2016.10.01 Sat
ターディグラダ・ガール 第二話「ビューティフル・アイスクリーマー 一章」
「はたして、ターディグラダ・ガールは必要なのか!?」
「うん……!?」突然の瑞鳥川(みどりかわ)の問いかけに、言っている意味がわからないと言わんばかりに和(かのう)滝也が聞き返した。
ここは神田川県警本部、地下にある未確認生物対策係……通称CCSの対策室。
広さは十五畳程だが、机や資料棚以外にも医務用ベッドや機材。そしてよくわからない電子機材などもあり、とても広いとは言えない……というか狭苦しい一室。
その一室にある、デスクトップパソコンの他にノートパソコン。そして別途のディスプレイに外付けHDDやスキャナーなどの周辺機器。それらが占め尽くしてある瑞鳥川の机。
瑞鳥川弘子はそのうちのノートパソコンを弄りながら、改めてこう言い出した。
「この夏から至る所に出没し、多くの市民に被害を与えている未確認生物。神田川県警はそれらを駆除するため、ターディグラダ・ガールという……いわゆる超人ヒーロー的存在を導入したが、はたしてそれが必要なのか!? そんな一人の超人ヒーローよりも、元より警察に存在する『機動隊』という組織を強化したほうが、効率よく市民の安全を図れるのではないだろうか!? 神田川県警の考え方に疑問符が打たれる!」
瑞鳥川は一気にここまで言い終えると「……と、ネットのニュースサイトに書いてあるんだよ。」と付け加えた。
「なるほど、ターディグラダ・ガールに存在意義があるのか!?……ってことですね?」和はそう呟くように言うと、小さく溜息をついた。そしてそのまま引き続くように「瑞鳥川さんは、どう思われます?」と聞き返す。
「アタシ……!?」
思いもよらない和からの振りに、一瞬確認するかのように自分自身を指差したが、その振りが間違いで無いこと知ると、「まぁ……世間はそう思っても不思議じゃないよね?」と返した。
「実際さぁ~、そう思っているのは世間だけでもないんだよ。この県警本部内でもそういった声は上がっている。特に地味な捜査が基本の刑事部なんかは、『派手な特撮みたいな事しやがって!』……と、快く思っていないね」
「そんな声が上がっているんですか?」
「アタシ等……科捜研の人間は、本来刑事部側だからね。そういった不満なんかはよく聞くよ」
咥えた禁煙パイプをスカスカ吸いながら、瑞鳥川は冷やかな笑みを浮かべた。
「僕はずっと警備部所属ですから、半年前の事もよく覚えています。未確認生物たちが現れだした頃。機動隊も……野生動物に詳しい猟友会も、駆除に向かったことはあるんです。」
「へぇ~っ!?」
「先日のオーク型なんて、まだ弱い方ですよ。奴らの中には自然の力を操る者もいるし、銃火器が殆ど通用しない者もいる。もちろん、絶対に勝てない相手というわけでは無いんですが、警備部にも多くの負傷者が出ました。中には……命を落とされた方も。」
「だ・か・ら、アタシの作った特殊強化服の出番……ってわけか!?」
「本部長や佐々木警備部長が、どうお考えになられたかはわかりませんが、今……奴らと互角に戦えるのは、強化服を纏った明日香くん……ターディグラダ・ガールだけです!」
まるで鬱憤を晴らすかのように、まくし立てる和。そんな和を見て瑞鳥川は、― 見た目と違って、意外と熱いところがあるんだよな、コイツ!―と、思わず目尻を下げる。
「……とは言うものの」
つい数秒前の勢いとは打って変わって、今度は思いに耽るように言葉を漏らした和。
「うん? なんか……気になることでもあんの?」
「いえ、たしかに未確認生物と渡り合えるのはターディグラダ・ガールだけですが、先日の件も含めて、そろそろ無理が生じてきているんですよね」
和はそう言って溜息をつくと、腰掛けている椅子の背もたれに、仰け反るように寄りかかった。
その時、室内の電話機がけたたましく鳴りだした。慌てて受話器を手に取る和。
「はい、未確認生物対策係です。え……っ!? 未確認生物が……!?」
話を終え受話器を置くと、直ぐ様パソコンを操作しGPSを確認する。「明日香くんは、西区か……?」そう呟くと無線のスイッチを入れた。
「明日香くん、和だ! 未確認生物が現れた。そのまま中央区へ向かってくれ! 強化服は僕と瑞鳥川さんが持っていく。急いでくれ!!」
指示を終えると、そのまま瑞鳥川の方へ振り向く。
「瑞鳥川さん……」
和がそう言いかけた時には既に、瑞鳥川は大きなバッグを担いで「橘ちゃんの勇姿を見るんだから、早く行くよ!!」と出口に立っていた。
現場は中央区にある秋坂駅前大通り。驚いたことに、ターディグラダ・ガールとなった明日香が到着した頃には、辺りは冬景色。いや、冬景色とは少し違う……。そう、それはまるで『氷の世界』と化していた。
そして更に驚くことは、逃げまとう姿のまま氷漬けされた市民や、拳銃を構えたまま氷漬けられている警官たちの姿。
「和係長……。これは一体、何があったのでしょうか!?」
信じられない光景を目に、明日香は即座に和へ報告を入れた。
丁度、緊急対策車両で現場付近に到着した和と瑞鳥川。現場確認用のドローンを発進させると、そのまま車内の監視システムを操作する。
「今、現場付近に備え付けられている防犯カメラの映像を確認している。どうやら未確認生物はファイルNo,3、アイスマン型のようだ」
「アイスマン……型!?」
「ああ。半年ほど前に1~2回出没しただけの、殆どデータの無い未確認生物だ。なんと……コイツは、口から強力な冷気を吹き出して、触れるもの全てを凍りつかせるという能力を持っている。」
「では、ここで凍りついている警官も市民の人たちも……?」
明日香がそう応答していると、建物の影から大きな物陰が四つほど姿を現した。
それは、サイコロ型の大きな氷を幾つもの積み重ねて作った人形のような。体長2メートルから2メートル半くらいの氷の巨人。
「明日香くん、気をつけろ! それがアイスマン型の未確認生物だ!!」
和の声を聞きながら、四体のアイスマン型未確認生物を睨みつける明日香。
そのうちの一体は、氷漬けされた十代後半くらいの若い女性を手にしている。そして、な……なんと!? そいつは、その氷漬けされた女性の頭から、ガリガリと齧りだしたのだ!!
