2015.11.24 Tue
妖魔狩人 若三毛凛 if 第18話「 妖木妃の目覚め -前編-」
紫色の空が、辺りを包む夜明け前。
犬乙山の麓の洞窟を出た、白陰、嫦娥、ムッシュ・怨獣鬼の三人は、柚子神社という小さな神社に辿り着いた。
約三ヶ月半前、この神社で凛と妖木妃が対峙したのが、もう数年も前の事のように感じられる。
妖木妃の放った黒炎弾は、樹木をなぎ倒し、参道を吹き飛ばし、辺り一面を焼き野原と化した。
焼け焦げた木々。地肌が覗く石畳。
今なおその惨状は残ったままで、参拝に来るものは誰一人といない。
今三人は、その凄まじさを実感しながら、拝殿へと向った。
感じる・・・・。
拝殿から、強く大きな闇の鼓動が感じ取れる。
「来たか・・・?」
拝殿の内から、低く重い、女性の声が聞こえた。
扉がゆっくり開くと、闇の鼓動は、直接身体に重くのしかかるように感じられた。
そこには、中国貴族が着ている華やかな出で立ち。青く透き通るような澄んだ肌。
冷たく光る切れ長の眼差しに、存在感の大きい花の髪飾り。
「この方が妖木妃・・・?」
ムッシュですら、目を奪われるような妖艶な美女。
中国妖怪闇の王妃…妖木妃が、待ちくたびれたように立っていた。
「妖木妃様。お目覚めされるのを、ずっと待ち焦がれておりました」
一歩前に出た白陰は、その場で跪き頭を下げた。
嫦娥も後に続いて跪く。
「ワシが眠りについてから今日まで、侵攻状況はどこまで進んでおる?」
妖木妃の鋭く冷たい目が、白陰を突き刺すように見下ろした。
「侵攻状況は・・・・・・・」
青ざめたまま言葉が出ない白陰。
「ワシが見たところ、この国どころかこの小さな村ですら、奪い取れていないように見受けられるが?」
言葉に詰まる白陰の、退路を断つような重い言葉。
「も・・申し訳ございません! 妖魔狩人に・・、妖魔狩人に侵攻を邪魔されており・・・」
「妖魔狩人・・? あの霊鳥金鵄が見つけた、人間の小娘か?」
「はい。あの娘はその後仲間を増やし続け、身共たちの刺客を尽く退けております」
「仲間・・・? 人数は・・・?」
「黒・・、白・・、赤・・、青・・。現在四人・・・」
白陰がそう言い終えた瞬間!
妖木妃が高々と上げた右腕には、黒い炎の塊が。
それを、白陰に向けて投げ放つ。
「ひぃぃぃっ・・・」
白陰の目の前で、黒い炎が高々と燃え上がった。
「たった四人の人間相手に、何をしているのだ!?」
「も・・申し訳ございません」
白陰はガタガタと震えながら、更に深々と土下座をした。
「白陰よ。直様中国本土に連絡を入れ、我が配下の妖怪を、この村に全て集めよ!」
「全ての妖怪を、この村に・・・ですか?」
「そうだ。密かに事を進めようと思っておったが、今のままではまったく先へ進まん。こうなれば、力づくでこの地を奪い取る!」
「承知いたしました。大至急、妖怪たちを呼び寄せます!」
白陰はそう言って立ち上がると、逃げるようにその場を去っていった。
「さて、残るは嫦娥。この場に姿の見えない銅角。そして、そこにいるのは・・・?」
妖木妃は跪く嫦娥と、腕組をしたまま、待ち疲れたように立っているムッシュに目をやった。
「銅角は黒い妖魔狩人によって倒されました。そして、そこにいるのは・・・」
嫦娥は妖木妃の問いに簡単に答えると、そのままムッシュへ視線を送った。
「吾輩、ムッシュ・怨獣鬼と申します。貴女が妖木妃殿でございますな? 以後お見知り置きを」
ムッシュは右手を胸に当て、軽く会釈をした。
「ただの妖怪とは思えぬ。貴様、何かしら目的があって、我らに近づいているのではないか?」
「ウイ。この世の人間全てを家畜にした、妖怪牧場の設立。これにご協力いただければ・・と」
「妖怪牧場・・・。面白い発想だ」
「ご理解頂けて光栄です。そういったわけですので吾輩、世界征服のような野望は、一切持っておりません。したがって、貴女様と敵対する気もございません!」
ムッシュはそう言って自慢のカイゼル髭を、ピンと引き伸ばした。
