STG17 天女戦士ミオ登場(1)都心隣県にある、ありふれた集合住宅の一室。
極普通の若き夫婦が暮らしていた。
そのリビングで目も開けていられぬような眩い光と共に、一人の女性が現れた。
美しい草原のような緑色の髪。
気品に満ち溢れ、涼しげな瞳に穏やかな口元。
そして、その両手には…一人の赤子の姿が。
呆然と息を飲み込みながら、その姿を見つめる…若き夫婦、神楽夫妻。
神楽良平26歳。県警本部勤務が決まったばかりの地方公務員。
神楽亜里沙(アリサ)24歳。良平の妻で、近所のスーパーでパート職をしている。
「久しぶりですね、アリサさん。」先に口を開いたのは、気品に満ち溢れた…緑色の髪の女性。
「あ…貴女様は、天界・・天女族の女王陛下様…!!
お…おひさしぶりでございます!」アリサは我に返ると、その場に跪き、静かに言葉を返した。
「私が尋ねて来た理由はただ一つ。アリサさん貴方にお願いがあって参りました。」女王と呼ばれた女性はそう言うと、両手で抱えた赤子をアリサに向かって差し出した。
「この娘の名前は巫緒(ミオ)。貴方達夫妻に、正しい心と勇気をもった子に育てていただきたいのです。」アリサは差し出された赤子をゆっくり受け抱えると、愛くるしいその表情を眺め、微笑んだ。
「これは、天女族の恒例の仕来り、子預かりの義。
かしこまりました。次期女王後継者候補になれるよう…育てていきます。」それから15年・・・・ここは町並みから外れた小さな公園。
日もすっかり暮れ、所々外灯はあるが、数メートル先の景色さえもよく見えない。
そこへ一人の少女が駆け込んできた。
「ん…もぅ!! どこに逃げ込んだんだよーっ!?」息を荒立てながら、あたりを見回す少女。
「ミオ、油断しちゃ…ダメだよぉ。相手は、この暗がりを利用して襲ってくるはずだから。」そう言ったのは、少女の頭部の周りを飛び回る…小鳥のような小さな生き物。
よく見ると、人間の少女の姿に見えるが、腕の部分が翼になっており、そう…それは、ファンタジー物語に登場する、ハーピーと呼ばれるモンスターに良く似ている。
しかし、それにしては小鳥のように小さい。
「判っているよ…ニコ。キミこそ油断しないで、ヤツを見つけてよ!」ミオと呼ばれた少女が答えた。
小柄でスレンダーな身体つき、栗色の短髪に少年のような面立ち、見た目には中学生のようにも見えるが、ブレザーにチェック柄のスカート。それは私立聖心女子高等学校の制服である。
ガサッ!!
「上~っ!?」ミオとニコ、二人が同時に真上を見上げる。
そこには、真っ黒な鳥とも…人間とも、どちらでも取れるようで…どちらでも無い、異様な物体が頭上を飛び回っていた。
体長は2メートル前後。全身黒い毛に覆われ、蛾のような巨大な羽を持ち、人間のような二本の足を備え、頭部が無く…胸と思われる部分に赤く光る一対の目らしきものがある。
「こ…こいつが、人々を木化させている、妖魔…!!」ミオが頭上を見上げ、身構える。
―シィィィィィィィィィッ!!―声とも羽音とも取れる異様な音が鳴り響くと、黒い妖魔の目らしき部分から赤い光線が放たれた。
すかさず横に跳び、光線をかわすミオ。
黒い妖魔は、次々に赤い光線を放つ。
「ミ…ミオ、あ…あれっ!!」ニコが大慌てで指を指した。その先には偶然歩いていた一人の女生徒の姿。
「に…逃げてっ!!」ミオが大声で叫んだが、その瞬間赤い光線が女生徒に命中した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」女生徒が悲鳴を上げる。
足首から下が、まるで樹の根のように地にめり込み、肌が…着ている服が…ザラザラとした木皮のようになり、髪はまるで葉のようだ。
「た…たすけ…」言い終える前に、その女生徒は木の姿をした人間。
いや、女生徒の姿をした木に変わっていた。