そう、それはまるで小さな子どもが、無我夢中でアイスキャンディーに齧りついている。まさしくそんな光景だ。
「だけど、アイツが食べているのはアイスキャンディーじゃない!!」
明日香はそう呟くと、持っているカービン銃…M4カスタムをアイスマン型未確認生物に向けた。
「警察です。大人しく投降し、凍りついた人たちを元の状態へ戻しなさい!」
そう言い放つと一旦銃口を空に向け、威嚇射撃を行なった。
「あん!? まだ、オレ達に歯向かうバカがいるのか?」
四体のうち、一番大きな身体で女性を手にしているアイスマンが、嘲笑うように言い返してくる。
「オマエ達人間は、オレ達には敵わない。つまりそれは、オマエ達はオレ達の餌であるってことだ。餌は餌らしく、喰われるまで大人しく待ってろ!」
身体の大きい、おそらく群れのボスと思われるアイスマンはそう言い放つと、またも凍りついた女性を口へ運びガジガジと齧りつく。この時点で、女性の上半身は無くなってしまった。
「ゆ……許せないっ!!」
さすがの明日香も激昂したのだろう。そう叫んだ時にはすでに、明日香は銃を構えたまま、アイスマンたちに跳びかかって行ったのだ。もっとも……「和係長、射殺許可をお願いします!」と確認しながらであったから、例え頭に血が昇っても決まり事はしっかり守る。いかにも真面目な明日香らしいと言えば、らしいが……。
そんな明日香を迎え撃つように、一体のアイスマンが前に踊り出た。なんの躊躇いもなく引き金を引く明日香。
ダダダ……ッ! ダダダ……ッ!
セミオートで発射された数発の弾丸が、アイスマンの土手っ腹を撃ちぬく。
だが、発射された弾丸は全弾命中しているのに、アイスマンは氷の体内に弾をめり込ませたまま、何事もないように腕を振り上げ襲い掛かってくる。
「な……っ!?」瞬時に一足跳びで後退し、攻撃をかわす明日香。
再び銃を構え、今度は振りかぶった腕を狙って、銃を発射した。
ダダダ……ッ!
命中した弾丸はアイスマンの腕を、そのものズバリ……氷細工らしく粉々に飛び散らせる。
さすがに腕一本失えば、少しは弱まるだろう。明日香も、モニターで監視している和も、そう思っていた。
しかし、別の一体が傍に寄り冷気を吹きかける。すると、粉々に砕け散った腕が、再び元通りに再生していったのだ。
「銃が……、銃が通用しない……!?」
これには、さすがに明日香も和も驚愕した。
「こうなったら……!!」
明日香は強化服の足首に備え付けられているツマミを回すと、空中高く跳ね上がる!そして、三角跳びの要領で建物の壁面を蹴りつけ、反動と加速力を増してアイスマン目掛けて飛び蹴りっ!!
「ガール・ライトニング・キィィィィィック!!」
バギッッ!! と、氷が砕ける音が響き渡る。
「これでどうです!?」
着地と同時に振り返り手応えを見定めると、アイスマンは胴体のど真ん中を、まるでクレーターのように抉り取られていた。だが、やや苦しげに膝をついてはいるものの、期待した程の大きなダメージは与えていないように見える。
「ライトニング・キックも……通用しない?」
自身の最高の必殺技ですら致命傷を与えることが出来ない。そんな相手に明日香は恐怖すら感じ始めていた。
「もしや……とは思ったけど、やはりダメだったか……」モニター前で見ていた和も、肩を落とす。
「ライトニング・キックは、橘ちゃんの脚力に電撃が加わって効果を発揮する技だ。だが、氷の身体の奴らには電流は通らない。当然……キックの威力は半減だよな。」
禁煙パイプを咥えている歯に力が入ったのだろう。瑞鳥川はパイプを噛み砕きながら、そう呟いた。
「思ったより強いけど……やはり人間、オレ達には及ばないな」
ボス級のアイスマンは嘲笑いながらそう言うと、大きな口から突風のような冷気を吐き出した。
冷気が触れる場所。道路も自動車も、ペキッ…ペキッ…!と氷ついていく。そしてその冷気は明日香にも襲いかかる。
みるみるうちに身体の表面が霜と氷に覆われる。足は地と共に固定され、腕の動きもギチギチと動きが鈍り始める。
そして数分もしないうちに、そこには明日香……ターディグラダ・ガールの氷像が出来上がっていた。
「グフフ~っ♪ 美味そうな氷漬けが出来上がったぜ!」
ボス級アイスマンはそう言って近づくと、大口を開け明日香の頭に齧りつこうとした。
ベキッッッッッッッッツ!!!!
