2014.07.28 Mon
妖魔狩人 若三毛凛 if 公式外伝 03『その後のムッシュ』 作:MT様
いよいよ、妖怪たちの総攻撃が始まった。
それに対抗するように、妖魔狩人とその協力者も、その戦いに挑んでいった。
死闘は連日連夜続き、一つ、また一つと、命が失われていった。
妖怪も総大将が討ち取られ、幹部の妖怪も、ことごとく命を散らした。
しかし、最後の最後に、ずたぼろとなった妖魔狩人を捕えた妖怪がいた。
その妖怪は、妖魔狩人を果物と一緒に生地で包みこみ、サクサクに焼き上げて食べてしまった。
かくして、妖魔狩人と人類は敗北し、この国はその妖怪を筆頭に、支配されることとなった。
人間に生存権も人権もなく、妖怪たちの気のままに、思いのままにその命を散らし、その姿を奪われ、それが日常的な娯楽のようになっていた。
石造りの荘厳な宮殿は、西洋にかぶれた現在の妖怪の総大将の、趣味のままに建造された、彼のための居城である。
昇った朝日が照り付けて、その美しい光に、彼は目を覚ました。
パチッと起きて、目をこすり、すがすがしい朝を迎え、ベッドから出た。
顔を洗い、昨日の夜に食べた料理のことを、思い出していた。
西洋風カツレットの煮込みのライス乗せ~ミートソースを添えて~
何のことだかさっぱりだが、ようはカツ丼にミートソースをかけたものだった。
さくさくがわずかに残ったカツに、半熟とろとろの卵がかかり、その上からさらに特製ミートソースがかかっていた。バジルが添えられており、西洋感が出ていた。
とてもおいしかったものの、創作料理としては、いまいちひねりがなかった。
素材がいいとはいえ、まだまだ厳選素材があったのだろう。
料理の腕である程度はカバーができても、やはりいい素材があってこそ、いい料理ができるのかもしれない。
コック帽をかぶり、髭を整えて、彼は鏡でどこも変ではないか、確認をした。
「うむ!悪くない!」
ムッシュは、どかどかと歩き、宮殿から出て行った。
空は朝のはずなのに、赤みがかかっていた。妖怪の妖気が充満し、空気がよどんでしまっていた。しかし、妖怪にとっては、むしろ心地のいい空間だった。
宮殿の隣、石造りの牢屋には、何人もの女性が収容されており、みなぶるぶる震え、今日を生きられるか、明日を生きられるかを、案じていた。
がちゃっ
ムッシュが入ってきた。昨日も一昨日も、その前も、決まった時間にやってきて、人間を何人か持って行ってしまうのだ。
新鮮な人間は、手下がまた捕えてくるため、いくらでも増える算段なのだ。
10人捕えてくるよう命じても、7人しか連れてこないのが、問題だが。
縄を引っ張り、5人を引っ張り出して、その縄を手に、牢屋を後にした。
縄の先の人間たちは、みなワンワンキャーキャー喚いていたものの、彼にはどうでもいいことだった。
ムッシュの運営する牧場へとたどり着くと、人間はみな恐怖した。
牧場には巨大な化け物が何体もおり、そのどれもが、人間に対する恨みの塊みたいなものだった。
養鶏場にたどり着くと、ムッシュはまず一人、そこに放り投げた。
「きゃっ!」
どさっと、放り込まれた女性は倒れ込み、涙目ながらに顔を上げた。
「クエー!」
大きな大きな鶏は、もはや動物の域を超えて、化け物だった。
「いやっ 来ないで!」
女性は抵抗した。すでに何日も着ているスーツには、何の力もなかった。
赤い眼鏡の顔が、鶏にかぶりつかれてしまった。
ずるっずるっ
鶏は嘴と顎を大きく開けて、女性を丸呑みした。
やがて体内に入ると、光を空かして人の姿が見えた。しかし、その姿もみるみる見えなくなり、やがてポッコリしたお腹しか見えなくなった。
