2018.05.20 Sun
ネザーワールドクィーン 「第5章」
両拳で輝いている黒紫色の光を、ゆっくりと全身に移動させてみる。
少しでも気を緩めると、集まっている光が一瞬で飛び散ってしまうような気がする。落ち着いて、尚且つ気持ちを途切れさせず光をコントロールする。
全身に光が行き渡ると、俺の身体を拘束していた…カイーブの魔法で作れた紐が、プチッ!プチッ!と千切れ始めていった。
それってつまり、カイーブの魔力よりも、今の俺の魔力の方が上だってことか?
全身を縛っていた紐が解かれ、身体が自由になったことを確認すると、俺は静かにカイーブの死体に近寄る。
なぜならヤツの手には、全ての状態変化を元通りに戻せる『モトモトパウダー』があるからだ。
プレス機で箱状にされた者たちはもちろん、上手くいけばペチャンコになった王女も、ある程度…元に戻せるかもしれない!
幸い? アイツ等は王女を喰うことに集中し、俺の方まで気が回っていない。
カイーブの死体の手からモトモトパウダーを手に入れた俺は、今度はある…一つの術を試してみる。
「冥道……開封…」
先程、王女が使おうとした術の一種だ。
どういう術かと言うと、一時的にこの世とあの世(冥界)を繋げる術らしい。
俺の中に王女の魔力があるならば、当然…王女の術も使えておかしくない。もちろん、王女ほど大きな効力を発揮しなくていい。
俺の腕一本が通るだけの穴が、繋がってくれればいいのだ。
すると、空間に小さな亀裂が浮かび上がり、それは腕一本が通るだけの黒い穴へと変わった。
俺はその中に手を突っ込み、手探りである物を握り締めた!
ゆっくりと腕を引き抜くと、その手に握られているのは…一本の長い剣!!
「よしっ! 成功だ!!」
「てめぇ、何をしているんだべ!?」
しまった! 初めての術の成功で、嬉しさのあまりつい声が出てしまった。
その俺の声に反応したのは、髭モジャのドワーフ……アニード。
ヤツは俺の剣に気が付くと、
「この野郎~っ! どっからそんな物、手に入れたぁ!?」
と、斧を振りかざして襲い掛かってきやがった。
こうなれば当然ここは、剣と戦斧による白兵戦の場面だろう!
だが、一つ言っておく。俺は剣を使った事は殆ど無い。いや、過去一回だけあったが、それ以外はまったく無いと言っても過言では無い。
それは真剣は……という事ではなく、竹刀だろうが木刀だろうが、ビニール製のおもちゃの剣だろうが。
とにかく棒状の物を握ってチャンバラをするということ自体が、俺の人生の中では殆ど無かったのだ。
したがって、アニードの戦斧による技量がどれくらいのものか判らないが、おそらくマトモにやり合ったら勝てるはずは無いと言いきれよう!
なのに、なぜ…俺はわざわざ冥界から、剣を引き抜いたのか?
それは、この剣自体に秘密がある!
俺は襲い掛かってくるアニードを待ち構えながら、ゆっくりと剣を『鞘から抜いた』。
その瞬間! キンッ!!…という金属音と共に、目の前で剣と戦斧による火花が飛び散り始める。
キンッ! キンッ! キンッ!
それは、あたかも達人同士による対決のようだ!
だが、俺が今…望んでいるのは、互角の勝負では無い。目の前の敵を倒し、王女を……、麻奈美を……。そして、他の少女たちを助け出す事だ!!
――剣よ、目の前の敵を倒してくれ!―
そう強く念じる。
すると、俺の剣はアニードの斧を強く弾き返し、その隙を狙って一気にヤツの胸元を貫いた!!
「つ…強い……。この小僧……、とんでもねぇ……強さ…だべ」
それがアニードの最後の言葉だった。ヤツはそう言って俺の前に崩れ落ちたんだ。
でも、なぜ剣のど素人の俺が、互角以上の戦いをし、勝つことができたのか?