激しい砕けるような音が響き渡る。
だが、それは明日香の頭が噛み砕かれた音では無かった。
なんと、全身を覆った氷を砕き、目と鼻の先まで近寄っていたアイスマンの顔面に、明日香の猛烈な右フックがぶち当てられた音であった。
強化された明日香の腕力と、反撃を予期せず無防備で近寄ったアイスマンの慢心が、予想以上の効果を与える。
ズシィィィィィィンッ!! 巨体のアイスマンが、大きな地響きを上げながら横たわった。
「こんなところで負けないっ! おまえ達を倒して、人々を守ることが私の使命だっ!!」
身体はよろめいているものの、気迫だけは落ちてはいない。そう受け取れる明日香の叫び!
「おぉぉぉぉぉっ!! 橘ちゃん、カッコいい~ッ♪」
モニターで様子を見ていた瑞鳥川。その場で飛び上がって喜んだ。
「クマムシと同等の体質を持つ明日香くん。だからこそ、絶対零度近くまで耐えることができる。とは言え……」和はここまで呟くと、小さくガッツポーズ。「……とは言え、最後まで諦めない不屈の闘志も凄い!!」と、口元を緩まさずにはいられなかった。
「なんとか援護できないものか……。せめて、敵の習性や弱点などがわかれば……?」
明日香の闘志に応えたいと、モニターの隅々まで血眼で見つめ、なんとか突破口を探す和。そこへ……
「こちら県警本部情報管理課。和係長、応答できますか?」と通信が入った。
「はい……和です。ですが、現在交戦指揮の途中です。申し訳ありませんが……」
「警備部長からの指示で連絡しました。そのまま交信お願いいたします!」
「佐々木部長から……?」
「今から、敵未確認生物のデータをそちらへ送ります。まずはそれをご覧になってください」
そう連絡があった直後、和のパソコンに一通のデータファイルが送られてきた。それには、別の場所で撮影されたと思われるアイスマンの画像とそれに伴うグラフ。そして英語の文書であった。
「今、未確認生物対策係が交戦している相手は、イングランドに生息していると伝えられている、別名『ジャックフロスト』と呼ばれる生命体です。」
「ジャック……フロスト!?」伝えられた言葉に、目を丸くする和と瑞鳥川。
「ジャックフロストって『ヒーホー!』とか喚く、雪だるまの『ゆるキャラ』みたいなヤツじゃないのか!?」
相変わらず科学以外では偏った知識の瑞鳥川。
だが、そんな瑞鳥川をスルーして、イングランドに伝承されたジャックフロストの説明を続ける通信主。
「全身、雪と氷で構成されているので何度でも再生可能ですが、そんな身体の構成を支えているのが、核と呼ばれる物質です。」
「核……ですか?」
「はい。と言っても、外見上……バレーボール程の球体のようですので、肉眼での判別は可能です。それを破壊すれば、再生も不可能と思われます」
「なるほど! それならこちらも勝てる可能性がある!」
「物理的攻撃でも破壊可能ですが、できれば高温による攻撃が、もっとも有効です。」
「わかりました! 助言ありがとうございます!」
和はそう告げ通信のスイッチを切ると、車内に積み込まれた段ボール箱を弄りだした。
「何を探しているんだい? 和くん……」
怪訝な表情で声をかける瑞鳥川。
「以前、瑞鳥川さんが作った武器がありましたよね……? M4カスタムの方が使い勝手がいいので最近使っていませんでしたが……」
そこまで言うと、「あった!!」と棒のような物を掴み取った。それは長さ60cmほどの黒色の円棒。
「あ~ぁ!? それ……、たしかにアタシが作った『TG用特殊警棒』じゃん!」
「はい。機能は優れていますが、生死を分ける激戦の多い未確認生物との交戦では、今ひとつ決め手に欠けていたので最近使用させていませんでした。」
和は警棒を握りしめ、車両の扉に手をかけると、「これを明日香くんに手渡してきます!」と言って、外へ飛び出していった。
一方その頃、素手のまま三体+負傷(?)した一体のジャックフロストと対峙する明日香。
先ほど明日香にぶん殴られたボス級のジャックフロストは、その顔面が熱で溶けて無くなるのではないかと思えるほど、憤怒している。
そんなボスを取り鎮めるように、別の一体が間に入った。ボスが取り乱すほどの相手でもない。オレが代わりに潰してやりますよ!とでも言いたいのであろう。
それがわかるように、挑発的な態度を表すジャックフロスト。
そこへ……
「明日香くん、これを使うんだ!!」と駆け寄った和から、先ほどの警棒が投げ渡される。
「グリップ部分の縁にあるツマミを、左に回すんだ!!」
言われるままにツマミを回してみる。すると、スティック部分が真っ赤に発熱を始めた。
「そいつは、使い方によって電流を流したり、高温を発したりすることのできる、特殊警棒だ! それなら奴らの氷の身体にも、少なからずの効果はあるはず」
明日香は和の言葉に頷くと、警棒を高く振り上げ、そのままジャックフロスト目掛けて振り下ろした!!