「クエー! クエー!」
鶏がお尻に力を入れると、思いっきり大きなものが、ごろんと飛び出してきた。
スーツのような模様に、真っ赤なメガネのようなデザインが付いた、生みたてほかほかの卵だった。
まだ毛やら粘膜やらで糸を引いているものの、卵は問題なさそうだった。
奇妙な模様をしてはいるものの、しっかりと中は詰まっていた。
「おお、よしよし ジョセフィーヌよ、こちらもお食べ」
さらにぽんっと、人間が二人放り込まれた。
若干痛んでいるものの、セーラー服とブレザーとわかる、種類の違う女子高生が放り込まれ、目の前の鶏に、卵に、恐怖した。
がたんと、扉を閉めて、ムッシュは残り二人を引き連れて、またどこかへと行ってしまった。
ムッシュのかわいい鶏、ジョセフィーヌは、卵がほしいときには、いつでも産んでくれる素晴らしい鶏だった。
ただ問題があるのは、微弱でも霊力がある人間だと、卵を孵化させようと隠してしまうことだ。孵化したらしたで、新たな鶏妖怪となって、ムッシュの手先として活躍するのだが、そのために料理ができないのは、困りものだった。
柵と野草の牧歌的な場所には、大きな白と黒の化け物、巨大な牛がいた。
かつては花子という名前の乳牛だったが、今では別の名前となっている。
いつでも新鮮なミルクを出すために、ムッシュにとってもありがたい存在だった。
ぽーんと、女子大生が放り込まれた。普段はのんきで穏やかな彼女も、この時ばかりは恐怖し、顔を青ざめていた。
「うもー!」
牛はどかどかとやってきて、女子大生の臭いを嗅ぐと、口を大きく開けて
ぱくっ
頭からかぶりついてしまった。頭に優しく歯を立てて、そのまま長い舌で、口の奥へ奥へと、引きずり込んでいった。
「んん~!」
やがて女子大生の姿は、完全に見えなくなった。大きな乳房の見えるお腹あたりが、あらかた膨らむくらいだった。
やがて牛のほうがそわそわしだして、ムッシュに懇願する目を向けた。
ムッシュは大きなボトルを置いて、牛の乳をマッサージし、搾乳を始めた。
「やはり、手で絞るに限りますな 新鮮なミルクが、間近で見られるので」
ぎゅっ ぎゅっ
牛の乳からは、ものすごい勢いで、ミルクが絞り出されていた。
どばどばと、ボトルに大量に降り注ぎ、溜まっていた。
濃厚すぎて、液体のぎりぎりまでどろどろとした真っ白なミルクは、とってもおいしそうだった。
ムッシュはグラスを一つ取り出し、ボトルに沈めた。そして一杯すくって、ぐびっとやった。
「うむ! 悪くない! このクリーミーさの中にある、きめ細かい優しいのど越し! 吾輩の見立ては正しかったですな! ありがとう、フランソワーズ!」
曇ったグラスを手にし、ムッシュは牛をなでた。牛の名前は、フランソワーズだった。
「さあ、こちらのも食べてしまいなさい」
もう一人、人間が放り込まれた。
小汚いものの、エプロンをつけた母親のようである。娘とは引き離されて、悲しみに暮れていた。その娘は、今ではムッシュのエプロンの一つになっていることを、彼女は知らなかった。
ぱくっ
牛が飲み込むのを確認すると、ムッシュはまたボトルを設置し、乳搾りを始めた。
先ほどのミルクに、新たにまたミルクが注がれて、混ぜ込んであった。
ミルク同士のミックスは、ただの白一色のはずなのに、異なる魅力を持っていた。
ボトルに蓋をして、ムッシュはフランソワーズに手を振って、帰っていった。
帰りに、また養鶏場へと寄った。
「…む? 二つだけですと? はて、どちらにも霊力はなかったはずだが…?」
カラフルでリボンが二つ付いたような模様の卵を見て、ムッシュは不思議そうな顔をした。
