「胡媚娘の獲猿も、銅角も、あそこまで妖魔狩人を追い詰めておきながら・・・」
麓の洞窟、老酒を口に含み、百陰は静かに息を吐いた。
「あの娘の武器は、邪気や妖気を浄化する霊光矢という弓矢。その威力は殆どの妖怪を一撃で倒している。だが、弓だけに接近されると、逆に手も足もだせない」
再び老酒を喉に流し込む。
「だが、それがわかっていても僅かな隙を付かれ、倒されている。近接攻撃ができ、尚且つ一瞬足りとも隙を与えない攻撃ができる者」
―ふぅ……―
「残念だが、身共の部下にはそのような者はおらん・・・」
「おや、 なにやら深刻な悩みのようじゃね」
声の方へ首を向けると、一人の老婆が立っていた。
まるで草のような緑色の肌、その肌は多くの吹き出物で覆われている。
ギョロリとした大きな目、そうまるで蛙のような老婆である。
「嫦娥か……、しばらく見なかったな」
「ああ、ちょいとこの国を色々見て回ってきていたんじゃよ。この小さな国は、乗り物を使えば一週間もあれば、ある程度回る事ができるからのぉ」
「それで収穫はあったのか?」
「うむ何人か、この国の妖怪を手下にしてきたわ。敵地で戦うには、敵地の兵が適しておるからの」
「なるほど、一理ある」
「そこでお主が先ほど悩んでいた件じゃが・・・・」
柚子村は山々に囲まれた小さな村である。
農地も人家も、山沿いに並んでいるところもある。
また、隣接した街、丘福市との行き来は、当然山沿いの山道を通ることになる。
ここ県道35号線もその一つで、今二台のオートバイが路肩に車両を停め、二人の男女が景色を眺めていた。
ヘルメットを外した男女は20代前半、茶髪で二人共長めの髪、市内の大学生だろうか。
そんな男女の頭上にある崖縁から、なにやら人影らしい姿が見える。
しばらく男女の様子を伺っていたが、突然一人が崖から飛び降りた!
それは普通の人間の三倍位長い腕で、しっかりと女性の体を捕らえと、女性を攫ってそのまま山を駆け下りていく。
「な……なんだ今のは!?」
残った男性は何が起きたか、理解できないまま眺めていたが、フト我に返り後を追おうとした。
その時、目の前に長い棒のようなものが見えたかと思った瞬間、彼の体は大きく吹き飛ばされていた。
痛む顔面を覆い転げまわる男性。
指の隙間から見えたその姿は、足の長さが通常の三倍はあろうかと思われる巨人。
「な……なんだ、おまえは……」
それが彼の最後の言葉だった。
長い足は彼の頭蓋骨が粉々になるまで、何度も何度も踏みつけていた。
「なんだ、男は殺したのかい?」
長い腕で気絶した女性を抱え、もう一人が戻ってきた。
通常の人間の三倍ほどの長さの両腕、それ以外は人間と大差ない姿。
「せっかく男の方は、アタシが貪って遊ぼうと思ったのに」
更に膨らんだ胸、それは女だった。
「何を言っている。人間の男なんて、すぐに喚くし、肉は硬くて不味いし、良いことないじゃねぇーか」
そう答えたのは、足の長さが通常の三倍ほどの長さの巨人。頭は少し禿げており、どうやら男のようだ。
「まぁ、いいわ。そっちの死んだ男は干し肉にして、今夜はこの若い女を喰らいましょう!」
腕の長い女はそう言って嬉しそうに微笑んだ。
腕の長い女、それは『手長』と呼ばれる妖怪。そしてもう一人の足の長い男、こいつは『足長』と呼ばれる妖怪である。
二人で『手長足長』と呼ばれる妖怪は、元々東北地方に生息している。
大昔から旅人を攫って食ったり悪行が絶えなかったので、旅の僧が磐梯山に封印したと言われていた。
「あんた達、来て早々好き勝手やるのは構わぬが、本来の目的を忘れるでないぞ」
そう言って現れた緑色の肌の老婆。嫦娥である。
「わかっているわい! ここで騒ぎを起こして俺たちを狩りに来る奴を殺せって事だろ!?」
まるで山の頂から見下ろすように、足長巨人の足長は嘲笑うように答えた。
「大騒ぎを起こしてはならん、人間共が大勢押しかけてきては、我々もそれ相応の頭数を揃えなければならん。 あくまでも誘き出すのは、妖魔狩人ただ一人じゃ」
「ちっ、面倒くせーな! 大勢押しかけてくれば大勢殺せばいいだけだろ!」
「口答えは許さんぞ、お主たちを封印から解いてやったのは、この私じゃ。また…山の中に封印してやろうか?」
嫦娥はそう言って、懐から玉のようなものを取り出した。
「足長、言うとおりにするのよ! アタシはもう……何百年も封印されるのは懲り懲りだからね!」
手長が窘めるように、口を開いた。
「わかったよ、とにかくあまり大騒ぎにならない程度に騒ぎを起こし、妖魔狩人とやらを誘き出して殺せばいいんだろう?」
