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新・食品工場物語 ●
ゴゴゴゴゴッ!と唸るような機械音が鳴り響き、なんと……凛のいる部屋の鉄製の壁が、少しずつ押し出されるように狭まってきた。
正確には左右の壁の一部と、前面の壁の一部。そして繰り抜いたような、天井の一部であった鉄板だ。
「な…なにを、する気っ!?」
痺れのせいでマトモに立ち上がることもできず、背面の壁に保たれたまま逃げ場を失う凛。
「な~んにも怖がることはないの。ただ……柔らか~いお子ちゃまのお肉を、更に柔らかくなるように、押し潰すだけ!」
内部カメラから状況を覗いているオーナー妹は、嬉しそうに声を掛けた。
もはや、絶体絶命のピンチに見舞われた凛。
どうして、こんな状況に陥ったのか……?
事のきっかけは、友人……千佳とのさりげない会話からだった。
「結局、丘福市で騒がれた都市伝説の数々って、妖木妃絡みだったちゃね!?」
「えっ?」
「だって、そうっちゃろ!? 人喰い蜘蛛女は、妖樹の木から転生した『てんこぶ姫』だったし、羽の生えた巨大蛇、踊る招き猫、はたまた……猫女とか猫耳忍者。聞くところによると、みんな発端は妖木妃絡みっちゃね?」
「もう、済んだことだからいいじゃない。それより中間テスト、来週だよ。前日になって、わたしの所に駆け込まないでよ?」
凛はそう言って、千佳からの振りを適当にかわした。
妖木妃との最終決戦から一ヶ月。
あれから柚子村は、何事もなく平和な日々を過ごしている。妖木妃を倒し、ムッシュ・怨獣鬼も倒した今、人々が妖怪に襲われたり食べられたりすることはないんだ。
静かに思いに耽っていると、再び千佳が話を振ってきた。
「でも、牛味町だったかな?なんか……あっちの方じゃ、妖怪作業員とか言う化け物が、今でも出るとか噂になってるみちゃっちゃよ!」
「妖怪作業員……?」
「うん、作業服着たゾンビみたいな化け物らしいっちゃ!まぁ……ウチもネットで見た話だから、あんまりアテにならんけど、踊る招き猫に匹敵する都市伝説っちゃね!」
千佳はそう言ってニタリと笑う。だが、凛の思いつめたような真剣な表情を見ると、「心配ないちゃよ。妖木妃も死んだし、奴らが活動した柚子村や丘福市でもないやん!ただの都市伝説っちゃよ!」そう言って、慰めるように凛の肩に抱きついた。
そっか、千佳は知らないんだった。妖怪化人間が巣食った……牛味町の食品工場のことは。
次の日曜日、千佳の話が気になった凛は、単身牛味駅に降り立った。タクシーで約15分。山々に囲まれた、幾つかの倉庫や工場。
そのうちの一つ、今では営業休止となった大手冷凍食品会社の神田川第一工場の前に足を運んだ。
あの時は優里お姉さんと二人で来たんだった。そう思いながら、工場敷地内に足を踏み入れる。工場はあの時のままで、人影はまるでない。
さらに裏へ回り、非常口と書かれた扉から中を覗いてみる。
うん、妖怪や人影どころか、小動物の姿すら感じられない。
そうだよ。妖木妃が死んだ今、妖怪化人間が生まれてくる事も無いもんね。やはり、千佳の言っていたとおり、ただの噂だったんだ!
安心した凛は、さっさと家に帰ろうと踵を返した。その瞬間……!
ガンッ!!