強化された明日香の打撃力と高温を発する警棒。それは、ジャックフロストのような氷の身体には刀よりも鋭利な武器。見事にジャックフロストの胴体を抉り取ったように切断したのだ。
更に横払いで警棒を振る。ジャックフロストは、その予想もつかない威力に尻込みをし、仰向けにひっくり返ってしまった。
「明日香くん。抉り取った胴体の隙間に球体が見えるだろう!? そこをソイツで突き刺すんだ!!」
和の助言に、明日香はグリップを逆手に握り直すと、そのまま全体重を乗せ、核目掛けて警棒を突き刺したぁぁぁぁつ!!
「ぐわっぁぁぁぁぁぁっ!!」 壮絶な断末魔も声を上げるジャックフロスト。
と同時にその身体は、もうもうと湯気が湧き上がり蒸発していく。それはまさに熱した鉄板の上で溶けていく、氷の固まりのように見えた。
そんな思わぬ明日香の反撃に、虚をつかれたジャックフロスト達。その場で呆然と立ち尽くしていたが、すぐに気を取り戻すと「人間風情がオレ達を殺るなんて、この場でかき氷にして喰い尽くしてやる!!」と明日香を取り囲んだ。
だが……!
「遊びはそこまでよ! すぐに戻りなさい!!」
重く低いハスキーな声が、彼らの動きを制した。
見ると、ジャックフロストたちの後方から、一人の人間らしき姿が近寄ってくる。
「何者……?」明日香も和も動きを止め、その人物に注目した。
腰まで届きそうな長い髪。それは光の加減で黒にも金髪にも見える。髪の下の面立ちも、タイトスカートから伸びる細長い脚も黒色の肌だが、しかし目鼻の作りは黒人系より欧州系に近い。白いブラウスの上に真っ赤なロングコートを羽織り、なぜか左袖だけは肘上まで捲り上げている。
それは、明日香も和も今までに見たことのないような、妖艶な黒肌美女であった。
「なぜ……止める!?」制されたのが納得いかないのか、ボス級のジャックフロストが黒肌美女に睨みを利かせた。
だが、黒肌美女はそんな睨みを物ともせず「マスターが貴方たちに新たな力を与えたいと言い出したのよ。その意味……わかるでしょ?」と、冷めた目で言い返した。
「フンッ!冗談じゃない。オレ達は今のままで十分に強い。それにこの間のオークは『改造』したって、人間に負けたじゃねぇーか! だから、オレ達に改造なんて必要ないね!」
ボス級ジャックフロストはそう怒鳴り上げると、力尽くで反論するかのように、右拳を黒肌美女の顔面に叩きつけようとした。しかし……
シャキンッ!!
一瞬、金属音のような物音が聞こえると、そのすぐ後に「ぐぉぉっ!?」と、ボス級ジャックフロストの呻き声が響き渡った。
「なんだと!?」和も明日香も、その光景に目を疑う。
なんと、美女に叩きつけたと思われたその右拳は、その場にボトリと落ち、もうもうと湯気を放って蒸発していく。
そして、その右拳を切り落としたのは……?
「えっ? なぜ……左腕……が…?」更に目を丸くする明日香と和。
なぜか、肘上まで捲り上げていたコートの左袖。今……その左袖からは、真っ赤に高熱を放つ、一本の長い刃が伸びている!?
「あ…あの女、左腕をヒート・ソード(高温剣)に変形……させたのか!? だが、それって……どうやって?」日頃、飄々としている瑞鳥川ですら、あまりの驚きに、咥えていた禁煙パイプを落としたことすら気づいていない。
「これも、我がマスターに与えてもらったもの。あのお方は、ワッチ達…邪精を新たな世界へ導こうとしてくださっている。」
黒肌美女は、そう言ってジャックフロスト達を見下ろした。
「そう言えば、お前たちは先程人間に向かって、餌は餌らしく……と言っていたな。ならば、お前たちにも同じような言葉を掛けてやろう。お前たちはマスターの『駒』だ。駒は駒らしく、言われた通りに動いていれば良いのだ!」
ボス級ジャックフロストが一瞬でやり返されたのもあってか、あれ程暴れまわっていた他のフロスト達も、まるで借りてきたネコのようにしんみりと大人しくしている。
「戻りなさい」再び発せられた黒肌美女の命令に、ジャックフロスト達は小さく頷いた。
そして、自身達の身体を小さな粉雪に変えると、風に乗り瞬く間に消え去っていった。
それを確認し、自らも帰還しようかと踵を返した黒肌美女。だが、それを黙って見届けるわけにはいかない。
「待ちなさいっ!!」警棒を握りしめたまま、明日香が背後から声を掛けた。
「先程の会話からすると、貴女は未確認生物たちと関わりがあるようですね。事情を伺いますので、このまま署まで同行願います!」
「未確認生物……?」黒肌美女は眉を潜めて問い返す。そして「あぁ、ワッチ等精霊のことか?」少し間を置いて、納得したように言い直した。
「精……霊……?」今度は明日香が眉間に皺を寄せる。もっともそれは、ヘルメットに隠れているため、外見ではわからないが。
「悪いが、お前たち下等な人間と話すことなど何もない。したがって呼び止めは無用だ!」そう言うと再び踵を返した。
「待ちなさいと言っていますっ!!」明日香はそう言って黒肌美女に飛びかかろうとした。
ヴアアァァァァァッッン!!
けたたましい爆発音と激しい振動!!
そして、強烈な爆風で吹き飛ばされる明日香!!