先程も言ったが、それは剣に秘密がある。
俺が冥界から手にした剣。
それは、『魔剣…ティルフィング!』。
神話の世界で小人族が作ったと言われる…この剣は、『勝利をもたらす剣』。
使い手が強く念じれば念じるほど、剣は生き物のようにその念に応え、相手を倒す!
たとえ、その使い手が俺のようなど素人でも……だ! でなければ、俺なんかが戦斧の名手とも言われるドワーフ族に勝てるはずがねぇ。
そう。これが俺の唯一の秘策だ。今は、この剣の力に賭けるしかねぇんだ!
「…と言うわけで、ババア! 今度はお前の番だぁ!!」
俺は剣を振り上げ、ハッグのババアに突進して行った。
「させはせんぞ! マーレの夢!!」
ハッグのババアは掌を俺に向け、そう叫ぶ!
それは、一度は俺の意識を奪いかけたハッグの術。だが、さっきと違い、今の俺は魔力で覆われている。それも、王女から受け継いだ魔力だ。
だから、そんな術は俺には通用しない!(みたいだ!)
一気に間合いを詰め、俺は剣を振り下ろした。
「ひぃ……っ!!」
ハッグは短い悲鳴を上げながら、ババアとは思えないほどの身軽さで、数メートルほど後ろへと飛び避けた。
しかも、剣の切っ先がヤツのローブを切り裂いていたのを知ると、その顔は一気に青ざめていく。
くそったれ! 踏み込みが足りなかったか? しかし、王女が焼かれているバーベキューコンロから、ヤツを引き離す事はできた。それはそれで良しとするか。
俺は剣を身構えたまま、王女の身体をコンロから引きずり降ろした。かなり喰いつくされていて下半身は既に無く、上半身と頭部だけが残っている状態。
そんな状態だが、まだ息はしており…気を失っているだけのようだ。
なるほど。本当に不死身なんじゃないかと、思わされる。
俺はカイーブから取り上げたモトモトパウダーを、その身に振り掛けてやった。頼む……これでなんとか復活してくれ!
しかし、残念ながらそれをノンビリ見守っている暇は無さそうだ。
選りにも選って、あのババア。化け物のカードを手にしているカエデを、けしかけていやがる。
カエデも無言で頷き、王女を倒した…あのタラスクとかいう化け物を、俺に差し向けやがった。
――冗談じゃねぇーぜ!―
長い首や尾を振り回し、挙句に口からは灼熱の息を吐き掛ける。『生身の人間』の俺が、マトモに喰らったらそこで全てが終わる。
なんとか隙を見て斬りつけてみるが、固い甲羅はもちろん、それ以外の肢などを狙っても、僅かなダメージを与えるのが精一杯だ。
正直、いくら魔剣ティルフィングを手にしているとは言え、こんな化け物……まったく勝てる気がしねぇーっ!!
それにしても、これほど狂暴な化け物なのに、絶対にカエデが被害に遭いそうな攻撃は繰り出さない。それは、カエデを主人と認めているからなのか?
でも、なぜ黙ってカエデなんかに従っているのだ? どう見ても、カエデの力ごときで押さえ付けらえる化け物じゃないはずだが…。
たしか麻奈美の時は、抜き取った魂をカードに移し、その抜け殻である身体は人形と化したよな?
俺自身…経験仕掛けたことがあるが、魂その物自体を失うと、その生物の存在その物も消滅してしまうんだった。
となると……そうか! あのカードには、まだ化け物の魂が残っているんだ! カードが傷つき、万が一それに宿っている魂まで傷ついて失うことがあれば、いくらあの化け物でも存在自体が消滅する。
それをあの化け物は、本能的にわかっているんだ。だから、カードを握っているカエデには攻撃が出来ない。
……となれば!
俺はカエデに向かって、一直線に駆け出した。アイツから、あのカードを奪い取れば…。そうすれば、この化け物は襲ってこれない!