「愉快なヤツだ。よかろう、ワシの配下としてではなく、客人として扱おう」
妖木妃もそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
互いの挨拶を終えると、ムッシュは思いついたように二人に背を向けた。
「ムッシュ、どこへ行くのじゃ?」
つい声を掛ける嫦娥。
「うむ。せっかくこうして妖木妃殿にお目通りして頂けたので、一つ・・祝いの料理でも作ろうかと思いましてな」
そう言って、善は急げとばかしに、その場を去っていった。
白陰、ムッシュの二人が離れ、二人きりとなった妖木妃と嫦娥。
「さて、儂もそろそろ、おいとまさせて頂きますじゃ」
なにか気まずいように、嫦娥はスルリと立ち上がった。
「久しぶりに会ったんだ。ゆっくりしていいのだぞ?」
そんな嫦娥を、嘲笑うように問いかける妖木妃。
「い・・いえ、宿敵…妖魔狩人の動向を探りながら、ついでにこの近辺で、手下にできる日本妖怪を探してみますじゃ・・」
「ほぉ・・そうか。いい手下が見つかると良いな?」
どう聞いても、皮肉としか聞こえないその言葉。
それは、主君と部下とは思えない。まるで仇同士のような、そんな空気すら感じられる。
嫦娥は何も答えず、そそくさと立ち去っていった。
八月も終盤。夏休みの残り日数も、数えるほどになっていた。
今日は柚子中学校、全校登校日。
この日、凛は朝から気分が優れなかった。
その理由(わけ)は、いつになく邪悪な妖気が、感じ取れていたからである。
こんな邪悪な妖気、今まで初めてだ。いや、初めてじゃない・・。
そう・・・一度。いえ、二度程直面したことがある。
凛は薄々と気づいていた。この妖気が、妖木妃のものであるかもしれない事を。
だが、認めたくない。
なぜなら、一度目は普通の女子中学生だった凛を、瀕死に追い込み。そして二度目は、圧倒的な力で敗北を味あわされた・・。この恐るべき妖気。
妖気は、その戦いのあった柚子神社の方角から、感じ取れる。
学校が終わったら、様子を見に行ってみよう。
その頃、金鵄は若三毛家の、凛の部屋にいた。
金鵄もまた、一つの不安事項を抱えていた。
霊体のままなら、まだそこまで感じられない。だが実体化すると、明らかに霊力の不足を感じられる。
ここ数日。それによる現象は、空を飛べなくなったり、動くことすらできない事もあった。
考えてみれば、約三ヶ月半前、妖木妃と戦って敗れ。
その時、偶然巻き込んでしまった凛。その凛が瀕死の重症を負い、その命を助けるために、自らの霊力を分け与えた。
その後も危機の度に、残り少ない霊力を振り絞ってきている。
霊力によって存在を形成している霊鳥が、その霊力を失うとき。それは、間違いなく死を意味する。
そうだ。僕の命は長くない。
だからこそ、朝から感じ取れるこの恐るべき妖気。
今、アイツに目覚められては困るのだ。
凛や優里、千佳。そして新たな仲間・・瀬織。彼女たちがもう少し力をつけるまで。
彼女たちだけで、この危機を乗り越えられる力がつくまで。
それまでは、まだ目覚めてほしくない。
そう思わずには、いられなかった。
「さて、ああは言ったものの、祝いの料理は何にするべきか?」
柚子神社を出てから、当てもなく彷徨い歩くムッシュ。
ご存知の通り柚子村は、農産業が主要の村である。
少し歩けば、右を見ても左を見ても、目に映るのは田んぼや畑ばかり。
今、ムッシュの目に映る景色は、まさしくそれであった。
だが、その先に少し大きな建物が見える。
横長のその建物からは、少し甲高い声が、ワ~ッ!ワ~ッ!ワ~ッ!ワ~ッ!と聞こえてくる。
「ガキどもの声? 相変わらず、癇に障る声ですな」
ウンザリするように溜息をつきながらも、その建物に歩を進めてみた。
そこは柚子村立柚子小学校。
以前、ムッシュの血で蘇った独楽妖怪ネンカチが、小学生たちを独楽に変えた、あの小学校だ。
今日は、中学校同様、小学校も全校登校日。
見ると、学校はもう終わっているのか?