しかし、とりあえず朝食にしたかったので、卵二つを持って、ジョセフィーヌに手を振って出て行った。
今日の朝食のために、以前からストックされていた小麦粉が引き出された。
ムッシュが石臼で轢いた、純度100%のただの小麦粉だった。
小麦粉を巨大なボウルに広げ、そこに卵を一つ割った。
ぱきゃっ
黒っぽい殻が割れて、オレンジ色に近い大きな黄身が、透明で粘度の高い白身とともに、小麦粉の上に降り立った。
タンパク質豊富で、手で持ち上げられるくらいに肉厚の黄身だった。
さらにもう一つ、カラフルな卵を手に、割ってみた。
ばきゃっ
不思議なことに、一つの卵からは二つの黄身が飛び出した。白身もたっぷり2倍の量だった。
「おお、そうか、一つに押し込まれていたのか… いや、これは愉快!」
3つの肉厚な黄身の上から、今度は新鮮なミルクがたっぷりと注がれた。
ミルクをかけられても、黄身はしっかりと、その存在をあらわにしていた。
ムッシュは泡だて器を手に、それを思いっきり混ぜていった。
肉厚の黄身が、たっぷりのミルクが、ただの小麦粉と混ぜ込んでいって、最後には薄い黄色のどろっとしたものに、一つにまとまった。
巨大なフライパンを火にくべて、たっぷりの油を引いた。
その表面に、先ほどのものを少し、垂らした。
じゅ~
どろどろのそれは、きれいな円形でおさまると、火が通っていき、穴がふつふつと開きだした。
くっつかないように、一つ、また一つと円形が作られていき、みな穴が開いていった。
フライ返しで、それをひっくり返すと、きれいなきつね色の肌をした、パンケーキだった。混ぜ物がないためあまり膨らまなかったものの、しっかりと中身の詰まった、美味しさの塊だった。
ぽんぽんと、いくつものパンケーキが焼き上がり、皿の上にタワーのように積まれていった。
やがて調理器具を流しに映すと、ムッシュはパンケーキタワーを運び、食卓へと進んでいった。
食卓に積まれたパンケーキの周りに、たくさんのお皿が置かれていた。
冷蔵施設からは、以前新鮮なミルクで作ったバターやサワークリーム、果実からしっかりと作ったジャムやケチャップ、新鮮な卵で作られたマヨネーズなど、いろいろな調味料などが置かれた。
やがておいしそうな匂いを感じ取り、いろいろな妖怪たちが集まってきた。
ムッシュは役得と言わんばかりに、もうパンケーキにかじりついていた。
「うむ! 素晴らしい卵とミルクでありましたからな! このサワークリームにバターも、マヨネーズも相変わらず素晴らしい! 最高の贅沢ですな!」
がつがつと、パンケーキを一切れ、また一切れと食べてしまった。
「せめて、彼らも生きておりましたらよかったものを… 残念でしたな…」
ムッシュは、丘の上の石碑を思い出していた。
石碑には、憎いとはいえ最後まで誇らしく戦った妖魔狩人の名前と、命を落とした妖怪たちの名前があった。かつての妖怪の総大将や、親しかった妖怪たちの名前もあった。
「あら、ちょうどご飯でしたのね…」
久しぶりにやってきた妖怪たちの一団の、そのうちの一体が、笑顔で話しかけてきた。
「おお、そなたは…」
楽しい朝食の時間は、もう少しだけ続きそうだった。
「…というのが、吾輩の考える理想ですな 人間牧場と人間果樹園、素晴らしい光景ではありませんか!」
ムッシュは高らかに、理想を語っていた。
「のう、ムッシュよ…」
嫦娥が、怪訝な顔で話しかけた。
「その理想とやらに、身共たちの居場所はおろか、姿もないのだが…?」
白陰が気が付いて、問い詰めていった。
「…ささ、食事といたしましょう! そこらの雑草やらとはいえ、吾輩の腕なら素晴らしい料理となるでしょう!」
ムッシュが笑って、ごまかしながらどこかに消えてしまった。
