2014.03.22 Sat
妖魔狩人 若三毛凛 if 第11話「ムッシュとお呼びください -前編-」
5月23日、妖怪化した春人との対決から一ヶ月近く前、すなわち胡媚娘が白陰の前に現れた日。
その日、嫦娥はとある北国の食肉センターにいた。
なぜ食肉センターにいたのか?
それは、そこから凄まじい怨念を感じ取ることができたからである。
興味津々で赴いたそこは、近代化された立派な工場。
その裏へ回ると、一つの区域で無数のカラス達が集まっていた。
区域に設置された大きな檻のような籠には、コンベアから白や黒い物体や、赤みがかった液体が流れ落ちてくる。
それは、牛や豚の生皮、体液などであった。
よく見ると、皮にも僅かな神経が通っているのか?
剥がされたばかりのその皮は、まるで生きているように、ピクピクと蠢いていた。
「なるほど・・・・」
思わず嫦娥は納得した。
嫦娥が感じた怨念は工場から溢れ出たものが、この皮や体液に寄り集まっているのだ。
それは、普通の人間が近づくだけで、その凄まじい気で気絶してもおかしくないくらい強力である。
そこに一羽のカラスが舞い降りた。
腹を空かしているのか、鋭利な嘴で皮を突こうとしたその瞬間である。
皮はまるで待ち構えていた大鷲が巨大な翼を広げたかのように、スッポリとカラスに覆い被さり、そのまま飲み込んでしまった。
カラスを飲み込んだ皮は、やがて激しく鼓動すると、一つの大きな塊に姿を変えた。
塊は一対の両手、両足を生え揃わせると、ゆっくりと立ち上がる。
フゥ・・・ッ、フゥ・・・ッ、フゥ・・・・
荒い息を吐きながら立ち上がるその姿。
仁王立ちした闘牛のような巨大な身体に、黒々と尖った角。
岩でも噛み砕けそうな鋭い牙。
そして、激しく血走り、爛々と光る目。
まさしく獣の邪念が凝り固まったような、恐ろしい姿である。
「怨獣鬼(おんじゅうき)・・・」
その姿を見た嫦娥は、臼笑うように名づけた。
食べるためとは言え、無残に殺された家畜たちの怨念。
その怨念が寄り集まって生み出された妖怪。
まさに、この上なく相応しい名前かもしれない。
6月20日
シュッ・・と風切音の後、トンッ!と的に突き刺さる音が響く。
柚子村立中学校弓道部練習場では、数人の生徒たちが弓を引き、練習に励んでいる。
その中には、当然凛の姿もあった。
ゆっくりとした動作で矢を射る。その矢は見事に的の中心に突き刺さった。
次の生徒の場を譲ると、凛は大きなため息をついた。
「いい調子じゃない? 若三毛さん」
明るい上がり調子の声が背後から掛かる。
それは弓道部部長、三年生の田中心美(こはる)だった。
ポニーテールがよく似合う、いかにもスポーツ少女的で気さくな先輩だ。
「すごく命中率がいいよね、学校以外でも練習しているの?」
―いえ、相手が動いたり、襲ってきたりしませんから、大したことありませんよ―
…と、いけない!いけない! 思わずそう口を滑らしそうになった。
ハッキリ言って、今の凛の心は重かった。どんなに褒められても素直に喜べない。
そう、凛は落ち込んでいるのだ。
ここ二戦程、凛は連敗を喫している。
その内の一戦は、人形化された女子高生を助けようとした際に背後から襲われたので、まだ仕方無いとしても、妖怪手長足長との一戦での敗北。
これは完敗だった。
もし、優里が妖魔狩人として参戦してくれていなかったら・・・・
この村は、今頃多くの被害に合っていただろう。
その想いが、凛に自己嫌悪を募らせていた。
口調が歪になりかけるのも、そのせいだろう。
「先輩……、一つ訪ねていいですか?」
改まって心美に言葉を返す凛。
「ん?」
「弓使いの戦い方って、どうしたらいいんですか?」
自分でも相当焦っているのだろう、普通なら返答に困る問いである。そう……普通なら。
