不思議な事にラムネ菓子になった自分の姿は、目で見える(?)範囲だけでも、三~四個見える。
バラバラに散らばるラムネ菓子一個一個に、優里の感覚と意識が共有されていた。
「あの白い妖魔狩人が、まさかラムネ菓子になっているとは。 本当に驚きですな!」
嬉しそうに、クレーンゲーム機に硬貨を投入するムッシュ。
ガタンッ!
小さな音と振動を醸しながら、クレーンがゆっくりと動き出す。
ムッシュは、ここぞ!という位置で、ボタンを押した。
吊り降ろされるクラムシェル型バケットが二枚貝のように開く先には、幾つもに散らばったラムネ菓子がある。
今度は、ゆっくり閉じながら、釣り上がって行くバケット。
そのバケットの中には、二つ三つの普通のラムネ菓子と一緒に、白いラムネ菓子が一つだけ混ざっていた。
円筒を通して、外側の取り出し口に滑り落ちるラムネ菓子。
ムッシュはその中の、白いセロハンに包まれたラムネを摘み上げる。
包みを開け、一錠だけ摘んでマジマジと眺めながら、香りを嗅いでみる。
「うむ、ちょっと汗臭いが、悪くない!」
― や…やめて……!!―
不思議な事に、摘み上げられて匂いを嗅がれる感覚と、ガラスの円筒の中から、その様子を眺める自分と、優里は今……同時に二つの感覚を味わっていた。
ムッシュは充分に香りを楽しむと、口を開き、静かに舌の上にラムネを乗せた。
上顎の歯茎と、舌先をゆっくり重ね、少しだけ押しつぶすように舐めてみる。
シュワワワワ・・・・
― ああ……っ、私……今、溶かされている……。―
自身の身体が溶けていく・・・。
普通なら想像するだけでも恐ろしい事だが、優里は悦楽を感じていた。
「うむ、まるで生クリームのような甘さに、クリーミーな舌触り。 汗とレモン果汁を混ぜたような酸味がアクセントとなって、白い妖魔狩人・・・予想以上の味わいだな!」
ムッシュは何度も何度も舌先で転がし、口の中に広がる優里の味を存分に楽しむと、二粒目を舌の上に乗せた。
― 苦しい……、身体が圧迫される……―
まるで、体全体が軋むような痛みに、凛は目を覚ました。
それもそのはず。
巨大な両手の中で、まるで団子でも拵えるかのように、凛の身体は丸く握りしめられていた。
鼻の先に両膝が押し付けられており、ローティーン独特な膝小僧の土のような匂いが、鼻孔を擽る。
更に握りしめられる力は強くなり、ついには上半身と下半身が重なりあったまま、引っ付いてしまった。
その上で、平らな場所でゴロゴロと転がされ、凛は綺麗な黒い球体と化した。
球体となった凛を巨大な手は摘み上げると、細長いレーンの上に乗せられた。
「ほぅ~っ、このピンボール機は、黒い妖魔狩人が球なのか?」
頭上から、聞いたことのある声が聞こえる。
ガラス板を挟んだその上から、白陰の大きな顔が覗いていた。
白陰は納得しないような表情をしていながらも、ゆっくりプランジャーのノブを引っ張った。
ドンッッ!! 大きなゴムが、勢い良く凛の身体を押し出した。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
高速回転で、レーンを突っ走る凛!
最初のターゲットに衝突すると、反動で勢い良く弾き返される。
盤上を前後左右・・・、プレイヤー視線でも目で追うのが一苦労な動きを、凛は自ら転がり回されているのだ。
プレイフィールドの下部に転がると、待ってましたとばかりに白陰が左右のボタンを押しまくる。
それに合わせ、バッドのようなパーツのフリッパーが、凛を何度も何度も打ち返した。
その度にバンパー、ターゲット、スピナー等に当り、いつの間にか『凛の笑顔がパネルになっている電光表示板』に、ポイントが加点されていく。
以前凛は独楽になって回転させられたことがあるが、ピンボールの球はそれの比では無い。
目を回すのを通り越して、脳みそはミキサーに掛けられたかのように、頭蓋骨の中でグチャグチャに掻き混ぜられていることだろう。
再びアウトレーンを通り、プランジャーに戻ってきた頃には、凛は完全に壊れてしまっていた。
その後、白陰、嫦娥、ムッシュが去った後も、ゲームセンターは無人のまま…稼働していた。
なぜか時折、女生徒やOLなどが行方不明になるが、その原因は誰にも掴められない。
ただ、その度にゲーム機が更新されたかのように、クレーンゲーム機はラムネ菓子が増え、他のゲームも内容が一部変更されていた。
バッド・エンド
| 妖魔狩人 若三毛凛 if | 14:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