それに対抗するように、妖魔狩人とその協力者も、その戦いに挑んでいった。
死闘は連日連夜続き、一つ、また一つと、命が失われていった。
妖怪も総大将が討ち取られ、幹部の妖怪も、ことごとく命を散らした。
しかし、最後の最後に、ずたぼろとなった妖魔狩人を捕えた妖怪がいた。
その妖怪は、妖魔狩人を果物と一緒に生地で包みこみ、サクサクに焼き上げて食べてしまった。
かくして、妖魔狩人と人類は敗北し、この国はその妖怪を筆頭に、支配されることとなった。
人間に生存権も人権もなく、妖怪たちの気のままに、思いのままにその命を散らし、その姿を奪われ、それが日常的な娯楽のようになっていた。
石造りの荘厳な宮殿は、西洋にかぶれた現在の妖怪の総大将の、趣味のままに建造された、彼のための居城である。
昇った朝日が照り付けて、その美しい光に、彼は目を覚ました。
パチッと起きて、目をこすり、すがすがしい朝を迎え、ベッドから出た。
顔を洗い、昨日の夜に食べた料理のことを、思い出していた。
西洋風カツレットの煮込みのライス乗せ~ミートソースを添えて~
何のことだかさっぱりだが、ようはカツ丼にミートソースをかけたものだった。
さくさくがわずかに残ったカツに、半熟とろとろの卵がかかり、その上からさらに特製ミートソースがかかっていた。バジルが添えられており、西洋感が出ていた。
とてもおいしかったものの、創作料理としては、いまいちひねりがなかった。
素材がいいとはいえ、まだまだ厳選素材があったのだろう。
料理の腕である程度はカバーができても、やはりいい素材があってこそ、いい料理ができるのかもしれない。
コック帽をかぶり、髭を整えて、彼は鏡でどこも変ではないか、確認をした。
「うむ!悪くない!」
ムッシュは、どかどかと歩き、宮殿から出て行った。
空は朝のはずなのに、赤みがかかっていた。妖怪の妖気が充満し、空気がよどんでしまっていた。しかし、妖怪にとっては、むしろ心地のいい空間だった。
宮殿の隣、石造りの牢屋には、何人もの女性が収容されており、みなぶるぶる震え、今日を生きられるか、明日を生きられるかを、案じていた。
がちゃっ
ムッシュが入ってきた。昨日も一昨日も、その前も、決まった時間にやってきて、人間を何人か持って行ってしまうのだ。
新鮮な人間は、手下がまた捕えてくるため、いくらでも増える算段なのだ。
10人捕えてくるよう命じても、7人しか連れてこないのが、問題だが。
縄を引っ張り、5人を引っ張り出して、その縄を手に、牢屋を後にした。
縄の先の人間たちは、みなワンワンキャーキャー喚いていたものの、彼にはどうでもいいことだった。
ムッシュの運営する牧場へとたどり着くと、人間はみな恐怖した。
牧場には巨大な化け物が何体もおり、そのどれもが、人間に対する恨みの塊みたいなものだった。
養鶏場にたどり着くと、ムッシュはまず一人、そこに放り投げた。
「きゃっ!」
どさっと、放り込まれた女性は倒れ込み、涙目ながらに顔を上げた。
「クエー!」
大きな大きな鶏は、もはや動物の域を超えて、化け物だった。
「いやっ 来ないで!」
女性は抵抗した。すでに何日も着ているスーツには、何の力もなかった。
赤い眼鏡の顔が、鶏にかぶりつかれてしまった。
ずるっずるっ
鶏は嘴と顎を大きく開けて、女性を丸呑みした。
やがて体内に入ると、光を空かして人の姿が見えた。しかし、その姿もみるみる見えなくなり、やがてポッコリしたお腹しか見えなくなった。
「クエー! クエー!」
鶏がお尻に力を入れると、思いっきり大きなものが、ごろんと飛び出してきた。