姿の変わった女生徒を目の前にし、悔しそうに歯軋りをするミオ。
「ミオ、危ないっ!!」ニコの叫び声が聞こえる。
我に返り、横に跳んだミオだが、左腕に激痛が。
「うっ!!?」ミオの左腕が、徐々に木皮になっていく…。
ミオは右手…手の平を左腕の肘の部分に当てた。
「ソニックエッジ!!」-ソニックエッジ。風属性の魔法。
真空の刃を作り出し、あらゆるものを切り裂く事ができる。-
右手から…真空の刃が飛び出し、左腕はそのまま左肘からスパッっと切り落ちた。
切り落ちた左腕は、しばらくはピクピクと痙攣していたが、やがて完全に木化していった。
そうなのだ、黒い妖魔の光線を浴びると、たとえ身体の一部であろうと、そこから徐々に全身を木化させてしまうのだ。
その為、全身への木化を阻止する為には、光線を浴びた部分を切り落とし、進行を食い止めるしかない。
「ミ・・ミオ~~~っ!! 大丈夫!?」ミオの失った左腕を見て、涙目になるニコ。
「だ…大丈夫…、木化された人たちに比べたら、コレくらい…」強がってはいるものの、その額には玉のような汗が浮かんでいる。
―シィィィィィィィィィッ!!―ミオ達の頭上で、あざ笑うように…黒い妖魔が飛び回る。
そんな妖魔を睨み付けると、ミオは右手を高々と上げ、大きく振り回した。
振り回す右腕の周りから、風の渦が巻き上がる。
「トルネード・ショット!!」大きな風の渦が舞い上がると、一気に妖魔を飲み込んだ。
渦の中で懸命にもがき続ける妖魔であったが、まず大きな羽が引き千切られ、両足…全身と紙ふぶきのようにバラバラに千切られ、やがて消滅していった。
―ドサッ!!―何かが倒れる音がした。
見ると、先ほど木化された女生徒が倒れている。
全身が少しずつ柔らかみを帯び、元の姿に戻っていくのがわかる。
「やったねーーーっ!!ミオっ♪」ニコが大はしゃぎで、ミオの下に近寄る。
「妖魔を倒したから、これで木化された人々も全て、元に戻るよぉ♪」嬉しそうに、ミオの頭上を飛び回るニコ。
だが…当のミオは、ジッと空を見上げたままだ。
「ねぇ…ニコ。あの妖魔はどうして…人々を木にしていったのかな?」「うーん…、見たところ蛾が妖怪化したような妖魔だったから、もしかしたら…木々を切り倒す人間に復讐していたのかもねぇ?」「だと…したら・・・」
「だとしたら…ボクには、アイツを殺す以外に…他に方法が無かったのかな?」そう呟くミオの目は、微かに潤んでいた。
―女王様、ミオは本当に優しく…清らかで正しい心を身につけております。さすが…彼女の血を引いているだけのことはあります―15年前・・・・・「かしこまりました。次期女王後継者候補になれるよう育てていきます。」そう答えたアリサに対し、女王は静かに首を振った。
「たしかに、この子も次期女王後継候補に挙げる権利はありますが、アリサさん…私が貴女に、いえ…貴女方夫妻にこの子をお願いするのには他に訳があります。」「?」「アリサさん、貴女は天女族であった頃…その能力を使い、影ながら人々を災厄から守っておりましたね。
そして、現在のご主人である良平氏も人間の身でありながら、人々を守る職務についている。
ソレを見込んで、この子…ミオに正義を守る心と、悪と戦う方法を教えてあげてほしいのです。」「お言葉ですが女王様、天女族の力は元々戦うためにあるものでは無いはず。それに、どのような人生を選ぶか? それはその天女本人の意思で自由に決められるはずですが。」アリサは、静かに…それでいて、強い口調で返した。
「本来ならば、その通りです。
ですが…この子ミオには、生まれた時から、ある使命と遺志を受け継いできているのです。
そのためには、清く優しく正しい心と、悪に負けない強い心と技が必要なのです。」女王のその言葉には、決して変えることのできない、何か強いものを感じさせる。