ところが・・・
「あ、ひょっとして……ネットゲーの話!? 若三毛さん、何のゲームしているの? もしかして、フレイム・エムブレム=オンライン(以下FEO)!!?」
予想外の返答だった。
「いいよね~FEO! ああ、そっか! 若三毛さん、アーチャー使っているの? 私もよ~♪ でも、先日スナイパーに昇格したよ!」
―えっと・・・・何の話ですか? スナイパーって、狙撃手?―
目を丸くし、ひたすら呆然としたまま聞く凛に、心美の話は更に加速する。
「実はさ、受験勉強の合間にやっているから詳しくは無いけど、弓手ってあの間接攻撃がいいよね! まぁ……直接攻撃ができないから隣接されたらヤバイけど、でも離れた所から攻撃して仕留めるあの感覚、ハマるよね~♪ 特に追撃入ったら、もぉ~サイコー♪」
ゲームをやらない凛には、まるで呪文でも聞かされているようだ。
てか、受験勉強の合間にやっているのではなく、ゲームの合間に勉強しているようにしか、聞こえないんですけど……
ま、家に帰ったら検索してみよ。
その頃、犬乙山、麓の洞窟。
「先日妖怪化させた小僧、あの者は女子の人形が欲しいという一念で、人形化という呪術能力を手に入れた。他の人間とは違う変化だ」
「たしかに、通常は凶暴性が増加する程度の変化じゃからのう」
そこでは長身黒髪の妖怪白陰と、緑色の肌をした老婆、嫦娥が水晶を眺めながら会話していた。
「という事は、果実化してから妖怪に転生するこの術。その者の秘めたる本能や欲望が具現化されるわけだが、そこで身共は考えた」
白陰はここで一呼吸入れ
「もし、本能の強い妖怪が転生した場合、どうなるのだろう?……と」
「うむ……、妖怪は理性よりも本能。特に凶暴性の強い妖怪ならば、どこまでその凶暴性が高まるのか? 興味深い考えじゃが、しかし……なぜそのような事を?」
嫦娥の問い返しに、白陰は水晶球に一つの影を映しだした。
白いコスチュームに身を包んだその姿は、優里!
「この白い妖魔狩人だ。この者は強い、おそらく見共達幹部の中で一番の武闘派だった銅角と互角……いや、それ以上かも知れぬ」
「うぬ……」
水晶球は凛の姿をも映しだした。
「そして当初からの敵、黒い妖魔狩人。この小娘……基本値は白い妖魔狩人に劣ってはいるが、あの妖木妃様に傷を付けた事を忘れてはならない」
「たしかに……」
「この二人が更に力を付けていけば、今の身共達の戦力では勝てぬ!」
「そこで妖怪達の戦力増幅の為に、転生させてみる……という事かの?」
「そうだ、妖木妃様ですら試した事がないと思うが、一つ試してみる価値はあると身共は思う」
白陰の言葉に、嫦娥はしばし思考を整理していたが、決断したように顔を上げ
「ならば、試してみるのに相応しい妖怪がおる!」
そう言って、懐から白い瓢箪を取り出した。
瓢箪の栓を抜き、呪文を唱えると、白煙と共に一つの巨大な影が飛び出した。
仁王立ちした闘牛のような巨体に、荒々しい吐息。鋭い黒い角。
「妖怪……怨獣鬼。コイツで試してみてはどうじゃ?」
怨獣鬼は血走った目で、白陰を睨みつけた。
「コロス・・・ニンゲン・・・・」
言葉とも、うめき声ともつかない声を上げると、白陰に襲いかかろうとする。
「なんて凶暴な妖怪なのだ。それに凄まじい程の禍々しい妖気」
一瞬、蒼白になった白陰だが、再び口元を緩ませると
「面白い、この者で試してみよう」
そう言って、妖樹化の種を口の中へ放り込んだ。
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今回はいつもより、かなり長めになっております。ww
引き続き、下のスレ「中編」を御覧ください。
その日、嫦娥はとある北国の食肉センターにいた。
なぜ食肉センターにいたのか?