スーツのような模様に、真っ赤なメガネのようなデザインが付いた、生みたてほかほかの卵だった。
まだ毛やら粘膜やらで糸を引いているものの、卵は問題なさそうだった。
奇妙な模様をしてはいるものの、しっかりと中は詰まっていた。
「おお、よしよし ジョセフィーヌよ、こちらもお食べ」
さらにぽんっと、人間が二人放り込まれた。
若干痛んでいるものの、セーラー服とブレザーとわかる、種類の違う女子高生が放り込まれ、目の前の鶏に、卵に、恐怖した。
がたんと、扉を閉めて、ムッシュは残り二人を引き連れて、またどこかへと行ってしまった。
ムッシュのかわいい鶏、ジョセフィーヌは、卵がほしいときには、いつでも産んでくれる素晴らしい鶏だった。
ただ問題があるのは、微弱でも霊力がある人間だと、卵を孵化させようと隠してしまうことだ。孵化したらしたで、新たな鶏妖怪となって、ムッシュの手先として活躍するのだが、そのために料理ができないのは、困りものだった。
柵と野草の牧歌的な場所には、大きな白と黒の化け物、巨大な牛がいた。
かつては花子という名前の乳牛だったが、今では別の名前となっている。
いつでも新鮮なミルクを出すために、ムッシュにとってもありがたい存在だった。
ぽーんと、女子大生が放り込まれた。普段はのんきで穏やかな彼女も、この時ばかりは恐怖し、顔を青ざめていた。
「うもー!」
牛はどかどかとやってきて、女子大生の臭いを嗅ぐと、口を大きく開けて
ぱくっ
頭からかぶりついてしまった。頭に優しく歯を立てて、そのまま長い舌で、口の奥へ奥へと、引きずり込んでいった。
「んん~!」
やがて女子大生の姿は、完全に見えなくなった。大きな乳房の見えるお腹あたりが、あらかた膨らむくらいだった。
やがて牛のほうがそわそわしだして、ムッシュに懇願する目を向けた。
ムッシュは大きなボトルを置いて、牛の乳をマッサージし、搾乳を始めた。
「やはり、手で絞るに限りますな 新鮮なミルクが、間近で見られるので」
ぎゅっ ぎゅっ
牛の乳からは、ものすごい勢いで、ミルクが絞り出されていた。
どばどばと、ボトルに大量に降り注ぎ、溜まっていた。
濃厚すぎて、液体のぎりぎりまでどろどろとした真っ白なミルクは、とってもおいしそうだった。
ムッシュはグラスを一つ取り出し、ボトルに沈めた。そして一杯すくって、ぐびっとやった。
「うむ! 悪くない! このクリーミーさの中にある、きめ細かい優しいのど越し! 吾輩の見立ては正しかったですな! ありがとう、フランソワーズ!」
曇ったグラスを手にし、ムッシュは牛をなでた。牛の名前は、フランソワーズだった。
「さあ、こちらのも食べてしまいなさい」
もう一人、人間が放り込まれた。
小汚いものの、エプロンをつけた母親のようである。娘とは引き離されて、悲しみに暮れていた。その娘は、今ではムッシュのエプロンの一つになっていることを、彼女は知らなかった。
ぱくっ
牛が飲み込むのを確認すると、ムッシュはまたボトルを設置し、乳搾りを始めた。
先ほどのミルクに、新たにまたミルクが注がれて、混ぜ込んであった。
ミルク同士のミックスは、ただの白一色のはずなのに、異なる魅力を持っていた。
ボトルに蓋をして、ムッシュはフランソワーズに手を振って、帰っていった。
帰りに、また養鶏場へと寄った。
「…む? 二つだけですと? はて、どちらにも霊力はなかったはずだが…?」
カラフルでリボンが二つ付いたような模様の卵を見て、ムッシュは不思議そうな顔をした。
しかし、とりあえず朝食にしたかったので、卵二つを持って、ジョセフィーヌに手を振って出て行った。
今日の朝食のために、以前からストックされていた小麦粉が引き出された。