「な…なんなの……?」
身を起こし、何が起こったのか確認すると、辺り一面、土埃が舞い上がっている。
しばらくして土埃が収まった頃には、黒肌美女の姿は何処にも見えなかった。そして、先ほどまで明日香が立っていたと思われる場所には、クレーターのような大きな穴が開いていた。
「うん……!?」突然の瑞鳥川(みどりかわ)の問いかけに、言っている意味がわからないと言わんばかりに和(かのう)滝也が聞き返した。
ここは神田川県警本部、地下にある未確認生物対策係……通称CCSの対策室。
広さは十五畳程だが、机や資料棚以外にも医務用ベッドや機材。そしてよくわからない電子機材などもあり、とても広いとは言えない……というか狭苦しい一室。
その一室にある、デスクトップパソコンの他にノートパソコン。そして別途のディスプレイに外付けHDDやスキャナーなどの周辺機器。それらが占め尽くしてある瑞鳥川の机。
瑞鳥川弘子はそのうちのノートパソコンを弄りながら、改めてこう言い出した。
「この夏から至る所に出没し、多くの市民に被害を与えている未確認生物。神田川県警はそれらを駆除するため、ターディグラダ・ガールという……いわゆる超人ヒーロー的存在を導入したが、はたしてそれが必要なのか!? そんな一人の超人ヒーローよりも、元より警察に存在する『機動隊』という組織を強化したほうが、効率よく市民の安全を図れるのではないだろうか!? 神田川県警の考え方に疑問符が打たれる!」
瑞鳥川は一気にここまで言い終えると「……と、ネットのニュースサイトに書いてあるんだよ。」と付け加えた。
「なるほど、ターディグラダ・ガールに存在意義があるのか!?……ってことですね?」和はそう呟くように言うと、小さく溜息をついた。そしてそのまま引き続くように「瑞鳥川さんは、どう思われます?」と聞き返す。
「アタシ……!?」
思いもよらない和からの振りに、一瞬確認するかのように自分自身を指差したが、その振りが間違いで無いこと知ると、「まぁ……世間はそう思っても不思議じゃないよね?」と返した。
「実際さぁ~、そう思っているのは世間だけでもないんだよ。この県警本部内でもそういった声は上がっている。特に地味な捜査が基本の刑事部なんかは、『派手な特撮みたいな事しやがって!』……と、快く思っていないね」
「そんな声が上がっているんですか?」
「アタシ等……科捜研の人間は、本来刑事部側だからね。そういった不満なんかはよく聞くよ」
咥えた禁煙パイプをスカスカ吸いながら、瑞鳥川は冷やかな笑みを浮かべた。
「僕はずっと警備部所属ですから、半年前の事もよく覚えています。未確認生物たちが現れだした頃。機動隊も……野生動物に詳しい猟友会も、駆除に向かったことはあるんです。」
「へぇ~っ!?」
「先日のオーク型なんて、まだ弱い方ですよ。奴らの中には自然の力を操る者もいるし、銃火器が殆ど通用しない者もいる。もちろん、絶対に勝てない相手というわけでは無いんですが、警備部にも多くの負傷者が出ました。中には……命を落とされた方も。」
「だ・か・ら、アタシの作った特殊強化服の出番……ってわけか!?」
「本部長や佐々木警備部長が、どうお考えになられたかはわかりませんが、今……奴らと互角に戦えるのは、強化服を纏った明日香くん……ターディグラダ・ガールだけです!」
まるで鬱憤を晴らすかのように、まくし立てる和。そんな和を見て瑞鳥川は、― 見た目と違って、意外と熱いところがあるんだよな、コイツ!―と、思わず目尻を下げる。
「……とは言うものの」
つい数秒前の勢いとは打って変わって、今度は思いに耽るように言葉を漏らした和。
「うん? なんか……気になることでもあんの?」
「いえ、たしかに未確認生物と渡り合えるのはターディグラダ・ガールだけですが、先日の件も含めて、そろそろ無理が生じてきているんですよね」
和はそう言って溜息をつくと、腰掛けている椅子の背もたれに、仰け反るように寄りかかった。
その時、室内の電話機がけたたましく鳴りだした。慌てて受話器を手に取る和。
「はい、未確認生物対策係です。え……っ!? 未確認生物が……!?」
話を終え受話器を置くと、直ぐ様パソコンを操作しGPSを確認する。「明日香くんは、西区か……?」そう呟くと無線のスイッチを入れた。
「明日香くん、和だ! 未確認生物が現れた。そのまま中央区へ向かってくれ! 強化服は僕と瑞鳥川さんが持っていく。急いでくれ!!」
指示を終えると、そのまま瑞鳥川の方へ振り向く。
「瑞鳥川さん……」
和がそう言いかけた時には既に、瑞鳥川は大きなバッグを担いで「橘ちゃんの勇姿を見るんだから、早く行くよ!!」と出口に立っていた。
現場は中央区にある秋坂駅前大通り。驚いたことに、ターディグラダ・ガールとなった明日香が到着した頃には、辺りは冬景色。いや、冬景色とは少し違う……。そう、それはまるで『氷の世界』と化していた。
そして更に驚くことは、逃げまとう姿のまま氷漬けされた市民や、拳銃を構えたまま氷漬けられている警官たちの姿。
「和係長……。これは一体、何があったのでしょうか!?」
信じられない光景を目に、明日香は即座に和へ報告を入れた。
丁度、緊急対策車両で現場付近に到着した和と瑞鳥川。現場確認用のドローンを発進させると、そのまま車内の監視システムを操作する。
「今、現場付近に備え付けられている防犯カメラの映像を確認している。どうやら未確認生物はファイルNo,3、アイスマン型のようだ」
「アイスマン……型!?」
「ああ。半年ほど前に1~2回出没しただけの、殆どデータの無い未確認生物だ。なんと……コイツは、口から強力な冷気を吹き出して、触れるもの全てを凍りつかせるという能力を持っている。」
「では、ここで凍りついている警官も市民の人たちも……?」
明日香がそう応答していると、建物の影から大きな物陰が四つほど姿を現した。
それは、サイコロ型の大きな氷を幾つもの積み重ねて作った人形のような。体長2メートルから2メートル半くらいの氷の巨人。
「明日香くん、気をつけろ! それがアイスマン型の未確認生物だ!!」
和の声を聞きながら、四体のアイスマン型未確認生物を睨みつける明日香。
そのうちの一体は、氷漬けされた十代後半くらいの若い女性を手にしている。そして、な……なんと!? そいつは、その氷漬けされた女性の頭から、ガリガリと齧りだしたのだ!!
