2017.10.21 Sat
ターディグラダ・ガール 第六話「CCS再び……」 一章
ここは丘福市南区宮鷹にある、洋風の長い塀に囲まれた敷地内。その敷地は公立の小学校ほどの面積があり、そこには欧州風のガーデンとも呼べるような庭地。明治や大正を思わせるような古い佇まいでありながら、高級感溢れる洋風の館が建っていた。
そして正門や館の玄関口には、『水無月(みなづき)特殊医療診療所』と刻まれた、ガラスアクリル材とステンレスを組み合わせた、今風のデザイン看板が貼りつけられている。
駐車場には数台の乗用車が停めてあるが、その中の一台……国産の黒いセダン。実はこの車、警察の特殊車両つまり覆面パトカーと呼ばれているものである。
これに乗って来たのは、未確認生物対策係の係長である和滝也。そして同係の特殊強化機動隊員、橘明日香の二人であった。
玄関で受付を済ませ、診療所内を巡る和と明日香。
「ホント、凄く高級感のある建物ですよね。とても、病院とは思えない……」
所内を歩きながら、アチコチを見渡し深いため息をつく明日香。
ちなみに一つ『うんちく』だが、病院と診療所の違いはどこだがご存知だろうか?
それは入院施設があるか…ないか。あった場合、ベット数が20床以上を病院。19床以下を診療所と呼ぶ。
付け加えるならば、『クリニック』『医院』などは、基本的には診療所に分類される。
話を戻すと、さきほど明日香は『病院』と呼んでいたが、したがってここに至っては、それは正確ではないという事になる。
「元々ここは診療所ではなく、Mermaid Sea Companyの創設者である水無月家の、お屋敷の一つだったらしい。」
「えぇ~~っ!? 個人の家だったんですか!? どうりで病院らしくないなぁ~と。あ…! でも、個人宅にしても立派過ぎますよね~っ!」
どちらかと言えば体育会系に近い性格の明日香だが、やはり一人の女性。格式の高い物件を目の前にすると、少々テンションが上がるようだ。
そんな日常の生活とは違った雰囲気の中、
「和様……橘様、大変お待たせいたしました。」
そう言って現れた一人の女性。
「こちらこそ、お招き頂き感謝しております。紫崎さん」
和のその返答から解るように、二人の前に現れたのは、Mermaid Sea Companyの社員である……紫崎芽衣(メイ)。それは先週、県警本部に未確認生物による体形異常変化などの被害を被った人たちへの、救助活動を申し込んできた人物である。
あの日、茶和麗華が作ったメカによって、複数の警官や一般人。そして和の部下である、藤本未希、西東瀾、中田素子の三名が、オニギリなどの異常な姿に変化させられてしまった。
その者たちは、ここ特殊医療診療所に搬送され、入院しているのだ。
あの日から、容態が落ち着くまでという理由で面会すら許されていなかったが、本日やっと面会など状況確認が許され、こうして足を運んだという訳である。
「ではまず、藤本さんたちのお部屋から案内いたします。」
そう言ってメイ(芽衣)は、先頭になって病室へと進み始めた。
未希や瀾、素子の無事な姿を確認し、その他の病室も一通り回り終えると、
「そうそう当診療所長が、お二人方と話をしたいと申しておりましたが、まだ……お時間は宜しいでしょうか?」
メイは、そう二人に申し入れしてきた。
「もちろん、ありがたいことです。こちらとしても、ぜひ!」
和の返答にメイはにこやかに微笑むと、
「では、所長室へご案内いたします。」
案内された所長室は、16~8畳ほどの洋室で、向かいの窓際に所長用のデスク。部屋の中央に応接セットが置かれている。
二人が入室すると、それに気づいたように、デスクに腰掛けていた白衣の若い女性が立ち上がり、