校門から、帰宅するように出て行く児童もいれば、まだ校庭で遊びまわっている児童もいる。
「それにしても、今のガキは栄養が行き届いているのか? 割りと良い身体をしていて、見るからに美味そうなガキが多いものだな」
ムッシュは、まるで品定めをするかのように、児童たちを見渡す。
「ガキ・・・? うむ、ガキね・・!」
何かを思いついたように、学校と反対側にある、山の景色に視線を移す。
まだ青々とした木々が茂っているが、あと二ヶ月もすれば紅葉し、秋を実感するであろう。
秋。そう、秋と言えば味覚の秋。味覚の秋と言えば、思い浮かぶのが・・・柿!
柿=ガキ!
ムッシュの頭の中で、何故かそういう公式が浮かび上がった。
そもそも、柿は中国から伝わってきたもの。
日本に昔からある、吊し柿や干し柿。たしか中国にもありましたね。
ムッシュはそう思い、懐から自身が作成したレシピ本を取り出す。
パラパラと頁をめくっていると、一つの文と絵が目に入った。
円盤状に押し潰された、中国の干し柿『柿餅(シービン)』。
「うむ、悪くない! 祝いの料理はこれでいきますかな!?」
ムッシュはそう頷くと、丁度校門から出てきた、五~六年生くらいの三人の少女たちに目を止めた。
「ボンジュール、子どもたち!」
カイゼル髭をピンと立て、にこやかな笑顔で呼び止める。
しかし、二メートル近い巨体に、更に大きく見せるコック帽。ギラギラと光る、赤い瞳。黒みがかった褐色の肌。
それは子どもからしてみれば、どう見ても不審者以外何者でもない。
「いやぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げて、逃げようとする少女たち。
「面倒くさいですな・・・」
ムッシュは大きく溜息をついたが、すっと飛び出し、少女達の眼前に移動した。
それは瞬間移動かと思わせる、コンマ数秒の動き。
そして、呆気にとられる少女たちの額に、ピン!ピン!ピン!と、デコピンを与えた。
少女たちは声を上げることすらできず、その場に崩れるように倒れこんだ。
ムッシュは、三人の少女を担ぎ上げると、鼻歌交じりでその場を去ろうとした。
その時・・・・
「そこの人、すぐに子どもたちを下ろしなさい!!」
背後から気の篭った声が、突き刺すように発せられた。
何事ですか?と言った表情で振り返る。
そこには空色の半袖シャツに縞の腕章。紺色のタイトスカートに、同色で旭日章の入った、丸い帽子。
真っ直ぐ伸ばした右手には、二つ折りのパスケースのような物が握られており、それには顔写真と名前、帽子同様…旭日章らしきものが記されている。
そう、それは一人の若い女性警察官だった。
「ほぅ・・?」
ムッシュは少し関心を持った。
切れ長の目元に、通った鼻筋。キリリと上がった眉。手入れ不足なのか、艶がイマイチ無いが、黒く短い髪がよく似合っている。
美女・・・とまでは呼べないが、しかし決して『悪くない』二十代半ばくらいの若い女性警察官であった。
「早く、子どもたちを下ろしてください!」
女性警察官は、念を押すように、再度警告してきた。
やれ…やれ…といった表情で、子どもたちを下ろすムッシュ。
それを見て、少し安心したのだろうか。
「ありがとうございます。では、少しお話を伺いたいので、交番まで同行願えますか?」
女性警察官は、心持ち優しい口調に変え、問い直してきた。
と・・・・、次の瞬間!!
女性警察官の目の前に、影絵のキツネみたいな格好した、大きな黒褐色の手が迫ってきた。
ビンっ!!
デコピン一撃っ!!