そんな鬼のような形相で向ってくる俺に恐怖を感じたのか? 今まで淡々と無表情を貫いていたカエデにも、焦りの色が見えた。
大きなリュックを背負った背中を見せて、一目散に逃げ始める。
「こら! 待ちやがれッ!!」
ティルフィングを振り回しながら、その後を追い回す俺。
ここで一気に追い抜いて、アイツの前に立ち塞がればカッコイイんだろうが、やっぱ俺だな。ヒーローになる資質に、何かが足りないらしい。
息を切らし始めていた俺は、石だか空き缶だか、何だかよく判らない物に躓き、大きく転がり込んでしまった。
だが、災い転じて福となる。
転がった拍子に、握っていた剣先が、カエデのリュックをザックリと切り裂いたみたいだ!?
切り口から、ボット!ボット!…と、こぼれ落ちる人形とカード。
「あ! それは……!?」
振り向いた彼女が咄嗟に叫んだその理由は、こぼれ落ちた多くの人形の中に、先ほど手に入れたばかりの麻奈美の人形があったからだ!!
まさしく、転じて福だ!! 俺は他の人形とかには目もくれず、無我夢中で麻奈美の人形とカードを握り締めた。
やったぜ! やっと麻奈美を取り返すことができた!
あとは、化け物のカードを奪い取るだけだが…。
俺の目の前では、カエデが慌てて他の人形を拾い集めている。しかも、あの化け物のカードを脇に置いた状態で……だ!
「もらったぜ!!」
間の抜けたカエルのように飛び跳ね、カードに手を伸ばす俺。
カエデもそれに気づき、阻止するべく手を伸ばす。
一枚のカードをめぐり、俺とカエデは奪ったり…奪われたり、激しいもみ合いとなる。
だが、そのもみ合いの拍子で俺たちの手から離れたカードは、まるでそよ風の悪戯にあった如く…ヒラヒラと宙を舞い、事もあろうに化け物タラスクの目の前にポトリッ!と落ちやがった。そして……、
パクッ!!
なんと! タラスクは長く大きな舌を器用に使い、目の前のカードを拾い上げると、そのまま喉の奥に飲み込んだのだ!
その瞬間タラスクの全身が、照明弾のように眩く輝き始める。
「おい、カエデ……! あの化け物に、何が起こっているんだ!?」
「魂が……。苦労して抜き取った魂が……。再び肉体に戻り、融合しているの。」
そう言うカエデは、それまでの無表情が打って変わって目が点となり、手足もガタガタと震えている。一応…感情はあったんだな?
「で、魂と肉体が融合すると…どうなるんだ!?」
「元の狂暴な怪物に戻る。そうなったら、私たちの手には負えない。」
手に負えないって。じゃあ…お前、どうやって人形に変化させたんだ!?
「ご主人や、他の魔術師の協力があったから。一人じゃ…とても無理。」
オイ…オイ! じゃあ…何か? 今までも狂暴な暴れん坊だったのに、更に手が付けられなくなるっていうのか!?
いったい…どうしたらいいんだ!? 誰か攻略ウィキペディアをググってくれねぇーか!?
そうしているうちに、タラスクの身体から発していた眩い光が、徐々に…徐々に収まってきた。だが、それは新たな終焉の始まり。
先程まで死んだ魚のようだった眼も、今ではギラギラと睨みを利かせている。
口から吐き出す灼熱の息も、当社比1.5倍アップといった感じだぜ。
「こうなりゃ…仕方ねぇ! 俺が囮になるから、カエデ…。お前はもう一度、ヤツを人形に変化させるんだ!」
そうだ。今は敵…味方言っている場合じゃねぇ。まずここは一旦協力して、あの化け物を封じ込めることが、お互いの為だ!
俺はそう思ってカエデに声を掛けたのだが、
「・・・・・・」
一向に返答がねぇ!?
「おい、聞いてるんか!?」
そう言って振り向いた先には、もはやカエデの姿は無かった……。
辺りを見回してみると、ハッグのババアと二人で遥か彼方先の交差点の角を、全速力で折れていく姿が見える。
最悪だぜ…あの二人! 自分たちの手に負えないと見るや、放置プレイで逃げ出しやがった!!?