「お忙しい中、ようこそお出でいただきました。どうぞ、そちらへお掛け下さい。」
と、応接セットへ手を向けた。
見ると、その応接セットのソファには、もう一人……更に若い女性、いや…少女が腰掛けている。
「では、失礼いたします。」
言葉に甘え、少女の向かい側に座る和と明日香。
二人が着席するのを確認すると、少女の隣に腰掛ける白衣の女性。
「どうされます? お嬢様がお話をされますか?」
白衣の女性は隣にいる少女に、そう問い掛けた。
「いえ……、私は喋るの得意じゃないからぁ、ミリアさん……お願いしますぅ。」
お嬢様と呼ばれた少女は恥ずかしそうに首を振り、慌ててそう返した。
「わかりました。」
白衣の女性はそうニッコリ微笑むと、再び和たちを見つめ直す。
「はじめまして。私は当診療所の所長を勤めている、清水美里亜(きよみずみりあ)と申します。」
ミリアと名乗る白衣の若い女性は、柔らかな笑みを浮かべたまま、そう言って二人に会釈をした。
「そして私の隣にいるのは、当診療所の『オーナー』であり、水無月家の御令嬢である……聖魚(セイナ)お嬢様です。」
「は、はじめましてぇーっ! わ、私ぃ…水無月聖魚といいます……。」
よほど恥ずかしがり屋なのか? セイナという名の青い髪の少女は、慌てふためきながら、挨拶をした。
「み、水無月家の御令嬢……で、この診療所のオーナー!?」
「お、お嬢……様~っ!? わ、私…なんかと違って、す…凄く気品がある!!」
よほど驚いたのであろう。知らず知らずに和も明日香も、それぞれの素が露わになってしまっていた。
「あわわ……っ! あまり意識しないで下さい……っ。私……オーナーって言っても、何もできない…ただの女子高生ですからぁ~。」
こっちはこっちで、相変わらず慌てふためいている。
「お嬢様は日頃、超が付くほどのノンビリ屋のマイペースですが、今日は警察の方がお相手という事で、相当緊張なされているようです。」
ミリアは、やや苦笑しながら、そうセイナをフォローした。
「それにしても、先程病室を覗かせて頂きましたが、僕の部下も……他の警察官たちも、殆ど元の身体に戻っておりました。あんな…オニギリやら風船やら、常識では考えられない状態だったのに、こんな短期間で! とても素晴らしい医療技術です。心より感謝しております!」
和はそう言うとその場に立ち上がり、そのまま深々と頭を下げた。
「いえ、そんな畏まらないで下さい。それが私達の能力であり、役目なのですから。」
ミリアは、相変わらず柔らかい笑顔でそう返す。すると、
「でも、本当に凄いですよね! まるで……『魔法』みたいです!」
明日香も、上がったテンションを抑えきれないかのように、前のめりになって付け加えてきた。
それに対してミリアは、更にニッコリと微笑むと……
「はい、『魔法』ですから!」
「あ、やっぱりそうですか~っ!!」
あっさりしたミリアの返答に、明日香は彼女を上回る満面の笑みで、そう受け止めた。が、
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんとも言えない『間』が、しばらく空間を支配し、
「えぇぇぇぇっ!! ま、魔法……っ!? いえいえ、冗談でしょーぉ!?」
と、先程とは打って変わって、まるで天地がひっくり返ったかのように騒ぎ出した。
「た、たしかに……現代医療にしては、奇跡とも言えるほどの回復ですが…。でも、いくらなんでも…魔法だなんて……?」
さすがの和も、ちょっと引いたように苦笑している。
そんな和を見つめ何を思ったのか? ミリアはスッ…と立ち上がると、白衣の胸ポケットに刺していたペンを抜き取り、そのまま和の腕に突き刺した!