あまりの衝撃に女性警官は数メートル程弾け飛び、グルグル目のその表情から、気を失っていることは一目でわかった。
ムッシュは、女性警察官の制服の襟元をつまみ、そのまま釣り上げると、
「これは…これで、なかなか美味そうな食材ですな。ただ・・・・」
クン・・クン・・クン・・
女性警官の全身を、むら無く嗅いでみる。
「少し…というか、結構・・汗臭いですな。肉も少々硬そうですし。ですが、逆に調理のしがいはありますな!」
そう言うと、ちょっとラッキー♪な表情で女性警官を肩に担いだ。
そして、気絶している少女たちも担ぎあげると、悠然とその場を去っていった。
立ち去ったその後には、彼女が持っていたと思われる、『高嶺百合』と記された警察手帳が、ポツリと落ちていた。
犬乙山の麓の洞窟を出た、白陰、嫦娥、ムッシュ・怨獣鬼の三人は、柚子神社という小さな神社に辿り着いた。
約三ヶ月半前、この神社で凛と妖木妃が対峙したのが、もう数年も前の事のように感じられる。
妖木妃の放った黒炎弾は、樹木をなぎ倒し、参道を吹き飛ばし、辺り一面を焼き野原と化した。
焼け焦げた木々。地肌が覗く石畳。
今なおその惨状は残ったままで、参拝に来るものは誰一人といない。
今三人は、その凄まじさを実感しながら、拝殿へと向った。
感じる・・・・。
拝殿から、強く大きな闇の鼓動が感じ取れる。
「来たか・・・?」
拝殿の内から、低く重い、女性の声が聞こえた。
扉がゆっくり開くと、闇の鼓動は、直接身体に重くのしかかるように感じられた。
そこには、中国貴族が着ている華やかな出で立ち。青く透き通るような澄んだ肌。
冷たく光る切れ長の眼差しに、存在感の大きい花の髪飾り。
「この方が妖木妃・・・?」
ムッシュですら、目を奪われるような妖艶な美女。
中国妖怪闇の王妃…妖木妃が、待ちくたびれたように立っていた。
「妖木妃様。お目覚めされるのを、ずっと待ち焦がれておりました」
一歩前に出た白陰は、その場で跪き頭を下げた。
嫦娥も後に続いて跪く。
「ワシが眠りについてから今日まで、侵攻状況はどこまで進んでおる?」
妖木妃の鋭く冷たい目が、白陰を突き刺すように見下ろした。
「侵攻状況は・・・・・・・」
青ざめたまま言葉が出ない白陰。
「ワシが見たところ、この国どころかこの小さな村ですら、奪い取れていないように見受けられるが?」
言葉に詰まる白陰の、退路を断つような重い言葉。
「も・・申し訳ございません! 妖魔狩人に・・、妖魔狩人に侵攻を邪魔されており・・・」
「妖魔狩人・・? あの霊鳥金鵄が見つけた、人間の小娘か?」
「はい。あの娘はその後仲間を増やし続け、身共たちの刺客を尽く退けております」
「仲間・・・? 人数は・・・?」
「黒・・、白・・、赤・・、青・・。現在四人・・・」
白陰がそう言い終えた瞬間!
妖木妃が高々と上げた右腕には、黒い炎の塊が。
それを、白陰に向けて投げ放つ。
「ひぃぃぃっ・・・」
白陰の目の前で、黒い炎が高々と燃え上がった。
「たった四人の人間相手に、何をしているのだ!?」
「も・・申し訳ございません」
白陰はガタガタと震えながら、更に深々と土下座をした。
「白陰よ。直様中国本土に連絡を入れ、我が配下の妖怪を、この村に全て集めよ!」
「全ての妖怪を、この村に・・・ですか?」
「そうだ。密かに事を進めようと思っておったが、今のままではまったく先へ進まん。こうなれば、力づくでこの地を奪い取る!」
「承知いたしました。大至急、妖怪たちを呼び寄せます!」
白陰はそう言って立ち上がると、逃げるようにその場を去っていった。
「さて、残るは嫦娥。この場に姿の見えない銅角。そして、そこにいるのは・・・?」
妖木妃は跪く嫦娥と、腕組をしたまま、待ち疲れたように立っているムッシュに目をやった。
「銅角は黒い妖魔狩人によって倒されました。そして、そこにいるのは・・・」
嫦娥は妖木妃の問いに簡単に答えると、そのままムッシュへ視線を送った。
「吾輩、ムッシュ・怨獣鬼と申します。貴女が妖木妃殿でございますな? 以後お見知り置きを」
ムッシュは右手を胸に当て、軽く会釈をした。
「ただの妖怪とは思えぬ。貴様、何かしら目的があって、我らに近づいているのではないか?」
「ウイ。この世の人間全てを家畜にした、妖怪牧場の設立。これにご協力いただければ・・と」