振り向いた顔面に強い衝撃を感じ、そのまま仰け反るようにひっくり返ってしまった。黒一色の世界に、無数の星がチカチカと瞬く。
更に、何があったのか考える間も無く、何者かに身体の上に覆い被さるように乗っかられ、強い力で顎を挟みつけられた。そして、開かれた口の中に小さな錠剤のようなものを放り込まれると、それを強引に呑み込まされたのだ。
「な……なんなの!?」
身体から重みが消え、顔を擦りながらゆっくりと瞼を開くと、目の前に一人の中年女性が立っていた。
「うふふふっ♪ 珍しいこともあるもんだね。こんな美味しそうな子鹿ちゃんが、わざわざ……アタシ等の巣に入り込んでくるなんて!」
そう言ってニヤリと微笑む中年女だが、な…なんと、その口端はまるで耳まで届きそうなくらいに裂けている。
その笑顔を見た凛の脳裏に、あの夜の事が思い出された。
「あ…貴方は、この工場のオーナー!?」
そう、妖怪化した作業員を束ねていた、この工場のオーナーであり、同様の妖怪化人間。
「で…でも、まさか……。貴方はわたしが浄化したはず……」
「へぇ~っ!?アンタ、アタシの姉の事を知っているの?」驚きの表情を浮かべる中年女。「そうか。そう言えば……アンタ、今……浄化って言っていたわね。なるほど、姉を人間に戻したのは、アンタね。アタシは、その姉の双子の妹さ!」
ニタリと笑うその口には、牙のような歯が。そして両手の爪は刃物のように鋭く伸びている。
更に、今までどこに潜んでいたのか? 四人の作業員たちが姿を現した。しかも、同じように鋭い爪と牙。どうやら、この者たちも妖怪化人間のようだ。
「どうして、これだけの妖怪化人間が……?」
その疑問に答えるようにオーナー妹は、「アンタがアタシの姉たちと戦ったとき。アタシたちは食料となる人間たちを調達に、トラックで街中へ赴いていたのさ!」そう言って、食品配送用のトラックを指差した。
「ところが戻ってきたら、ただ一人だけ隠れて逃げ延びた作業員がいただけで、他は皆……人間に戻されたと聞いてね、驚いたわよ。」
「やっぱり、生き残りがいたんだ……」 凛はそう呟くと、「霊装っ!!」戦闘準備を整えた。
「ほぉ!たった一人でアタシたちを相手にする気かい!?」
「妖怪化人間なんて、今のわたしなら一人で十分です!」気後れすることもなく、凛とした口調で弓を構える。
しかし、その姿勢は長くは続かなかった。急にビリリリッ…と、電流が走るような痺れが脚や腰、下半身に襲いかかってきたのだ。
「…なっ!?」それは痛みというより、感覚が麻痺するような痺れ。そして徐々に体全体に回り、ついに凛は、腰を抜かしたようにその場に尻もちをついた。
「さっき飲ませた薬、やっと効いてきたようね!」
そう言って、不敵な笑みを浮かべるオーナー妹。「以前、アタシと姉で作った、毒キノコを元にした痺れ薬。アンタに飲ませたのは、それの即効性タイプだったんだけど、効くまで少し時間がかかったようね」
オーナー妹は、そう言いながら凛のサイドテールを摘み上げ、そのまま髪から胸元まで、くんくんと匂いを嗅いだ。
「うんうん。ちょっと土臭いけど、なかなか美味しそうな……お子ちゃまね! 元工場長お気に入りのプレスローラーでペチャンコに潰してから頂こうかしら?」
その言葉に反応したかのように、一人の作業員が歩み寄り、凛の二の腕や太腿に触れた。
「オーナー妹さん。コイツ……逆に、お子ちゃまなだけあって肉が凄く柔らかい。スルメみたいにするのはもったい無いんで、ステーキにしませんか?」
「そぉ~ね~、たしかに言われてみれば……。」
そこまで言うと、突然何かに閃いたように顔を上げ、「元工場長が特注した、もう一つの機械。アレ、使ってみましょう!!」と、満面の笑みを浮かべた。
その後、工場の中に運び込まれた凛。
身体の痺れが治まらないまま放りこまれたのは、鉄の壁で覆われた、3メートル四方の小さな部屋。
「工場長が人間に戻った今、なかなか使う機会が無くて放置していたけど、思い出してみれば結構面白い機械よね、コレ!」
オーナー妹は、そう言って作業員に合図を送る。無言で頷き、スイッチを入れ、各種ツマミを回す作業員。すると……
ゴゴゴゴゴッ!と唸るような機械音が鳴り響き、なんと……凛のいる部屋の鉄製の壁が、少しずつ押し出されるように狭まってきた。
正確には左右の壁の一部と、前面の壁の一部。そして繰り抜いたような、天井の一部であった鉄板だ。
「な…なにを、する気っ!?」
痺れのせいでマトモに立ち上がることもできず、背面の壁に保たれたまま逃げ場を失う凛。
「な~んにも怖がることはないの。ただ……柔らか~いお子ちゃまのお肉を、更に柔らかくなるように、押し潰すだけ!」
内部カメラから状況を覗いているオーナー妹は、嬉しそうに声を掛けた。
まず左右の壁が凛の身体を両脇から挟み込んだ。ギュッ!と身体が軋む。