ムッシュが石臼で轢いた、純度100%のただの小麦粉だった。
小麦粉を巨大なボウルに広げ、そこに卵を一つ割った。
ぱきゃっ
黒っぽい殻が割れて、オレンジ色に近い大きな黄身が、透明で粘度の高い白身とともに、小麦粉の上に降り立った。
タンパク質豊富で、手で持ち上げられるくらいに肉厚の黄身だった。
さらにもう一つ、カラフルな卵を手に、割ってみた。
ばきゃっ
不思議なことに、一つの卵からは二つの黄身が飛び出した。白身もたっぷり2倍の量だった。
「おお、そうか、一つに押し込まれていたのか… いや、これは愉快!」
3つの肉厚な黄身の上から、今度は新鮮なミルクがたっぷりと注がれた。
ミルクをかけられても、黄身はしっかりと、その存在をあらわにしていた。
ムッシュは泡だて器を手に、それを思いっきり混ぜていった。
肉厚の黄身が、たっぷりのミルクが、ただの小麦粉と混ぜ込んでいって、最後には薄い黄色のどろっとしたものに、一つにまとまった。
巨大なフライパンを火にくべて、たっぷりの油を引いた。
その表面に、先ほどのものを少し、垂らした。
じゅ~
どろどろのそれは、きれいな円形でおさまると、火が通っていき、穴がふつふつと開きだした。
くっつかないように、一つ、また一つと円形が作られていき、みな穴が開いていった。
フライ返しで、それをひっくり返すと、きれいなきつね色の肌をした、パンケーキだった。混ぜ物がないためあまり膨らまなかったものの、しっかりと中身の詰まった、美味しさの塊だった。
ぽんぽんと、いくつものパンケーキが焼き上がり、皿の上にタワーのように積まれていった。
やがて調理器具を流しに映すと、ムッシュはパンケーキタワーを運び、食卓へと進んでいった。
食卓に積まれたパンケーキの周りに、たくさんのお皿が置かれていた。
冷蔵施設からは、以前新鮮なミルクで作ったバターやサワークリーム、果実からしっかりと作ったジャムやケチャップ、新鮮な卵で作られたマヨネーズなど、いろいろな調味料などが置かれた。
やがておいしそうな匂いを感じ取り、いろいろな妖怪たちが集まってきた。
ムッシュは役得と言わんばかりに、もうパンケーキにかじりついていた。
「うむ! 素晴らしい卵とミルクでありましたからな! このサワークリームにバターも、マヨネーズも相変わらず素晴らしい! 最高の贅沢ですな!」
がつがつと、パンケーキを一切れ、また一切れと食べてしまった。
「せめて、彼らも生きておりましたらよかったものを… 残念でしたな…」
ムッシュは、丘の上の石碑を思い出していた。
石碑には、憎いとはいえ最後まで誇らしく戦った妖魔狩人の名前と、命を落とした妖怪たちの名前があった。かつての妖怪の総大将や、親しかった妖怪たちの名前もあった。
「あら、ちょうどご飯でしたのね…」
久しぶりにやってきた妖怪たちの一団の、そのうちの一体が、笑顔で話しかけてきた。
「おお、そなたは…」
楽しい朝食の時間は、もう少しだけ続きそうだった。
「…というのが、吾輩の考える理想ですな 人間牧場と人間果樹園、素晴らしい光景ではありませんか!」
ムッシュは高らかに、理想を語っていた。
「のう、ムッシュよ…」
嫦娥が、怪訝な顔で話しかけた。
「その理想とやらに、身共たちの居場所はおろか、姿もないのだが…?」
白陰が気が付いて、問い詰めていった。
「…ささ、食事といたしましょう! そこらの雑草やらとはいえ、吾輩の腕なら素晴らしい料理となるでしょう!」
ムッシュが笑って、ごまかしながらどこかに消えてしまった。
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