「詳しくは、この者からお聞きください。」女王はそう言って、右手で空間に小さな穴を開けた。
その穴からは、小鳥のように小さい…ハーピーに良く似た生き物が姿を現した。
「この者は、ホビット・ハーピー族のニコ。」「初めましてぇー、ニコと言いますぅ♪」ニコはそう言って、ニッコリ微笑んだ。
「ニコは、今から約200数年前は人間の少女でしたが、このミオを守りたい一心で、長く生き永らえる…妖魔に生まれ変わりました。
戦闘能力はありませんが、この子に隠された秘密。そして…この子の使命も全て知っております。」「えっと、この子…ミオが立派に育つように全力を注ぎますのでぇ、アリサさんもどうか力を貸してください。お願いいたしますぅ♪」
ニコは、そう言って深々と頭を下げた。
再び現在・・・・「うぅぅぅぅ・・・・・・ふんにゃぁぁぁっ!!」ミオは全身に気合を入れると共に、場に相応しくない掛け声を叫ぶ。
なんということか、切り落ちた左肘の部分から、ニョキニョキと肌色の枝のようなものが生えてくる。
そしてそれは、先端が細く五本の枝状に分かれると、少しずつ形を整え指となり…時間の経過と共に、失ったはずの左腕に変化していった。
風属性の魔法・・・・身体を再生させる能力。
このミオという少女は、察しのとおり…人間の少女ではない。
彼女は、天女族と呼ばれる…天界に住む一族の少女。
天女族という種族は、見た目は人間と殆ど変わらないが、大気を操る風属性の魔法を使う事ができ、更に驚くことに、身体の核となる部分が残っていれば、傷がついても…身体の殆どを失っても、再生し元に戻る事ができる。
「しかし何度見ても、気持ちいいもんじゃないよねぇ。」ニコが眉間に皺をよせ、ミオの再生された左腕を眺めた。
「それはボクだって一緒だよ。いくら再生できるとはいえ…傷つけば当然痛いし、再生するときだって、筋肉や神経が突っ張るような感触と痛みが走るし、なにより…トカゲみたいで、気分的にも気持ちいいもんじゃないしねw」ミオ本人も苦笑いしながら答える。
ミオは、幼い頃から自分が天女族だという事を教えられて育ってきた。
人間には無い能力。その能力を使ってやれる事。
そして、人として何が大事なのか? 正義とは…悪とは?
また、神楽夫妻からは本当の娘のように愛され、育てられ…「愛」というものも知った。
でも…ニコは、それだけでない…ミオの魅力に気づいていた。
それは、持って生まれた…真の優しさと勇気。
そして・・・・・・・・光。その頃、街の中心部に怪しげな3人の女の姿があった。
「いひひひっ♪ 美味しそうな生娘の匂いが充満してるねー♪」太めで、一見…一本のハムのような身体つきの女が、涎を垂らしながら呟いた。
「嫌ですわ、食べることしか興味のない輩は。
でも…たしかにこの街は、芸術意欲をそそる生娘が多そうですわね」逆に細身で長身、まるで柳の木のようにヒョロとした女が、あたりを見渡しながら言う。
「そう言えばアンタは、人間界は初めて来たって言っていたよな。一体…何が目的なんだ?
食べる事か? それとも…物に変化させてコレクションすることか?」太めのハムのような女が、もう一人の女に話しかけた。
「うん? たしかに自分自身で来るのは、初めてだわ。
まぁ…食べるにしても、コレクションにするにしても、アタシはどっちもいけるけどね。」話しかけられた女は、そう答える。
鮮やかな緑の色の髪を真ん中から分けており、ふくよかなバストに、しっかり括れたウエスト。ボリュームのあるヒップから伸びる長い脚。
そして、その見事なプロポーションを引き立てる、美しい褐色の肌。
切れ長の目には、怪しく光る金色の瞳。
「大事なのは、アタシの心の奥底から、何かこう…奮い立たせるような、そんな魅力をもった娘がいれば・・の話だけどね。」その女は、そう言うとニヤっと笑った。
つづく