それは、そこから凄まじい怨念を感じ取ることができたからである。
興味津々で赴いたそこは、近代化された立派な工場。
その裏へ回ると、一つの区域で無数のカラス達が集まっていた。
区域に設置された大きな檻のような籠には、コンベアから白や黒い物体や、赤みがかった液体が流れ落ちてくる。
それは、牛や豚の生皮、体液などであった。
よく見ると、皮にも僅かな神経が通っているのか?
剥がされたばかりのその皮は、まるで生きているように、ピクピクと蠢いていた。
「なるほど・・・・」
思わず嫦娥は納得した。
嫦娥が感じた怨念は工場から溢れ出たものが、この皮や体液に寄り集まっているのだ。
それは、普通の人間が近づくだけで、その凄まじい気で気絶してもおかしくないくらい強力である。
そこに一羽のカラスが舞い降りた。
腹を空かしているのか、鋭利な嘴で皮を突こうとしたその瞬間である。
皮はまるで待ち構えていた大鷲が巨大な翼を広げたかのように、スッポリとカラスに覆い被さり、そのまま飲み込んでしまった。
カラスを飲み込んだ皮は、やがて激しく鼓動すると、一つの大きな塊に姿を変えた。
塊は一対の両手、両足を生え揃わせると、ゆっくりと立ち上がる。
フゥ・・・ッ、フゥ・・・ッ、フゥ・・・・
荒い息を吐きながら立ち上がるその姿。
仁王立ちした闘牛のような巨大な身体に、黒々と尖った角。
岩でも噛み砕けそうな鋭い牙。
そして、激しく血走り、爛々と光る目。
まさしく獣の邪念が凝り固まったような、恐ろしい姿である。
「怨獣鬼(おんじゅうき)・・・」
その姿を見た嫦娥は、臼笑うように名づけた。
食べるためとは言え、無残に殺された家畜たちの怨念。
その怨念が寄り集まって生み出された妖怪。
まさに、この上なく相応しい名前かもしれない。
6月20日
シュッ・・と風切音の後、トンッ!と的に突き刺さる音が響く。
柚子村立中学校弓道部練習場では、数人の生徒たちが弓を引き、練習に励んでいる。
その中には、当然凛の姿もあった。
ゆっくりとした動作で矢を射る。その矢は見事に的の中心に突き刺さった。
次の生徒の場を譲ると、凛は大きなため息をついた。
「いい調子じゃない? 若三毛さん」
明るい上がり調子の声が背後から掛かる。
それは弓道部部長、三年生の田中心美(こはる)だった。
ポニーテールがよく似合う、いかにもスポーツ少女的で気さくな先輩だ。
「すごく命中率がいいよね、学校以外でも練習しているの?」
―いえ、相手が動いたり、襲ってきたりしませんから、大したことありませんよ―
…と、いけない!いけない! 思わずそう口を滑らしそうになった。
ハッキリ言って、今の凛の心は重かった。どんなに褒められても素直に喜べない。
そう、凛は落ち込んでいるのだ。
ここ二戦程、凛は連敗を喫している。
その内の一戦は、人形化された女子高生を助けようとした際に背後から襲われたので、まだ仕方無いとしても、妖怪手長足長との一戦での敗北。
これは完敗だった。
もし、優里が妖魔狩人として参戦してくれていなかったら・・・・
この村は、今頃多くの被害に合っていただろう。
その想いが、凛に自己嫌悪を募らせていた。
口調が歪になりかけるのも、そのせいだろう。
「先輩……、一つ訪ねていいですか?」
改まって心美に言葉を返す凛。
「ん?」
「弓使いの戦い方って、どうしたらいいんですか?」
自分でも相当焦っているのだろう、普通なら返答に困る問いである。そう……普通なら。
ところが・・・
「あ、ひょっとして……ネットゲーの話!? 若三毛さん、何のゲームしているの? もしかして、フレイム・エムブレム=オンライン(以下FEO)!!?」