「な、なにをするんだぁ!!」
慌てて立ち上がり、身構える和。
「だ、大丈夫です……、落ち着いてください……。」
セイナはそんな和の傍に立ち寄り、傷ついたその腕に自身の掌を当てると、
「ヒーリング!」と呟いた。
するとセイナの掌が水色に光り輝き、見る見るうちに腕の傷が消えていく。
「か、係長の腕の傷が……、な…治った……?」
驚く明日香の問いに答えるように、
「これが私たちの能力、『治癒魔法』です。」
そう、ミリアが返した。
「ま……魔法? 本当に……?」
明日香は、まだ信じられないかのように、茫然としている。
「はい。先日……橘様が『茶和麗華』から受けた攻撃。あれも魔法による攻撃です。」
そう言って、打って変わったように微笑の消えたミリアの表情。
「な、なぜ……その時の事を……?」
「私たちの情報網は、警察にも引けは取りません。
それはさて置き、警察の方々が未確認生物と呼んでいる、数々の亜人間や邪精……怪物たち。魔法と同じように、信じられないことばかりではありませんか?」
「た、たしかに仰る通りですが、あなた方はそれらについて、何か心当たり……でも?」
ミリアの問いに、質問で返す和。
それに答え直すように、ミリアは「はい」と口を開くと、
「今日、お二人とお話する時間を設けさせて頂いたのは、お二人が、あの茶和麗華と戦っておられますから。だから私たちの正体と、これまでの経緯をお話しようと思ったからです。」
ミリアはそう答え、セイナに視線を移す。すると、それに順ずるかのようにセイナは……
「わ、私と…ミリアさんは……『人魚族』という、人間とは違う…別の種族です!! そして……警察よりももっと前から、茶和麗華……いえ、彼女を従えていた、闇の錬金術師と戦っていました……!」
これ以上にない力み様で話を始めた。
それは闇の錬金術師の野望から始まって、その結末。更に、昨年起きた丘福大災害の真相である、精霊の支配者の降臨。数々の精霊や邪精の召喚。それによって起きた、災害の数々。
そして、新たな力を得た……茶和麗華、パーピーヤスの野望。
どれを聞いても、和や明日香にとって、現実とは思えない…まるで小説や映画のような話であった。
「水無月家のお嬢様と……所長さんが、に…人魚……?」
「丘福大災害の話は、以前にも藤本君から聞いたことがあったが、改めて聞いても…とても信じられない。だ、だが……たしかにこれまでの不可解な現象については、そのほうが納得がいく。」
和は、玉のように浮かんだ汗を拭いながら、まるで自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。
「これまで私たちは、陰ながら救援活動を行っておりました。しかし茶和麗華が表立って動き始めた今となっては、もはや私たちも表に出るしかないと。そこで今回、あなた方…警察に、救援活動の申請をさせて頂いたというわけです。」
ミリアはそう言うと、和に対して深々と頭を下げた。
「わかりました。これだけの能力(ちから)を持った…あなた方が味方についてくれると、僕たちとしても心強い。この件に関しては僕に一任されていますので、ありがたく受けさせていただきます。ただ……」
「ただ……?」
「それでもあなた方は一般人です。したがって交戦時などにおいては、一般人を巻き込むわけにはいきません。ですので、僕の指示があるまでは、現場への立ち入りは遠慮してください!」
強く、厳しい口調の和。それは恰好付けではなく、警察官という立場から来る、絶対に譲れない一線であった。
「わかりました。どちらにしろ、戦闘力の無い私たち人魚族では、足手纏いにしかなりません。それに……」
「それに……?」
「私たちの魔力も、これから先……どれだけ通用するか? わからなくなってきているのです。」
ミリアとセイナはそう言うと、力なく項垂れた仕草を見せた。
「どういうことです?」
「魔族の魂を取り込んだ茶和麗華の力は日々…増強していっており、彼女が作るロボットの変化能力などにしても、その影響もあってか……以前よりも遥かに強力になってきています。」
「そ、それって……、被害者の人たちが、お嬢様たちの治癒魔法でも治せなくなる? って事でしょうか!?」
驚く明日香の問いに、セイナは
「お嬢様とか言わず……、普通にセイナって呼んでくれでいいですぅ。」と照れながらそう言い、更に
「仰られた通り、私たちの力だけではいずれ歯が立たなくなる可能性もある。……という事ですぅ。」と、付け加えた。
それを聞いた明日香。しばらく黙って考え込んでいたが、フトッ……空を見上げるように、面を上げると、
「わかりました! 要は一人も犠牲者をつくらないように、私たち警察が頑張ればいいだけの事です!!」
そう、叫ぶように言い放った。そして、そのまま和の方へ振り向くと……