「その通りじゃ。うまくいったら私の直属の部下として、永遠にこの地で生きられるようにしてやろう」
「部下っていうのは気に入らねぇが、とりあえず言うことは聞いてやるぜ」
しばらくして県道35号線で不可思議な事故が起きるという噂が村中に広がったのは、約一週間後であった。
噂の内容はこうだった。
若い男女、もしくは女性だけが35号線を通ると、神かくしに合うという。
現場には乗ってきた車両のみが置き去りにされ、乗車してきた者は行方不明になっていた。
死体も発見できないため、事故とも事件ともつかず、捜査も一向に先へ進まなかった。
その噂が凛や金鵄の耳に入ったのは、更に三日後である。
自転車で山道を登る凛と金鵄。
はっきり言って漕いで登るのはかなりの労働である。大きなため息と共に自転車を降り、押して登ることにした。
登りながら金鵄は凛に話しかける。
「なぁ……凛、なぜ麒麟に助けを求めないんだ?」
「助け・・・?」
「そうだよ、銅角を倒したことで麒麟には元の力が戻っているはずだ。東洋でも五本の指に入ると言われている麒麟が味方につけば、僕達の戦いもずっと楽になる」
金鵄の言い分はもっともだ。麒麟が加われば戦いはもっと楽になるだろう。
「せっかく戻った力……、また戦いで失うのも辛いだろうな……って」
「えっ!?」
「金鵄も麒麟も、この国の為に命がけで戦っていたんだよね。わたし自身も幾つかの戦いをしてみて、人間も……そして妖怪にも大切な命があるって知った」
「妖怪も……? あっ……この間の小白……!?」
「うん。命の大切さって、人間も妖怪も変わらないんだと思う」
凛は足を止め金鵄を見つめると
「だからね、そんな危険な戦いにもう一度加わってって、なんか言い難くて」
そう言って照れくさそうに微笑んだ。
だが、その笑顔はどこか悲しそうであった。
「凛……」
その時、頭上から長い腕が襲いかかってきた!
「妖怪かっ!?」
先に気づいた金鵄が腕に体当たりする。
動きが鈍った瞬間、凛はその場を離れ・・・
「霊装!!」
戦闘服を装着し、弓を手に取る。
「その格好、その霊気……、あんたが妖魔狩人かい?」
長い腕の主、手長が両手を広げるように構えた。
「日本妖怪!? まさか……お前たちがここを通る人達を!?」
金鵄が驚きの声を上げた。
「その通りさ、妖怪が人間を襲って何がおかしいだい?」
手長はそう言ってせせら笑うと両手で挟み込むように襲いかかる。
「くっ!」
必死で飛び避け、弓を構えようとした瞬間……
「凛っ、危ないっっっ!!」
間髪入れず、長い足蹴りが凛を直撃した。
「……っ!!」
悲鳴すら上げられず吹き飛ぶ凛。
強固な防御力を誇る戦闘服を着ていなければ、今の一撃であばら骨の二~三本は折れていただろう。
「もう一匹いたのか……。しかもその足の長さ……そうか、お前たち手長足長だな!?」
凛を蹴り倒した足の長い妖怪の姿を見て、金鵄は思い出したように叫んだ。
「さすがは霊鳥金鵄、よく知ってるじゃねぇーか!」
人間の三倍はあろうかと思われる長足で、頭がやや薄い妖怪足長は、ニヤッと笑った。
「だったら俺たちが相当凶悪だって事も知っているよな~」
足長は小馬鹿にするような口調で、再び凛に向かって足を振りかざす。
「くっ……」
喰らう寸前で仰け反り、辛うじて強力な足蹴りをかわした凛。
すぐさま弓を向け弦を引こうとすると、背後から長い手刀が襲いかかった。
バキッ!!
またも吹き飛ばされる凛。
こめかみ辺りはざっくり切れ、血が流れている。
「なんてことだ……、間髪入れない連携攻撃で、凛が反撃する隙がない……」
凛の攻撃は『霊光矢』という弓を使った射撃攻撃だ。
並みの妖怪ならば一撃で倒せる程の高い威力を誇る攻撃だが、『構える』『狙いを定める』『撃つ』という三つの動作が必要である。
今までの敵は、凛が避けながら間合いを開けたり、相手を足止めし隙を作ったり、そうして倒してきた。
だが、今回の手長足長は異様に手足が長く、それぞれの間合いが広い。
しかも息の合った連携攻撃をしてくると、凛は構える隙さえ与えてもらえない。
「このままでは、凛は間違いなく殺される……」
今まで以上の強敵だと悟った金鵄。
① 金鵄は大急ぎで麒麟の元へ飛んだ。
② 金鵄は全力で手長足長に立ち向かった。
----------------------------------------------------------------
『-後編-』へ続く。
そのまま、下のスレをご覧ください。