そう、それはまるで小さな子どもが、無我夢中でアイスキャンディーに齧りついている。まさしくそんな光景だ。
「だけど、アイツが食べているのはアイスキャンディーじゃない!!」
明日香はそう呟くと、持っているカービン銃…M4カスタムをアイスマン型未確認生物に向けた。
「警察です。大人しく投降し、凍りついた人たちを元の状態へ戻しなさい!」
そう言い放つと一旦銃口を空に向け、威嚇射撃を行なった。
「あん!? まだ、オレ達に歯向かうバカがいるのか?」
四体のうち、一番大きな身体で女性を手にしているアイスマンが、嘲笑うように言い返してくる。
「オマエ達人間は、オレ達には敵わない。つまりそれは、オマエ達はオレ達の餌であるってことだ。餌は餌らしく、喰われるまで大人しく待ってろ!」
身体の大きい、おそらく群れのボスと思われるアイスマンはそう言い放つと、またも凍りついた女性を口へ運びガジガジと齧りつく。この時点で、女性の上半身は無くなってしまった。
「ゆ……許せないっ!!」
さすがの明日香も激昂したのだろう。そう叫んだ時にはすでに、明日香は銃を構えたまま、アイスマンたちに跳びかかって行ったのだ。もっとも……「和係長、射殺許可をお願いします!」と確認しながらであったから、例え頭に血が昇っても決まり事はしっかり守る。いかにも真面目な明日香らしいと言えば、らしいが……。
そんな明日香を迎え撃つように、一体のアイスマンが前に踊り出た。なんの躊躇いもなく引き金を引く明日香。
ダダダ……ッ! ダダダ……ッ!
セミオートで発射された数発の弾丸が、アイスマンの土手っ腹を撃ちぬく。
だが、発射された弾丸は全弾命中しているのに、アイスマンは氷の体内に弾をめり込ませたまま、何事もないように腕を振り上げ襲い掛かってくる。
「な……っ!?」瞬時に一足跳びで後退し、攻撃をかわす明日香。
再び銃を構え、今度は振りかぶった腕を狙って、銃を発射した。
ダダダ……ッ!
命中した弾丸はアイスマンの腕を、そのものズバリ……氷細工らしく粉々に飛び散らせる。
さすがに腕一本失えば、少しは弱まるだろう。明日香も、モニターで監視している和も、そう思っていた。
しかし、別の一体が傍に寄り冷気を吹きかける。すると、粉々に砕け散った腕が、再び元通りに再生していったのだ。
「銃が……、銃が通用しない……!?」
これには、さすがに明日香も和も驚愕した。
「こうなったら……!!」
明日香は強化服の足首に備え付けられているツマミを回すと、空中高く跳ね上がる!そして、三角跳びの要領で建物の壁面を蹴りつけ、反動と加速力を増してアイスマン目掛けて飛び蹴りっ!!
「ガール・ライトニング・キィィィィィック!!」
バギッッ!! と、氷が砕ける音が響き渡る。
「これでどうです!?」
着地と同時に振り返り手応えを見定めると、アイスマンは胴体のど真ん中を、まるでクレーターのように抉り取られていた。だが、やや苦しげに膝をついてはいるものの、期待した程の大きなダメージは与えていないように見える。
「ライトニング・キックも……通用しない?」
自身の最高の必殺技ですら致命傷を与えることが出来ない。そんな相手に明日香は恐怖すら感じ始めていた。
「もしや……とは思ったけど、やはりダメだったか……」モニター前で見ていた和も、肩を落とす。
「ライトニング・キックは、橘ちゃんの脚力に電撃が加わって効果を発揮する技だ。だが、氷の身体の奴らには電流は通らない。当然……キックの威力は半減だよな。」
禁煙パイプを咥えている歯に力が入ったのだろう。瑞鳥川はパイプを噛み砕きながら、そう呟いた。
「思ったより強いけど……やはり人間、オレ達には及ばないな」
ボス級のアイスマンは嘲笑いながらそう言うと、大きな口から突風のような冷気を吐き出した。
冷気が触れる場所。道路も自動車も、ペキッ…ペキッ…!と氷ついていく。そしてその冷気は明日香にも襲いかかる。
みるみるうちに身体の表面が霜と氷に覆われる。足は地と共に固定され、腕の動きもギチギチと動きが鈍り始める。
そして数分もしないうちに、そこには明日香……ターディグラダ・ガールの氷像が出来上がっていた。
「グフフ~っ♪ 美味そうな氷漬けが出来上がったぜ!」
ボス級アイスマンはそう言って近づくと、大口を開け明日香の頭に齧りつこうとした。
ベキッッッッッッッッツ!!!!