「ですよね!? 係長っ!!」と、問い掛けた。
「その通りだ、明日香くん。」
和は明日香の問いに、軽く微笑ながら返す。
そんな二人を目のあたりにした、セイナとミリア。彼女たちも、まるで釣られるように微笑んだ。
「ところで……最後に一つだけ質問なんですが」
場が落ち着いたところで、再び和が切り出した。
「先程の話で登場していた……『光の天女』と呼ばれる少女。一度、彼女とお会いしたいと思うのですが、連絡先を教えていただけないでしょうか?」
和の、その問いを聞いたセイナ。
すると、彼女の顔は再び曇りだし、ボソボソと呟くように…こう答えた。
「ミオちゃん(光の天女)は、もう……いないんです。」
その頃、神田川県警本部地下にある未確認生物対策係、通称CCSの対策室では、瑞鳥川弘子が自身のデスクに向かって、「う~ん……う~ん……」唸っていた。
そこへ扉の施錠を開けて中に入ってきたのは、佐々木部長と和係長とのパイプライン的役割をもった、警備課課長……石倉。
和たちが不在の時は、こうして留守も預かっているわけだが、さすがに「うん…うん…」唸っている瑞鳥川が気になったのか、
「どうかしました? 瑞鳥川さん」と声を掛けた。
そんな問いかけを待っていたわけではないだろうが、声に対して振り返った瑞鳥川のその表情は、眼にいっぱいの涙を溜めて、悔しそうでいて……それでいて悲しそうで。何とも言えない表情である。
「ま、マジで……どうしたんです?」
その表情を見た石倉は、改めて瑞鳥川に問い直した。
「石倉さぁ~ん、聞いてくれるかい~?」
その言葉遣いは、普段の強気でおどけた瑞鳥川とは思えないほどの、悲壮感に溢れたものだ。
「この間、橘ちゃんと戦った……『ボンベーガール』って奴を拘束したじゃん?」
「ボンベー……? あ、ああっ!? あの…TG01と互角の戦闘力を持っていたという、アレか!? たしか、中身は15歳の少女だったらしいですね?」
「そう……。その…アレ! でさ、その少女。すぐに病院へ搬送され、検査されたんだけど。橘ちゃんにヤラれた時に受けた軽い脳しんとう以外は、激しい筋肉疲労で全治二週間だったらしいの。」
「全治二週間か……。それでも、無事助かって良かったじゃないですか。」
石倉のその言葉を聞くと、瑞鳥川は…バンッ!!とデスクの天板を叩き、
「違~う! そういう事が言いたいんじゃなくて、あの子は強化服を着て15分も戦ったんだよ。橘ちゃん以外の人間がそんな事をすれば、筋肉疲労どころではなく、筋肉がズタズタに断裂…!! 下手すれば、一生起き上がれない身体になってしまう!」
と、興奮気味に喚き散らした。
「そ、そうなんですか……? そうすると、その少女は橘巡査に負けない程の筋肉を持っている?」
「そうじゃ……ない。その原因は、別の所にあったんだ……。く、くそぉ~っ……、アタシの惨敗だ……。」
瑞鳥川はそう言って、再び頭を抱えだす。
「だから、どうしたんです?」
また、スタートに戻るのか?と言わんばかりに、石倉が問い返す。
「ボンベーガールという強化服を解析してみたんだ。」
「はい?」
「やっぱ、茶和麗華は超が付く天才だよ。アタシなんかが、足元に及ばないほどの……」
あの自信の固まりのような瑞鳥川が、目を潤ませて自身の敗北を認める事を言い出した。
「最新の防弾生地を使っている分…防御力はこっちの方が上だけど、肝心の運動能力増強システムは、電気刺激による筋力活性という事で、そこは殆ど一緒だった。」
「へぇ~っ、そうなんですか~?」
と相槌を打つ石倉だが、内心は……「なるほど、さっぱりわからん!」。
「問題は、そこからだ! 奴の強化服の生地は二層構造になっていて、内部に特殊シリコンによる……超薄型の人工筋肉が備え付けられていた。」
「人工……筋肉?」
「その人工筋肉が能力増強の50%近くをアシストしていたため、装着者本人の筋力負担も半分ほどになる。だから……あの少女も、あの程度の損傷で済んでいるんだ!」
「結局、どういうことなんです?」
石倉のその問いは、この場においては……火に油。
瑞鳥川はグイッ!と、石倉の胸ぐらを掴むと、
「結局……強化服としての基本構造は、茶和麗華が作ったヤツの方が、遥かに優れもんだった!!…って事だぁ!!」
と、寺の鐘の音より大きな声で、怒鳴りまくった!
「しかもヤツは、それを……たった二週間で作ったんだぞ。アタシが……4~5年掛かった物を……」
そこまで言うと、瑞鳥川は再びデスクに顔を伏せ、頭を抱え……ブツブツと呟き始めた。
それを見た石倉は、前回の戦闘による……ターディグラダ・ガールの敗北。藤本、西東、中田の形状変化負傷。そして、この瑞鳥川の様子。
改めて、CCSの惨敗を実感した。
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