「妖怪牧場・・・。面白い発想だ」
「ご理解頂けて光栄です。そういったわけですので吾輩、世界征服のような野望は、一切持っておりません。したがって、貴女様と敵対する気もございません!」
ムッシュはそう言って自慢のカイゼル髭を、ピンと引き伸ばした。
「愉快なヤツだ。よかろう、ワシの配下としてではなく、客人として扱おう」
妖木妃もそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
互いの挨拶を終えると、ムッシュは思いついたように二人に背を向けた。
「ムッシュ、どこへ行くのじゃ?」
つい声を掛ける嫦娥。
「うむ。せっかくこうして妖木妃殿にお目通りして頂けたので、一つ・・祝いの料理でも作ろうかと思いましてな」
そう言って、善は急げとばかしに、その場を去っていった。
白陰、ムッシュの二人が離れ、二人きりとなった妖木妃と嫦娥。
「さて、儂もそろそろ、おいとまさせて頂きますじゃ」
なにか気まずいように、嫦娥はスルリと立ち上がった。
「久しぶりに会ったんだ。ゆっくりしていいのだぞ?」
そんな嫦娥を、嘲笑うように問いかける妖木妃。
「い・・いえ、宿敵…妖魔狩人の動向を探りながら、ついでにこの近辺で、手下にできる日本妖怪を探してみますじゃ・・」
「ほぉ・・そうか。いい手下が見つかると良いな?」
どう聞いても、皮肉としか聞こえないその言葉。
それは、主君と部下とは思えない。まるで仇同士のような、そんな空気すら感じられる。
嫦娥は何も答えず、そそくさと立ち去っていった。
八月も終盤。夏休みの残り日数も、数えるほどになっていた。
今日は柚子中学校、全校登校日。
この日、凛は朝から気分が優れなかった。
その理由(わけ)は、いつになく邪悪な妖気が、感じ取れていたからである。
こんな邪悪な妖気、今まで初めてだ。いや、初めてじゃない・・。
そう・・・一度。いえ、二度程直面したことがある。
凛は薄々と気づいていた。この妖気が、妖木妃のものであるかもしれない事を。
だが、認めたくない。
なぜなら、一度目は普通の女子中学生だった凛を、瀕死に追い込み。そして二度目は、圧倒的な力で敗北を味あわされた・・。この恐るべき妖気。
妖気は、その戦いのあった柚子神社の方角から、感じ取れる。
学校が終わったら、様子を見に行ってみよう。
その頃、金鵄は若三毛家の、凛の部屋にいた。
金鵄もまた、一つの不安事項を抱えていた。
霊体のままなら、まだそこまで感じられない。だが実体化すると、明らかに霊力の不足を感じられる。
ここ数日。それによる現象は、空を飛べなくなったり、動くことすらできない事もあった。
考えてみれば、約三ヶ月半前、妖木妃と戦って敗れ。
その時、偶然巻き込んでしまった凛。その凛が瀕死の重症を負い、その命を助けるために、自らの霊力を分け与えた。
その後も危機の度に、残り少ない霊力を振り絞ってきている。
霊力によって存在を形成している霊鳥が、その霊力を失うとき。それは、間違いなく死を意味する。
そうだ。僕の命は長くない。
だからこそ、朝から感じ取れるこの恐るべき妖気。
今、アイツに目覚められては困るのだ。
凛や優里、千佳。そして新たな仲間・・瀬織。彼女たちがもう少し力をつけるまで。
彼女たちだけで、この危機を乗り越えられる力がつくまで。
それまでは、まだ目覚めてほしくない。
そう思わずには、いられなかった。
「さて、ああは言ったものの、祝いの料理は何にするべきか?」
柚子神社を出てから、当てもなく彷徨い歩くムッシュ。
ご存知の通り柚子村は、農産業が主要の村である。
少し歩けば、右を見ても左を見ても、目に映るのは田んぼや畑ばかり。
今、ムッシュの目に映る景色は、まさしくそれであった。
だが、その先に少し大きな建物が見える。
横長のその建物からは、少し甲高い声が、ワ~ッ!ワ~ッ!ワ~ッ!ワ~ッ!と聞こえてくる。
「ガキどもの声? 相変わらず、癇に障る声ですな」
ウンザリするように溜息をつきながらも、その建物に歩を進めてみた。
そこは柚子村立柚子小学校。
以前、ムッシュの血で蘇った独楽妖怪ネンカチが、小学生たちを独楽に変えた、あの小学校だ。
今日は、中学校同様、小学校も全校登校日。
見ると、学校はもう終わっているのか?