激しい砕けるような音が響き渡る。
だが、それは明日香の頭が噛み砕かれた音では無かった。
なんと、全身を覆った氷を砕き、目と鼻の先まで近寄っていたアイスマンの顔面に、明日香の猛烈な右フックがぶち当てられた音であった。
強化された明日香の腕力と、反撃を予期せず無防備で近寄ったアイスマンの慢心が、予想以上の効果を与える。
ズシィィィィィィンッ!! 巨体のアイスマンが、大きな地響きを上げながら横たわった。
「こんなところで負けないっ! おまえ達を倒して、人々を守ることが私の使命だっ!!」
身体はよろめいているものの、気迫だけは落ちてはいない。そう受け取れる明日香の叫び!
「おぉぉぉぉぉっ!! 橘ちゃん、カッコいい~ッ♪」
モニターで様子を見ていた瑞鳥川。その場で飛び上がって喜んだ。
「クマムシと同等の体質を持つ明日香くん。だからこそ、絶対零度近くまで耐えることができる。とは言え……」和はここまで呟くと、小さくガッツポーズ。「……とは言え、最後まで諦めない不屈の闘志も凄い!!」と、口元を緩まさずにはいられなかった。
「なんとか援護できないものか……。せめて、敵の習性や弱点などがわかれば……?」
明日香の闘志に応えたいと、モニターの隅々まで血眼で見つめ、なんとか突破口を探す和。そこへ……
「こちら県警本部情報管理課。和係長、応答できますか?」と通信が入った。
「はい……和です。ですが、現在交戦指揮の途中です。申し訳ありませんが……」
「警備部長からの指示で連絡しました。そのまま交信お願いいたします!」
「佐々木部長から……?」
「今から、敵未確認生物のデータをそちらへ送ります。まずはそれをご覧になってください」
そう連絡があった直後、和のパソコンに一通のデータファイルが送られてきた。それには、別の場所で撮影されたと思われるアイスマンの画像とそれに伴うグラフ。そして英語の文書であった。
「今、未確認生物対策係が交戦している相手は、イングランドに生息していると伝えられている、別名『ジャックフロスト』と呼ばれる生命体です。」
「ジャック……フロスト!?」伝えられた言葉に、目を丸くする和と瑞鳥川。
「ジャックフロストって『ヒーホー!』とか喚く、雪だるまの『ゆるキャラ』みたいなヤツじゃないのか!?」
相変わらず科学以外では偏った知識の瑞鳥川。
だが、そんな瑞鳥川をスルーして、イングランドに伝承されたジャックフロストの説明を続ける通信主。
「全身、雪と氷で構成されているので何度でも再生可能ですが、そんな身体の構成を支えているのが、核と呼ばれる物質です。」
「核……ですか?」
「はい。と言っても、外見上……バレーボール程の球体のようですので、肉眼での判別は可能です。それを破壊すれば、再生も不可能と思われます」
「なるほど! それならこちらも勝てる可能性がある!」
「物理的攻撃でも破壊可能ですが、できれば高温による攻撃が、もっとも有効です。」
「わかりました! 助言ありがとうございます!」
和はそう告げ通信のスイッチを切ると、車内に積み込まれた段ボール箱を弄りだした。
「何を探しているんだい? 和くん……」
怪訝な表情で声をかける瑞鳥川。
「以前、瑞鳥川さんが作った武器がありましたよね……? M4カスタムの方が使い勝手がいいので最近使っていませんでしたが……」
そこまで言うと、「あった!!」と棒のような物を掴み取った。それは長さ60cmほどの黒色の円棒。
「あ~ぁ!? それ……、たしかにアタシが作った『TG用特殊警棒』じゃん!」
「はい。機能は優れていますが、生死を分ける激戦の多い未確認生物との交戦では、今ひとつ決め手に欠けていたので最近使用させていませんでした。」
和は警棒を握りしめ、車両の扉に手をかけると、「これを明日香くんに手渡してきます!」と言って、外へ飛び出していった。
一方その頃、素手のまま三体+負傷(?)した一体のジャックフロストと対峙する明日香。
先ほど明日香にぶん殴られたボス級のジャックフロストは、その顔面が熱で溶けて無くなるのではないかと思えるほど、憤怒している。
そんなボスを取り鎮めるように、別の一体が間に入った。ボスが取り乱すほどの相手でもない。オレが代わりに潰してやりますよ!とでも言いたいのであろう。
それがわかるように、挑発的な態度を表すジャックフロスト。
そこへ……
「明日香くん、これを使うんだ!!」と駆け寄った和から、先ほどの警棒が投げ渡される。
「グリップ部分の縁にあるツマミを、左に回すんだ!!」
言われるままにツマミを回してみる。すると、スティック部分が真っ赤に発熱を始めた。
「そいつは、使い方によって電流を流したり、高温を発したりすることのできる、特殊警棒だ! それなら奴らの氷の身体にも、少なからずの効果はあるはず」
明日香は和の言葉に頷くと、警棒を高く振り上げ、そのままジャックフロスト目掛けて振り下ろした!!
強化された明日香の打撃力と高温を発する警棒。それは、ジャックフロストのような氷の身体には刀よりも鋭利な武器。見事にジャックフロストの胴体を抉り取ったように切断したのだ。
更に横払いで警棒を振る。ジャックフロストは、その予想もつかない威力に尻込みをし、仰向けにひっくり返ってしまった。
「明日香くん。抉り取った胴体の隙間に球体が見えるだろう!? そこをソイツで突き刺すんだ!!」
和の助言に、明日香はグリップを逆手に握り直すと、そのまま全体重を乗せ、核目掛けて警棒を突き刺したぁぁぁぁつ!!