予想外の返答だった。
「いいよね~FEO! ああ、そっか! 若三毛さん、アーチャー使っているの? 私もよ~♪ でも、先日スナイパーに昇格したよ!」
―えっと・・・・何の話ですか? スナイパーって、狙撃手?―
目を丸くし、ひたすら呆然としたまま聞く凛に、心美の話は更に加速する。
「実はさ、受験勉強の合間にやっているから詳しくは無いけど、弓手ってあの間接攻撃がいいよね! まぁ……直接攻撃ができないから隣接されたらヤバイけど、でも離れた所から攻撃して仕留めるあの感覚、ハマるよね~♪ 特に追撃入ったら、もぉ~サイコー♪」
ゲームをやらない凛には、まるで呪文でも聞かされているようだ。
てか、受験勉強の合間にやっているのではなく、ゲームの合間に勉強しているようにしか、聞こえないんですけど……
ま、家に帰ったら検索してみよ。
その頃、犬乙山、麓の洞窟。
「先日妖怪化させた小僧、あの者は女子の人形が欲しいという一念で、人形化という呪術能力を手に入れた。他の人間とは違う変化だ」
「たしかに、通常は凶暴性が増加する程度の変化じゃからのう」
そこでは長身黒髪の妖怪白陰と、緑色の肌をした老婆、嫦娥が水晶を眺めながら会話していた。
「という事は、果実化してから妖怪に転生するこの術。その者の秘めたる本能や欲望が具現化されるわけだが、そこで身共は考えた」
白陰はここで一呼吸入れ
「もし、本能の強い妖怪が転生した場合、どうなるのだろう?……と」
「うむ……、妖怪は理性よりも本能。特に凶暴性の強い妖怪ならば、どこまでその凶暴性が高まるのか? 興味深い考えじゃが、しかし……なぜそのような事を?」
嫦娥の問い返しに、白陰は水晶球に一つの影を映しだした。
白いコスチュームに身を包んだその姿は、優里!
「この白い妖魔狩人だ。この者は強い、おそらく見共達幹部の中で一番の武闘派だった銅角と互角……いや、それ以上かも知れぬ」
「うぬ……」
水晶球は凛の姿をも映しだした。
「そして当初からの敵、黒い妖魔狩人。この小娘……基本値は白い妖魔狩人に劣ってはいるが、あの妖木妃様に傷を付けた事を忘れてはならない」
「たしかに……」
「この二人が更に力を付けていけば、今の身共達の戦力では勝てぬ!」
「そこで妖怪達の戦力増幅の為に、転生させてみる……という事かの?」
「そうだ、妖木妃様ですら試した事がないと思うが、一つ試してみる価値はあると身共は思う」
白陰の言葉に、嫦娥はしばし思考を整理していたが、決断したように顔を上げ
「ならば、試してみるのに相応しい妖怪がおる!」
そう言って、懐から白い瓢箪を取り出した。
瓢箪の栓を抜き、呪文を唱えると、白煙と共に一つの巨大な影が飛び出した。
仁王立ちした闘牛のような巨体に、荒々しい吐息。鋭い黒い角。
「妖怪……怨獣鬼。コイツで試してみてはどうじゃ?」
怨獣鬼は血走った目で、白陰を睨みつけた。
「コロス・・・ニンゲン・・・・」
言葉とも、うめき声ともつかない声を上げると、白陰に襲いかかろうとする。
「なんて凶暴な妖怪なのだ。それに凄まじい程の禍々しい妖気」
一瞬、蒼白になった白陰だが、再び口元を緩ませると
「面白い、この者で試してみよう」
そう言って、妖樹化の種を口の中へ放り込んだ。
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今回はいつもより、かなり長めになっております。ww
引き続き、下のスレ「中編」を御覧ください。
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