校門から、帰宅するように出て行く児童もいれば、まだ校庭で遊びまわっている児童もいる。
「それにしても、今のガキは栄養が行き届いているのか? 割りと良い身体をしていて、見るからに美味そうなガキが多いものだな」
ムッシュは、まるで品定めをするかのように、児童たちを見渡す。
「ガキ・・・? うむ、ガキね・・!」
何かを思いついたように、学校と反対側にある、山の景色に視線を移す。
まだ青々とした木々が茂っているが、あと二ヶ月もすれば紅葉し、秋を実感するであろう。
秋。そう、秋と言えば味覚の秋。味覚の秋と言えば、思い浮かぶのが・・・柿!
柿=ガキ!
ムッシュの頭の中で、何故かそういう公式が浮かび上がった。
そもそも、柿は中国から伝わってきたもの。
日本に昔からある、吊し柿や干し柿。たしか中国にもありましたね。
ムッシュはそう思い、懐から自身が作成したレシピ本を取り出す。
パラパラと頁をめくっていると、一つの文と絵が目に入った。
円盤状に押し潰された、中国の干し柿『柿餅(シービン)』。
「うむ、悪くない! 祝いの料理はこれでいきますかな!?」
ムッシュはそう頷くと、丁度校門から出てきた、五~六年生くらいの三人の少女たちに目を止めた。
「ボンジュール、子どもたち!」
カイゼル髭をピンと立て、にこやかな笑顔で呼び止める。
しかし、二メートル近い巨体に、更に大きく見せるコック帽。ギラギラと光る、赤い瞳。黒みがかった褐色の肌。
それは子どもからしてみれば、どう見ても不審者以外何者でもない。
「いやぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げて、逃げようとする少女たち。
「面倒くさいですな・・・」
ムッシュは大きく溜息をついたが、すっと飛び出し、少女達の眼前に移動した。
それは瞬間移動かと思わせる、コンマ数秒の動き。
そして、呆気にとられる少女たちの額に、ピン!ピン!ピン!と、デコピンを与えた。
少女たちは声を上げることすらできず、その場に崩れるように倒れこんだ。
ムッシュは、三人の少女を担ぎ上げると、鼻歌交じりでその場を去ろうとした。
その時・・・・
「そこの人、すぐに子どもたちを下ろしなさい!!」
背後から気の篭った声が、突き刺すように発せられた。
何事ですか?と言った表情で振り返る。
そこには空色の半袖シャツに縞の腕章。紺色のタイトスカートに、同色で旭日章の入った、丸い帽子。
真っ直ぐ伸ばした右手には、二つ折りのパスケースのような物が握られており、それには顔写真と名前、帽子同様…旭日章らしきものが記されている。
そう、それは一人の若い女性警察官だった。
「ほぅ・・?」
ムッシュは少し関心を持った。
切れ長の目元に、通った鼻筋。キリリと上がった眉。手入れ不足なのか、艶がイマイチ無いが、黒く短い髪がよく似合っている。
美女・・・とまでは呼べないが、しかし決して『悪くない』二十代半ばくらいの若い女性警察官であった。
「早く、子どもたちを下ろしてください!」
女性警察官は、念を押すように、再度警告してきた。
やれ…やれ…といった表情で、子どもたちを下ろすムッシュ。
それを見て、少し安心したのだろうか。
「ありがとうございます。では、少しお話を伺いたいので、交番まで同行願えますか?」
女性警察官は、心持ち優しい口調に変え、問い直してきた。
と・・・・、次の瞬間!!
女性警察官の目の前に、影絵のキツネみたいな格好した、大きな黒褐色の手が迫ってきた。
ビンっ!!
デコピン一撃っ!!
あまりの衝撃に女性警官は数メートル程弾け飛び、グルグル目のその表情から、気を失っていることは一目でわかった。
ムッシュは、女性警察官の制服の襟元をつまみ、そのまま釣り上げると、
「これは…これで、なかなか美味そうな食材ですな。ただ・・・・」
クン・・クン・・クン・・
女性警官の全身を、むら無く嗅いでみる。
「少し…というか、結構・・汗臭いですな。肉も少々硬そうですし。ですが、逆に調理のしがいはありますな!」
そう言うと、ちょっとラッキー♪な表情で女性警官を肩に担いだ。
そして、気絶している少女たちも担ぎあげると、悠然とその場を去っていった。
立ち去ったその後には、彼女が持っていたと思われる、『高嶺百合』と記された警察手帳が、ポツリと落ちていた。
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