「ぐわっぁぁぁぁぁぁっ!!」 壮絶な断末魔も声を上げるジャックフロスト。
と同時にその身体は、もうもうと湯気が湧き上がり蒸発していく。それはまさに熱した鉄板の上で溶けていく、氷の固まりのように見えた。
そんな思わぬ明日香の反撃に、虚をつかれたジャックフロスト達。その場で呆然と立ち尽くしていたが、すぐに気を取り戻すと「人間風情がオレ達を殺るなんて、この場でかき氷にして喰い尽くしてやる!!」と明日香を取り囲んだ。
だが……!
「遊びはそこまでよ! すぐに戻りなさい!!」
重く低いハスキーな声が、彼らの動きを制した。
見ると、ジャックフロストたちの後方から、一人の人間らしき姿が近寄ってくる。
「何者……?」明日香も和も動きを止め、その人物に注目した。
腰まで届きそうな長い髪。それは光の加減で黒にも金髪にも見える。髪の下の面立ちも、タイトスカートから伸びる細長い脚も黒色の肌だが、しかし目鼻の作りは黒人系より欧州系に近い。白いブラウスの上に真っ赤なロングコートを羽織り、なぜか左袖だけは肘上まで捲り上げている。
それは、明日香も和も今までに見たことのないような、妖艶な黒肌美女であった。
「なぜ……止める!?」制されたのが納得いかないのか、ボス級のジャックフロストが黒肌美女に睨みを利かせた。
だが、黒肌美女はそんな睨みを物ともせず「マスターが貴方たちに新たな力を与えたいと言い出したのよ。その意味……わかるでしょ?」と、冷めた目で言い返した。
「フンッ!冗談じゃない。オレ達は今のままで十分に強い。それにこの間のオークは『改造』したって、人間に負けたじゃねぇーか! だから、オレ達に改造なんて必要ないね!」
ボス級ジャックフロストはそう怒鳴り上げると、力尽くで反論するかのように、右拳を黒肌美女の顔面に叩きつけようとした。しかし……
シャキンッ!!
一瞬、金属音のような物音が聞こえると、そのすぐ後に「ぐぉぉっ!?」と、ボス級ジャックフロストの呻き声が響き渡った。
「なんだと!?」和も明日香も、その光景に目を疑う。
なんと、美女に叩きつけたと思われたその右拳は、その場にボトリと落ち、もうもうと湯気を放って蒸発していく。
そして、その右拳を切り落としたのは……?
「えっ? なぜ……左腕……が…?」更に目を丸くする明日香と和。
なぜか、肘上まで捲り上げていたコートの左袖。今……その左袖からは、真っ赤に高熱を放つ、一本の長い刃が伸びている!?
「あ…あの女、左腕をヒート・ソード(高温剣)に変形……させたのか!? だが、それって……どうやって?」日頃、飄々としている瑞鳥川ですら、あまりの驚きに、咥えていた禁煙パイプを落としたことすら気づいていない。
「これも、我がマスターに与えてもらったもの。あのお方は、ワッチ達…邪精を新たな世界へ導こうとしてくださっている。」
黒肌美女は、そう言ってジャックフロスト達を見下ろした。
「そう言えば、お前たちは先程人間に向かって、餌は餌らしく……と言っていたな。ならば、お前たちにも同じような言葉を掛けてやろう。お前たちはマスターの『駒』だ。駒は駒らしく、言われた通りに動いていれば良いのだ!」
ボス級ジャックフロストが一瞬でやり返されたのもあってか、あれ程暴れまわっていた他のフロスト達も、まるで借りてきたネコのようにしんみりと大人しくしている。
「戻りなさい」再び発せられた黒肌美女の命令に、ジャックフロスト達は小さく頷いた。
そして、自身達の身体を小さな粉雪に変えると、風に乗り瞬く間に消え去っていった。
それを確認し、自らも帰還しようかと踵を返した黒肌美女。だが、それを黙って見届けるわけにはいかない。
「待ちなさいっ!!」警棒を握りしめたまま、明日香が背後から声を掛けた。
「先程の会話からすると、貴女は未確認生物たちと関わりがあるようですね。事情を伺いますので、このまま署まで同行願います!」
「未確認生物……?」黒肌美女は眉を潜めて問い返す。そして「あぁ、ワッチ等精霊のことか?」少し間を置いて、納得したように言い直した。
「精……霊……?」今度は明日香が眉間に皺を寄せる。もっともそれは、ヘルメットに隠れているため、外見ではわからないが。
「悪いが、お前たち下等な人間と話すことなど何もない。したがって呼び止めは無用だ!」そう言うと再び踵を返した。
「待ちなさいと言っていますっ!!」明日香はそう言って黒肌美女に飛びかかろうとした。
ヴアアァァァァァッッン!!
けたたましい爆発音と激しい振動!!
そして、強烈な爆風で吹き飛ばされる明日香!!
「な…なんなの……?」
身を起こし、何が起こったのか確認すると、辺り一面、土埃が舞い上がっている。
しばらくして土埃が収まった頃には、黒肌美女の姿は何処にも見えなかった。そして、先ほどまで明日香が立っていたと思われる場所には、クレーターのような大きな穴が開いていた。
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