更に今度は前面の壁が、目と鼻の先まで迫ってきた。必死で腕を突っぱね、押し返そうとするが、まるでビクともせず。そのまま腕を折り曲げるように押し込んできた。
「う……うぐっ…、ぐっ……」前後左右から押し込まれ、肺も押し潰れているのだろう。まともに悲鳴すらあげることができない。
もはや、今の凛は細い角柱に押し込まれた状態だ。
そして、止めを差すように、真上から30cm四方の天井、いや……その一部であった鉄板が音を立ててずり下がって来た。
鉄板は綺麗に角柱の内部に収まると、中にいる凛を押し潰しながら降りていく。
「う…うぎゅ……っ…」それが凛が最後に発した声だった。
「あ~~ん、なんて可愛い断末魔かしら!?」
凛の声にエクスタジーを感じたのか? オーナー妹は、身を捩らせながら自身の股間を弄っている。
「オーナー妹さん、壁を退けますか?」機械を操作しながら、作業員が問いかけた。
「ええ、退けてちょうだい♪」更に激しく身を捩りながら返すオーナー妹。
ゴゴゴゴゴッ……、音を立てながら、ゆっくりと元の位置に戻る四方の壁。
「おおっ♪」そして、そこに残った物体を見て、妖怪化人間誰もが喜びの声をあげた。
そこにあるのは、一辺30cmほどの立方体。そう、それはまさしく……ちょっと大きいサイコロ状になった、凛の姿であった。
真っ先に部屋に駆け込んだのは、オーナー妹だ。サイコロ状になった凛を担ぎ上げると、指先でそれぞれの面を突いてみる。
「プニプニ…とした柔らかさに、適度な弾力! これはもう~っ、見事な肉の塊ね!!」
「それじゃ、オーナー妹さん。予定通り、サイコロステーキでよろしいですか?」作業員の一人が、涎を垂らしながら問いかけてきた。
「ええ、焼き加減は任せるわ!とにかく、美味しく焼いて頂戴!」
「承知いたしました。腕に縒りをかけて、最高のサイコロステーキに仕上げましょう!」
作業員はそう言って凛を受け取ると、相当喜び勇んでいるのだろう。スキップを踏みながら、調理場へと入っていった。
「そんじゃ、最高のサイコロステーキを焼き上げるとするか!」
凛をまな板の上に乗せると、作業員は腕まくりをし、塩・胡椒を手にした。満遍なく凛に振り掛け、優しく指先で肉に染みこませるように伸ばしていく。
「ちょっとの間、このまま置いておいて。」
作業員はそう言いながら、大きなフライパンを用意する。そして、それを強火に掛けラードを垂らした。
脂が馴染んでくるのを見計らうと、次に入れたのはニンニクをスライスしたもの。しゃもじでジュウ~ッ、ジュ~ッ、に炒めると、香ばしい匂いが辺りに漂う。
そこへ、サイコロステーキ肉を投入! 食欲を唆る音と共に焼色が付いてきたら、肉を転がし別の面を焼く。こうして焼色が付くたび転がしては別の面を焼いていく。
こうやって全ての面に焼き目をつけていくのは、こうすることによって表面が固まり、肉汁が外へ逃げなくなるから。
こうして各面に焼き目が入ったら、すぐに弱火にすること。強火のままだと、コレほど大きなサイコロステーキの場合、中に火が通る前に、表面が黒焦げになってしまうのだ。
また、この辺くらいでワインやブランデーを入れて香り付けをしてもいいのだが、本来アルコールの役目は硬い肉を柔らかくするため。したがって、今回みたいに最初から柔らか~いお子ちゃま肉には、必要ないわけで。 香りも独特の子ども肉のものを楽しむため、今回はあえてアルコールは入れないことにする。
最後の仕上げはコンロの火を止め、クロッシュ(ドーム型の蓋)を被せて焼き上げた時間と同じ時間、そのまま待つ。
こうすることで、中までいい具合に火が通り、ジューシーな肉汁を楽しむことができるわけだ。
こうしてついに、お子ちゃま妖魔狩人のサイコロステーキの完成~っ!!
「おおおっ!!!」
運ばれてきた、凛のサイコロステーキを見て、オーナー妹は歓喜の声をあげた。
焼けたニンニクの香ばしい匂いと、お子ちゃま肉の柔らかい匂いが辺りに漂う。
「それじゃ、早速♪」
ナイフとフォークを手にし、ステーキに切れ目を入れていく。まるでバターを切っているような柔らかさ。一口大に切り取ると、大きな口で頬張ってみる。
口の中に広がる甘い肉汁。それは●坂牛の高貴さと、薩●の黒豚の素朴さを足してニで割ったような、今までにない味わい。
肉は本当に柔らかく、歯茎で押し潰すだけでとろけるように崩れていく。
「ちょっと淡泊なところもあるけど、子ども独特の風味と高い霊力がスパイシーな刺激となって、貴重な一品だわ!!」
こうして、次々に手がでるサイコロステーキ。
もちろん、他の作業員も一緒に頂き、残さず綺麗に完食したのは言うまでもない。
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