当のタラスクは完全な無敵モード状態で、辺り構わず暴れまくり、街はどんどん崩壊していく。
こうなりゃ、警察でも自衛隊でも…消防団でも何でもいい。早く応援に来てくれ!と思っても、よくよく考えれば、この辺り一帯にはハッグのババアが眠り粉とやらをバラ撒き散らしていやがったんだ。たどり着く前に、眠り惚けてしまう。
それって…つまり、孤立無援ってことか!?
「これは今日……間違いなく死ぬな。もし死んだら、これで二……いや、三度目になるのか?」
思わず、そんな言葉が出て来たぜ。
「でも、俺がやるっきゃ…ねぇーな!」
覚悟を決めた俺は、魔剣ティルフィングを強く握りしめた。なんとかこの化け物を倒せるように! そう強く念じながら。
さすがは魔剣ティルフィング。強く念じれば念じるほど、こんな戦闘素人の俺でも、レベル80並みの達人に変えてくれる!
ヤツの吐く灼熱や毒の息を切り裂き、長い首や尾の攻撃をかわす。そして、比較的防御の弱そうな腹部や首の付け根などを狙って斬りつけていく。
それはまるで、アニメやゲームの中の勇者にでもなった気分だ。
それでも、俺が圧倒的に不利なのは変わりはねぇ。いや、今まで以上に危険な状況だ。
なにしろヤツは、自分の魂との融合を果たし、本来の力を完全に取り戻している。
それに対し、体力限界に達している俺の身体は、もはや…ティルフィングに引き摺られて動いているようなものだ。
いや、戦いの疲れによるものだけではねぇ。この異常な疲労は、その『魔剣』のせいでもあるんだろうな。
そんな事を考えていたせいか? 狙ったように足をもつれさせた俺は、ヤツの毒の息をマトモに喰らってしまった!
「くそったれ!!」
ヤツの毒は神経性の毒らしい。身体が痺れ自由が効かなくなってきやがった。
そこへ痛恨の一撃!!
ヤツの払った尾を喰らい、俺の身体は小石のように吹き飛び、路上に叩きつけられた。
仰向けの背中が、焼ける様に熱く感じる。おそらく大量に出血しているんだろうな……。
今更だが、ティルフィングが何故…『魔剣』と呼ばれているか、知っているか?
実はあの剣には『呪い』が掛けられていて、剣の使い手には災いが降り掛かるんだそうだ。その災いは、剣の力を引き出そうと念じれば念じるほど…比例して高まり、最終的には『使い手の命を奪う』。
あのときも、そうだった。そのせいで俺は一度、魂を失いかけたんだ。
だから、この剣を使って戦う事を決意した時点で、こうなることを俺は知っていたんだよ。
ドスンッ!! ドスンッ!!と、地鳴りのように大地を伝わって、奴が歩き回っているのがよくわかる。
このままヤツに踏み潰されて、俺は終わるんだろう。
散々でかい口を叩いておいて、結局誰一人…助けることができなかった。情けねぇーな。
だが、いつまで経っても、一向にヤツが近づいて来る気配が無い。
かすれそうな意識を必死に保ち、辺りを見回してみると、巨大な物体になにやら無数の『何か…』が、纏わりついているのが見えた。
それは、動物に群がり食い殺そうとしている…無数の蟻の大群のようにも見える。
――なんだ…アレは? あの化け物に群がっているのか……?―
そう思って見ていると、頭上から……
「よくここまで耐えきってくれたな。褒めてやるぞ!」
と、幼く……それでいて優しい声が、耳に入って来た。
声のした方を見上げると、そこには声同様に幼く、そして優しい笑顔が目に映る。
「お……王女…!?」
「うむ。後は全て此方に任せるが良い。お前はゆっくり休んでいいぞ。」
その言葉を聞き遂げると同時に、激しい疲労感と眠気が襲ってきた。
俺はそのまま静かに、深い眠りについたようだ。
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